第十二話 家族 Ⅵ
突然明日、何が起こっても対応できるように、ヴァスティナ帝国軍軍師エミリオは、今日が夜を迎えても尚、軍務に精を出している。
帝国軍の装備開発を進めるシャランドラも、昼も夜も関係なしに、工場でその才能を全開にして、どんな戦いであろうと勝利をもたらす、新兵器の開発に励んでいた。
レイナとクリスは軍団の編成を進め、ヘルベルトたちは武器の整備、ロベルトの部隊はエステラン軍偵察任務への出撃のために、装備品を準備している。
帝国の外で戦っている者たちも、それぞれの戦いに全力であたっている。帝国騎士団と帝国軍兵士たちもまた、己の務めを果たしている。
ヴァスティナ帝国の戦士たちは、皆が一丸となって帝国を守っているのだ。
参謀長であるリックもまた、女王と帝国を守るために、先程まで執務室で軍務に励んでいた。
その彼は今、自身の寝室で休養をとっている。休養をとるつもりなどなかったリックだが、エミリオに「君にまで倒れられたら帝国は大変な事になる。だから無理はさせられないよ」と、無理やり休息をとるよう言われてしまったのだ。
そして、彼女達は・・・・・・。
「綺麗な髪だね」
「あなたほどじゃない」
「ふふ、昔この髪を褒められた事があってね。その時からかな、髪の手入れは念入りにやっているのさ」
「すまない。政務で忙しい時に、このような頼みを聞いて貰って」
「仕方ないさ。君のこんな頼みを聞いてくれるのは、私しかいないだろうしね」
「こんな頼みを、あなたに頼むべきではないと思ったのだが------」
「ほら動かない。まだ髪を整えてる途中なんだから」
「私の髪を整えてくれたのは、今まで母親だけだった。それと、化粧は生まれて初めてだ」
「君は素材が良い。女の武器を身に纏った今の君なら、きっとあれはイチコロさ」
「イチコロとは何だ?」
「ふふふ、自分で考えてみる事だね」
「ところでこれは、洗って返せばいいのか?」
「いいよ、君にあげる。私には合わなかったし」
「感謝する。だがどうして、私の頼みをそこまで聞いてくれるんだ?」
「さあ、何でだろうね」
「あなたはいつもそうだ。そうやって話をはぐらかす」
「そうだったかな?ほら、終わったよ」
「・・・・・これが・・・・私か?」
「ふふ、よく似合っているよ」
「・・・・・・ありがとう」
「行きなさい、君の心の赴くままにね」
明かりを消された寝室。
広々としており、テーブルや椅子などの家具が置かれたこの部屋には、大きなベッドがある。
一人で使うには少し大きいこのベッド。ベッドの上には、部屋の主であるリックが一人、天井を見つめて寝そべっていた。
睡眠をとるようにとエミリオに念を押されて、彼は寝室にやって来た。とは言え、睡眠をとれと言われたものの、全く眠る事が出来ない。
(執務室で書類整理してた方が楽だったな・・・・・。余計な事考えなくて済むし・・・・・)
夕方のあの出来事があってから、リックは軍務に黙々と取り組んだ。
ユリーシアが倒れて以来、苦手な書類整理であっても文句一つ言わない。毎日執務室の机に向かい、帝国軍の戦力強化に努めている。
自分が倒れては元も子もないと、休息は十分にとって軍務に取り組んでいた。そのため、普段はそこまで休息をとれと言わないエミリオだが、今日の彼は何かがおかしいと思い、何度も念を押して睡眠をとれと言った。
(表に出さないようにしてたんだけど・・・・・・あいつにはお見通しか)
執務室での自分の相棒。その彼に心配をかけてしまったなと、内心反省している。
「俺は、弟の代わりなんだよな・・・・・・」
夕焼け色の空と、城壁での会話を思い出す。
帝国騎士団長メシア。今日リックは、彼女の過去と心を知った。
彼女が弟に抱き続けた思い。それは、リックが彼女に抱いた想いとの別れとなった。
「いいだろそれで・・・・・。俺が弟の代わりになって、彼女の支えになれれば・・・・・・」
人生で最も尊敬する女性の支えになれる。それでいいじゃないかと、自分に何度も言い聞かせる。だが彼の心は、何度そう言い聞かせても、弟の代わりを認めない。
死んでしまった弟に嫉妬している。その弟の名前が今の自分の名前だと思うと、胸が締め付けられる。
そう、彼女は帝国の騎士団長で、女王陛下の守護者だ。帝国騎士団を率い、女王の盾となる。それがメシアだ。
リックは帝国軍参謀長で、女王の剣である。女王を守るために、彼女の敵を殲滅する剣だ。
