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第四十九話 反撃 Ⅳ

 異教徒による戦いの混乱が治まらぬ内から、ローミリア大陸は又しても混迷極める状態に陥っている。

 遂に大陸の覇権を懸け、二大大国が君臨する北方への侵攻を開始したジエーデル国。それを迎え撃つ、大陸最大の王政国家にして、グラーフ教と勇者連合の本拠地であるホーリスローネ王国。この戦いを静観しながら、次の一手を思案しているゼロリアス帝国。

 そして中小の国家群は、どちら側に付くべきかを決め兼ねている。やはり王国に味方するべきか、それとも勢いのあるジエーデルに付くのが得策か。大陸の情勢は揺れに揺れており、どうなるかは未だ見当も付かない。

 

 そんな中、北で起きている大国同士の戦争の影響を受けず、今日も平和な日々を送っている国家がある。南ローミリアに君臨するその国の名は、ヴァスティナ帝国。南ローミリアの盟主であり、今や大陸中央にまで進出した強国である。

 女王の善政によって守られたこの帝国の、変わらぬ日々を送る喉かな街中で、今日もあの男がまたよく分からない行動を始めていた。


「えー、これより第二十九回アングハルト男性恐怖症克服訓練デートを行なう。アングハルト、今日の意気込みは?」

「がっ、頑張ります⋯⋯⋯」


 この国で突拍子もなく謎の行動を始める人間は、この男を措いて他にない。街の広場で堂々と開始の宣言を行なうこの男こそ、ヴァスティナ帝国国防軍の将軍リクトビア・フローレンスである。親しい者からはリックと呼ばれているこの男だが、これでも一応軍の最高司令官である。

 そして今。彼の目の前で恥ずかしがりながらも答える彼女は、セリーヌ・アングハルト。帝国国防軍第一戦闘団の指揮官である。

 二人共今日は休みであり、普段着ている軍服姿ではなく、どちらも私服でここへ集合した。リックは飾り気のない庶民服だが、今日のためにお洒落を決め込んだアングハルトは、白を基調としたドレス姿で化粧もばっちり決めている。


「どうした、声に覇気がないぞ?」

「そのー⋯⋯⋯、慣れない格好のせいで恥ずかしくて」

「そうなのか? 今日はやけに女の子らしい可愛い格好だから、寧ろやる気満々なのかと思ったぞ」

「かっ、可愛い!?」

「うん、可愛い」


 好きな相手に面と向かって可愛いと言われ、顔を真っ赤にして恥ずかしがったアングハルトが、顔を見られまいと慌てて背を向けた。

 今日のデートのために意を決して、イヴやシャランドラ、それに帝国メイド部隊にまで協力して貰って、デート衣装を用意して化粧までして貰ったのである。確かに気合は入れてきたのだが、普段ドレスなど着る事もなければ、化粧だってほとんどしない。慣れない自分の姿が恥ずかしくて堪らないのに、面と向かって素直に可愛いなんて言われれば、羞恥と嬉しさで赤面してしまう。


「ほら、最初っからそんな調子だとデートにならないだろ。みんなに頼んでお洒落して貰ったんだから、もっと堂々としろよ」

「⋯⋯⋯どうして閣下がその事を知っているのですか?」

「城を出る前にリンドウさんが教えてくれた」

「⋯⋯⋯最近やけにリンドウ殿と親しいご様子ですが」

「そっ、そんな事ないぞ。親しいっていうかほら、偶々教えて貰えただけだって⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

「そっ、それより! 今日のデートこそはお前の男性恐怖症を克服できるように頑張るぞ。この前みたいにいきなり通りすがりのおっちゃんをぶん投げたりしないように」


 アングハルトとのデートは今日で二十九回目。リックが述べた通り単なるデートではなく、これはアングハルトが苦悩している自身の恐怖症克服のための、言わば訓練のようなものである。

 始まりは、大量発生した魔物からリック達がラムサスの街を救った戦いで、アングハルトに救われたお礼として、彼女からのデートの願いを聞いたところまで遡る。

 どうせならデートも兼ねて、少しでも男に慣れるための練習をするのはどうかとリックが提案し、アングハルトもそれに賛成した。その第一回目のデートでアングハルトは、立ち寄った露店で店主の男に偶然触れてしまい、強烈な一本背負いで店主を気絶させてしまったのである。

 まさかこんな事になるとは思わず、事態を重く見たリックとアングハルトは、これ以降のデートは男性恐怖症克服のための訓練にすると決め、これが二十九回目に当たる訓練なのである。


