第四話 リクトビア・フローレンス Ⅳ
ヴァスティナ帝国軍新兵器開発実験場。
メシアに挨拶を済ませた、リックたち一行が向かった先は、彼が集めた、技術者たちの集う地だ。 この場所では、新兵器の開発が日夜行なわれ、障害物のない広く見通しの良いこの場所では、試作された兵器類の実験が行なわれている。
「シャランドラ、例の狙撃銃を頼む」
「ちょい待ってぇな。えーと、確かこの木箱の中に・・・・」
帝国参謀長配下で、新兵器開発の最高責任者、リックが連れてきた眼鏡少女シャランドラ。
彼女はこの帝国に来て以来、リックの頼みで、新兵器開発を行なっている。元々彼女は、とある隠れ里の住人で、里の人々と共に、この地へとやって来た一人である。
女王の計らいにより、彼女を含めた里の人々は、住むための土地を与えられ、何不自由ない生活を保障された。
そして、リックは彼女たちが働くための、専用工場を作るために、女王や宰相に掛け合い、新兵器開発場を無事完成させた。まだ小さいが、開発のための工場が建てられ、彼女と里の人々に加え、帝国に元々いた技術者たちを含めたチームが、日夜開発に携わっているのだ。まさに技術者連合である。
この技術者連合の最高責任者が彼女であり、今はリックの指示により、銃火器の開発を行なっているのだ。
「あったで、これが試作された新式狙撃銃!前までのやつとは使用弾薬も一新した自信作、名付けて----」
「それはいいから早く貸してくれ」
「なんでや!なんで名前言わせてくれんのや!?」
積み上げられていた木箱の中から、目当てのものを探し当てたシャランドラ。探していたのは、試作段階の新式狙撃銃である。
木製のストックに、長い鉄製の銃身。銃の上には、長距離狙撃用のスコープが取り付けられる。今は何も付けられていない状態ではあるが、小さな照準器が取り付けられているため、この状態でも、狙っての銃撃は可能だ。
撃ち出す方式は、所謂ボルトアクション機構であり、試射の時には、高い命中精度を誇った。
彼女から銃を受け取ったリックは、弾薬入りの弾倉も受け取り、それを銃本体へと取り付ける。
そして、弾丸の装填された銃を、イヴへと手渡した。
「撃ってみろよ。使い方は教えるから」
「なにこれ?飛び道具なの?」
当然のことながら、銃のことなど全く知らないイヴは、これが何なのかがわからない。ただ、直感で飛び道具系の武器ではないかと考えた。
銃の使い方を教えるリック。イヴはこういった武器に興味があるのか、意外と真剣に教わっている。所々で質問をし、使い方を学んでいった。
「なぁ姉御、あの子なんなんや?えらい痴女くさいで」
「イヴ・ベルトーチカと言うらしいよ。あれでも男の子さ」
「はあ?どう見ても女の子にしか見えんで、冗談きついわ姉御。なあ、レイナっち」
「リリカ様は冗談など言っていない。それと、その呼び方はやめろと言っている」
冗談の類かと思っていたのだが、真面目なレイナが冗談ではないと言う。彼女が冗談など言わないことを知っているシャランドラは、この事実に、リックたちと同じように驚愕した。
そして、イヴの股間へと指を差して・・・・・・。
「つまりなにか!?あの痴女っ子には男の--------」
「待て!それ以上喋るのは許さんぞ!!」
「いや言わせてくれ!言わないとあかん気がするんや!」
「卑猥な言葉を口走ろうとするな!いいから落ち着け!」
二人が熱くなり、リリカがやれやれといった溜め息をつく。そんな三人はお構いなしで、一通りの使い方を教えたリックは、イヴに早速射撃をさせようと急かし始めた。
この実験場には、銃の試射用の場所が用意されており、狙いをつけるための的が設置されている。射撃のために的を狙うイヴ。的との距離は二百メートル程だ。
「いきなりその距離を狙うのか?もっと手前の的でもいいんだぞ」
「なんかね、あれ位の距離なら当てられそうな気がするの」
