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第五十七話 侍従乱舞 Ⅵ

 ジークフリーデンが待つという、会談の場に到着したアンジェリカ達は、部屋の扉前で警備の兵に止められた。又も規則という事で、護衛の騎士四名は入室を許されず、メイドに関しても、入室は一人だけだと言われた。

 以前行なわれた、外交官セドリックとの交渉の際、アンジェリカを襲撃しようとした賊を、ウルスラ達メイド部隊が全滅させた話が、ここにも伝わっているという。同行していいメイドが一人だけというのは、彼女達が一般的な侍従とは違う、極めて危険な戦闘侍従である事を、ジエーデル側が把握しているためだった。

 安全を考えた規則とはいえ、何かがおかしい。それぞれが持つ直感で、嫌な予感を覚えたウルスラ達は、一人誰を同行させるべきか一瞬思考する。結論は直ぐに出て、メイド長ウルスラの視線は、リンドウでもアマリリスでもなく、スズランへと向けられた。


「スズラン。陛下を御傍で護衛しなさい」

「はい、メイド長」


 メイド部隊一の王子様にして、リンドウが最も信頼する部下。メイド服をその身に纏うも、男装が似合う麗人ことスズランが、アンジェリカへ同行する事になった。

 スズランが部屋に入る前に、武器などを所持していないか身体検査もされた。もしリンドウやアマリリスであったなら、一発でアウトだったのは間違いない。だがスズランは、武器の類を一切所持していないため、入室の許可が下りた。

 

「陛下、度々の無礼を御許し下さい」

「許す。貴様達は職務を全うしているに過ぎない」


 深く頭を下げて謝罪するビルに対し、アンジェリカは彼らを許して部屋に入る。スズランを連れて入った会談の場で、案内されるまま椅子に座ったアンジェリカの瞳が、花瓶の置かれたテーブルを挟んだ先で背を向ける、一つの椅子に向けられた。

 部屋の扉が閉められ、扉の前には警備の兵が二人立つ。アンジェリカが視線を向ける先には、ビルを含めた三人の男が控える。三人とも、警備としてこの会談に同席するようであった。

 スズランはアンジェリカの傍を離れず、彼女の真横に立って警護に当たる。スズランが警戒していた通り、部屋は会談とは思えぬ緊張感が張り詰めていた。

 警戒するスズランの様子を察しつつも、アンジェリカは女王として一切取り乱したりはせず、落ち着いた様子のまま、視線の先にある椅子の背を眺めていた。


『御無沙汰しております、アンジェリカ陛下』


 背を向けた椅子から突然、聞きなれた男の声が部屋に響き渡る。その声を合図に、ビルが椅子を正面に向ける。前を向いた椅子には、本来座っているはずのジークフリーデンの姿はなく、帝国国防軍が使用している無線機が置かれているだけだった。


『このような形でお話ししてしまい、御無礼をお許し願いたい』

「⋯⋯⋯何のつもりだ、メンフィス参謀長」

『少し陛下と、今後の我が国の行く末を御相談したいと思いまして。私が戦地を離れられなかったため、このような場を設けて頂いた次第です』


 無線機から聞こえる声は、帝国参謀長エミリオ・メンフィスのものであった。既に不穏な状況下にある中、声だけとはいえエミリオがこの場で現れた事で、アンジェリカとスズランに動揺が奔る。

 この瞬間、アンジェリカとスズランの脳内では、様々な可能性が考えられていた。思い付く限りの可能性の中には、アンジェリカを脅かすであろう、最悪の状況も含まれている。彼女を護衛する立場にあるスズランは、最大級の警戒を持ってアンジェリカの傍に張り付いた。


『早速ですが、現在私は反ヴァスティナを掲げる各国と連携し、帝国国防軍将軍リクトビア・フローレンス打倒に動いています』

「⋯⋯⋯貴様が反乱を起こしたと、そう言いたいのか?」

『ええ、その通りです。正確に言うならば、リクトビアこそ、ヴァスティナ帝国を崩壊へと導く存在であるという結論に至り、陛下への忠誠と、帝国を破滅の未来から救うべく、敢えて反逆の汚名を被るのも厭わず立ち上がりました』

「ふん、なにが私への忠誠だ。貴様が忠誠を向ける相手は、最初からただ一人、あの男だけだ」


 反乱を起こしたという事実と、その理由。エミリオがどんな男か知る故に、冷笑して指摘するアンジェリカは、冷たい眼差しで無線機を睨んでいた。

 そのアンジェリカの態度を、彼女の事を御飾りの女王程度に考えていたビル達は、驚愕と共に恐れた。まだ若い少女の身でありながら、自分を脅かす反乱の事実を突き付けられても、彼女は顔色一つ変えなかったからだ。