「せめて、ちょっと触れられても手が出ないまでにはなって貰うぞ。十五回目の時なんか近付かれただけで驚いて殴ってたしな。戦闘中の時は平気なんだから、努力し続ければきっと治るって」

「いつもこんな事に付き合わせてしまい、本当に申し訳ありません⋯⋯⋯」

「訓練はどうあれ、こうやってお前とデートできるのは俺も嬉しい。気にするな」


 それはアングハルトも同じ気持ちである。リックが自分のために付き合ってくれていると分かっていても、愛する人と一緒に過ごせて、しかも独り占めともなれば、嬉しくないはずがない。

 嬉しくて仕方ないからこそ、教えて貰った通りに勝負衣装を身に纏い、恥ずかしさを堪えて待ち合わせ場所までやって来た。もっと言えば、今日こそは勇気を出して愛する彼を強く抱きしめ、押し倒して自分のものにしたいとさえ考えている。

 当然ながら愛されている本人は、彼女に抱かれる事など全く想定していない。愛されている事は理解していても、こういうところは鈍感なのである。


「じゃあ早速デートを始めるぞ。まずは最近出来たばっかりの雑貨屋に行こうか」

「その前に閣下、一つお聞きしたい事が」

「なんだ?」

「⋯⋯⋯私達は、ここで喉かな日々を送っていてもいいのでしょうか。こうしてる間にもジエーデルは、王国への侵略戦争を続けています。我が軍も何かしらの軍事行動を起こすべきだと考えます」


 確かにデートは楽しみであったし、何の柵もなくリックと過ごしたいと思っている。だがそれとこれとは話は別で、今の大陸の情勢を考えると、自国も行動を起こすべきなのではと考えてしまう。

 大陸を大きく揺るがす原因となっているのは、ヴァスティナ帝国の仇敵たるジエーデル国だ。本気でジエーデル国を倒したいならば、これは帝国にとって好機にもなる。故にアングハルトは、今こそが軍をジエーデルに向けるべきと考えている。

 それなのにリックは、大きな軍事行動を一切命じる事はない。愛する者の命を奪われ、誰よりも彼の国を憎悪しているはずのリックが、何もせずにただ静観している。


「⋯⋯⋯もしかしたら、これがお前との最後のデートになるかもしれない」

「!?」

「次に俺達が戦う相手はジエーデルだ。その後は北の二大国が相手になる。今まで経験した事がない大きな戦争に、俺達は勝たなくちゃならない。それがどんな激しい戦いになるか分からない。俺かお前、或いは両方が、いつ命を落としたっておかしくないんだ」

「閣下⋯⋯⋯」

「戦いに向けて裏では準備を進めてる。行動を起こす機会も狙ってるんだ。それが終わるまでは皆に、この国で過ごす最後の平穏な時間を大切に過ごして欲しい」

 

 この先、ヴァスティナ帝国が歩みを進める未来には、より大きな戦争が待っている。リックはこの戦争に勝利するため、帝国国防軍の軍備を増強し続けてきた。

 その結果、今やヴァスティナ帝国の軍隊は、北方の二大国にもジエーデルにも劣らない、大陸第四位の軍事力を有するに至った。更に、帝国国防軍か使用する近代的な兵器群は、三国を大きく凌駕する軍事技術であると証明している。

 だがそれでも、無敵の軍隊を持っているわけではない。判断を誤れば、どの国に敗北してもおかしくはないだろう。もっと言えば、勝利を得るためにどれだけの犠牲を払うか、今のリック達には想像もできない。

 今、自分達が過ごすこの日々が、誰かにとっては最後になってしまうかもしれない。そう思うからこそ、リックは全ての準備が整うまでの間だけは、戦いを忘れて大切な者達と過ごそうと決めている。


「だからアングハルト、今日は一緒に目一杯デートを楽しもう。それと恐怖症も克服して、俺以外の奴とも付き合えるようになってデートを終わろう」


 そう言って優しく微笑むリックを見たアングハルトは、胸の鼓動が早くなるの感じながら、彼のこの微笑みにだけは一生敵わないと思う。

 優しくて、温かくて、愛おしいこの微笑みが、彼女は一番好きだ。例え、自分が触れる事のできる男が彼だけになってしまっても、この世で一番愛する彼を守れるならそれでもいい。


(克服できても、私は他の男とは付き合いません。あなたがもう誰も愛さなくても、私はあなただけを⋯⋯⋯)


