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第四十九話 反撃 Ⅴ

「実に見事なものだ。吾輩の書斎にも、これ程貴重な書物は揃ってはいない」

「そう言って頂けるなら集めた甲斐がありました。ですがルクレアは、部屋が狭くなるだけだから塵は増やすなと言うんです」

「ふはははっ! 綺麗好きな彼女らしいじゃないか」


 総統バルザック・ギム・ハインツベントが、名将ドレビン・ルヒテンドルクの家に訪れたのは、冷たい風の吹く夜の出来事だった。

 ドレビンが丁度夕食を済ませた頃、バルザックは多忙の中で時間を作り、彼の見舞いにやって来た。バルザックの来訪は、ドレビンが療養してからは初めての事だった。ドレビンも彼の妻のエクレアも、バルザックの来訪を笑顔で出迎えると、彼を書斎へと案内したのである。


「我が国を代表する英雄となっても、君の家は昔と少しも変わらない。変わらないのは彼女の美しさもだが、吾輩と君は老ける一方だ」

「私も歳を感じています。若かったあの頃に比べると、無茶をするのが怖くなりました」

「お互い歳を取ったものだ。吾輩はこの国の統治者となり、君はルクレアと結婚して子を儲けた。君の子供が生まれた日が、まるで昨日の事のようだよ」

「私も、総統閣下にルクレアとの結婚に協力して頂いたのを、つい昨日の事のように覚えています」


 若かったあの頃に比べて少し家具が増え、棚に本が増えたドレビンの書斎。それ以外は何も変わらない、バルザックにとっては懐かしいこの部屋で、二人の若かりし頃の記憶が蘇る。

 周りの反対を押し切ってまで、ルクレアと結婚しようとしたドレビンを助けたのは、当時バルザックだけだった。反対した者達を彼が全員説得してくれたお陰で、ドレビンは彼女と無事に結ばれたのである。

 ただ、あの頃はバルザックに感謝する気持ちばかりで、いつの間にか訊きそびれてしまっていた。バルザックが何故あの時、自分達の結婚に協力してくれたのか、その理由をまだ尋ねてはいなかった。


「吾輩が何故、君達の結婚を助けたと思う?」

「⋯⋯⋯恩を売っておこうと考えたからでは?」

「勿論それもある。だが吾輩は、それだけのために君を助けたわけではない」

「ではどうして?」

「君が面白い人間だったからだよ」


 バルザックが何を言いたいのか、その真意を読めなかったドレビンが首を傾げると、彼は微笑を浮かべて語り始めた。


「君は優秀な人間でありながら、地位や名声といったものを求めず、愛という幻想を求めた。しかも相手は、酒場で出会い一目惚れした帽子屋の娘だという。実に面白いとは思わないかね?」

「⋯⋯⋯?」

「君は国ではなくただ一人の女を選んだ。将来を期待された立場でありながら、出世も権力も眼中になかった君という存在に、吾輩は興味が湧いたのだ」

「⋯⋯⋯⋯」

「君は実に面白く、興味深い男だった。だから吾輩は君を助けた。将来を期待されていながらも愛を選んだ男が、どんな未来を生きるのか見てみたくなってね」


 バルザックの口からこんな話を聞くのは、ドレビンにとって初めての事だった。いやそれよりも、普段の総統としての言葉ではなく、彼個人の言葉を聞くのは、これが初めてだったかもしれない。

 

「そんな君の一番面白いところは、あの時ルクレアを手に入れただけでは飽き足らず、絶望視されていた将来の地位までも手に入れてしまった事だ。全くもって欲張りな男だよ」

「ふっ、はーはははははっ! 一体どんな理由かと思えば、まさかそれだけだったとは⋯⋯⋯!」 


 吹き出したドレビンは腹を抱えて笑い出し、釣られたようにバルザックも笑った。

 バルザックはもっと計算高く、己の目的のためには手段を選ばない、自身の感情を完全に殺す事ができる人間だと思っていた。それが今日、彼の事を誤解していたとドレビンは知る。

 彼はずっと感情的で、自らの思うままに生きている人間だった。今まではずっと、結婚を助けてくれたのは恩を売るためだと考えていたが、言われてみれば確かに彼は、この時の恩を返せとは一度も言わなかった。