 

『⋯⋯⋯陛下も御存知の通り、今のリックは我々が知る彼とは違う。ユリーシア陛下が望んだ未来は、全てを失った彼には掴めない』

「⋯⋯⋯」

『焦るが故に選択を誤り、大切な人も、自らが生きる理由すら失くした彼に、陛下と帝国は守れません。ですから陛下、この私に、貴女と国の未来を委ねて頂けないでしょうか』


 顔色を変えなかったアンジェリカの眉が、ほんの一瞬だけぴくりと動く。彼女は怒りを露わにする事も、今度は冷笑する事もなく口を開いた。


「貴様があの男の代わりになると、そう言いたいのか?」

『仰る通りです、アンジェリカ女王陛下』

「あの男が背負う業を、貴様如きが抱えられるはずもない。本当の望みはなんだ?」


 多くの者達からすれば、エミリオの反乱は、彼が野心に目覚めて起こしたクーデターに映る。今、ヴァスティナ帝国の軍事を握るという事は、ローミリア大陸の半分を手に入れたに等しい存在となれる。それがどれ程魅力的なものなのか、誰にだって分かる事だ。

 ローミリア大陸統一の覇者となる、現在の大陸情勢に於ける最大の近道。それが、英雄リクトビア・フローレンスの打倒である。この場にいるビル達も、エミリオによる反乱の理由はこれだと確信していた。

 しかし、アンジェリカの考えは違う。彼女からすればエミリオは、そんなもののためだけに反旗を翻すような男ではないのだ。もしエミリオが、野心に駆られるような男であったというならば、彼の野望は、アンジェリカの真実を知った、あの夜から始まっていたはずなのだから⋯⋯⋯。


『⋯⋯⋯私の真の望みは、ただ一つ。我が友にして最大の宿敵、救国の英雄リクトビア・フローレンスとの勝負のみ』

「そんなものにどんな意味がある? 貴様があの男を倒したところで、何も得られはしない」

『意味も何も要りません。ただ私は、自分自身がこの世で認める最大最強の存在を、この手で降していたいという欲求に抗えなかった』

「⋯⋯⋯やはり、貴様やあの男を我が臣下としたのは間違いだった。最早貴様達など、私には必要ない」


 仮に、自分へと反旗を翻したのが、エミリオではなくリクトビアであったとしても、アンジェリカの答えは決まっている。例え神にだって、彼女は従わない。


「私は貴様を認めない。特に、私の前で顔も見せない、不埒者の言葉などはな」

 

 アンジェリカの返答を受け、ビル達ジエーデル側の男達が、一斉に武器に手を掛ける。警備の兵二人が腰の剣を抜き、ビル達三人は、軍服の懐に隠し持っていた短剣を抜いた。


『残念です陛下。出来れば穏便に済ませたかったのですが、後はそちらにいるビルに任せましょう』

「了解だ参謀長殿。事前の話し通り、女王陛下様はなるべく無傷で捕らえるさ」

『聞いての通りです陛下。そこにいるビルは、独裁者バルザックに抵抗し続けた反抗勢力の中核を担っていた男です。ビルや彼と志を同じくする仲間達は、完全なるジエーデルの独立を目指している。この意味は分かりますね?』


 それだけ聞かされれば、ビル達が何故自分に刃を向けるのか、分からない彼女ではない。ジエーデル国を独裁者の手から解放すべく戦い、祖国の自由を手にした彼らにとって、次なる敵はヴァスティナ帝国であるからだ。

 現在のジエーデルは、ヴァスティナ帝国と同盟を締結した、帝国の更なる力となるための属国である。バルザックの様な独裁支配体制でないとはいえ、帝国の支配に不満を抱く者は、ビル以外にも大勢いる。

 これでは、支配者が代わっただけではないかと、多くの者の不満が爆発した。ビルはそんな彼らの代表として、エミリオ率いる反乱軍の計画に加担したのである。

 反乱が成功した暁には、ジエーデル国に対する真の独立が約束されている。ビルに与えられた役割は、帝国女王アンジェリカを決して殺さずに捕え、エミリオに引き渡す事であった。


『無駄な抵抗は止め、大人しく彼らに従って頂ければ、陛下は勿論、メイドや騎士団にも危害は加えません。それでは陛下、私はトロスクスの街を占拠したらしいリックを捕えなくてはいけませんので、これにて失礼させて頂きます』