 秘めた想いを胸の中に仕舞い、アングハルトはリックと手を繋ぎ、思いっ切り今日を楽しもうと並んで歩き出した。

 本当に最後のデートになってしまっても、決して後悔しないために⋯⋯⋯⋯。










 極北の地に君臨する大国、ゼロリアス帝国。

 ホーリスローネ王国に比べれば歴史は浅く、グラーフ教会もなければ勇者連合も存在しない。しかしこの国は、大陸最強の軍事力を持つ大国であり、武力だけなら王国すら上回る国家である。

 その気になれば、宿命の敵たる王国を力で捻じ伏せる事も可能だろう。ローミリア大戦以降、これまでの歴史で帝国がそうしなかったのは、歴代の皇帝が王国の力を決して侮りはしなかった事と、グラーフ教会と勇者連合の存在があったからだ。

 だが今、ゼロリアス帝国がホーリスローネ王国を降せる、絶好の機会が訪れている。それは王国が、強国ジエーデルからの侵攻を受けているからだ。今の王国が二方面から大国の侵攻を受けて、半年と持ち堪えられるはずがない。ジエーデルの侵攻を利用すれば、勝利はゼロリアス帝国のものとなる。

 ローミリア大陸の覇権を勝ち取りたいのであれば、現状は何かしらの行動を起こす好機なのは間違いない。それにも関わらず、現ゼロリアス皇帝ガイロスが選んだのは静観だった。

 王国との国境に戦力を集結させる事もせず、ただジエーデルとの戦争の行く末を傍観するだけだ。好機を活かそうとしない皇帝に対し、臣下や民の中には不満の声を漏らす者もいるが、皇帝の決定には逆らえない。どちらが勝って生き残るのか、それだけの事となっていた。


 ただ一人、皇帝ガイロスが静観を決め込んでいる中、裏で暗躍している者が帝国内には存在している。

 ゼロリアス帝国に聳え立つ国の象徴、ゼロリアス城。城内の皇族専用の執務室に、帝国第一皇子ザイリン・レム・セリス・ゼロリアスと、彼の秘書的な文官であるタチアナの姿があった。


「タチアナ。ジエーデル国内の様子はどうなっている?」

「はい。ザイリン様の想定通り、現在は反乱の準備が進められています。名将が国内に留まっているところを見ると、恐らくはドレビン・ルヒテンドルクも蜂起に加わると見て間違いないでしょう」


 タチアナの報告と推測は、ザイリンを十分満足させるものだった。この状況を上手く利用すれば、強大と化したジエーデル国を潰す事など、彼にとっては造作もない事だからである。

 

「後は王国次第だ。彼らが自力でジエーデル軍の侵攻を押し返せなければ、これまでの労力が無駄になる」

「一時はジエーデル側優勢となりましたが、残存戦力を再編成して戦闘を継続しているようです。抵抗を続ける王国軍によって、ジエーデル軍の進軍速度は低下しています」

「今の王国軍にしてはよくやっている。誰が指揮を執っている?」

「グローブスの戦死後、詳しい記録の無い若い将が指揮をしていると報告を受けました。その将が指揮を執って以降、王国軍の動きは目に見えて変化したようです」


 ローミリア大戦時に誇ったホーリスローネ王国の強大なる軍隊は、もう存在しない。今の王国軍は数ばかりで、兵の質は年々低下の一途を辿っている。

 弱体化しているとは言え、王国軍の中で特に警戒すべき存在はいる。それが紳士将軍と呼ばれている将、ギルバート・チェンバレンである。ギルバートこそが、王国軍で最も脅威となる存在である事は、ゼロリアスだけでなく大陸中に知れ渡っていた。

 だが、現在ジエーデル軍の侵攻を食い止めている王国軍の将は、あのギルバートではないという。ギルバート以外にこんな真似は出来ないはずと、そう考えていたザイリンは自らの考えを改める。

 王国には今のジエーデル軍を脅かせる者が、ギルバート以外にも存在している。この事実は、王国軍がかつての力を少しずつ取り戻している証拠でもあった。


「腐っても大陸最大の王国という事か。紳士将軍の方は?」

「我が国に対しての防衛のため、やはり現れました。ですが紳士将軍は防衛強化の備えは行わず、我が国に対して密書を送っています」

「ほう、予想通りだ。後は、密書の内容で皇帝陛下がどう動くかだな」


 ここまでは全て、ザイリンの思惑通りに事が運んでいる。何もかもが掌の上で動き、自分にとってより良い結果へと向かって進行しているのだ。

 満足気に不敵な笑みを漏らすザイリンの前で、タチアナは涼しい顔をして表情を変えなかった。こういう時、主の機嫌に合わせて態度を変えないところが、ザイリンが彼女を気に入っている理由の一つであった。