 そう、バルザックは遊んだのだ。あの時彼は自分の野心ではなく、純粋な興味を優先したのである。


「閣下はもっと利己的な方だと考えておりましたが、それは誤解だったようです。ならばこそ、総統閣下に問わせて頂きたい」

「何かね?」

「時期尚早なホーリスローネ王国への侵攻。閣下を何を焦り、何を求めて王国を欲するのですか?」

「⋯⋯⋯」


 ジエーデル軍は今までにない侵略戦争を始めた。他国によるホーリスローネ王国への侵攻など、ローミリア大戦以降は一度もない、大陸を揺るがす大事件である。

 これまでどの国も、大国として君臨する王国の力を恐れ、侵略戦争を仕掛ける命知らずな真似は行わなかった。実際王国の力は各国から見れば強大であり、真面に張り合えるのはゼロリアス帝国位なものだ。

 それだけ強大な国を相手に、ジエーデル国は万全とは言い難い状態の中、王国への戦争に踏み切った。ドレビンはこれを時期尚早と考え、バルザックが焦った結果のものだったと考えている。

 

 恐れていないドレビンの問いに、口を閉ざしたバルザックが沈黙を示す。そうしてドレビンの目を見つめ、自身の心を見抜いていた彼の言葉で、沈黙したまま思考する。

 やがて、五つを数える程の時間が流れ、バルザックは口を開いた。


「ルヒテンドルク君。君も我が国民も、あの国の本当の価値を知らないのだ」

「本当の価値⋯⋯⋯?」

「王国を手中に収めれば、私はローミリア大陸の覇者などという矮小な存在ではなく、この世界の神になることができる。それがどういう意味なのかは、君にもホーキンス君にも分かるまい」


 王国を手に入れる事が、この世界の神に至る方法だとバルザックは語る。王国にあって他の国にはないものは、勇者連合本部とグラーフ教会だ。

 そしてドレビンは、王国侵攻の際に総統命令で、何が起きようとグラーフ教会への攻撃を禁止と厳命されていた。彼の頭の中で、引っかかっていた全てが繋がろうとしていた。


「⋯⋯⋯総統、グラーフ教会には一体何があるというのですか?」

「それを知りたければ、先に私の質問に答えて貰おう」

「何でしょうか⋯⋯⋯?」

「君にとっての私は、一体どんな存在かね? 野心のまま動く独裁者か、それとも非情なる怪物か、将又噓吐きの卑怯者か。君の瞳に、私はどう映っている?」


 バルザックという男は、本当はこの世に存在しない。ドレビンの前にいる男は、この国を、自らの真の祖国をも裏切り、人々を騙し続けてきた。

 カリウスという名ですら、この男の本当の名前ではない。何が正しく、何が間違っているのか、それすらも分からない謎多き人間。もしかすると本人ですら、自分が何者であるのかは分かっていないのかもしれない。

 何もない、何も分からない空白の存在が、ドレビンに自分の姿を問うている。言葉を選ぶべきかと悩んだドレビンだったが、彼は嘘偽りのない心でその問いに答えた。


「私の目に貴方は、唯一無二の親友に映っています」

「!?」


 予想外の言葉にバルザックが驚くと、それを見たドレビンは「初めて彼の意表を突いたな」と思い、嬉しくなってつい笑ってしまった。

 笑っているドレビンに向かって、眉間に少し皺を寄せたバルザックの視線が向けられる。あんまり笑っては可哀想だと思い、軽く咳払いしたドレビンは切り替えて言葉を続けた。


「いや失敬。私にとって貴方は、妻との縁を結んでくれた友人であり、立場は違えど国のため共に戦い、苦楽を共にしてきた親友であると思っています。貴方からすれば私など、使える駒の一つでしかないでしょうが⋯⋯⋯」

「ルヒテンドルク君⋯⋯⋯」

「貴方が本当は何を考え、何を求めているのかは分かりません。それでも私は、貴方を友だと思えたからこそ、今日までその命に従ってきたました。質問への答えはこれで十分ですかな?」


 バルザックの正体を知ったセドリックは、彼を信じていたからこそ裏切られたと思い、戦おうと決意して行動した。

 だがドレビンは違う。バルザックがジエーデルを正しく導く存在などと、一度だって信じた事はない。その正体など関係なく、純粋に友と思っている男の助けになりたかったのだ。

