第五十七話 侍従乱舞 Ⅶ
トロスクスの街を第零戦闘団が占拠する前日。
各員が日の出前に準備を終え、出撃に備えて待機する最中。一人、焚火の明かりを頼りに、愛銃となっている拳銃を磨き終えたリックが、動作に問題がないかの確認をしている。
リックが一通りの動作確認を終え、拳銃に弾倉を差し込んだところで、支度を整えたレイナが彼のもとに歩み寄る。リックを見つめるレイナの瞳は、彼の身を案じる感情と、止めてはならないという想いが交錯していた。
「いつも我儘ばっかり言って、ごめん」
「⋯⋯⋯あなたがそういう人であることは、十分過ぎるくらいわかっています」
「あっはは⋯⋯⋯、わかってくれててありがとうって、言えば良いのかな」
「今回ばかりは、私達の方が危険だからこそ許すんです。本当は、リック様を傍でお守りしたいのが私の気持ちであることを、くれぐれもお忘れなく」
「はっ、はーい⋯⋯⋯」
目の据わったレイナの説教に、苦笑いしたリックが逃げるように目を逸らす。彼の視線の先には、分解整備を終えた銃器が並んでおり、リックはそれらを手に取り、残らず装備していった。
突撃銃を右手に、左手には散弾銃。ベルトで肩から擲弾銃を下げ、戦闘準備を整えたリックは、自分が指揮する別動部隊のもとへと向かう。
廃墟と化した砦跡を拠点にしていた彼らが、いよいよこの地を離れ、裏切り者との決着を付けるべく、決戦の地へと移動する。それにリックは同行せず、レイナ達とは別行動に出るのが、今回の作戦の第一段階であった。
別動隊のもとにリックが現れると、待ち兼ねていたクリスとヘルベルトが、得物を携え歩み寄って来る。クリスはレイナ同様の気持ちを瞳に映し、ヘルベルトは「それでこそ俺達の隊長だ」と言いたげに、寧ろ嬉しそうに笑っていた。
「リック。頼むから、一人で無茶だけはするなよ」
「言ったってどうせ聞かねぇっての。隊長は俺よりイカレた正真正銘の変態だぜ? 自分の立場とか存在価値とか、そういうのわかってるようで実はまったくわかってねぇのさ」
ヘルベルトの言う事があまりにも的を射ており、また苦笑いして誤魔化そうとするリックだったが、内心では反省している。
自分のやろうとする事は、常に誰かに心配をかけてしまう。リックがそういう男であると、皆分かってくれているからこそ、もう止めはせずに送り出してくれるが、彼の身を案じているのは変わらない。
「みんな、悪いけど頼みがある」
自分が心配をかけてしまっていると、それが分かっていても、リックの心は自分の身ではなく、仲間の身を案じる方へと向いてしまう。
「リリカを⋯⋯⋯、俺の代わりに守って欲しい」
リックが皆のもとを離れる間、皆の指揮はリリカが執る。戦場に出るリリカを、自分の手で守る事ができないリックは、彼女の事をレイナ達に託す。
頼まれるまでもなく、レイナ達は最初からそのつもりである。リックが望むから、彼がリリカを守れないからではなく、自分達にとっても大切な存在であるから、彼女を守りたいと思うのだ。
三人がリックの頼みを聞き届け、代表してレイナが強く頷く。安堵したリックは、リリカを守ると固く誓うレイナへ微笑んだ。
「頼りにしてる」
「お任せ下さい、リック様」
リックからの微笑みと言葉に、レイナもまた微笑を浮かべて言葉を返した。するとリックは、ある事に気が付いて口を開きかける。レイナへ教えようとした直前、楽し気に悪戯っぽく笑って見せたリックは、彼女に背を向けた。
どうしたのかと、疑問を浮かべた顔でリックの背を見ていたレイナが、クリスやヘルベルトにも視線を移す。二人もリック同様何かに気付いている様子で、ニヤニヤと笑ってレイナを見ていた。
笑っている理由を知ろうと、二人に対してレイナが不機嫌気味に睨むも、彼らが教えてくれる事はなかった。
「隊長が心配しなくても、姉御に俺達のお守は必要ねぇさ。なんたって姉御は、怖いもんなしの脳味噌ぶっ壊れ女なんだからよお」
「ふふふっ⋯⋯⋯、誰が壊れた女だって?」
「!?」
いつの間にかヘルベルトの背後には、目が笑っていないリリカが立っていた。その手には愛用の拳銃が握られており、明らかに怒った様子で、指で銃口をなぞり続けている。