そう言ったイヴは安全装置を解除し、ボルトを引いた。銃の発射態勢を整え、引き金に指をかける。
彼の狙う的は、一本の棒に、円形の的が取り付けられており、その中心には、一つの点が描かれていた。狙っているのは中心の点である。
風向きを読み、集中して引き金を引いた。
「うわっ!?」
引き金を引いた瞬間、イヴは今まで感じたことのない反動と、聞いたことのない発砲音に驚かされた。
弾丸は彼の狙い通り、二百メートル先の的を目指し、的の中心点に命中するはずだったが・・・・・。
「外れたな」
シャランドラの作ったライフルスコープで、弾丸が何処に命中したかを確認するリックは、的の中心ではなく、中心点の左側に着弾したのを確認した。
中心点は外れたが、人生初めての射撃で、二百メートルも離れた的に命中させたのだ。しかも、初めて使う銃である。この銃の癖も何もわからないのに、彼は的に命中させた。
射撃の天才的な才能が、イヴにはあるのかも知れない。
「次は命中させるから、撃っていい?」
「好きなだけ撃っていいぞ。外れたのが悔しかったのか?」
「悔しい、とっても悔しい。この僕が飛び道具で外したんだよ?悔しいに決まってるよ」
ボルトを引いて空薬莢を排出し、押し込んで弾丸を薬室に装填する。もう一度狙いを定めて、風の向きや強さを読む。先程よりも若干右を狙い、弾道も考えて誤差を修正する。
普段は小悪魔笑顔で人をからかうのだが、今はいつもの性格がどこに行ったのか。的の中心を射貫く事だけを考え、獲物を狩る目で銃を構える。いつもの笑みはどこにもない、真剣な表情だ。
もう一度引き金に指をかけ、ゆっくりと息を吐く。
そして再び、引き金を引いた。
「やった!!」
彼の射撃は正確であった。今度の弾丸は真っ直ぐと、的の中心点に吸い込まれるように伸びていき、見事狙い通りに命中した。
確認したリックも、銃を試作したシャランドラも、目の前で起こった、奇跡のような射撃に驚愕を隠せない。
初めての射撃、初めての銃で、狙い通りに命中させたのだ。しかも、たった二発目である。一発目で射撃というものを理解し、この銃の性能を理解したのだ。
銃は引き金を引けば、弾丸が放たれる。極端な話、引き金さえ引けるのなら、誰にでも扱えるのだ。だが、狙った的に確実に命中させるには技量がいる。何度も練習してものにするのは、どんな武器であっても同じなのだ。
しかし、彼はそんなことなどお構いなしに、初めての銃を使いこなした。
最早人間業ではない。天才としか思えなかった。
「凄い、凄い凄い!天才だなイヴ!」
「たまげたで、ほんま射撃初めてかいな」
飛び道具ならバ、何でも百発百中だと言ったイヴが、銃を使いこなして見せたのだ。リックが試したかったことはこれであり、結果は大満足であった。予想以上の結果に、大いに歓喜するリック。
驚くリックとシャランドラであったが、命中させた本人は、当てた時こそ喜んだものの、満足していない様子である。
「ねぇねぇ、この子しばらく借りていい?今日一日練習したいの」
「気に入ったのか?」
「うん!こんな楽しい玩具初めてだよ♪♪この子どこまでの距離まで届くの?威力は?値段いくら?」
「落ち着け落ち着け、質問攻めにされても困る。後でシャランドラに聞いてくれ」
イヴは銃に感動している。仕方のない話だ。
弓や弩よりも真っ直ぐに、遠距離の目標を仕留められる武器。今回の二百メートル先の的は、銃の射程の世界では、中距離のレベルである。しかし、弓や弩にとっては、遠距離の世界だ。勿論、遠くへ飛ばすだけならば、弓でも弩でも何百メートルも先へ飛ばすことはできる。しかし、それはあくまで、飛ばすだけならばの話であり、殺傷能力や命中精度は失われてしまう。
大型の弩などであれば、殺傷能力を失わずに、矢を遠距離まで飛ばすこともできるが、銃は弩に比べて、連射速度が段違いである。
イヴの知る、飛び道具の常識からすれば、銃という武器は、長大な有効射程距離を持ちつつ、連射性能に優れた、夢の様な武器と言えるだろう。