  

 その言葉を最後に、エミリオからの無線は途絶えた。

 指示を受けたビル達は、アンジェリカを捕らえるべくゆっくりと近付いていく。椅子に座ったままのアンジェリカの背後から、警備の兵二人が右手に剣を握り、彼女を捕まえようと後ろから迫る。

 警備の兵の一人が、背後からアンジェリカの腕を掴もうと、剣を握っていない左腕を伸ばす。だがその腕は、瞬時に腕を掴んだスズランの右手に強く掴まれた。


「僕の陛下に触れるな」


 スズランの鋭い眼光が兵を捉え、次の瞬間には、相手の足を払い体勢を崩すと、掴んでいた左手を相手の背にまわし、乾いた音と共に相手の腕の骨を折って見せる。激痛に絶叫する兵の、今度は頭に手をまわし、首を思いっ切り捻って骨を折った。

 一瞬の早業の前に一人を殺し、驚いて対応が遅れた兵へと、スズランの格闘術が迫る。殺した敵の剣を奪い、その切っ先を相手の足に突き刺して、悲鳴を上げた相手の鳩尾に肘を打ち込む。呻き声を挙げて怯んだ相手に向かい、スズランの指が容赦なく相手の両眼を潰す。

 絶叫響き渡る室内で、仲間の兵を助けようと、ビル達三人もスズランへと襲いかかろうとする。一人が短剣を突き立てようとするが、スズランは短剣を持つ相手の手を取って、目にも留まらぬ速さでその手を捻り、短剣の切っ先を相手の胸に突き刺した。

 そうして相手の身体をテーブルに叩き付け、短剣の刃を胸の更に深くへと突き刺すと、彼女はテーブルの上の花瓶を掴む。スズランが花瓶を力強く振り回した先には、もう一人の敵が短剣片手に迫って来ていた。

 振り回された花瓶は相手の横顔を殴り付け、強烈な一撃を受けた相手の足が止まる。そこへ彼女の足が相手の股間を蹴り上げ、形容し難い激痛に動けなくなった相手が、膝を付いて倒れそうになるところへ、彼女が掴んでいる花瓶が真上から振り下ろされた。

 鈍器の如く扱われた花瓶は、相手の頭蓋を叩き割ると同時に割れて砕け散る。二人片付けたところで、最後の一人になったビルの姿をスズランが捉えた。

 ビルはスズランを狙わず、仲間を囮にし、アンジェリカの確保へと駆けている。ビルの動きを止めるべく、今殺した相手の短剣を奪ったスズランが、その刃を彼へと投げ付けた。

 咄嗟にビルは、投げ付けられた短剣を左手で受け止める。動きが止まったその一瞬で、スズランはビルトの距離を一気に詰めた。彼の右手に握られた短剣が、椅子に腰かけるアンジェリカへと迫る。その刃は、間一髪スズランがビルの右手を掴む事で防がれた。

 だがビルは、ここで口元を歪めて笑みを浮かべる。掌に短剣が突き刺さった彼の左手が、突然床に落ちたのである。ビルの左手は、かつて失われたために義手だった。その義手の裏側には、仕込みの刃が隠されていたのである。

 

「もらった!!」

「!」


 義手から現れた仕込みナイフが、微動だにしないアンジェリカへと迫る。このナイフでアンジェリカを人質に取り、一気に形成を逆転する事がビルの狙いだ。

 アンジェリカの顔に刃が迫る直前、ビルの顎に鈍く重い一撃が叩き付けられる。スズランは頭突きを繰り出して相手の顎を殴り付け、間一髪のところでアンジェリカを刃から救った。

 顎に受けた衝撃で、怯んだビルの身体が後ろへ倒れそうになる。しかし、短剣を持つ彼の右手を掴んだままのスズランは、それを許さない。追撃をかける彼女は、左の拳を連続でビルの上半身へと打ち込んだ。

 繰り出された連打で苦痛に呻き、最後は腹部に渾身の一撃が叩き込まれた。そこでようやく右手が解放され、殴られた痛みを堪えながらも、ビルは短剣片手に立ち向かおうとする。

 連続で殴られたからとはいえ、所詮は女の拳だと、ビルは自分を奮い立たせる。だが彼は、殴られた上半身全体から奔る熱を帯びた痛みを感じ、突然吐血してしまう。

 訳が分からず、短剣を握ったまま右手を自身の腹部に添える。触れた右手を見下ろすと、その手には自分の血が塗られていた。見ればスズランの左の拳には、先端に血の付いた、尖った何かの破片が指の間に挟まっていたのである。

