第十二話 家族 Ⅴ
(何だ、この気持ちは・・・・・・?)
リックのもとから離れ、城の通路を歩くメシアは、己の心に違和感を覚えていた。
(私は弟を愛していた。だが何だ、この胸の痛みは?)
全てを理解したはずだった。かつてリリカが言っていた思いの正体は、もう出たはずだ。
弟への愛おしさを、あの男によって思い出した。そしてあの男、長門総一郎は彼女に、今までわからなかった気持ちを教えてくれたのだ。
全てを理解し、もう心の中には疑問も何も無いはずである。
だが彼女の心は、まだ終わっていないと語りかける。お前はまだ、全てを理解したわけではないと語るのだ。
「リック・・・・・・」
弟ではない。今のリックを脳裏に映し出し、名前を口にしてその場に立ち止まる。
すると、言葉にし難い胸の痛みを感じた。
(この胸の痛み・・・・・・、あの男は私の何だ?)
あの時。リリカに自分が言った言葉を思い出す。
あの男がいると、女王ユリーシアが笑顔になる。それが彼女は嬉しく思う。今ではあの男がいない日常は、全く想像ができない。メシアはリリカにそう語った。
ユリーシアはメシアにとって、自らの生きる存在理由であり、守りたいと思う大切な少女だ。
自由もなく、女王という責任を背負う彼女は、リックと話をしている時、よく笑う。彼が連れて来た者たちと話す時も、笑顔を浮かべる。
守りたい大切な少女を、悲しい顔ではなく笑顔にしてくれる。それは自分にできない、特別な事であると、彼女は思う。
ユリーシアとリック。あの男がいるから、ユリーシアは希望を持った。
そしてメシアは、あの男のおかげで自分を知った。
「そうだ・・・・・・私は」
リリカがメシアに、リックは私のものだと宣言した事がある。
その時彼女は、あの男は女王陛下のものだと言って反発した。
リックが初めてチャルコ国へ旅立った時。リリカは勝ち誇った様な笑みを浮かべ、彼と共に旅立った。その日彼女は、胸の内から込み上げた何かを、周りの者たちにぶつけて発散した。
今ならば、どうして自分がそうしてしまったのか、メシアにはわかる。
自分から離れてしまうと思ったのだ。守りたいあの少女を笑顔にし、自分を好いてくれるあの男が、自分のもとから永遠にいなくなってしまうのではないかと・・・・・。
「やっと、わかったぞ」
彼女は再び歩み始める。
向かったのは、最初に目指していた場所ではない。メシアは執務室で仕事をしているだろう、あの女性のもとへと向かう。
「ご主人様」
「メイファか・・・・・・」
参謀長専属メイドと言う役職の、メイド服を着た黒髪の少女。
彼女の名はメイファ。主に彼女は、参謀長であるリックの、身のまわりの世話をするのが仕事である。
参謀長執務室で仕事が残っていると言うのに、いつまで経っても戻らない己の主人を、彼女は探しに来たのだ。城の人間の話を頼りに、城壁の上までやって来た彼女は、ようやく主人を見つけて溜息をつく。
「こんなところで何してるんですか?仕事して下さい、怒りますよ?」
「お前、もう怒ってるよな・・・・・・」
いつもと反応が違う。そう彼女は感じた。
簡単に言えば、元気がない。
「もちろん怒っています。何があったか知りませんし知りたくもありませんが、落ち込んでる暇はないので仕事して下さい」
「厳しいな・・・・・・、でもお前の言う通りか」
メイファの言葉は冷たく聞こえる。彼女はリックを慰めたりはしない。
ただ、いつも通りの言葉を放つのだ。
それが彼女の優しさだ。主の身に何があったのか、彼女は知る由もないが、下手な慰めは彼のためではない。落ち込んでいる位なら、執務室で仕事をして紛わせろと言っているのだ。
「執務室に戻る。戻ったら珈琲淹れてくれ」
「ここまで私を捜しに来させといて、その上珈琲淹れろとかふざけるのも大概にして下さい」
「・・・・・・自分で淹れますごめんなさい」
いつも通りのメイファの言葉。主従関係がかなり逆転しているこのやりとりが、今のリックには安心感をもたらす。執務室へと向かおうと、歩み始めたリック。専属メイドである彼女は、その背中に続く。
「ご主人様」
「どうした?」
「女王陛下は・・・・・不幸な御方なのでしょうか・・・・・」
リックは振り返らない。その場に立ち止まる。
帝国の外から来て、まだ一年も経たないこの少女の、女王の身を案じた問いかけ。彼女が何を思い、どうしてそんな事を聞くのか、彼にはわかる。
「あの小さな体に国の主としての責任を抱え、どんなに苦しくとも、その責務からは逃れられない。今だって・・・・あんな身体になってまで・・・・・・」
「・・・・・そうだよな。俺たちから見れば、陛下は不幸な少女に見える」
未来を見てしまう力によって、命を吸われ続ける。
王の死によって、女王という責任を背負い、国を守るためだけに生きる存在。
それが不幸以外の、一体何に見えると言うのだろう。
「でもな、陛下は自分が不幸だなんて思ってない」