飛び道具の扱いに関しては、誰にも負けないという、絶対の自信がある彼にとって、この夢の様な武器は、極めなければならない存在なのだ。故に彼は、感動したこの武器を、一刻も早くものにしようと息巻いている。
今のイヴには、銃のこと以外眼中にはない。
「気に入ってくれたのなら何よりだ。イヴ、その銃はお前にやるよ」
「ほんとに!?ほんとにほんとに貰っていいの!僕、嬉しくてしょうがないよ♪」
「いいよなシャランドラ?あげちゃっても」
「勝手に決めんでくれや!うちがこれ作るのにどんだけ手間かけたと思うねん!?」
「じゃあ、参謀長命令ってことで。これなら文句ないだろ」
「そんな殺生なぁ・・・・・・・」
この銃を作り上げるのに、何度も試行錯誤して、やっとの思いで完成させたにもかかわらず、まさかの仕打ちである。地面に膝をついて、絶望するシャランドラに、かけられる言葉はなかった。
対照的にご機嫌なイヴは、新しい玩具を買って貰った子供の様に、無邪気にはしゃいでいる。
「落ち込むなよシャランドラ。もっと前向きに考えてみろ。イヴがこの銃を使いまくって性能を引き出してくれれば、その情報は新型の製作に役立つだろ?」
「そりゃあそうかもやけど・・・・・」
「頼むよ。予算少し上げるよう、エミリオに頼んどくからさ」
「ほんまか!嘘やないやろな?」
「ほんとほんと。俺は嘘をつかないだろ」
「うおっしゃあああああっ!」
帝国軍の予算管理は、主にエミリオの仕事となっている。予算増額にはリックではなく、エミリオの許可が必要なのだ。
先程までの落ち込みが嘘のように、立ち上がって闘志を燃やす彼女の頭の中には、予算増額によって作れるだろう、新式銃のイメージが浮かんでいた。
この二人のやりとりを見ていた、レイナは思う。本当にリックは、人の心を掴むのが上手いと。
そして、シャランドラは意外とちょろいのではないかと。
「そうや、一つ聞きたいことがあるんやけど」
「なんだ?」
「さっきから姉御の後ろに隠れとる子、どうしたんや?」
「この子かい?この子はリックが拾ってきたんだよ」
銃撃に驚き、リリカの後ろに隠れていた少女。
奴隷から解放したこの少女を、とりあえず、城に連れて行こうとしていたリックは、この実験場まで一緒に連れて来た。少女に気付いたシャランドラは、何者なのか気になっている様子である。
「もしかしてリック、この子誘拐してきたんか?」
「まあ、そう言えるだろうね」
「こらこらこら、誤解を生むような発言をするな。俺は誘拐などしていないぞ」
「まっさか年上好きのリックが、こんな女の子攫ってくるなんて見損なったで。いーってやろ、いってやろ、女王陛下にいってやろ!」
「やっ、やめてくれ!?陛下に誤解されるだろ!」
「しかもリック様は、この少女を専属メイドにすると言うのだ」
「ちょっと待てレイナ!ここでそんなこと言ったらまたややこしくなる!」
色々ありはしたのだが、その後、リックとリリカは、女王陛下への報告のために城を目指し、イヴは射撃の特訓のために、シャランドラと共にここに残った。イヴを監視するため、レイナもこの場所に残る。
例の少女はリックと手を繋いで、一緒に城へと連れて行かれる。
この新兵器開発実験場は今日、イヴの射撃特訓のせいで、銃声が鳴り止むことはなく、シャランドラとレイナは、それに延々と付き合わされることになるのだが、二人はまだ、そのことを知らない。
それから三日後。
ヴァスティナ城、帝国軍参謀長執務室。
「メシア団長、騎士団の装備に問題はありませんか?今、新しい武器と防具の開発をさせてますので、必要があったら言って下さい」
「そうだな。手入れは徹底させているが、流石に古くて壊れてしまっている物もある。新しい物は必要だ」
帝国に帰還したリックは、女王への報告を済ませ、例の少女を、帝国メイド長へ事情を話して預けた後、その日は自室で休んだ。