 ただそれでも、バルザックが自分の目的のため、手段を選ばず行なってきた事の数々は、国を守るため戦う軍人であるドレビンにとって、目を瞑る事の出来ない問題だった。師と仰いでいたカンジェルマンが処刑された時も、王国侵攻を言い渡された時も、胸に浮かぶ思いは同じだった。

 ジエーデル国は、確実に破滅の未来を辿ろうとしている。それを阻止するためには、友であるバルザックを止めるしか方法はない。だからこそドレビンは、遂に切り札を得たセドリックに協力した。


「⋯⋯⋯そうであったか。君が私を友と呼んでくれて、心から嬉しく思うよ」


 心から嬉しそうに、バルザックは過去を懐かしんで笑みを浮かべた。

 自分にとって最初で最後の友は、自らの手で奪ってしまったはずだった。それでも自分には、まだ友と呼んでくれる唯一無二の存在がいてくれたのだ。

 バルザックの脳裏にかつての親友の顔が蘇り、目の前のドレビンと姿が重なった。問うた事への答えとしては、十分満足できるものだった。


「君が私を親友と思ってくれているなら、隠し事はやめにしよう。私が何故ホーリスローネ王国に、グラーフ教会に拘るのかを教えようじゃないか」


 この話をするのは、これで二度目である。誰にも明かさず秘密にしていたこの話を、最初にしたのは、南ローミリアから現れた妖艶な美女だった。

 彼女が現れ、知りたかった真実を教えてくれたからこそ、バルザックの心の中で決心が付いた。王国侵攻へ踏み切ったのも、彼女から神に至る切符を得たからだ。

 今、バルザックは親友への餞別として、ドレビンの予想を遥かに凌駕するであろう、真実の話を語ろうとしていた。


「聞き給えルヒテンドルク君。ローミリア大陸と呼ばれている、この世界は―――」










 夜も更けた頃、ドレビンの自宅の玄関前には、総統を護衛する軍警察の姿があった。数台の馬車が待機し、騎兵と歩兵を合わせて百人程度の部隊が、ドレビン宅の周囲を厳重に警戒している。

 その中には、軍警察の長官ハインリヒ・バウアーの姿もあった。彼は軍警察隊員を家を囲むように配置し、自らは玄関前に待機していた。

 やがて、玄関の扉が開くと、待っていた人物であるバルザックが姿を現す。バルザックを出迎える形で、玄関からはドレビンも姿を現すのだった。


「久しぶりに有意義な時間を過ごせたよ、ルヒテンドルク君」

「私もです、総統閣下。まさかあんな興味深い話が聞けるとは思ってもみませんでした」


 玄関から現れた二人は、実に楽しそうな様子で笑っていた。これから何が起こるのか、それを知りながらも二人は、まるで仲の良い親友のように笑い合っていたのである。


「私がもし総統の立場であったなら、間違いなく同じ道を歩んだはずです。共感してしまうから、貴方を責める資格は私にはない」

「私や君のような人間には、到底抗いようのない欲望だよ。悔やむことはない」


 真実を知ったが故に、バルザックという男を真に理解したドレビンは、彼と戦う気を失っていた。自分で言ったようにその資格がなく、何の道ここで終わりなのだと悟っているから、戦う意思はないのだ。


「ところで総統。どうして私が、裏でレジスタンスに協力していると見抜けたのですか?」


 バルザックには一言も訊ねられはしなかった。だがそれでも、バルザックが見舞いと称してここへやって来た時点で、ドレビンには分かっていたのである。

 ドレビンが独裁者バルザックを裏切っている。事実をその目で確認するために、バルザックは直接やって来たのだと⋯⋯⋯。


「簡単な話だよ。元々君は、私の非人道的な政策に批判的だった。口には出さなくと、長い付き合いなのだからそれくらいは見抜ける。レジスタンスの動きが活発化し始めた同時期に、批判の立場の君が療養で国内に留まるなど、そんな偶然が起こり得るはずがないだろう」


 全くその通りだと思い、ドレビンは声を上げて笑っていた。

 それだけでなく、セドリックの監視や反抗勢力の内部調査などで、軍警察がある程度の目星を付けてはいたはずである。しかし、己の直感で全てを見抜いたバルザックなら、他に情報源がなくとも直ぐに勘付いた事だろう。