「頭のおかしい壊れた女らしく、君を的にでもして遊ぼうか。ちょうど生きた的が欲しいと思っていたところなんだ」
「おっ、怒るなよ姉御! いつもの冗談じゃねぇか⋯⋯⋯」
「口は災いの元だと学ばない愚か者は、一度死ななければ駄目だと思ってね」
「そういうところがイカレてるって言うんだよ! あんたいつも目が本気だから怖えんだ!」
ヘルベルトと戯れているが、リリカもまた、リックの見送りにやって来たのである。
リリカ達は皆同じく、リックの事を心配して送り出そうとしている。だがリックからすれば、自分の立てた作戦通り、彼女達を残してしまう事の方が、自分の身よりもよっぽど心配だった。
相も変わらず無茶な作戦だと、リック自身も理解はしている。この作戦が自分よりも、彼女達の方が危険である事も、成功する見込みが薄い事も、百も承知である。それでも尚、この戦いに無茶で危険な策を用いるのは、相手がエミリオとミュセイラであるが故だ。
正攻法で叩き潰すには、圧倒的に戦力不足。かと言って、下手な小細工は通用しない。あの二人に勝つためには、リスクを承知の上で実行する作戦でなければ、絶対に勝てないと分かっている。
リックがそう考えるように、リリカ達もまた同じ考えであった。だからこそ彼女達は、リックが立てた無茶な作戦に、自分達の命運を託した。
「リリカ。そいつを的にして遊ぶのは、この戦いに勝った後にしてくれ。口の軽い飲んだくれ野郎でも、戦闘だけは役に立つんだから」
「わかっているよ。そんなに私は信用ならないのかい?」
「信用してるから、囮作戦の指揮をお前に任せるんだ。もちろんリリカだけじゃなく、みんなのことも信じてる」
「ふふっ、信じてくれて嬉しいよ。陽動とは言わず、私達だけであの二人を捻じ伏せてやってもいい」
不敵に笑うリリカの言葉は、あまりにも非現実的な発言ではあるが、彼女が言うと、本当に実現できそうに思えてしまう。
ただ流石に、今回ばかりは状況も相手も悪いため、リリカに頼もしさを覚えつつも、リックの返しは冷静だった。
「囮として派手に暴れてくれれば十分だ。俺の記憶が戻ったとまだ気付いてないなら、リリカが指揮を執ることに何の疑問も持たず囮に釣られてくれる。その間に俺達は別行動を取って、援軍を求め味方との合流を目指す」
「エミリオとミュセイラなら、別動隊の存在に気付いた瞬間、すぐにこちらの策を読むだろうね」
「ああ、それが罠だとは普通気付かないよな」
不敵に笑うのはリリカだけではない。リックもまた悪い癖が出て、勝利を確信した邪悪な笑みを浮かべて見せる。
「俺達は援軍を呼びに向かうと見せかけ、エミリオがいる本陣に少数精鋭で奇襲を仕掛ける」
トロスクスの街を舞台に繰り広げられる、第零戦闘団と反乱軍による市街戦。激しい戦闘が行なわれる戦場の真っ只中を、一振りの十文字槍が神速の如く駆け抜けていく。
「あれが炎槍だ!! 討ち取って名を――――」
「くそっ! 速すぎて捉え⋯⋯、ぐわあああああっ!!」
「ひいっ!? 来るな! 来るな来るなああああああああっ!!」
街中を走る反乱軍の兵士達が、駆け抜けるその槍を見つけたならば、それは彼らにとっての死の知らせとなる。反乱軍の兵士達は、次から次へと満足な抵抗も叶わず、一閃のもとに命を奪われていった。
烈火のように燃える赤髪をなびかせた、炎槍の二つ名を持つ軍神レイナが、たった一人で戦場を暴れ回る。指揮下たる烈火騎士団の兵士達は、別の防衛線で自分達の武を存分に振るっていた。
彼女が一人で戦っているのは、単純にそうしたい気分だったからだ。指揮下の兵や作戦の事など考えず、ただ暴れたかったのである。
「⋯⋯⋯不埒な謀反人共の刃、怖るるに足らず」
静かに、しかし激しく、彼女の中で燃え上がる怒りの業火。この炎を消す事は、彼女自身にもできない。
討っても討っても、彼女の眼前には続々と敵が現れる。新しい敵が姿を見せる度、彼女の槍が神速の速さで敵を討ち、至る所に敵の死体を作り上げていった。