「!!」
ユリーシアは一度だって、自分が不幸な人間だとは思わなかった。
女王となったのも、彼女自身が国と民を愛していたから、自ら進んで即位したのだ。決して誰かに強制されたわけではない。
自分だけが辛い人生を歩んでいるわけではなく、偶々自分がこう言う運命だっただけ。誰にも罪はない。
そして不幸ではない。目から光を失い、命を吸われ続けているとしても、彼女は毎日に喜びを感じている。今日もまた、自分は生きている。人生を歩んでいる喜び。その喜びを毎日噛み締めて生きている。
そんな彼女だからこそ、己の運命を不幸だとは思わない。
リックは知っている。それがユリーシア・ヴァスティナと言う少女であると。
「お前だって、それはわかってるはずだろ?」
メイファは何も答えない。
彼女へと振り返ったリックは、その小さな両の頬に、己の両手で優しく触れる。
「心配なんだろ、陛下の事」
「私は・・・・・・」
「陛下は俺が守ってみせる。だからメイファ、お前は何も心配するな」
少女を安心させたい。ユリーシアの事を思って、悲しい想いをして欲しくない。
何故なら彼女は・・・・・・。
「暗い顔なんて似合わないぞ。笑顔とまでは言わないけど、いつもの顔でいてくれよ」
そう言ってリックは、彼女の頬から手を離し、再び執務室へと向かって行く。
リックの背中を見つめたメイファ。彼女はその背中を見て、ある思いが込み上げる。
(きっとこの男は、帝国に居てはならない存在・・・・・・)
今ならばまだ間に合う。
取り返しのつかない事になる前に・・・・・・。
(今ここで・・・・この男を殺せば・・・・・!)
殺意。
彼に恨みがあるわけではない。だが、ここで殺さなければ帝国の未来には、きっと幾多の戦いが待っている。
帝国が滅亡するまで、戦いが続く未来。戦いの度に、誰かが傷つき命を落とす。
それは必ず、ユリーシアを苦しめる。だからこそ、そうなる前に殺さなければならない。
(殺さないといけないのに・・・・!でも、私にはできない・・・・!!)
彼女にリックを殺す事はできない。
帝国と女王の未来のために、彼の命を奪う勇気はなかった。
いや、勇気がないのではない。彼が自分にとって特別な存在となってしまった。だから、自分の手でその命を奪えない。奪ってしまったら、もう二度と、彼と共に歩む事が出来なくなると、わかっているからだ。
メイファは何もできない己の弱さを呪い、リックの後に続いていく。
彼の背中に、未来への不安を感じながら。
帝国が国外への対応策を取り、帝国周辺の安定に務めていた頃。
チャルコ国国境線付近に展開していたエステラン国軍三千は、いつでも侵攻可能な状態であった。
同じ頃、とある戦いに変化が訪れる。
現在エステラン国は、大国であったオーデル王国を滅亡させた、独裁国家ジエーデルの侵攻軍と対峙していた。ジエーデル軍は当初、ヴァスティナ連合軍と戦闘を行なっていたのだが、エステラン国軍の侵攻によって直ちに後退し、防衛線を展開したのである。
エステラン軍迎撃を指揮したのは、ジエーデル国軍名将のドレビン・ルヒテンドルク将軍だった。彼の的確な指揮によって、当初劣勢であったジエーデル軍は立て直し、エステラン軍を押し返したのである。
迎撃を成功させたドレビンは、このままエステラン軍に総攻撃をかけ、見事敵を討ち果たし、南ローミリア決戦での失態を取り返そうとした。
そんな彼に、対エステラン軍総攻撃の作戦計画中、本国から総統の命令書が届く。
内容は、反ジエーデル勢力の討伐であった。南ローミリア決戦時、独裁国家ジエーデル国に反旗を翻した、反ジエーデル勢力の国家群。反抗勢力を次々と撃退したジエーデルであったが、一部の粘り強い勢力を未だに撃退できずにいた。
そのため、ジエーデル国独裁者バルザック・ギム・ハインツベント総統は、反抗勢力撃滅のために、南から名将を呼び戻そうと考えたのである。
ドレビンならばやってくれる。そう考えるバルザックは、ドレビンを信頼しており、彼の力を誰よりもよく理解しているつもりでいる。
だからこの時期に、彼を呼び戻す命令書を送ったのである。
総統の命令には逆らえないため、自分の主要な部下たちと共に、旧オーデル王国を離れた名将。異動となった彼の代わりは、思いのほか早くやって来た。
これが訪れた変化である。
結果として、エステラン軍は名将が居なくなったお陰で、敗北の危機が去ったと言える。しかしこの名将の異動は、反抗勢力に対しての措置だけではない。
名将の後任として、ジエーデル国領土拡大遠征軍第三軍の指揮を執る事になった者には、ある特別な任務が言い渡されている。もしも成功すれば、得るものの大きい重要な任務だ。
エステランもジエーデルも、野望を掲げ、企みを腹に隠して戦っている。
一つだけ言えるのは、両者の野望も企みも、ヴァスティナ帝国に危機をもたらすと言う事である。