次の日の朝目覚めると、エミリオがリックの部屋を訪ねた。エミリオは女王や宰相に頼んで、リックが帰還する前に、彼へのプレゼントを用意していた。
朝早く、エミリオにとある場所へと案内されたリック。案内されたのは、二つの部屋である。一つは、新しい帝国軍参謀長の寝室だった。
広い部屋と大きなベッド。眺めのいいベランダまであり、家具も用意されていた。リックは大喜びでベッドに飛び込み、この日の仕事を忘れて、二度寝をしようとしたが、勿論エミリオに止められてしまう。
もう一つの部屋は、帝国軍参謀長専用の執務室である。
執務室も広い部屋であり、大きな机と、沢山の本が並べられた本棚が用意され、如何にも仕事をするための部屋であった。
超ご機嫌であったはずのリックは、仕事をするための部屋に案内されて意気消沈。これからまた、苦手な書類整理などをしなければならないと考えると、気持ちも萎える。
新しく用意された執務室で、己の居ない間に、溜まってしまった書類に取り掛かり、今日までずっと苦労していた。ようやく仕事を終えたリックは、休憩しながらメシアと、騎士団と軍の事情について話し合っている。
「ところで、新しい寝室の具合はどうだ。よく眠れているのか?」
「正直、部屋がいきなり広くなったんで落ち着かないです。前の部屋の方がよく眠れました。最初はとっても嬉しかったんですよ、あんないい部屋貰えたんですから」
「エミリオが陛下に頼んで、さらに宰相も説得していた。参謀長には立派な部屋が必要だとな」
「本当に感謝していますよ。落ち着かないですけど、結構気に入ってるんです、あの部屋。メシア団長も口添えしてくれたんですよね」
「ああ。私もエミリオと同意見だったからな」
今日のメシアは機嫌が良い。
リックにはいつもと同じように見えているが、騎士団長地獄の憂さ晴らしに付き合わされた者にはわかる。
あの時の不機嫌オーラはすっかり消え、表情こそ変わらないが、内心機嫌が良いのがよくわかる。彼女の口数が多いのが、何よりの証拠だ。
「失礼しますぜ隊長。言われた通り、新しい銃器の受け取りは済ませましたぜ」
「ご苦労様。どうだヘルベルト、珈琲でも飲むか?」
「貰いますぜ。ちょうど一息いれたかったところだ」
腰かけていた椅子から立ち上がり、部屋に置いてある、珈琲の淹れた容器を持って、空いているコップに注ぐ。珈琲を淹れたコップをヘルベルトに渡して、メシアにも同じように珈琲を淹れた。
このローミリア大陸で最近判明したことがある。それは、リック自身がいた世界と、この世界では、意外にも共通の言葉や存在などが、沢山あったということだ。
普段の会話のことではなく、具体的には今の珈琲などのことである。ファンタジー世界に紅茶があるのは本などでもお馴染みだが、珈琲は中々聞かないだろう。
珈琲だけでなく、例えばクリスはことあるごとに、リックをデートに誘おうとする。デートという言葉を使ってだ。ファンタジー世界にデートという言葉が存在することが、やはり驚きである。
他にも、チョコレートやマンゴーといった食べ物から、パンチやキックという言葉もあるのだ。
これらの共通な言葉や存在が、どうしてあるのか不明である。リックは個人的な興味から探っているのだが、未だに答えは出ていない。
「銃の調子はどうだ?問題ないか?」
「快調ですぜ。あれがありゃあ、俺たちは無敵の軍隊だ」
シャランドラたちの開発した銃火器は、まずリック配下の鉄血部隊へとまわされた。
六十人の鉄血部隊全員分の、小銃と拳銃が用意され、彼らはその使い方を教わったのだ。戦いなれた元傭兵部隊の彼らであっても、銃は初めての存在であった。初めての射撃では皆一様に驚き、使いこなせる様になるまでには、苦労が多かったのだが、今では射撃だけでなく、分解整備もできるようになっている。
今回ヘルベルトたちが受け取った銃器は、新型の小銃と拳銃、そして手榴弾である。
