第四十四話 プレイン・バーン作戦 後編 Ⅲ
ヴァスティナ帝国国防軍が戦闘を続ける最前線。帝国国防軍の精鋭がボーゼアス義勇軍を迎撃し、自慢の火力で粉砕する様を全軍の後方にて、最高司令官リクトビア・フローレンスは見守っていた。
なるべく高い位置で戦況を見渡そうと、装甲車輌の上に乗っている彼の傍には、軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムの姿もあった。
前線を指揮するミュセイラと共に、リックはここで兵の士気を盛り上げるためにやって来ている。最高司令官が直々に、後方陣地ではなく前線に姿を現わしているともなると、士気はより一層上がる。何よりリックは、全軍の兵から絶大な信頼を集めているのだ。彼が姿を現わすだけで、ほとんどの兵が奮い立つと言ってもいいだろう。
リックとミュセイラが前線を指揮し、周りの兵達が機敏に動く最中、帝国国防軍ではない別の軍の者達が現れた。馬に乗ってやって来たのは、ジエーデル軍所属の軍人達である。現れた者達の先頭には、リックの知っている顔があった。
「狂犬さ~ん! 会いたかったわ~♡」
リックの事を呼びながら近付いてきたのは、ジエーデル軍の指揮官ロイド・ルヒテンドルクであった。その癖のある性格や言動は忘れられるはずもなく、リックは彼らの登場を苦笑いで歓迎した。対してミュセイラはロイドを見るのは初めてであるが、彼の事は一応話には聞いていた。噂通りの独特な雰囲気には驚かされているが⋯⋯⋯。
「あらやだ、可愛い彼女連れじゃないの。もしかしてお邪魔だったかしら?」
「ちょっ、勘違いしないで下さいまし!! 私は軍の参謀としてここにいるだけですわ!」
「そうだそうだ、だーれがこんな可愛げのない五月蠅い女と付き合うかっての! こいつよりうちのレイナとヴィヴィアンヌの方が一千万倍可愛いわ!」
「将軍!! 貴方私をブスだと言いたいんですの!? お尻に戦車の徹甲弾突っ込みますわよ!」
「おおいいぜ、やってみろよ! 逆にお前のケツに榴弾ぶち込んでやる!」
「あらあら、まるで子供の喧嘩ね⋯⋯⋯」
ロイドが呆れる中、二人にとってはいつもの調子で子供の様な喧嘩が繰り広げられる。二人の口喧嘩を止めたのは、ロイド達同様に飽きれていた一人の兵の咳払いであった。
咳払いで我に返った二人は、見苦しい姿を他人に見られた事で頬を赤くし、渋々喧嘩を止めた。喧嘩を止めた兵は呆れたように溜め息を吐き、二人に向かって報告するべく口を開く。
「報告します。参謀長より、第一次攻撃隊が出撃したとの連絡です」
「エミリオのやつ、予定通り作戦を始めたな。ホブス、全軍に攻撃隊の出撃を知らせろ」
「了解致しました。総攻撃を開始しようとしている王国軍にも知らせますか?」
「そうだな、連中には俺達の攻撃が終わるまで待ってろと伝えろ」
「はっ!」
ホブスと呼ばれた男は、リックの命令を受けて早速無線機のもとに走っていた。彼はつい最近、将軍であるリックの傍に控え、彼の手足の如く働く兵である。頭がまわって行動も早く、リックに対しても忠実であるため、戦場では特に重宝されているのだ。
発動されている作戦で周りが慌しくなる中、リックが乗る装甲車輌の傍まで近付き、興味津々な顔で彼を見るロイド。これから何が始まるのか、それを探ろうと彼もまた声を発する。
「なによ狂犬さん、増援以外にも隠し玉があるみたいじゃない?」
「まっ、そんなところだ。それで、ジエーデルのおネェ様がこんなところに何の用だ?」
「前線が落ち着いたから遊びに来たのよ。アナタ達、後方で面白そうなことしてるみたいだから」
「それが知りたくて来たわけか。だったら一緒に見物してくといい」
