第四話 リクトビア・フローレンス Ⅲ
その後どうなったかと言えば、チャルコでの用を済ませたリックたち一行は、帰りの用意を済ませて、この平和な小国を後にした。
ただ、行きと違って帰りには、美少女にしか見えない男の子、イヴ・ベルトーチカの姿がある。
その理由は、彼に興味を抱いてしまったリックが、一緒に帝国に来てくれと、頭を下げて頼んだからである。どうしてもリックは、帝国の新装備を彼に試して欲しくて、駄目もとで頼んでみた。
いきなり、俺と一緒に来てくれなどと言う人間に、「はい、付いて行きます」と、簡単に応じる者はいないだろう。それが一般的なはずなのだが、なんとイヴは、二つ返事で了承してしまった。
理由は、丁度帝国で商売をしようとしていたかららしい。商売の内容は聞かなくてもわかる・・・・・・。
「ねぇねぇリック君、レイナちゃんが僕のこと、すっごい睨んできてこわーい」
「黙っていろ。それから、私のことをちゃん付けするな」
リックの右側にはリリカが並び、左腕に抱きついて離れないイヴ、そして三人の後ろを、レイナが続く。
何が気に入ったのか、リリカはイヴのことを問題視していないのだが、どうもレイナは彼を敵視している。
真面目なレイナらしいが、出会った時から、彼を警戒しているのだ。素性が怪しいため、リックを護衛する身である彼女からすれば、警戒せずにはいられないのである。
「いいじゃないか。ちゃん付けの方が可愛いよ」
「困りますリリカ様。ちゃん付けで呼ばれるようになってしまっては、あの破廉恥剣士にまた馬鹿にされます」
破廉恥剣士とは、彼女と犬猿の仲であるクリスのことを示すが、恐らく、ちゃん付けで呼ばれるようになった日には、確実にそれを巡って、喧嘩が勃発することだろう。勿論、最初に喧嘩を売るのはクリスであるはずだ。
「いい加減、仲が悪いのどうにかならないか?それとベルトーチカ、歩きづらいからちょっと離れてくれ」
「イヴでいいよ♪口ではそんなこと言っても、本当は僕に離れて欲しくないんでしょう?」
「はい、離して欲しくないです。そのままでお願いします」
「しょ、正直なんだね・・・・・」
「チャルコで誓ったんだ。俺は正直に生きると」
冗談を言ったり、笑いあったり、そんな会話を続けながら、これまでは特に問題ない帰路を進んでいた。
レイナの様に常に警戒せず、リックもリリカも、イヴのことを気に入っている。見た目や言動は痴女だが、明るく人懐っこいのである。嫌う要素はない。
「それにしても、本当に女の子にしか見えないよな。子供の時からそうなのか?」
「うん、昔から女の子によく間違われたよ」
「男の子っぽくなろうとか思わなかったのか?」
「僕、女の子の服とか遊びとか好きなんだよね。だからそんなこと、全然思わなかったよ」
彼の肌は、男の子には到底見えない綺麗な肌。触った感触はぷにぷにしていて、男の肌独特の硬さはない。
近くで見ると、顔には髭一本すらなく、まさに女装男子の鏡である。どんな無駄毛処理をしているのか、気になるところだ。
「ふふ、生まれながらとは驚きだね」
「僕が男の子だって知った時も、リリカ姉さまとっても驚いてたもんね」
ちなみに、イヴはリリカのことを姉さまと呼ぶ。
どうも彼女には、生まれながらの姉属性があるらしい。実は妹でもいるのではないか。
姉さん、姉御、姉さまなどなど、彼女を姉と呼ぶ者たちは多い。
「リリカ姉さまはレイナちゃんみたいに、僕のこと警戒したりしないの?」
「警戒して欲しいのかい?まあ、君がリックに危害を加えない限りは、何もしないさ」
「もし、僕が危害を加えたら?」
「その時は君を殺す。それだけの話だよ」
本気だった。冗談ではない。
彼女は決して、こんな冗談を口にするような人間ではないのだ。