小銃はボルトアクション機構のライフルではなく、発射時のガス圧を利用した自動装填機構の、手動装填よりも連射性能に優れた銃だ。
シャランドラたちが技術の粋を結集し、リックの出したアイデアを基にして完成させた、最新式かつ画期的な銃である。これをまずは鉄血部隊に配備し、実戦でのデータを集めるのが狙いであった。
シャランドラたちやリック以外に、銃を扱うことができるのは彼らしかいない。ならば、これ以降の新たな銃開発のためには、彼らの力が必要だ。
鉄血部隊を銃開発の実験部隊にし、いずれは現代の銃火器に近いものを作り上げる。そう言う目的はあるが、現状では鉄血部隊に配備する程しか、銃の生産が追い付かないという理由もあった。弾薬もである。
「無敵の軍隊など存在しない。わかっているだろ」
「もちろん冗談ですよ騎士団長。兵士はやられたら死ぬ、刺されようが撃たれようが死ぬもんだ。無敵の軍隊ってのがもしもいるなら、そいつは死なない兵士のいる軍隊ですぜ」
「確かに、そいつは言えてるな」
少しずつだが、確実に帝国軍の軍備は強化されている。工場と技術者が増えれば、帝国軍全体に銃が行き渡るのも夢ではない。無論、やらなければならないことは山積みだが。
「そう言えば、リリカ姉さんが宰相と一緒にいましたぜ。珍しく仕事してたんでびっくりだ」
「なんか暇だったらしくてな。暇つぶしに宰相の仕事を手伝ってるらしい」
「あと、レイナとクリスがまた喧嘩してました。今頃演習場は荒れてますぜ」
「またか・・・・・・、どっちに賭けた?」
「賭けませんよ。勝負がつかないのは目に見えてるんで」
ヘルベルトたちは、勝負事が起こるとよく賭けをする。
模擬戦や喧嘩などは、賭けの対象になることが多いのだが、レイナ対クリスの対戦は、結果が引き分けしかないため、誰も賭けないのだ。
ちなみに、メシアが参戦する時の賭けは、皆が必ずと言っていい確率で、彼女に賭ける。理由は一つ、彼女が帝国最強であるからだ。
レイナとクリスは、犬猿の仲故に喧嘩をするものの、遊んでいるわけではない。リックがここで仕事をしているように、配下の者たちもまた、それぞれの役目を果たしている。
エミリオは戦略研究、ゴリオンは力仕事の手伝い、シャランドラは工場での研究。皆がそれぞれの役目を果たしていた。レイナとクリスは軍の教練をしていたはずなのだが、恐らく教育方針の違いか何かで、いつも通り揉めたのだろう。
三日前に連れてきたイヴはと言うと、銃を大層気に入り、肌身離さず持ち歩き、今はレイナとクリスが監視に付いているため、演習場に一緒にいるはずだ。
レイナとクリスは、三日経った今でも、イヴのことを警戒している。レイナは小国チャルコからであるが、クリスはイヴと初めて会った時から、敵対心剥き出しで警戒していた。警戒の理由は、「お前みたいな女装野郎にリックはやらねぇからな!」と言うことらしい。
「ところで、あのイヴという者は普段どうしている?」
「聞いたところによると、実験場で射撃の練習ばかりしてるらしいです」
「昨日見ましたぜ隊長。あいつ、実験場全部の的が百発百中で当てられるようになってましたよ」
「やっぱ天才だな。あっ、そう言えばイヴの奴が城の中を探検してるって、昨日メイドさんから聞いたっけ」
メイドの一人が、城の中を探検と称して歩きまわっている、イヴを確認していた。特に何かをしているわけでも、探るような動きもなく、銃を担いで鼻歌交じりに歩いているので、そのメイドは彼を、怪しいと感じなかったそうだ。
偶々そのメイドがリックと会った時、そのことを報告したのである。
イヴは警戒されているため、もし彼が、他国の工作員か何かであれば、もっと目立たないように行動するだろう。銃を担いで鼻歌交じりに歩きまわるなど、目立ち過ぎるため論外だ。
「リック、あの男には気をつけろ」
「イヴのことですか?メシア団長」
「そうだ」
突然のメシアの警告。彼女は今、イヴに注意しろと言ったのである。
沈黙が流れる。リックは何も言わず、口を閉ざしていた。
