第四十四話 プレイン・バーン作戦 後編 Ⅵ
「空からの攻撃だって?」
まだ彼と出会ったばかりの頃、私は丸一日彼と語り合った事がある。私が仕える事になったヴァスティナ帝国の未来を、帝国軍事の最高指揮者となったばかりの彼と、食事や寝る事すら忘れて話し合い続けた。
深夜になったところで、私は彼に、自分の考えた新しい戦争の考えを打ち明けた。飛行能力を有した戦力を用いて制空権を確保し、敵戦力を一方的に攻撃するというものだ。
気分が盛り上がり過ぎて、つい口を滑らせてしまったのがきっかけだ。本当は話す気などなかった。こんな話、他の人間からすれば馬鹿げた話だろうから、絶対に実用化できる保証ができない限りは、まだ話さないつもりだった。
まだ誰も成し得た事のない、空という戦場の支配。話を聞いた彼は驚いて目を見開いていた。案の定彼も、荒唐無稽な話と思ったに違いないと、この時はそう思った。
「⋯⋯⋯⋯だったらまずは、空を飛べる生き物を集めるか乗り物を作るかしないとな。それに取り敢えず爆弾括り付けてやれば、敵の真上に爆弾の雨を降らせられる」
「⋯⋯⋯⋯!?」
「それから機関銃を取り付けて⋯⋯⋯、いや別に敵に航空戦力はないんだから爆弾だけでいいか。重量増加は速度と航続距離の低下に繋がるし⋯⋯⋯⋯⋯、でも取り付けとけば空中から機銃掃射ができ――――」
呆れる事も、笑う事もなかった。彼は私の話を聞いて、寧ろ興奮していた。
しかも、私が思い描く戦力が、一体どのような手段で敵を攻撃するか、その案を次々と打ち出していく。精々、弓矢か魔法での攻撃手段しか思いつかなかった私と違い、彼はもっと強力で凶悪な手段を考え出していた。
まるで、この世界の誰も見た事のない空飛ぶ戦力の存在を、初めから見聞きしていたかのように⋯⋯⋯⋯。
「どうしたエミリオ。俺の案、実現難しそうかな?」
驚いてしまっていた私に、不安そうな目を彼が言葉をかける。どうやら、自分の発言が私を困らせてしまったのではと心配していたらしい。
心配しなくていい。困るどころかやる気が出た。だから、君が考えた攻撃案は、必ず私が実現して見せる。
「⋯⋯⋯やっぱりそうだよな。爆撃とかを考える前に、どうやって飛行部隊作るかって事の方が重要だもんな」
「そんな事はないさ。君の言う飛行部隊、作れる当てがあるからね」
「ほんとか!?」
私がまだホーリスローネ王国にいた頃、軍学校で読んだローミリア大戦を描いた本の中に、可能性があった。
大戦時、魔物である竜を使役する一族がいた。戦火を生き残るべく、自衛のために竜と共に戦ったその一族の生き残りが、今も何処かで秘かに暮らしているという。その一族と接触を果たし、味方に引き入れる事さえできれば⋯⋯⋯⋯。
「その当てを見つけるためにも、私は独自の諜報部隊を設立するつもりさ。大陸中の情報を集め、いつかこの国で大陸初の飛行部隊を生み出すためにね」
「よし分かった! どうせ諜報部は必要になるから許可する。設立に必要な資金と資材も用意させる」
「ありがとう、リック」
彼の名はリック。私は彼を、勝手に親友だと思い込んでしまっているけれど、彼もそう思っていてくれているなら、とても嬉しい。
何故なら、彼はこの世でたった一人の、私の理解者なのだから。
「明日からはやる事いっぱいで大忙しだな。頼りにしてるぞ、エミリオ」
「任せてくれ。だって私は、君の軍師なのだから」
君がどんな野望を抱こうが構わない。
必ず私は、君の思い描く全てを実現して見せる。
(作戦成功だ)
初戦闘の帝国国防空軍が生み出した戦果は、何も知らなかった同盟軍各国の兵を驚かせただけでなく、帝国国防軍の兵達すらも驚愕させていた。まさか彼らも、実際に目にするまでこれほどの威力があるとは、誰も予想していなかったからだ。