何故、彼女がこのようなことを言うのか。それは彼女なりの、イヴに対する牽制なのだろう。賢い彼女ならば、この素性のよくわからない彼を、怪しく思わないはずがない。だからこその牽制なのだ。
リリカに対して、一瞬異常な殺気を感じたイヴは、体の震えを抑えることができなかった。彼の震えは、抱きつかれているリックにも、感じとることができた。リックはイヴを安心させようと、開いている右手で、その頭を撫でてやる。
「怖がらなくていい。お前を殺させるような真似はさせないさ」
「えへへ、リック君は優しいんだね」
イヴを撫でながら、ふと前を向くと、謎の集団が目に付いた。
その集団は野盗などではなく、リックたち一行に関わってくる事もなく、十数頭の馬に何台もの荷車を引かせ、一行の横を通過して行く。
集団には商人のような男たちと、彼らを守るようにして、武装した男たち。そして、荷車の上には、鎖で拘束された人々が、皆一様に座らされていた。
武装した男たちは、恐らく金で雇われた傭兵なのだろう。雇っているのは、この商人たちであるはずだ。この商人たちの取り扱う商品は、荷車に拘束されている人々に間違いない。
そう、この集団の商人たちは、所謂奴隷商人なのだ。
奴隷にされている人々は、これからどこかの街や国で、値段を付けられ売られることになるだろう。彼らに人権はなく、死ぬまで奴隷として生きることになる。
しかし、この地域で奴隷を扱うような国はない。ヴァスティナ帝国も奴隷制度はなく、奴隷を購入することは禁止されている。
商売にならない地域であるのに、彼らがここにいる理由。それは、一つしか考えられない。
「どこかで奴隷を調達してきたみたいだな」
リックにとって、奴隷商人を見るのはこれが初めてである。
このファンタジー世界において、剣や魔法、騎士や竜の存在も目にしてきた。これらは、ファンタジー世界の王道にして、誰もが一度は見てみたいと、夢見るもの。だが、そんな夢のあるファンタジー世界にも、当然闇の部分は存在する。
その一つが、この奴隷商人だ。
「イヴ、奴隷商人のことをどう思う?」
「僕には関係ない存在かな。奴隷のことで正義がどうのとか言いたくないし」
「俺もそう思うよ」
「でもね、見ていて気持ちがいいもじゃないから、どっちかって言うと消えて欲しいかな」
「はは、確かに。目障りだと俺も思う」
既にリックの考えは決まっている。
別に正義感からくるものではない。ただ、自分が見ていて気に入らないのだ。
その気持ちはイヴも同じらしい。そして、リリカもレイナも、あの奴隷商人たちは気に入らないようだ。
「自分たちが支配者だと勘違いしているところが気に入らないね。リック、あれに自分たちの分を弁えさせてくれないかい?」
「無論そのつもりだ。レイナ、力を貸してくれ」
「はい」
数分後、この場で戦闘が発生し、後には壊された荷車と、奴隷商人と傭兵たちの死体が残る。
それからさらに時間が過ぎた後には、この場で暴れた一行と、荷車に乗っていた奴隷たちは、荷車の残骸と死体を残し、完全に消え失せていた。
「それで、皆への言い訳は考えたのかい?」
「・・・・・全然考えておりません」
奴隷商人たちを襲撃し、全員を殺して、奴隷を解放したリックとレイナ。
奴隷として売られるために、商人たちに捕まってしまった人々の殆どは、リックたちに感謝して、皆故郷を目指し別れていった。そう、殆どの解放された人々は、故郷を目指したのだ。殆どはである・・・・。
「・・・・・・・・」
「その少女、本当に帝国へ連れて行くのですか?」
先程まで抱きつかれていたリックの左腕に、今は別の者の姿がある。
歳は十三か十四の、短い黒髪の少女。リックと手を繋ぎ、この一行の一人となっていた。
この少女は元々、奴隷商人たちに拘束されていた人々の一人で、この子もまた、リックたちにより解放された。他の者たちは故郷があると言ったのだが、この子だけは、帰るべき場所がないと言い、皆がいなくなった後も、その場に留まり続けていた。