騎乗しているロイドに向かって、車輌の上からリックが片手を差し出した。ロイドがその手を取った瞬間、リックは片腕だけの力で彼の身体を引っ張り上げる。驚いたロイドが思わず悲鳴を上げるも、構わずリックは自分の腕力を活かし、車輌の装甲板の上に彼の足をゆっくり付けさせた。
「ここなら観やすいだろ」
「⋯⋯⋯⋯アナタ、周りから女たらしって言われない?」
「似たようなのはよく言われるかも」
「自覚あるならやめなさいな。乙女はね、こういう男らしいのに弱いの」
照れて顔を赤くした顔を背けたロイドが、逃げる様にリックへ背を向け、戦闘が続く最前線を見渡し始める。
その様子を見ていたミュセイラが、腕を組んで不機嫌そうにしながら、自分の足でリックの脚を割と勢いよく蹴った。
「痛っ!? 何すんだ!」
「不潔ですわ」
「はあ!?」
「男女問わず色目を使う変態将軍。不潔ですわ」
納得いかないと抗議しようとするも、ミュセイラの辛辣な発言と、逆らう事を許さぬ目の据わった態度の前に、何も言い返せず引き下がるリック。相変わらずの二人の様子からは、これから作戦が始まるという緊張感は無いに等しかった。
「ねぇ、お二人さん。そろそろ何を始める気なのか教えなさいな」
ヴァスティナ帝国の切り札が一体何なのか、それを早く知りたいロイドが二人に催促する。
諜報部隊の活動によって、ジエーデル軍は帝国国防軍の動きを察知していた。彼らが後方で準備している何かが、特殊な兵器を運用するヴァスティナ帝国の切り札である。それを察知したロイドは、彼らの軍事力をもっと知りたいという興味に引かれ、態々ここまで足を運んだのだ。
只でさえ、ヴァスティナ帝国の保有する戦力は、剣も魔法も通用しない驚異的な兵器群である。この兵器群を凌駕する、更に強力な兵器が存在するのであれば、一軍人として確かめないわけにはいかない。何故ならその兵器は、自分が将来戦うかも知れない存在であり、守るべき自国を焼き尽くす存在かも知れないのだ。
「慌てるなって。もうすぐ派手な舞台が観られる」
「かなり自信あるじゃない。そんなに凄いのかしら?」
「うちの天才軍師が考えた作戦だ。自信があるに決まってる」
一切の不安を感じさせない、堂々としているリックの態度は、誰の目から見ても自信満々に映った。実際彼はこの作戦に大きな自信を持ち、必ず成功すると信じている。
リックの言う天才軍師というのは、帝国国防軍参謀長エミリオ・メンフィスの事である。これまでエミリオの作戦が失敗した事はなく、小国であった頃のヴァスティナ帝国が掴んだ勝利は、彼の力なしでは在り得なかった。
「王子が考えた阿保な作戦が成功したお陰で、お誂え向きな鳥籠ができてる。これで連中は逃げられない」
「へえ~、益々ワクワクしちゃうわ。ところでアナタ、どうして自分の前線にあの子を使ってないのかしら?」
「あの子?」
「ほら、さっき言ってたレイナって子よ。勇者を助けた有名人」
ヴァスティナ帝国の軍神、烈火騎士団の隊長レイナ・ミカヅキは、帝国国防軍が展開している前線に参加していない。前線に参加しているのは、レイナと烈火騎士団の戦力以外の各部隊である。その理由をロイド問われ、リックは言い淀んで目を逸らす。
すると、彼の態度に呆れたミュセイラが、疑問を抱いているロイドのために答え始めた。
「過保護なんですわよ、この人」
「おっ、おい⋯⋯⋯!」
「勇者の救出で怪我をしたレイナさんの身体を気遣って、後方で大人しくしてるよう命令したんですの。当然レイナさんは猛抗議しましたけど、絶対前線には出さないって頑として聞かなくて」
「だってしょうがないだろ! あいついつも無理して怪我するんだぞ!」