ヘルベルトには、リックの口を閉ざす理由が想像できるため、この沈黙に何も言えないでいる。
イヴはリックのお気に入りであるのだ。そのお気に入りに対して、メシアは注意しろと言う。いくら敬愛する女性の言葉であったとしても・・・・・・。
(隊長にその言葉は酷ってもんだ)
ヘルベルトがそう思った、その時だった。執務室の扉を叩く音が聞こえたのである。
「入れ」
沈黙を破り、執務室の主であるリックは、部屋を訪れた者へと入室を促す。
「失礼します」
入ってきた人物は、帝国軍の軍服を身に纏った、一人の女性であった。短めにされた赤茶色の髪に、少し日に焼けた肌、年齢はリックと同じ位か、少し上だろう。
(んっ、この女どこかで見たような・・・・・)
確かにリックは彼女を知っている。しかし思い出せない。
見た所、帝国軍の一兵卒であるようだ。一兵卒の彼女が執務室まで何の用なのか?
「帝国軍第四隊所属アングハルト、入ります」
「誰に用がある、俺か?」
「アングハルトは、リック参謀長に用件あり参りました」
レイナと同じように、真面目な性格がわかる、彼女の表情は真剣そのものだ。
一体、何の用件があると言うのだろう。
「用件はなんだ?」
「アングハルトは、ラブレターを渡す用件で参りました」
「そうか、ラブレターか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにっ!?」
腰かけていた椅子から驚きで立ち上がり、混乱するリック。ヘルベルトも驚きのあまり、珈琲の入ったコップを落とした。そして、目の前の驚きの光景にも動じない、いつも通りのメシアが恐ろしい。
アングハルトと名乗った彼女は、この執務室までラブレターを渡しに来たのだという。それこそが、真剣な顔で言った用件だった。
信じられないし、冗談ではないかと思ってしまう。
だが、彼女は本気だ。
「参謀長、これが私からのラブレターです」
「あっ・・・・はい、どうも・・・・・」
未だ混乱しながらも、とりあえずラブレターを受け取るリックだが・・・・・・。
「アングハルトは用件終わり帰ります」
来た時と同じように、軍隊の礼儀作法を完璧にこなした彼女は、用件を済ませて執務室を出て行った。
先程までとは違う沈黙が流れる・・・・・・。
「思い出した・・・・・」
彼女の顔に見覚えはあったが、ラブレターを渡された時は思い出せなかった。しかし今、ようやく思い出した。
ラムサスの街が野盗の大軍に襲われ、一時的に占領されていた事件があり、それを帝国騎士団と軍が合同で、野盗を殲滅した時のことである。街へと突入し、野盗を討伐していた帝国軍。指揮をしていたのは、当然リックだ。
その時、目に付いた建物の地下に、人の気配を感じたリックは、地下室へと一人で入って行った。地下室の中には野盗が数人おり、彼はそれを拳銃で全員殺した後、捕らわれ拷問されていた、一人の女性を助け出したのである。
ラブレターの彼女は、あの時助け出した彼女で、間違いない。
「俺も思い出しましたぜ。あの時隊長が助けた女じゃないですか」
「ああ。でもあの子、帝国軍所属じゃないよな?」
そう。彼女はラムサスの街を守っていた兵士で、帝国軍の一員ではなかった。
しかし実際、現れた彼女は帝国軍の所属となっている。
「隊長を追っかけて軍に入隊したんじゃないですか?モテますね、相変わらず」
「どうするのだ、リック」
「どうしたもんですかね・・・・・、とりあえずこの事は他言無用で。それからヘルベルト、彼女のことを探ってくれ。これは参謀長命令だ」
「了解了解。まったく、こんなことで参謀長命令使うとはな。宰相やエミリオが泣きますぜ」
イヴのこと、アングハルトと名乗った女性のこと。
二人のおかげで、当分は頭を悩まされることになるであろう。
果たしてリックは、ラブレターの返事を何と返すのか?アングハルトとは何者なのか?そして、イヴのことをどうするのか?