予想できていたのは、この世界で初となる空軍を生み出した、参謀長エミリオ・メンフィスのみである。ヴァスティナ帝国の軍師となり、今の地位である参謀長になるまでの間、彼が地道に進めていた計画が遂に実現した。クレイセル大平原に広がる、この圧倒的で一方的な光景こそ、彼が求め続けた結果なのである。
(私が考え、君が望んだ力。やっとここまで⋯⋯⋯⋯)
大陸全土の武力統一。現女王アンジェリカ・ヴァスティナにリックが打ち明けた、彼の全てを懸けた望み。その望みを叶えるために、エミリオはどんな力でさえも集める。これからも、その想いは変わらない。
ヴァスティナ帝国国防空軍の記念すべき初陣。戦果は期待通りのものだが、エミリオはこんなもので満足していない。
もっと大部隊で、もっと高火力で、戦場を蹂躙して完全に支配できる程の力。既に彼の頭脳は、空軍力の強化に向けた新たな計画を打ち出し始めていた。
(戦車砲を装備させての空中狙撃も面白い。ただ、部隊からの猛抗議は避けられないか⋯⋯⋯⋯)
エミリオが思い描いた航空戦力の当ては、古くから大陸に伝わる不思議な噂話の中にあった。「空を自在に飛びまわる竜を、まるで馬を飼い慣らすかのように使役する。そんな人々が暮らす砦」。この噂話は、実在したのである。
諜報部隊を設立して大陸中を調べさせ、手掛かりを集め続けた。それでも、彼らを見つけるのは容易ではなく、捜索は難航していた。
そんな中で彼らを見つけられたのは、帝国軍が中立国アーレンツを攻略したお陰である。情報国家アーレンツには大陸中からあらゆる情報が集められ、国家保安情報局内に保管されていた。攻略戦の中で失われてしまった情報は多かったが、奇跡的に彼らの情報は残されていたのだ。
竜を使役する彼らの砦。砦の名は「ベール」という名前で、大陸中央部の東に位置する山岳に存在した。ベールの人々は、かつてのローミリア大戦で生き残るべく、竜を操り戦ったとされる民の末裔なのだ。
名前と居場所を手に入れたエミリオは、自らの足で現地に赴き、国家から隠れて暮らすベールの人々に接触した。本当に彼らが竜を自由自在に操れるのであれば、自分の計画に必要不可欠だったからだ。
しかし、ベールの人々自軍に引き入れる交渉は難航した。彼らは、戦いではなく平和を望む民だったからだ。先祖が竜と共に戦ったのも、そもそもは戦火から自分達を守るためだったのである。
何度も足を運び、何度も断られた。それでもエミリオが諦めなかったのは、全てリックのためだ。何度でも交渉にやって来た彼の努力は、少しずつベールの民の心を動かしていった。更に、エミリオが彼らに向かって説き続けた大陸全土の脅威、ジエーデル国の存在と侵略戦争の事実は、ベールの民に危機感を与えたのである。
いつまでも隠れ続ける事は出来ない。何れはジエーデルのような国がここを見つけ、ベールの力を利用しようと侵略にやって来るだろう。この話は、特にベールの戦士達の心を動かした。竜と共に戦うベールの戦士は、侵略者と戦うための剣である。剣である彼らが、迫り来る脅威に反応しないはずがなかった。
エミリオの狙い通り、ベールの戦士は侵略者の脅威と戦おうと訴えた。その流れは砦中に広がって、エミリオの話に味方する者も増えていった。そしてついに、軍事同盟を結ぶという形でベールと手を組み、空を支配する力をエミリオは手に入れたのである。
(ドラグノフの事だ。また私を糞眼鏡なんて呼んで文句を言うに違いない)
酷い呼ばれ方をしてはいるが、ベールの民を代表するドラグノフや彼の仲間達からは、使える軍師として信頼を集めている。故にヴァスティナ帝国空軍は、エミリオの指揮下で動く戦力なのだ。
ただ、戦争中毒者の集まりである鉄血部隊と同じく、戦いとなると血気盛んな彼らに、屡々振り回されてしまうのが今のエミリオの悩みである。
(まあいいさ。あの手の連中は酒を渡せば何でも言う事を聞くだろう)
自らの企みに酔い、片手で眼鏡を持ち上げたエミリオの口元に、悪い笑みが浮かび上がる。
これで何度目か分からないが、彼は思った。「やはり、リックの悪い癖が移った」と⋯⋯⋯⋯。