二人は女王ユリーシアのために戦うという、共通した目的を持っている。何よりも優先するべきは、女王を守る事だ。
そのためには、余計な私情を挟んではいけない。今も尊敬し、愛してしまった騎士団長の気持ちを知ったとしても、女王こそが優先だ。こんな私情は捨てなければならない。
「はあ・・・・・・・」
溜息ばかり出てしまう。
それでも、明日からは悩んでなどいられない。今がこの国にとってどういう状況なのか。それを理解しているのだから。
「んっ?」
眠る事はできなくとも、せめて疲れを取ろうと目を伏せた時、部屋の扉を開く音が聞こえた。歩く音が聞こえ、誰かが寝室に入って来る。一人だけだ。
ノックもせずに、一体誰が入って来たのかと、起き上がって寝室の扉に視線を移す。一瞬、暗殺者でも現れたのかと身構えたが、殺気は感じなかった。
暗い部屋の中、リックのもとへと真っ直ぐ向かう人物。窓から差し込む月明りで、その正体に息を呑む。
「メシア・・・団長・・・・・・?」
寝室に突然入室し、彼の前に現れたのはメシアだった。だが驚くべきは、その姿である。
褐色の肌の身体に、純白のドレスを身に纏う。長い銀髪の髪は丁寧に整えられ、顔には薄く化粧が施されている。言うなれば、絶世の美女。
リックの目の前に現れたのは、あまりの美しさに己の目を奪われてしまう、ドレス姿のメシアであった。
「どっ、どうしたんですか・・・・その格好・・・・・・?」
「リック」
彼女はリックを押し倒し、再びベッドに寝かせてしまう。仰向けになった彼の上に、メシアが四つん這いとなる。リックに逃げ場はない。
逃げ場というか状況が理解できていない。一体何がどうなって、彼女はこんな姿で目の前に現れたというのか?
メシアがリックに顔を近づける。息遣いが聞こえるほど近い。
「リック、愛している」
「!!!?」
真っ直ぐに彼の両眼を見つめ、告白する。
冗談を言うような女性ではない。彼女は本気で言ったのだ。
「今からお前を抱く。服を脱がせるぞ」
「ちょっ!?唐突すぎやしませんか!」
「そうなのか?だがリリカは、お前を押し倒して抱いてしまえば全部解決だと言っていた」
「だから何で皆あいつの言う事聞いちゃうんですか!?」
メシアに見つめられ、恥ずかしさに顔を赤らめて逸らす。
そんなリックの顔を、彼女は両手を使い、彼の両の頬を持ち、無理やり自分の方を向かせた。本当に逃げられない。
「その格好も化粧も、全部あいつの仕業ですね?」
「・・・・・・似合わないか?」
そう言って、彼女の表情が曇る。
自分に似合いもしない格好をしてしまったと、落ち込んでいるのだ。あのメシアが。
しかしリックは、似合う云々の事が言いたいのではない。勿論似合っているというか、似合い過ぎている。どうして彼女はここに来て、何故リリカが絡んで、こんな事になっているのか知りたいのである。
「・・・・・・似合ってます、すっごく」
「それを聞いて安心した。お前がドレスを見たいと言っていたから、リリカに頼んで着せて貰った」
「確かに前にそう言う事言いましたけど、だからって・・・・・」
「今日、お前が愛おしいと理解した。だから私は、お前を抱く事にした」
あまりにもぶっ飛んでいる。
赤面するリックを見つめ続け、視線を彼から離さない。
薄く化粧が施された彼女の頬が、少しだけ朱に染まっていた。彼女の緊張が、リックにも伝わる。
「私と・・・・家族になって欲しい」
「メシア団長・・・・・・。でも俺は、あなたの弟の代わりでしかない・・・・っ!」
彼女は愛を知り、絆を求めている。
リックという名前を付けた、弟の代わりである存在を家族にして、決して離れない絆を結ぼうとしている。もう二度と、愛する存在を失う事がないように・・・・・・。それが彼女の考えだと、リックは思った。
「あなたは俺じゃなく・・・・・弟を愛してるんでしょう」
リックの想いが爆発する。
一度は捨てたはずの想いが、再び叫びとなって現れた。
「・・・・・あなたは俺なんか見てない!リックっていう弟が好きなだけで、俺はその弟の代わりでしかない!!」
「違う」
「違わないです!!メシア団長が愛しているのは、俺じゃない・・・・っ!」
否定を認めず、泣き叫ぶように言葉を放つ。
家族になって欲しい。その言葉は嬉しかった。愛しているという言葉は、とても心地が良かった。
だから苦しい。自分ではなく、弟が愛されている事が・・・・・・。
嫉妬という気持ちもある。だがそれ以上に、代わりでしかない己の存在を、どうしても認めたくないのだ。