 流石は情報局の鴉と、そう思わざる負えない。軍人であるドレビンは、元諜報員であったバルザックの観察眼を、完全に侮ってしまっていたのだ。


「やれやれ⋯⋯⋯。名将などと謳われながら、我が未熟さが恥ずかしい」

「我が国一の英雄に勝てるとはな。どうやら私の勘はまだ衰えてはいないらしい」

「⋯⋯⋯では、総統閣下。幸運を」

「ありがとう、我が親友よ。君と共に歩んできた日々、とても楽しかった」


 最後の言葉を口にして、バルザックはドレビンに背を向けて歩き出す。軍警察隊員に導かれ、淡々と馬車に乗ったバルザックは、一度もドレビンに向かって振り返ろうとはしなかった。

 ドレビンを乗せた馬車は走り出し、半数の隊員が護衛として続いていく。後には残り半数の隊員が待機し、夜道を進んでいくバルザックの馬車を見送ったハインリヒが、同じく場所を見送っていたドレビンの前にやって来る。


「あれ程までに上機嫌な総統を見るのは初めてです。将軍のお陰で有意義な時間を過ごされたようで何よりでした」

「ふっ、煽てても何も出んよ。それで長官、君の仕事は私の始末だろう?」

「我々のやり方通り貴方をこの場で逮捕し、尋問の上で処刑と行きたいところではありますが、そんな事をすれば却って国民の反感を買うでしょう。幾ら貴方が国家反逆を企てたとは言っても、我が国で最も英雄的軍人を処刑となれば、国内は大混乱になると目に見えています」

「ならばどうする? このまま見逃すつもりかね?」


 どう足掻こうが自分の未来は決まっている。無駄な抵抗を諦めているドレビンは、逃げも隠れも誤魔化しもせず、ハインリヒの前で死を恐れず堂々としていた。

 するとハインリヒは、懐から小瓶を一つ取り出すと、それをドレビンの前に差し出した。


「新型の毒薬です。即効性の猛毒で睡眠効果があり、眠っている間に苦痛なく永眠できる優れものです。総統も私も、万が一の自決ように所持しています」

「⋯⋯⋯つまり私に、自ら命を絶てと言いたいわけだな」

「話が早くて助かります。我々は将軍を反逆者としてではなく、国に忠を尽くした軍人として処理したいのです。将軍の名誉を守りたいと、総統閣下もそれを望んでおられます」

「やはり、怖いくらいお優しい方だ。総統のお陰で私は、君に苦しめられず死ぬことができる」


 ハインリヒの用意した脚本は、ドレビンの死を病死という扱いで国民に伝え、レジスタンスのクーデターを内密に処理する事を目的にしている。

 序に、国を挙げての盛大な葬儀を行ない、志半ばでこの世を去ったドレビンのため、必ずや王国に勝利しようと国民に訴える。言わばプロパガンダとして彼の死を利用し、国民の戦意をより一層高めようと計画していた。

 勿論これはバルザックも同じ考えで、必要な手配は既にハインリヒに任せている。ただそれでも、苦しまなくて済むよう新型の毒薬を用意したのは、ドレビンに対するバルザックの躊躇いと慈悲だった。


 小瓶をドレビンが躊躇なく受け取ると、用を終えたハインリヒが踵を返す。ドレビンに背を向けて立ち去ろうとしたハインリヒだが、不図何かを思い出したように振り返り、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「言い忘れていましたが、御子息の方はどうぞ御心配なく。決して悪いようには致しませんので、御子息の事は気にせず、奥様と最後の夜をお過ごし下さいませ」

「⋯⋯⋯そうさせて貰うとするよ。それよりバウアー長官、一ついいかね?」

「はい、何でしょうか?」


 ハインリヒの言葉に、普通ならば不快感の一つでも表していいところだ。しかしドレビンは、彼の言葉など物ともせずに、満面の笑みを浮かべながら口を開いた。


「皆同じなのだろうが、私も君は嫌いだ」

「ふふっ、ははははははっ! だから貴方は面白い。失うには惜しい方だ」

 

 ハインリヒもまたドレビンの言葉では動じず、上機嫌に笑って再び背を向けた。そうして彼もまた馬車に乗り込み、自宅を包囲する最低限の人員を残し、馬車を走らせドレビンのもとを後にした。