 それが、さっき割れた花瓶の破片だとビルが気付いた瞬間、彼の喉元が一瞬で斬り裂かれる。破片を挟んだ拳を振るい、スズランはビルの喉を斬り裂いたのだ。

 止まらない大量出血で意識を失い、力なく床に倒れたビルの命の灯は、そこで消え失せた。最後にスズランは、目を潰され床でのた打ち回る警備の兵のもとへと向かい、相手の髪を掴んで無理矢理顔を上げさせると、その首に左手の破片を突き刺した。

 間もなくその兵も死に、ビル達五人の命がこの部屋で終わりを迎える。戦闘の最中、一切取り乱さず椅子を離れなかったアンジェリカが、ようやく腰を上げて立ち上がった。


「陛下、お待たせいたしました」

「⋯⋯⋯」

「何か気になることでも?」

「いや⋯⋯⋯。ただ、お前はもっと優しい人間だと思っていた」

「?」


 どういう意味か分からないと言いたげに、スズランは首を傾げている。ウルスラが護衛に選んだ程だから、恐ろしく強いメイドなのだろうと思ってはいたアンジェリカも、目の前で繰り広げられた凄惨な殺しには、表情には出さなくとも動揺していた。

 スズランが戦うのを見るのは、アンジェリカ自身初めてだった。何故彼女がこの部屋における護衛を任されたかと言うと、メイド部隊で唯一、彼女が武器を持たないメイドだからである。

 リンドウ配下のスズランの武器は、己の格闘術と、その場に存在する物体全てである。彼女の前では、花瓶を始めとした家具も、ナイフやフォーク、石や砂でさえも凶器と変わる。ある時には羽根ペン一本で敵を殺した事もあった程だ。

 武器は全て現地調達。それがスズランの戦闘スタイルなのである。この事を知らなかったアンジェリカは、メイド部隊で唯一武器の類を持ち合わせていないスズランは、実は心根の優しいメイドなのかと考えていたのだが、その考えを改めるに至った。

 そもそも、帝国メイド部隊はあのウルスラが創設した、恐ろしく強い戦闘メイド部隊なのである。敵に対しては徹底的に、容赦なく血祭りにあげる彼女達の中に、真面で優しいメイドがいるはずなどないのだ。

 

「せめて私の前では少し考えて戦え。花瓶の破片で人を殺すメイドが何処にいる」

「そう言われても⋯⋯⋯。僕の戦い方、リンドウさんは褒めてくれたんだけどなあ⋯⋯⋯」


 こんな残忍な殺し方を褒めるなと、後でリンドウに強く文句を言ってやりたいと考えながら、スズランと共にアンジェリカはこの部屋を後にする。部屋の扉を警戒しつつスズランが開くと、目の前には武装したジエーデル兵の死体が散乱しており、ウルスラ達が敵を片付けた後であった。

 

「御無事で何よりでした、陛下」

「ウルスラ。この騒ぎの首魁はエミリオ・メンフィスだ」

「!?」


 アンジェリカが想像した通り、彼女が口にした言葉は、ウルスラ達を震撼させた。リンドウやアマリリスは言葉を失い、騎士達は信じられず我が耳を疑う。

 あのウルスラですら動揺が隠せず、思わずその視線をスズランへと向けた。動揺と悲しみを堪え切れず、スズランはウルスラから逃げるように視線を逸らしてしまう。それが全てを語り、ウルスラは覚悟を決める。


「⋯⋯⋯敵がエミリオ様であるならば、兵がこれだけとは思えません。急ぎここを脱出し、駐屯している第一戦闘団と合流いたしましょう」


 ウルスラが提案した通り、ここからの脱出を急ぐ必要がある。この旧総統府を大軍に囲まれでもしたら、アンジェリカを守りながらの脱出は、困難を極めるからだ。

 アンジェリカが部屋の中でビル達に襲われた直後、部屋の外で待機していたウルスラ達も、ジエーデル軍の兵士から襲撃を受けた。無論全員ウルスラ達の前に返り討ちとなり、倒れた死体より流れる鮮血が、床を真っ赤に染め上げている。

 アンジェリカを襲ったのは五人。ウルスラ達を襲った兵は十五人いた。合わせて二十人の襲撃者だったが、敵がこれだけとは到底思えない。何故なら相手は、帝国騎士団並びに帝国メイド部隊をよく知る、あのエミリオであるからだ。