「所詮俺は弟の身代わり・・・・!だから団長は-------」
「リック、少し黙れ」
メシアはリックを黙らせようとした。
そして、彼女がとった行動は・・・・・・。
「んっ・・・・・」
「んっぐ!?!?」
何の躊躇いもなく、自らの唇を彼の唇に重ねる。
五つを数える時の間、メシアはリックに口づけをし続けた。
驚きに呼吸する事も忘れ、心臓の鼓動が速くなる。頭が真っ白となり、何も考えられなくなるリック。
やわらかく温かい唇。その唇は、彼から思考を奪い去った。
「私の話を聞け」
重ねた唇を離し、口を開いたメシア。
顔を真っ赤にして放心状態の彼に、想いを伝えようとしている。
そして、リックが勘違いをしている事を、ちゃんと正そうとしているのだ。
「今日、私はお前に弟の話をした。そして、弟を愛しているとも言った」
「・・・・・」
「だが私にとってお前は、弟よりも愛おしい。弟とは違う愛を感じる」
あの時メシアは、彼が弟リックに似ていたから、特別な存在に感じていたのだと思った。
しかし違ったのだ。今、目の前にいるリックは、弟の身代わりなどではない。
帝国の滅亡が迫ったあの日、突然やって来た一人の男。彼女が忠誠を誓うユリーシアのために、命を懸けて戦い、その日以来帝国を守り続けた。
そして男は、ユリーシアの希望となった。彼女の希望となって、彼女に心からの笑顔を取り戻させてくれた。
それが嬉しくて、この男を支えてやりたいと思った。傍で守ってやりたいとも思った。
自身を尊敬し、師と仰ぎ、真っ直ぐで純粋な好意を向けてくれる。
気が付けば、そんな彼を・・・・・・。
「辛い思いをさせたな。誓って言おう、お前は私の弟の身代わりではない。私のたった一人の、愛おしい男だ」
「メシア団長・・・・・」
「二人の時はメシアでいい。そう呼んでくれ」
彼女はもう一度、彼の唇を奪う。
重ねた唇から伝わる温もりが、優しくて心地いい。メシアの愛が、重ねた唇から伝わる。
「んっ・・・・はあ・・・・」
「ほんとに・・・・・俺なんかの事を・・・・・・」
「でなければ口づけなどしない。やり方はリリカに教わった。・・・・・悪くないな」
「おっ、俺、キスしたの初めてですよ・・・・・」
「お前に喜んで貰おうと、ドレスも着たし、化粧もした。私に抱かれるのは嫌か?」
「・・・・・・嬉しすぎて死にそうですよ」
寡黙な彼女が息を吐き、安堵の表情を見せる。
いつもと違う。こんなにも彼女は、可愛らしい女性だっただろうか。
「私を、愛してくれるか?」
囁く声。男の気持ちを確かめようと、そう問いかける。
聞くまでもない事だ。リックの答えは、もう決まっているのだから。
「愛します。大好きだ、メシア」
望んでいた答え。お互いの気持ちは繋がった。
微笑みを浮かべるメシア。恥ずかしさに顔を赤くしたまま、リックも笑う。
「陛下の家族になりたいと言ったらしいな」
「その話、知ってたんですね」
「陛下と家族になる前に、私と家族になって欲しい。私はリックと添い遂げたい」
「俺が・・・・、メシアと家族に・・・・」
こんな自分でいいのかと、リックの脳裏に不安がよぎる。
そんなリックの心情を察したメシアが、彼の身体を優しく抱きしめた。彼女の温もりがリックを包み込む。
「お前だから家族になりたい。だから、自分が資格のない人間だと思うな」
「やっぱり、優し過ぎますよ・・・・・あなたは」
二人は口づけを交わし合い、互いの愛を確かめ合う。
もう離しはしないと、互いを抱き合いながら。
「リック」
「メシア、俺はお前の傍から離れはしない」
この夜、二人は一晩中愛し合った。
自らが死ぬその時まで、共にありたいと願いながら・・・・。
(そうだ、君はそれでいい)
帝国軍参謀長の寝室。扉の外には、長く美しい金色の髪の、深紅のドレスに身を包んだ女性が一人。
彼女は妖艶な笑みを浮かべ、自らの思い通りになったと喜んでいる。
(君はあの子の支えになってくれた。これでもう、あの子は苦しまなくて済む)
寝室の外から聞き耳を立てていた彼女は、中にいる二人の気持ちを知って満足している。
後は二人だけの時間だと思い、その場から立ち去っていく。
「ふふ、ふふふふ・・・・・・。これで宗一郎は・・・・・・」
妖艶な笑みを浮かべ続け、その場から立ち去った彼女が、何を考えていたのか。それは誰にもわからない。
ただ、全ては彼女の思惑通りとなった。それだけがわかる。