見かねたリックは彼女と話し、「帰るところがないのなら一緒に来ないか」と言ったため、現在に至る。
「あそこで一人にしとくわけにもいかないだろ。まあでも、君はよかったのか?帰る家とかは本当にないのか?」
「・・・・・・ない。私は、ただ・・・・・・」
「言いたくないなら、無理に言わなくていいぞ。それよりも歩くの辛くないか?なんならおぶってやるぞ」
この少女には何かある。しかし、少女は口に出したくないようだ。
理由はわからない。今わかっているのは、この少女が拘束されていたために、肉体的にも精神的にも、かなり堪えているということだけである。
そのため、少女に気を遣うリックであったが、少女は首を横に振って応じなかった。しかし、見るからに疲労しているため、心配せずにはいられない。
(厄介なものを引き寄せちゃった気がする・・・・・・)
そう思うリックであったが、今は別のことで悩んでいる。
今回の旅先で連れてきてしまった、イヴとこの少女。帝国に着いたら、皆に何と言われる事か。
一番厄介なのはマストール宰相だ。
女王と帝国のためにと、様々な人間を自分の配下に置いているのだが、連れてくる度に、宰相に説教されてしまう。
「無計画に人を増やすな」とか、「貴様は捨て犬を見ると放っておけない性質なのか」等言われて、いつも怒られてしまう。
普段連れてくるのは、戦闘能力に長けそうな者か、技術者である。だがこの少女は、そのどちらにも当てはまらない。しかも、リック配下の誰よりも幼い。
「こんな少女を連れてきて、お前は一体どうするつもりなのじゃ」と言われて、怒られるのは目に見えている。どんな言い訳を考えるべきか・・・・・。
(これじゃあロリコンって言われても言い返せない・・・・)
帰国の道を進んでいるというのに、帝国へ戻るのが嫌になってくる。
だが、怒られるのも当然だ。放っておけなかったとは言え、この少女を帝国に連れて行って、その後どうするつもりなのか。少女には、帰る家などないというのに。
リックが世話をするというわけにもいかないし、世話をしてくれる人間を探すのも大変だ。
「閃いた。この子、俺の専属メイドにする」
「リック様!?なにを言っているのですか!?」
「実は俺、仕事とか手伝ってくれるメイドさん欲しかったんだよ。執務中にお茶入れてくれるだけでも助かるし」
突然の閃きのせいで、混乱したレイナが異を唱える。
素性不明の少女を、いきなりメイドにするというのだ。当然である。
「やっぱりリック君は面白いね。こんな女の子を専属メイドにするとか、絶対頭おかしいよ♪」
「褒めてるのか貶してるのかどっちだ・・・・・」
「ふふ、もちろん貶してるだろうさ。なにせリックは、誰もが認める下衆なのだから」
「勘弁してくれ」
リリカはいつもの様に、妖艶な笑みを浮かべ、真面目なレイナは異を唱え続ける。
リックは妙案を閃いたと思ったが、冷静に考えてみると、新たな問題が生まれたことに気付き、結局言い訳を考えることになった。
「私が・・・・・・メイド・・・・」
「メイドは嫌なの?僕は羨ましいけどなぁ、メイド服着てみたいし」
少女は俯き暗いままであったが、メイドという言葉に、僅かな反応を示した。
そして、自分がメイドにされるということに、少し驚いている様子だ。
「まあとにかくだ、イヴに試して貰いたい玩具もあるし、早く帰るとするか。女王陛下の待つ、ヴァスティナ帝国にな」
言い訳を考えるのが面倒臭くなり、もうどうにでもなれという気持ちで、とにかく帰路を急ごうと思うリック。
他の三人も、帝国へ急ぐことには賛成らしい。
ただし、リックと手を繋いでいるこの少女だけは、皆と違って歩みを止めてしまう。その表情は何かに怯え、握っている手は震えていた。
「どうしたんだ、具合でも悪いのか?」
「ヴァスティナ・・・・・帝国・・・・・」
