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第四十四話 プレイン・バーン作戦 後編 Ⅴ

 八年前の話だ。

 ホーリスローネ王国の将軍ギルバート・チェンバレンは、大陸で広く知られた「紳士将軍」の二つ名を持つ男である。王国にとっては英雄であり、兵からは絶大な信頼を集める彼は、軍学校の旧友の頼みで月に何度か特別講義を行なっていた。

 若く才能秘めた学生達の才を開花させ、国防のより一層の強化を図る。そのためには、優秀な将軍による教えが必要不可欠であると考えられ、軍学校校長は特別講師としてギルバートを招いたのだ。


 講義を頼んだ軍学校の校長はギルバートの旧友で、国家の将来に関わる事でもあって、特別講師の件は国王からも命令されてしまった。

 旧友の頼みだけならまだしも、王からの命令では軍人として断れない。国防強化のためには仕方ないと思い、ギルバートは渋々講義を行なうようになったのである。

 彼が想像していた通り、王国軍の弱体化と腐敗の影響は、若者達が戦略を学ぶ軍学校にも及んでいた。実戦を知らぬ教師達が、時代遅れで間違った戦略を教えるだけでなく、王国軍の伝統や歴史を説くばかりで、戦争の基本すら教えていなかった。

 将来の無能な軍人を送り出していく腐敗の学び舎。それが分かっていたからこそ、ギルバートはこの仕事がやりたくなく、校長は彼を特別講師に呼んだのだ。将来、国を守る事のできる優秀な軍人を、少しでも多く輩出するために⋯⋯⋯⋯。

 ギルバート同様に校長や国王もまた、王国軍の将来に危機感を持っていたのである。


 この日も、いつもの様に軍学校で特別講義を開いたギルバート。教壇に立って黒板に地図や文字を書き、生徒達の羨望の眼差しを集めながら、ゼロリアス帝国を仮想敵国と定めた場合の講義を行なっていた。

 王国軍を代表するギルバートの講義であるため、学生達は普段以上に真面目に講義を受けている。しかし、この中で自身の講義の真意を理解できている生徒は、たった一人として存在していないと彼は思っていた。

 講義の内容は、極北のある地点からゼロリアス帝国の戦力が進軍を開始し、ホーリスローネ王国への侵攻を開始した場合の対応策であった。ギルバートはこの想定で、如何にしてゼロリアス帝国軍の侵攻を阻止するかを、学生達に考えさせたのである。

 言わばこれは、自由な発想で答えていい簡単な机上演習であった。想定としては、事前に王国軍側が敵の侵攻計画を察知しているという過程で、どのような迎撃を行なうかというものである。ギルバートは自らが対応策を考えて述べるのではなく、今ここにいる学生達が、この場合どのような発想と手段を用いるかを知ろうとしたのだ。

 

 学生達はこの机上演習に我先にと手を挙げ、各々が敵軍への対応策を発言した。

 ほぼ全ての生徒が考えを述べたが、彼らの対応策は皆同じようなものばかりであった。特に多かったのが、敵軍が侵攻する予定地点に要塞陣地を構築し、戦力を集結させて迎え撃つというものであった。

 この案は、古くからの王国軍伝統の防衛戦術である。生徒達はそれを、自分の考えた新しい発想の様にして概要を語った。確かに、それぞれの生徒の要塞陣地案は、要塞構築という点は一緒でも細部は異なっていた。ただ結局、それらは授業で習った定石通りの戦術に、蛇足を付け加えたものでしかなかった。

 戦場となるその地点が要塞構築に適しているのか。構築された要塞を敵が迂回しようとせず、その地点を通るという保証はどこにあるのか。そういった想定を学生達は行わず、自らの才を偉大な将軍に披露できるこの機会に興奮し、浅はかな発言を繰り返すばかりだったのである。


 だが一人だけ、他の学生達とは違う発言をした生徒がいた。

 長髪と眼鏡をかけた姿が印象的なその男子学生は、ギルバートが全く予想もしていなかった方法で、敵軍を撃滅する作戦案を述べたのである。


「⋯⋯⋯⋯地上と上空からの同時攻撃。それによる敵の迎撃が君の作戦かね?」

「はい、将軍閣下」


 その学生が肯定すると、他の学生達は大いに彼を笑った。その理由は、空を飛べるものを集めて戦力化し、地上と空中から敵を攻撃しようと発言したからだ。

 笑われるのも無理はない。あまりにも非常識であり、夢物語のような作戦計画だった。学生達が笑うのは無理ないが、ギルバートは彼に大いに興味を抱き、周りの笑い声を無視して彼に問うた。