 帝国を裏切ったエミリオが、たったの二十人でアンジェリカを捕縛できると、安易に考えているはずがない。最低でも数百、多くて数千の兵を準備している可能性がある。敵が数を揃えているとなれば、包囲される前に一刻も早くこの場を離れ、ジエーデル内に駐屯している帝国国防軍と合流し、身の安全を確保するべきだろう。


「それで宜しいでしょうか、陛下」

「任せる。それより、他の者達は――――」

「陛下伏せて!!」


 危機を知らせるリンドウの叫び声と同時に、彼女とアマリリスがアンジェリカに覆い被さり、ウルスラとスズランが盾になる。一瞬反応に遅れながらも、四人の騎士達もアンジェリカを守ろうと動いた瞬間、通路の先から現れた弩を構えた兵士達が、彼女達目掛け一斉射を放つ。

 放たれた矢の多くは騎士達に突き刺さり、零れた矢はウルスラとスズランが素手で叩き落とした。反応が遅れたとは言え、咄嗟に騎士達がその身を犠牲にアンジェリカ達の盾となり、弩による一斉射を防いだのである。

 初弾が防がれた事により、現れた弩兵はすぐさま次弾の装填を行なう。二射目は討たせまいと、弩兵に駆けて行こうとしたスズランだったが、彼女が動くよりも早く、現れた弩兵達は突如飛来した矢によって、次々と射抜かれていった。


「危ないところでしたわ。お怪我は御座いませんか、陛下」


 スズランの背後から矢を放ち、彼女達には一切当てる事なく人の間を通し、構え並び立った弩兵達を仕留めて見せたのは、メイド部隊のデンファレだった。普段かけている眼鏡を外し、彼女専用に設計された特別製の弓を片手に、デンファレはアンジェリカの無事を確かめようとする。

 そんな彼女の真横を駆けて、残敵の処理に向かって行くメイドが一人いた。自慢の大きなハンマーを振り回し、嬉々として敵との距離を一気に詰めていく。


「おらおらおらあああああああっ!! カーネーション様のお通りだあああああああっ!!!」 


 メイド部隊随一の暴れん坊カーネーションが、武闘派かつ切り込み役の名に恥じぬ突撃を敢行する。弩兵に同行していた兵士達に、接近戦を仕掛けた彼女のハンマーが振り下ろされる。

 人間の頭蓋を簡単に叩き割れる、鋼鉄製のハンマーである。男勝りなカーネーションの腕力によって、軽々と振り回されたハンマーが、瞬く間に敵の頭を叩き割って殺しまわった。

 一分も経たず、現れた弩兵部隊もカーネーション一人に殲滅させられる。敵が全員処理されると同時に、遅れてノイチゴと武装したメイド五人が、アンジェリカのもとに駆け付けた。


「陛下、お待たせいたしました~♡」


 緊張感のない声で現れたノイチゴだが、その手には彼女の得物たる大鎌がしっかりと握られている。他のメイド達も剣やナイフを握り、戦闘態勢で周囲を警戒する。

 リンドウとアマリリスは、咄嗟に矢を躱すためとはいえ、その場に倒してしまったアンジェリカを丁重に起き上がらせる。立ち上がったアンジェリカは、真っ先に負傷した騎士達へと駆け寄った。幸いにも、四人の騎士達は全員矢が刺さり負傷したが、命を落とした者はいなかった。


「怪我はどうだ?」

「もっ、申し訳ありません⋯⋯⋯。これではメイド長達の足手まといに⋯⋯⋯」

「案ずるな。よく私を守ってくれた」


 帝国女王に忠誠を誓い、命を懸けて守護する彼ら帝国騎士団にとって、アンジェリカの盾になるのは当然の事だった。そんな彼らの怪我の具合を案じ、彼らの忠誠を讃えるアンジェリカの姿が、騎士達の瞳にはほんの一瞬だけ、かつてのユリーシアと重なって見えた。

 アンジェリカはユリーシアのように、微笑むどころか笑み一つ見せない少女だが、自分よりも他者の身を案じる心は、彼女にそっくりだった。かつて騎士団長メシアが、命を懸けてユリーシアを守ったように、今度は自分達がアンジェリカを守るのだと、騎士達の心が一層奮い立つ。