「だったら他の人達はどうなんですの? 我らが雷剣さんだっていつも怪我しますわよ」
「あいつはいいんだ。頑丈だから」
「この差ですわ。ほんと、レイナさんには過保護で甘いんですから」
ミュセイラの口から理由を聞いたロイドが、予想外の理由に腹を抱えて笑い始めた。周りの目も気にせず存分に笑う彼の様子に、恥ずかしくなったリックがミュセイラを睨む。余計な事を言うなと言いたげな抗議の視線が送られたが、対して彼女は舌を出して返した。
「うふふふふっ⋯⋯⋯。もっと戦術的な理由があると思ってたのに、過保護なだけだなんて笑っちゃう」
「ほっとけ⋯⋯⋯」
「あら、でも変ね。ここに来る途中、私あの子と擦れ違ったわよ」
「えっ?」
目を見開いて驚いたリックがロイドを見て、慌ててミュセイラへと振り返る。驚いているのは彼女も同じで、そんな情報は全く知らされていないと、驚きながら首を横に振った。
「なんかあの子、自分の隊を率いてゼロリアスの前線に向かってたわ」
「なにっ!?」
「だからおかしいと思ったの。どうして自分の前線じゃなくてお隣の前線にあの子を向かわせたのかなってね」
「どうしてあいつゼロリアスの方に向かってたんだ! 後ろで大人しくしてろってあれほど言ったのに!」
「しっ、知らないわよそんなの! アタシに聞かないで頂戴!」
頭を抱えて半ば発狂気味なリックが、誰彼構わず理由を問い詰めていく中、ミュセイラのもとに駆け込んできた兵の一人が、急いで彼女に報告を行なう。報告しているのは、たった今届いた無線連絡の内容であった。
「えっ! それマジですの!?」
「!?」
「将軍! レイナさん、ゼロリアスの前線が突破されたって聞いて、部隊を率いて急行したらしいですわ!」
「はあ!? あの馬鹿、勝手に飛び出して何やってんだ!」
彼女の事よりも、今入った報告には驚くべき内容が含まれていたのだが、レイナの事で頭が混乱しているリックにはどうでもいい事だった。
「おい誰か! 烈火騎士団に無線連絡して呼び戻せ!! それであいつがごねたら俺が連れ戻す!」
烈火騎士団の独断行動がリック達に知れた頃、ゼロリアス帝国軍の前線は、確かに突破されていると言えた。
前線突破を逸早く察知したのは、ヴァスティナ帝国国防軍であった。しかしこの情報は、誇張されて伝わってしまった誤報だった。何故ならゼロリアス帝国軍の前線は健在であり、ボーゼアス義勇軍を蹴散らし続けているからだ。
実際は、前線の端から仕掛けた少数の敵精鋭部隊が、多大な犠牲を払って無理やり前線を抉じ開け、戦力の一部を突破させたに過ぎなかったのである。突破できた戦力も、十数人ほどの極僅かなものであった。
その突破できた者達も、精強なゼロリアス兵に瞬く間に討たれて終わった。ある一人を除いて⋯⋯⋯。
「見つけたぞ、アリステリア!!」
ゼロリアス帝国第四皇女アリステリア・レイ・サラス・ゼロリアスの前に、その男は空より飛来した。
ゼロリアス帝国軍アリステリア戦闘旅団。全軍を率いるアリステリアは、軍団の中心で指揮を執っていた。そこへ現れたのが、前線突破に成功した一人の敵兵である。精強なるゼロリアス兵を退け、この男がたった一人突破に成功できた理由は、男が騎乗している生き物の力であった。
男が跨っている生き物は、鷲の頭と翼を持つ、獅子の身体をした大きな生物だった。馬よりも大きなその生物は巨大な翼をはためかせ、男を乗せて空から襲来したのである。
「グリフォンか」
敵は、ゼロリアス帝国軍の総大将であるアリステリアを、決死の覚悟で討つべく現れた。彼女さえ討ち取れば、ゼロリアス帝国軍の前線を崩壊させる事が出来ると、そう信じて前線を突破したのである。