「君が空からの攻撃方法に拘る理由は何かね?」

「今回の仮想敵戦力はあのゼロリアス帝国軍です。その地点から侵攻された場合、国防の関係上投入できる戦力には限りがあります。相手の三倍の戦力を用意できるなら兎も角、同等数の戦力で戦闘を行なった場合、まず勝ち目はありません」

「ゼロリアスの兵が我が軍の兵の練度を上回っているからかね?」

「その通りです。野戦では到底勝ち目はなく、例え要塞陣地を構築したとしても勝算は薄い。それなら、精強な敵が想定していない方法で攻撃するしか手はありません」


 他の生徒は馬鹿馬鹿しいと言いたげに彼を見ているが、当の本人はそんな視線など気に留めず、ギルバートの前で堂々と発言していた。

 この時ギルバートは、彼だけが唯一、自分が用意したこの机上演習の真意を理解していると直感した。


「如何に大陸最強と謳われるゼロリアス兵でも、空からの一方的な攻撃を防ぐ手立てはないでしょう。我が軍はこれで敵に大打撃を与えつつ、別の地点からは軍団を進軍させます」

「ほう⋯⋯⋯⋯、今度はこちらから打って出ようというのか」

「勿論、本気でゼロリアス帝国に侵攻など行ないません。大打撃を与えた敵軍に、撤退という選択肢を与えたいのです」


 ギルバートは彼の語った作戦に、一人感心していた。そこまで聞ければ、荒唐無稽とも言える攻撃方法を説いた彼の考えが、非常に考えられたものだと分かるからだ。

 要塞陣地戦術を説いた学生達と違い、彼は自軍と敵との戦力差をよく計算し、自由で大胆な発想を用いての勝利を目指していた。ほとんどの生徒達が彼の空中攻撃案にのみ反応し、不可能だと馬鹿にしているが、彼の作戦の重要な点はそこではない。

 彼の作戦は、敵に大打撃を与える事が本番ではなく、その後が本番なのである。

 大打撃を与える事で敵の侵攻を停止させ、侵攻の勢いと戦意を挫いた後、敵が守る国を脅かそうと軍を動かす。そうすれば敵は、後方の守りのために軍を撤退させるしかなくなる。侵攻作戦に失敗した以上、それが最良の選択になるからだ。

 重要なのは、敵を全滅させるまで戦ったり、要塞陣地を使って膠着状態に持ち込んだりせず、短期間で敵に打撃を与え、撤退させる事で戦争の終結を図る事だ。

 敵を全滅させれば、報復のために今度は倍以上の戦力が送り込まれるだろう。膠着状態に持ち込んで時間が経てば、その内に敵の援軍が到着する危険性がある。どちらにせよ、戦争は長期化するだろう。もし長期化してしまった場合、今の王国軍で帝国軍に勝利できるかと言うと、非常に難しい。

 

 ギルバートが感心しているこの生徒は、始まった戦争の終わらせ方までも計算していた。他の生徒達は、敵の迎撃と戦いの勝利だけしか考えていなかったが、彼はより良い戦争の終わらせ方を考え、その方法を述べたのだ。

 

「将来、私達が目を向けるべき戦場は空です。空を制した者が戦場を制する。今から準備すれば、数年後には我が国の守りを一層厚くできるでしょう」


 敵が保有していない強力な戦力を用い、弱体化を続けるホーリスローネ王国の防衛を強化する。そのために必要なのが新戦力であり、彼はそれが空であると宣言した。

 学生達も、長年軍人を続けているギルバートですら、そんな新戦力は思いつきもしなかった。空を自在に飛び回り、無防備な敵の真上から自由に攻撃できればなどと、例え思いついても夢で終わる。そんな夢を、この生徒は実現するべきだと考えていたのだ。

 一体どうやって、何を使ってそんな戦力を用意するのか。本当に実現可能なのかなど、疑問点はいくらでもある。それでもギルバートは、王国軍の下らない伝統などに縛られない、彼の自由で先進的な発想に興味をそそられていた。