少女がこのような反応を示した原因。それはヴァスティナ帝国であった。
何故かはわからない。
(やっぱりこの子、何かあるな)
そう確信したリックは、少女を落ち着かせようと頭を撫でてやる。リリカもレイナも、そしてイヴも、少女のために色々と気を遣う。
少女が再び歩み始めるのは、皆の気遣いの甲斐あって、それから数十分後のことである。
数日後。色々ありはしたが、無事帝国に帰国したリックたち一行。
帰国したリックは、メシアに挨拶しようと、帝国軍演習場へと向かったのだが・・・・・。
「なっ・・・・・なんだこれ」
一言で表すならば、死屍累々。死んではいないが。
演習場でリックたちを待っていたのは、見慣れた者たちと、帝国騎士団の倒れ伏した姿。そして、皆が倒れている中、ただ一人、凛として立っているメシアの姿であった。
「戻ったか、リック」
「はっ、はい。今戻りましたけど、この状況は何なんですか・・・・・」
この状況を作りだした者。それはメシア以外にありえない。
それはわかるのだが・・・・・・。
「はあ、はあ、はあ、やっと戻ったのかよリック」
「おっ、おかえりなんだな・・・・・」
「クリスにゴリオン!?大丈夫か、ボロボロだぞ」
立ち上げれない程疲れ切ったクリス。リック配下の一人であり、常人を超えた巨体を持つゴリオンもまた、地面に倒れ伏して動けないでいた。
よく見ると、クリスとゴリオン以外にも、ヘルベルトら鉄血部隊の面々の姿もある。皆一様に、ボロボロの状態であった。
「隊長!?もう勘弁してくださいよ、誰のせいでこうなったと思うんすか!」
「えっ、もしかして俺のせい?」
倒れ伏した者たち全員が同時に頷き、リリカとレイナも同じように頷いた。
リリカとレイナにはわかっている。この場の惨状は、メシアの不機嫌によって引き起こされたのだと。
リックが帰還した今日までの間、メシアはこの演習場で、毎日模擬戦を行なった。模擬戦の相手は、彼女の指揮する騎士団、帝国軍の兵士、リック配下のクリスやゴリオン、そして鉄血部隊にまで及んだ。殆ど無理やり、彼女が相手に選び、毎日模擬戦で彼らを叩き潰した。
リックのいない間、不機嫌であった彼女は、騎士団と兵士を徒手格闘訓練で全滅させ、クリスを剣の勝負でねじ伏せ、ゴリオンを投げ飛ばして、精鋭の鉄血部隊すら粉砕したのだ。
帝国最強の騎士は、恐ろしい程の武を見せ、叩き潰した彼らに、恐怖を植え付けたのである。
「私はこれから城に戻る。お前も一緒に来るか?」
「すみません、これからシャランドラのとこに用があるんです。城には後で行きますね」
「そうか。城に戻ったら陛下にお会いしろ。お前の帰りを心待ちにしている」
いつものような鋭い視線と、真面目な表情の彼女は、用事があってこの場を離れる、リックたちを見送る。
演習場には先程と同じく、メシアと多くの犠牲者が残された。
待ち望んでいたリックの帰還により、安堵の溜め息を漏らした犠牲者たち。地獄は終わったかに見えたのだが・・・・・・。
「休憩は終わりだ。立て」
その一言。その一言は、地獄を再開させる宣告であった。誰の目からも希望が消え、その表情は恐怖に青ざめる。
ついさっき、城に戻ると言ったにもかかわらず、彼女は地獄の演習を再開させようとしている。
クリスとヘルベルトは急いで異を唱えようとしたが、できなかった。
視線はいつも通り、表情もいつも通りであるのに、彼女はこれまで見せたことのない、不機嫌オーラを放っていたのだ。
そう。待ち望んでいた者が、またも自分のもとを離れてしまった。堪え切れない怒りを滾らせてしまう。
今まで以上に不機嫌な彼女相手に、異を唱えることなど、できるはずがなかった。それが、地獄へと向かう、最悪の選択だとわかっていても。
結局この日もまた、この演習場から悲鳴が絶えることは、日が暮れるまでなかった・・・・・・。