こんな時、誰に相談すればいいのかと、相談相手が欲しいと感じるリックであった。
「それで、ラブレターの返事はなんと返すつもりですか?」
「まだ決めてません。ラブレターに書かれてた期限までには、答えを出したいと思います」
ヴァスティナ城内。
謁見の間での仕事を済ませた女王陛下は、メイドたちと共に、今度は執務室を目指して歩いていた。女王の名はユリーシア。ヴァスティナ帝国を統べる、盲目の若き女王である。
彼女と楽しそうに会話しているリック。エミリオに用があり、城の中を移動していた時、偶然彼女と出会ったのである。精神的に疲れている、彼女の気を紛らわすため、話でもしようと考えたリックは、執務室までの道程に付き合っている。
会話の内容は、参謀長執務室でリックが、ラブレターを受け取ったという話だ。自分で他言無用だと言ったのだが、彼女を楽しませることのできる話はないかと考え、すぐに頭に浮かんだのは、この話だった。
「リック様は多くの方に好かれますね。何方かとお付き合いはしないのですか?」
「そりゃあ俺も男ですから、女性とお付き合いしたいとは思います。でも今は、陛下と帝国にとって大事な時期ですから、仕事に集中したいんですよ」
「リリカ様が仰っていました。リック様は仕事一筋に生き過ぎて、婚期を逃す人間だと」
「・・・・・・俺も自分はそういう奴だと思います」
どうもユリーシアは、リリカとよく話をするせいで、リックに都合の悪い情報を、数多く仕入れてしまうようだ。この前など、リックは女風呂を覗くための戦略を考える位の、下衆だと教えたらしく、彼女の誤解を解くのに苦労した。・・・・・半分間違ってはいなかったが。
今では、女王ユリーシア最大のお茶飲み相手であるリリカは、その気になれば陰で彼女を操って、帝国を支配することも可能ではないのか。ユリーシアはリリカの言葉を簡単に信じてしまうし、妖艶な笑みを常に浮かべる、自称かつ美人な彼女には、誰も逆らえない。
帝国最強がメシアなら、帝国最凶はリリカだろう。その気になれば、一国を一人で支配できるかも知れないからだ。
「リック様、軍務であまり無理をなさらないで下さい」
「その言葉はお返しします。陛下、政務で無理をなさらないで下さい。御身体の調子、悪いと聞いています」
「リリカさんですね・・・・・・」
「はい。本当は休まれた方がいいのだと聞きました」
リリカの話では、ここのところ彼女は、体調を崩しがちだという。しかし、ユリーシアは休むことなく、いつも通り政務に取り組んでいる。
彼女の体調を知るメイドたちは、本当は療養しなければならない彼女の身を、ずっと案じている。元々彼女は体が弱く、女王という地位の重圧は、体がついていかない。
だからこそ、体の弱いユリーシアが無理をしてしまうのが、心配でならないのである。
「仰ったではないですか、今は帝国にとって大事な時期だと。女王である私が政務をしないで、一体誰が代わりを務めるというのですか?」
「それは・・・・・」
言葉に詰まる。彼女の言う通りだった。
女王は周辺諸国との友好関係を綿密にし、国内の軍備増強のための政策をとっている。現在、これらの政務は順調であり、今女王が療養してしまうと、順調であるその全てが止まってしまう。
「心配ありませんよ。ところでリック様、私には憧れの女性がいるのです」
「初耳ですね。なんという女性なのですか?」
「ヴァスティナ帝国を建国したヴァスティナ王の王妃、リクトビア・フローレンスです」
ヴァスティナ帝国は大陸の大国と比べて、その歴史は比較的浅いものだ。
歴史の浅いこの国の偉人。彼女の憧れる女性とは、ヴァスティナ帝国建国以前の人物である。
帝国初の女王であるユリーシアは、建国の英雄の一人、王妃リクトビアを敬愛しているのだ。