敵の覚悟に対し、命を狙われているアリステリアは、驚くほど冷静だった。戦場に用意された玉座に腰かけたまま、頬杖をついて男が跨っている生物の正体を言い当てる程だ。
現れた男が乗っているのは、グリフォンと呼ばれている魔物だった。鷲と獅子を合体させたような見た目で、簡単に説明するなら、鷲の飛行能力と獅子の力を持つ、大型で獰猛な魔物である。
魔物種の中では非常に珍しく、伝説上の魔物とまで言われている。少なくとも、野生で遭遇した例はほとんどないような魔物だ。それを操るこの男の正体など、彼女には既にお見通しだった。
「闇属性魔法の使い手だな。グリフォンの召喚とは珍しい」
ローミリア大陸を代表する六つの属性魔法の内、闇属性魔法は召喚を得意とする魔法である。グリフォンの存在が希少である以上、考えられる可能性は闇属性魔法による召喚だけだった。
アリステリアの予想通り、敵は闇属性魔法を操る魔法兵である。瞬時に正体が見破られた男は驚いていたが、ここまでくればそんな事は関係ないと切り替え、彼女の前で戦闘態勢に入る。
グリフォンに跨って浮遊していた男は、グリフォンを操って地面に着地させた。周囲には当然、アリステリアを護衛するゼロリアス兵が集まり、戦闘態勢で殺気立っている。如何にグリフォンに乗っていると言えど、敵軍の中心で孤立している危機的状況は変わらない。
そんな状況の中、男が直ぐに彼女を討とうとしないのは、アリステリアの傍に控える人物を警戒しての事だ。
アリステリアの傍には、ローミリア大陸最強と言われている戦士、氷将ジル・ベアリットが控えている。彼女がいる以上、下手に仕掛ければ返り討ちになる恐れがある。千載一遇のこの好機を無駄にしないために、男は慎重な選択をしたのだ。
アリステリアを護衛する兵達は、直ちに男とグリフォンを取り囲み、蟻の這い出る隙間も作らない。彼女を護衛するジルもまた一歩前に出て、腰に差している自身の剣に手を掛けようとする。
「手を出すな」
敵を処理しようと前に出たジルを、変わらない姿勢でアリステリアが止めてしまう。ジルが彼女に顔を向けるも、アリステリアの意志は変わらない。命令には逆らわず、彼女は剣に伸ばした手を下ろし、何の迷いも見せずその場から一歩引いた。
「相手をしてやろう。ここまでこれた褒美だ」
「!」
驚いたのはグリフォンに跨る男の方だった。何と彼女は、護衛の兵に一切頼らず、自分の力だけで戦うつもりなのである。
まさか、皇女自らが戦おうとするなど、この男にとって全くの予想外であった。それにも関わらず、男を取り囲む兵や傍に控えるジルも、一切の動揺を見せていない。まるで、こういった状況に慣れているような、何の心配もしていない様子であった。
ゼロリアス兵の不自然な態度に驚くも、男はこれを最大のチャンスだと考えた。今ならば護衛に邪魔される事なく、アリステリアを一騎討ちにて仕留められる。
見たところ武器は一切持たず、グリフォン相手に戦う手段は見える限りでは何もなかった。魔法を使う可能性もあるが、並みの魔法ではこのグリフォンは止められない。どう見ても、勝負は男の方に分があった。
このチャンス、絶対に逃してはならない。周囲の兵が何の手出しもして来ないのを確認しつつ、男は覚悟を決める。何より、帝国の皇女とは言え相手は女一人。戦場に立つ戦士として、一人の男として、このまま嘗められたままでは終われない。
男にとっては一世一代の大勝負。負けられない戦いを前にし、腹の底から雄叫びを吐き出した男が、自身の僕たるグリフォンを操る。大きく翼を広げて飛び立ったグリフォンが、男を乗せて砂塵を巻き上げながら突き進む。