「それと、例の人造魔人研究だが、量産化の目途は立ったのか?」

「ボーゼアスの乱に投入した試作品の改善点を踏まえ、研究所では量産に向けた実験が進められてはいますが、現状では成功率一割の壁が越えられず、量産配備には程遠いとの事でした」

「金をかけた割には上手くいかないものだ。アーレンツの粗悪品ならば数は揃うだろうが、私が求めるのは完全な魔人だ。とは言え、試験運用のために異教徒に与えた魔人は、あの風将に全て肉塊と変えられたがな」


 王国とジエーデルの戦争が始まる前に起こっていた、ボーゼアス教と呼ばれた異教徒の大反乱。これに影で協力していた国家こそ、ゼロリアス帝国であった。正確に言えば、皇帝の許しを得ず、ザイリンが秘かに行っていたのである。

 軍資金や情報、更には試作段階の人造魔人などを与え、ボーゼアス教の快進撃を支援していた。ボーゼアス教でそれを知っていたのは、教祖オズワルドと参謀のハンスだった。

 そして投入された人造魔人は、ゼロリアス帝国第四皇女アリステリアの剣、風将クラリッサの手によって全滅したのである。


「人造魔人が今後もあの程度ならば、まだハンスを始末した二人の方が使える」

「その二人ですが、昨晩の内に消息を絶ちました。前回の仕事での失敗の責を恐れ、何処かへ逃亡したようです」

「それは惜しい話だ。あの二人程の使い手は我が国にもそうはいない。おまけに貴重な血筋だ」

「捕えますか? それとも、証拠隠滅のために処理致しましょうか?」

「捨て置け。追っ手を放ったところで返り討ちに合うだけだ」


 ボーゼアス教とグラーフ同盟軍の最終決戦。戦場からの離脱を図ったハンスは、ザイリンにとって知り過ぎた存在となっていた。そのためザイリンは、グラーフ教が滅亡する際にオズワルドとハンスを処理する、言わば暗殺者を雇っていたのである。

 暗殺者は二人の女で、一方は槍、もう一方は剣の扱いに長けた、非常に腕の立つ傭兵だった。彼女達はザイリンの命令通り、暗殺対象の一人であるハンスの命を奪った。

 だが彼女達は、襲撃の際にハンスを即死させる事が出来ず失敗し、ヴァスティナ帝国に彼が持っていた情報を与えてしまった。この暗殺も極秘のものであり、作戦は一応の成功を収めたものの、情報が漏れた事に代わりはない。失敗の責と口封じのために消されると考え、彼女達は秘かにザイリンのもとを去ったのである。


「逃げた猛獣を狩るよりも、我々にはもっと重要な仕事がある。それに、我々が常に注意を向ける必要があるのはアリステリアだ」

「皇女殿下はニーベルンゲから動きません。皇帝からの再三の命も、自らの体調不良を理由に跳ね除けています」

「ならば暫くは大人しくしているだろう。私の計画に手は出さないと見た」

「では皇女殿下は、ザイリン様の策を既に見抜いていると?」

「だから危険なのだ。我が妹ながら、大局を見る目は私に匹敵する」


 ザイリンにとって最大の敵となるのは、ホーリスローネ王国でもジエーデル国でも、まして自分の父たるゼロリアス皇帝ですらない。彼にとって真の敵は、自らと同じ戦略眼を持ち、強力な軍隊を率いる自身の妹なのだ。

 その妹が動かないならば、彼を邪魔できる存在は誰もいない。父である皇帝ですら、今日まで巧みに欺いてきた。動き出した巨大な歯車は、誰にも止められない。


「我が計画成就の前祝いだ。タチアナ、今夜は私に付き合え」

「畏まりました」


 計画が成功すると確信した時、ザイリンは必ず前祝いと称して秘蔵の酒を出す。

 いつもの事であるせいで、タチアナは驚くどころか笑み一つ浮かべはしない。掌に出揃った駒が、自らの思惑通りに動いて消えていく様に満足し、お気に入りの酒を飲むのがザイリンの楽しみだと、彼女はよく知っているからだ。

 そして、前祝いが行なわれたザイリンの計画は、狂いなく成功してしまうという事を、タチアナはよく知っている。

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