そのあまりの強さに、討ち取って名を上げる機会を前にしながら、敵は恐怖して動けなくなった。そんな彼らを嘲笑うかのように、レイナは息一つ乱さずに敵を「弱い」と言ってのける。
「ひっ、怯むな! 女一人相手に何を手古摺っている!」
「体当たりでも何でも構わん! 数の優位を活かして奴を押し潰せ!」
反乱軍部隊の指揮官が、恐怖して動けなくなっている兵を叱咤し、兵士達を突撃させる。雄叫びを上げて自らを奮い立たせ、レイナ相手に命を捨てて挑む。
「焼き尽くせ、焔」
命を捨てた覚悟さえ、今の彼女には届かない。自分へと向かってきた大勢の敵に、レイナは左手を突き出し、必殺の炎魔法を放って見せた。
何もかもを焼き尽くさんとする紅蓮の炎が、彼女の怒りとなって敵を焼き殺す。全身を焼かれる耐え難い苦痛に悲鳴を上げ、また多くの兵が彼女の手により命を落とした。そして、炎の届かなかった残りの敵には、神速の動きで一気に距離を詰めたレイナが、得物を振るって敵を蹴散らし、瞬く間に全滅させてしまった。
「脆い⋯⋯⋯」
それはまさに、一騎当千の力であった。敵の実力に物足りなさを覚える程、今の彼女は強く、そして怒りに燃えている。
初めてエミリオの裏切りを知った時は、彼に対する怒りよりも、信じられないという混乱の思いの方が大きかった。だが今は、気持ちの整理が終わり、エミリオとミュセイラに対する、純粋な怒りだけが湧く。
あの二人が裏切らなければ、記憶を取り戻したリックが、再び苦しむ事などなかった。皆の前では無理をして、深い悲しみを微笑みで隠す事などなかった。信じていた大切でかけがえのない仲間を、自らの手で討つ事にもならなかった。
あの二人さえ狂わなければ、こんな事にはならなかった。それが、激しい怒りで敵を討つ、レイナの怒りの理由だ。
「一人で突っ走ってくんじゃねぇよ。守りを俺に押し付けんな」
「⋯⋯⋯」
敵を片付け終えたレイナの後方から、不機嫌な顔をしたクリスが剣を片手に歩いてくる。クリスもレイナと同じく、現れた敵を悉く返り討ちにし、敵の屍を積み上げてきた後だった。
「雑魚相手に八つ当たりしやがって」
「⋯⋯⋯すまない。あの二人と戦う決心をなさったリック様の心中を思うと、自分でも怒りが抑えられないんだ」
「頭に来てんのは俺も一緒だっての。あの馬鹿野郎共、三枚に下ろすだけじゃ気が済まねぇ」
同じ怒りを抱き、それを闘志に変えて戦うレイナとクリスのもとに、新手の敵が姿を現した。数は二十人以上はいるものの、二人は放たれた弾丸のように地を駆け、新たに出現した敵兵と交戦を開始する。
だがそれは、極めて一方的な戦闘だった。レイナとクリスが必殺の距離まで肉薄し、得意の技を持って敵を瞬殺しながら無双する。
レイナの槍が、クリスの剣が、一振りで兵士の命を奪い去り、敵に一切の反撃も許さない。一分と経たぬ間に、新手の敵部隊は二人の前に殲滅させられた。
「歯応えがねぇ敵だぜ」
「まったくだ。アーレンツでリリー殿と戦った後だと、余計にそう感じる」
「そりゃあそうだろ。なんたってあいつは俺が⋯⋯⋯、ちょっと待ておい。お前いつの間にベルナと戦いやがった」
「リリー殿の方から一勝負申し込まれてな。勝利を収めはしたが、己の未熟さを痛感させられる戦いだった」
「んなっ!? 俺の見てないところで勝手に戦ってんじゃねぇ!」
「仕方ないだろう。お互い勝負したかったのだから⋯⋯⋯」
「いいや駄目だ! 大体お前はいつもいつも――――」
怒られて少し悄気るレイナと、言葉を途中で切ったクリスが、敵の気配を察知したのは同時だった。
気付いた瞬間、建物の物陰から一斉に敵兵が飛び出した。逃がすまいと、四方から現れた敵兵が二人に迫る。包囲されたレイナとクリスだが、二人はただ冷静に敵を見据え、やはり同時に地面を蹴った。
二人の得物の切っ先が、最初の一人を仕留める瞬間も同じである。どちらも左胸を貫かれ、一撃で命を奪われる。包囲殲滅を仕掛けた敵が、数の差を活かして勇敢に突撃するも、彼らが得物を振るうよりも早く、二人の刃が瞬く間に相手を討ち取っていった。
しかし今度の相手は、圧倒的なレイナとクリスの実力を全く恐れず、勇猛果敢に反撃を試みる。討たれた仲間の屍を盾にする者や、武器を捨てて飛び掛かって来る者さえいる。