グリフォンはあまり高度を上げず、地面から十メートル程離れて滑空しながら、玉座に座るアリステリア目指して突撃していく。翼を生やした獰猛な獣が、二本の前足を前方に突き出し、自慢の鋭利な爪を輝かせる。
グリフォンはこの爪でアリステリアに襲い掛かり、彼女の身体を引き裂いて殺すつもりだ。人間よりも大きなこの獣の突進を、女一人で止められるはずがない。それでも彼女は、玉座から一歩も動こうとはしなかった。
相手の攻撃方法を見た彼女は、退屈そうな眼差しでグリフォンと男を見たまま、ゆっくりと口を開きかけるが⋯⋯⋯。
「焼き尽くせ、焔っ!」
仕掛けようとしたアリステリアを遮ったのは、彼女の後ろから発せられた少女の声だった。声と同時に彼女の頭の上を、何もかもを焼き尽くさんとする炎が通り過ぎる。現れた炎が向かう先は、彼女の敵であるグリフォンと男であった。
アリステリアの背後からの奇襲に、男は慌てつつもグリフォンを操り、一瞬の判断で高度を下げさせた。グリフォンが高度を下げた瞬間、炎が男の頭上を通過していく。もしあのまま飛んでいたなら、男もグリフォンも丸焼けにされていただろう。
炎の奇襲を回避した男が、一瞬気を抜いて安心の笑みを浮かべる。だが、その一瞬の隙を彼女は見逃さない。男が瞬きした次の瞬間、彼の目に映ったのは一筋の刃の輝きだった。
「烈火式神槍術、斬滅」
現れた刃の斬撃は、まさに神速だった。目にも止まらぬ一閃が、グリフォンに跨っていた男の首を斬り裂いてしまう。そして、男の首を斬った刃と共に、男の横を十文字槍を持った少女が通り過ぎて行く。
男は何が起こったのか理解できぬまま、安心の笑みのまま命が失われ、グリフォンの背中から崩れ落ちていった。主人を失ったグリフォンは、操り手を失った事で混乱し、アリステリアを無視して大空へと飛び立っていく。
男を瞬殺し、アリステリアに向かっていた脅威を排除した少女が、自身の得物と共に地面に着地する。少女に助けられる形となったアリステリアは、男を仕留めるべく飛び上がり、一撃のもとに相手を仕留めて地に降り立った、烈火の様な赤い髪を持つ少女の背中を見た。
「御無事で何よりです、アリステリア皇女殿下」
アリステリアへと振り返った少女は、彼女の無事を確認して声をかける。少女の名はレイナ・ミカヅキ。ヴァスティナ帝国国防軍の軍神にして、烈火騎士団の隊長である。
軍神であるレイナと共に、後方から遅れてやって来た烈火騎士団が到着した。レイナは彼らより先行し、アリステリアを助けるために飛び出したのだ。
「⋯⋯⋯⋯噂に聞くヴァスティナの槍使いか」
「レイナ・ミカヅキ、御身のため精鋭を率い馳せ参じました。情報では、ゼロリアス帝国軍前線が敵軍に突破されたと⋯⋯⋯」
「鼠が数匹潜り込んだだけに過ぎない。貴様の早とちりだ」
「そうでしたか⋯⋯⋯⋯。出過ぎた事を致しました」
「許す。お陰で面白いものが見れた」
さっきまでの退屈な眼差しと打って変わり、今のアリステリアの瞳はレイナを捉えている。レイナに対して興味を抱いているアリステリアだったが、彼女の邪魔をする存在が頭上より飛来する。
「アリステリア殿下!」
気配を察知したレイナが見上げた先には、暴走したグリフォンがアリステリアの頭上より迫っていた。
敵機直上、急降下とはまさにこの事だ。止まるつもりのない速度で迫るグリフォンが、アリステリア目掛けて急降下を行なっていたのである。
本来、闇属性の召喚魔法で出現した魔物は、術者が死ねば姿を消滅させる。だからこそレイナは、厄介なグリフォンを相手にせず、一撃必殺を狙って男の方を仕留めたのだ。