 だが騎士達の負傷した身体は、彼らの思いに反して動きが鈍い。怪我を押して戦おうとする彼らの思いだけは受け取り、アンジェリカはメイド達に彼らを運ぶよう命じた。 

 その最中、ウルスラは状況を更に詳しく知るべく、後から駆け付けたノイチゴへと視線を向ける。視線に気付いたノイチゴは、お手上げと言わんばかりの表情で、ウルスラの求めに答えようと口を開いた。


「この場所は完全に包囲されちゃいました~。窓の外を見るに、敵はジエーデルの正規兵で間違いないです。今、屋外戦闘が得意なラフレシア、ベニバナ、ナノとハナが外で待機している騎士団との合流と、退路の確保に向かってまーす」

「建物内の状況は?」

「そ・れ・が、もうどこもかしこも敵だらけ! ラベンダーが相手をして私達を先に行かせてくれたんですけど、あの子一人じゃちょっとキツそう」

「⋯⋯⋯状況はわかりました。ノイチゴにはこの場で殿を任せます。陛下が建物を脱出するまで時間を稼ぎなさい」

「はーい♡ お姉さんに、オ・マ・カ・セ♪」


 余裕の笑みを浮かべたノイチゴが、アンジェリカへとウインクして見せる。緊張感のない言動が目立つが、これも全て、アンジェリカを不安にさせないための気遣いである。

 いつもならば、こんな調子のノイチゴに対して、ウルスラの説教が始まるか、リンドウ達の溜息が零れるところだ。しかしアンジェリカを始め、ウルスラ達はこれまでにない程、深刻な表情で護衛に当たっている。

 この事態が、ただの反乱ではないと察したノイチゴは、敵を片付け終えたカーネーションとデンファレに目で指示を飛ばす。アンジェリカに同行し、彼女を命懸けで守れという命令だった。

 ノイチゴがこの場で殿となり、全員が移動を開始しようとした時、ウルスラはある覚悟を決め、その視線をアマリリスへと向ける。


「⋯⋯⋯相手があの御方であるならば、こちらも奥の手を使いましょう」


 ウルスラの言葉を聞き、最初にその意味に気付いたのはリンドウだった。ウルスラの考えを悟ったリンドウの目は、それだけは駄目だと訴えていた。だがウルスラの言う通り、相手がエミリオである以上は、本気で挑まなければ勝機はない。


「アマリリス。まだ薬は飲んでいませんね?」

「あっ、朝飲んだだけで⋯⋯⋯。お昼の分はまだです⋯⋯⋯」 

「では薬は飲まず、建物内の敵を貴女一人で殲滅しなさい」

「はわっ!? はわわわわわっ⋯⋯⋯!」


 アマリリスへウルスラが下した命令に、アンジェリカを除く全員が驚愕する。特に驚き、そして大いに恐怖したのはカーネーションであり、先程までの威勢が嘘のように青ざめ、泣きそうな顔でびくついていた。


「じょっ、冗談じゃねぇよメイド長!! アマ姉さんを本気にさせるとか正気か!? 絶対俺達の内の誰かが死ぬって!?」

「安心しなさい。事が片付いた後は、私の手でアマリリスを止めます」

「メイド長が止める前に襲われたらどうすんだよ!? 今度こそ俺死ぬの!? 頼むからアマ姉さんだけはほんとやめてくれよおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 あの男勝りな戦闘大好き娘が、世界の終りの如く泣き叫び恐怖している。カーネーションのあまりの取り乱しようは、何も知らないアンジェリカを困惑させた。

 確かにアマリリスは強い。並みの兵士では彼女の相手にならず、細切れにされて命を失う。それくらいはアンジェリカもよく知っているが、カーネーションがここまで怯える理由が、とても想像できない。

 本当にウルスラを信じ、アマリリスに任せて良いのか。躊躇いを覚えるのも仕方がない状況ではあるが、女王たるアンジェリカの答えは最初から決まっている。


「アマリリス」

「はっ、はい陛下⋯⋯⋯!」

「私に刃を向ける者、その全てを屠ってみせよ。お前を縛る枷があるならば、私のために、お前の枷を解き放て」


 アンジェリカはウルスラと、そしてアマリリスを信じている。例え彼女の力が、どれ程悍ましく恐ろしいものであったとしても、それを解き放った責は自らが負う覚悟だ。

 その覚悟を感じ取ったアマリリスは、自信のない気弱な己の気持ちを振り払う。そして彼女は、ここで命を捨てる覚悟と共に、決意した瞳でアンジェリカを真っ直ぐと見つめた。


「⋯⋯⋯我が命に懸け、御望みのままに咲き狂いましょう。我らの愛おしいアンジェリカ陛下のために」

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