 ハインリヒの馬車は最後まで見送らず、受け取った小瓶を片手にドレビンは家の中へと戻っていく。ドレビンが中へ戻ると、妻のルクレアが微笑と共に彼を出迎えた。


「今夜が、アナタと過ごす最後の夜になるのね」

「すまないなルクレア。私の身勝手で君を巻き込んでしまった」

「いいのよ。アナタとの結婚を決めた時から、これくらい覚悟していたんだから」


 いつ、愛する夫が命を落とすか分からない。軍人の妻になるという事は、死と隣り合わせであるとルクレアは理解している。


「でも残念ね。明日はアナタの好物の鶏肉とお芋のスープを作ろうと思っていたのに⋯⋯⋯」

「なら、今から作ってくれないか。君の手料理を食べずには死ねんよ」

「ふふふっ⋯⋯⋯、任せておいて。ところでその小瓶は何かしら?」

「ああ、これかい? 長官からの贈り物で、中身は苦しまず死ねる毒薬らしい」

「まあ⋯⋯⋯、安楽死には打って付けの薬ね」


 毒薬と聞いても一切動じず、逆に最適な使いどころを見つけてしまう辺りが、妻ルクレアの天然なところだ。ルクレアは興味深く小瓶を眺め、少し心配した顔でドレビンを見つめた。


「この薬の中身、ちゃんと二人分あるのかしら?」

「おいおい、まさか君も飲むつもりか?」

「どうせ生きていたって、アナタが死んだら私は軍警察に捕まって、ホーキンスさんの事とかを話すまで尋問されて殺されるわ。そんな死に方は嫌よ」

「ルクレア⋯⋯⋯」

「死ぬ時は一緒がいいの。愛するアナタの腕に抱かれて、共に逝かせて」


 ルクレアの言う通りドレビンが死ねば、彼女はレジスタンスに繋がる情報源として、間違いなく逮捕される。軍警察に捕まった者の末路など、誰もが知っている事だ。

 無関係な彼女を巻き込んでしまったのは、その気がなくともドレビンの責任である。ならば彼が最後にすべき事は、最愛の妻ルクレアの最後の望みを叶える事だ。


「わかったよ。私も、愛する君と最期を共にできて嬉しい」

「ありがとう。愛しているわ、アナタ⋯⋯⋯」


 とびっきりの微笑みを浮かべたルクレア。彼女の肩を抱いたドレビンは、夫婦揃って抱き合いながら台所へと向かって歩き出す。悔いのないよう、彼女が作る最後の手料理を味わうためにだ。

 

「ねぇ、アナタ。私達はこれでいいけれど、ロイドは大丈夫かしら」

「心配は要らない。あの子は賢く強い子だ。それにここだけの話、もしもの時の保険もかけてある」


 自分の息子を心配するルクレアの気持ちは、ドレビンも同じである。だからこそ彼は、自分にもしもの時があった場合の策を用意し、それらは全て実行済みだった。

 後は息子の無事を祈るのみだ。自分亡き後の激動の祖国は、未来を歩む次の世代に託したのである。


「アナタっていつもそう。あの子に少し厳し過ぎるわ」

「私だって人の親だから、息子は可愛くて仕方がないさ。厳しくしたことなんて一度もないつもりだ」

「本当にそうかしら? 二歳の頃のロイドが転んだ時、泣いてしまったあの子にアナタったら―――」


 愛し合う二人は互いの温もりを感じながら、自分達の間に出来た大切な宝物との思い出を語り合う。

 そうして二人は、幸福に包まれながら最後の夜を過ごすのだった。










 その夜、ジエーデル国軍将軍ドレビン・ルヒテンドルクは、妻ルクレアと共に永遠の眠りについた。

 翌日、二人の遺体は軍警察によって発見された、。表向き、ドレビンの死は病によるものだったと発表され、ルクレアの死は愛する夫の後を追っての自殺となった。

 ジエーデル国一の英雄の死は、多くの国民と軍人を悲しみに暮れさせた。更にローミリア大陸一の名将の死は、各国にも大きな衝撃を与えた。

 そしてこの出来事が、ジエーデル国の運命を大きく揺るがす、最大の要因となったのである。

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