「王妃が憧れの女性なのですか?」
「彼女は帝国建国のために、最前線で戦った女戦士です。強く、そして美しく、どんな戦いであろうとも、恐れることなく立ち向かった女性だったと言われています」
「そんな女性が王妃に?」
「はい。共に戦ったヴァスティナ王とは恋仲であったそうで、建国後は即結婚したとか。王妃になってからは政務に励み、王と共に、帝国を大国にまで発展させたのです」
「中々面白い歴史が帝国にはあるんですね。絵本になりそうな歴史話だ」
王妃リクトビア・フローレンスのことを語る彼女は、楽しそうで生き生きとし、どれだけその人物を好きであるかが伝わって来る。リクトビアのことを語る今の彼女は、口数も多い。
「実際に絵本はありますよ。題名は、戦妃リクトビア。私の愛読書です」
「有名なんですか、その本」
「もちろんです。ここにいるメイドたちも知っていますから」
彼女の周りのメイドたちが、皆一様に頷いた。どうやら、本当に有名な絵本のようだ。
勉強は苦手だが、歴史に関心があるリックにとって、この手の話は興味が湧く。
「俺も読んでみたいです。今度本屋にでも行ってみますね」
「昔の絵本なので、もしかすると置いてないかも知れません。私のを差し上げますよ」
「いえ、その本は陛下の愛読書なんですよね?その様なもの頂けませんよ」
「確かに私にとっては、宝物と呼べる本です。でも私は、貴方に差し上げたいのです。それに私は、もう目が見えません。持っていても仕方がない物ですから」
女王陛下からの贈り物など、臣下の一人であるリックからすれば、とても畏れ多いものと言えるだろう。しかも陛下が直々に、自分の宝物を渡すと言うのだ。
目が見えなくなったせいで、もう読むことができなくなったとしても、彼女にとって、宝物であることには変わりない。
「私にとって王妃は、全てにおいて優れた尊敬する女性です。私も常に彼女の様にありたいと思い、日々の政務に取り組んでいます。そんな私の尊敬する存在を、私の大切なリック様にも知って頂きたいのです」
「・・・・・・わかりました陛下。その本、ありがたく頂戴いたします」
こんな話を彼女がする理由。それは、自分は女王故に無理をしているのではなく、憧れの存在に少しでも近付くため、このような無理をしているのだと言いたいのだ。
リックが軍備増強を推し進めれば、彼女の政務での負担が増えてしまう。軍備増強に関しては、ここ最近、国家存亡の大きな戦いを経験した帝国にとって、将来必要になることなので仕方がない。寧ろ、国を守るため、彼女もリックの考えには賛成である。
だが、それは彼女の負担が増えることを意味する。軍備についての、あらゆる仕事が増えるのだ。
その増えてしまった政務のせいで、自分が苦しい思いをしているのは、リックのせいではないと、彼女は彼に伝えようとしている。自分が憧れの存在に近付くため、自分で勝手に無理をして、勝手に体調を崩したのだと、リックに伝えようとしているのだ。
勿論、彼女は自分が尊敬する存在を、彼にも知って欲しいという気持ちもある。
本当に彼女らしい。
「本はまた、機会のある時にお渡しします。それとリック様、一つお伺いしたいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「リック様がこの前の旅で、黒髪の美少女を誘拐してきたと聞いたのですが・・・・・・」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!?だっ、誰にそんなこと聞いたんですか!?」
「シャランドラ様が仰っていましたよ」
「シャランドラああああああっ!!」