「ふーむ、面白い発想だ。それで、君はどうやってそんな戦力を用意しようというのかな?」

「考えられる方法として、まずは――――――」


 その後の彼の考えや発言は、他の生徒達からより一層笑われ、馬鹿にされ、呆れられた。開花しつつあった彼の鬼才振りは、無能者達に到底理解できるものではなかったのだ。

 周囲から大いに笑い者にされた彼は、とても悔しそうに奥歯を噛み締め、眼鏡の奥の瞳に決意の炎を燃え上がらせていた。彼の瞳は、「必ずこの無能者達に自分の正しさを見せつける」と、そう宣言していたのである。

 この日出会った彼の才、そして周囲の侮辱を受けても尚考えを変えず、悔しさを堪えて決心したその時の少年の顔を、ギルバートは忘れはしなかった。










(やはりヴァスティナの参謀長は、あの時の生徒だったか⋯⋯⋯⋯)


 ボーゼアス義勇軍の主力が大火災に吞み込まれていく様を、ギルバート・チェンバレンもまたホーリスローネ王国軍の者達と共に、言葉にし難い大きな衝撃を受けながら目撃していた。

 王国軍兵士は勿論、彼らを率いる立場にあるアリオンさえも、言葉を失い立ち尽くし、戦場に広がる地獄の業火を見つめている。皆それぞれ思うところは異なるだろうが、ギルバートと同じ事を考えている者はいないだろう。何故なら彼はこの場でただ一人、現在行われている「新しい戦争」を知っていたからだ。

 

(本当に実現させてしまったか。まったく、時として人の激しい感情はどんな困難すらも実現してしまう)


 ギルバートの記憶にある鬼才を秘めた生徒は、成長して再び彼の前に現れた。出会って一目で、ギルバートには彼があの時の生徒だと分かっていた。決意の炎を燃やす彼の瞳は、あの頃と何も変っていなかったからだ。

 あれ程の才を持ち、負けん気が強い少年であるならば、その内何処かで再会するだろうと思っていた。だがまさか、遠く離れた南ローミリアの参謀長となった姿で再会する事になるとは、如何にギルバートと言えども予想していなかった。

 再会した彼は、見た目も中身も立派に成長していた。秘められていた彼の才も、ヴァスティナ帝国の下で確実に開花している。この地に新しい戦争を持ち込んだリクトビアが、秘められた彼の才に気付いて開花させたのは間違いない。


(良い主君に巡り会えたか。どうやらあの男、私の想像以上に危険なようだ)


 鬼才を開花させた彼は、今回の戦争で得た結果を基に、更に強力な戦略と戦術を生み出していくだろう。そんな彼を、リクトビアは止める事なく好きにやらせるだろう。結果そうなれば、大陸全体の軍事バランスは大きく崩れる事になる。

 リクトビアは彼の才を存分に活かし、ヴァスティナ帝国に大陸最強の軍事力を保有させようと画策している。大陸中央まで進出したリクトビアの目的が、ローミリア大陸全土の武力統一なのは明白だ。今やヴァスティナ帝国は、それを実現できるだけの軍事力を有しつつあった。

 ボーゼアス義勇軍との戦争で、帝国が各国に見せつけているこの戦闘は、自国の力の宣伝目的だけではない。この戦争でリクトビアは、帝国国防軍による新戦術の試験運用を行なっているのだ。

 ここで集められた結果は、帝国が迎える次の戦争で十分に活かされていくだろう。その戦争の相手が、もしホーリスローネ王国であったならば、果たして王国軍に勝ち目はあるのだろうか。


(実に面白い⋯⋯⋯⋯)


 王国の英雄、大陸一の戦略家と謳われるギルバートもまた、一人の軍師である。

 自分の目の前に、今度は敵として現れるかもしれない彼の姿。戦う敵同士となった時、自身がこれまで培ってきた軍略と、若き鬼才の新しい軍略、果たしてどちらが上か。一人の軍師としては、試してみたいという己の衝動に抗えない。

 ヴァスティナ帝国という存在に危機感を覚えるも、それ以上に興奮に駆られてしまっている。そんなギルバートの口元には、本人も気付かぬ内に笑みが浮かんでいた。


(エミリオ・メンフィス⋯⋯⋯⋯。彼と知恵比べをするまでは長生きしたいものだ)


 この場の誰とも違う想いに胸を馳せるギルバートの頭上を、全機爆装した帝国国防空軍の第四次攻撃隊が飛行していく。

 この戦いの決着が見えた彼は、如何にして帝国国防軍の航空戦力を攻略するか、その分析を始めていた。

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