そんな相手にでさえも、二人は慌てる事なく技を放つ。相手の体当たりや反撃も全て躱し、軍服の端すら敵に触れさせず倒して見せる。確かな手応えを感じつつも、まだこの程度では相手にもならず、レイナとクリスは再び敵を片付け終えた。
「さっきの連中よりはやりやがる。噂に聞いてたブラウブロワの兵ってところか」
「そのようだな。反乱軍の中では最も手強い兵だろうが、私達を討つには能わない」
二人の予想は正しかった。レイナとクリスを襲った敵は、高い士気を持って戦いへと望むブラウブロワ兵である。
ブラウブロワの兵士達は、戦闘の最中にレイナとクリスを発見し、彼らを確実に倒すべく、全員で包囲し奇襲を仕掛けたのである。彼らは決して油断などしていなかったが、二人の驚異的な気配察知能力と、想像を遥かに超える実力には敵わなかった。
レイナは彼らすら、自分達を苦戦させる程ではないと言って見せる。だがそれは、自分やクリスだけでなく、第零戦闘団全体の敵ではないという意味でもあった。
既に街中の至る所で戦闘が行なわれ、烈火と光龍の騎士団と鉄血部隊が、敵に対して激しい抵抗を続けている。特に、鉄血部隊が扱う銃火器や爆薬の音は、二人がいる場所からでも、はっきりと聞こえていた。
「破廉恥剣士。私とお前で敵を撹乱するのはどうだ?」
「はんっ、面白れぇ。他の連中から獲物を横取りするってか?」
「私達に注意が向けられれば、それだけ皆の負担が減るはずだ。それに、リリカ様への危険が少なくなれば、リック様も安心できるはずだ」
「⋯⋯⋯リック様か。お前まだ気付かねぇのな」
「⋯⋯⋯?」
何を言っているのかと、疑問を抱いたレイナの目が、呆れているクリスに向けられる。するとクリスは、彼女の口元を指差し、面倒そうに答えた。
「その呼び方のことだっての。いい加減気付け」
「!」
レイナはやっと、リックに対する呼び方を、自分が戻していなかった事に気が付いた。正体を隠す必要のなくなった、逃亡先のアーレンツにいた時から、今まで通りに戻しても良かったはずなのだ。
だからあの時、リックだけでなく、クリスやヘルベルトが笑っていたのだと、ようやくレイナは気付いた。恥ずかしくなって頬を赤くするレイナに、クリスは更に続ける。
「戻す必要なんかねぇだろ」
「だが⋯⋯⋯」
「お前もそう呼びたくて、リックも喜ぶってんなら、戻さなくていいだろうが。無理に戻す必要があるってんなら、俺を納得させる訳でも言ってみやがれ」
全てクリスの言う通りだと思いながら、それでいいのかと思う自分がいる。どうしても迷い苦悩し続ける自分の心に、レイナ自身は答えが出せずにいた。
ただ、彼の名を口にする度、温もりを感じる自分の心には、とても逆らえない。
「⋯⋯⋯お前という奴は、どこまでも人の心を搔き乱す」
「知るか。うじうじしっぱなしのお前が悪いんだよ」
「一番癪に障るのは、お前が本当に私の兄になったように見えることだ」
「はあ!? アーレンツでの話まだ気にしてんのかよ!?」
「これからは兄上とでも呼べばいいか?」
「ふっ、ふざけんな! 鳥肌立っちまうだろうが!」
「⋯⋯⋯駄目だ気持ち悪い、吐きそう」
「げろ吐くくらい嫌なら呼ぶんじゃねぇ!!」
クリスを揶揄うはずが、逆にレイナの方が自滅して、本気で気持ち悪がっている。正直、兄呼びをしただけで吐きそうな顔をしたレイナの姿を見ると、流石のクリスも少し傷付いた。
だが、逆に自分がレイナを妹と呼んだら、きっと彼女と同じような状態になると容易に想像が付いて、一人納得してしまう。
「ったく、吐いてる暇なんかねぇぞ。敵はそこら中にいるんだからよお」
「わっ、わかっている⋯⋯⋯。お前が余計なことを言うから悪いんだ」
「人のせいにするな! お前ほんと超めんどくせぇ女だな!」
いつもの調子を取り戻したレイナとクリスが、共に戦場を駆け、押し寄せる反乱軍へと立ち向かっていく。
裏切り者を叩き潰すと、怒りに燃える二人の力の前に、また多くの兵士がその命を一瞬で散らせていくのだった。