しかしこのグリフォンは、術者を失っても尚その姿は健在であり、標的としていたアリステリアに襲い掛かっている。術者の中には稀に、操っている魔法の力が大きいためか、自身が死んでも召喚した魔物が消えないという事がある。どうやらレイナに瞬殺されたあの男は、希少なグリフォンを召喚するだけあり、相当な術者だったという事らしい。
頭上より襲い掛かるグリフォンから逃れる術はない。レイナが気付いた瞬間には、最早逃げる暇すらない。アリステリアを身体を張って庇おうと、レイナが駆け出そうとしたその時だった。
「散れ」
一言アリステリアが口にした瞬間、彼女の真上に一つの魔法陣が展開された。魔法陣からは巨大な炎の渦が出現し、頭上より迫るグリフォンを一瞬にして呑み込んでしまう。
現れたのは、竜巻の様な形をした炎の渦である。渦の中に呑み込まれたグリフォンは、燃え盛る炎に全身を焼かれ、断末魔の叫び声を上げながら焼き尽くされていく。やがて炎の渦が消滅すると、グリフォンの巨大な身体は翼諸共灰となり、風に吹かれて消え去っていった。
「炎魔法⋯⋯⋯」
一瞬にしてグリフォンを塵に変えたのは、アリステリアが発動した炎属性魔法で間違いなかった。しかもレイナが操る炎魔法とは、比較にもならない桁外れの力である。レイナどころか、大陸中探してもアリステリア程の魔法を操れる者など、ほとんど存在しないだろう。
助けがなくとも、アリステリアはグリフォンとあの男を瞬殺できたのだ。故にジルも兵達も、彼女が仕掛けた一騎討ちに動じる事なく従った。レイナは今初めて、ゼロリアス帝国第四皇女の真の恐ろしさを知ったのである。
「貴様の技、見事だった」
「!」
驚愕しているレイナに向け、変わらず彼女に興味を抱くアリステリアが口を開いた。彼女が称賛しているのは、レイナが術者の男を殺した時の手段である。
「炎魔法を放つ事で自分が届く高さまで高度を下げさせ、一瞬にして術者だけを仕留めるとはな」
「⋯⋯⋯恐縮です」
「槍捌きも良い。近く寄れ」
レイナを称賛し、先程の彼女の戦術を見抜いていたアリステリア。彼女を気に入ったアリステリアが、自分の玉座の前にレイナを呼ぶ。目の前までレイナがやって来て、彼女が玉座の前で膝を付こうとする。するとアリステリアは玉座から腰を上げ、左手を伸ばしてレイナの顎を掴むと、半ば無理やり彼女の顔を自分に向かせた。
互いの顔は近く、耳を澄ませば相手の息遣いが聞こえてくる。間近でレイナが見たアリステリアは、女の自分ですら魅了されてしまう程の、それは美しい女性だった。
整えられた綺麗な長髪と、透き通るような色白い素肌。美しい赤く輝くルビーの様な瞳が、レイナの顔を捉えて離さない。まるで宝石と呼んでもいい、美しく存在する気高き皇女。完成した一つの宝石である彼女の前では、男も女も関係なく魅了されてしまうだろう。
想像以上の美しい容姿に捕まり、突然の事に一層動揺しているレイナ。アリステリアの美しさに息を呑み、頬を朱に染めてしまう彼女は、動揺のあまりその場から動けずにいた。
「烈火式神槍術。こんなところでその技が見られるとは思っていなかった」
「!!」
動揺していたレイナに衝撃が奔り、思わず彼女はアリステリアの手を振り解いた。驚愕した顔でその場から後退る彼女は、恐る恐る口を開いて何かを言いかけるが、いけないと気付いて言葉を噤んだ。
「狼狽えるな。烈火式を危険視した父上と私は違う」
「⋯⋯⋯⋯どういう意味ですか?」
アリステリアの言葉の意味が分からず、困惑したレイナがその意味を彼女に問う。すると今度はアリステリアが驚き、何も知らない様子の彼女を見つめる。
嘘は吐いていない。自分が観察したレイナの様子から、本当に何も知らないのだと悟り、彼女の疑問にアリステリアが答えようと口を開く。
「何も聞いていないのか? 貴様の里は――――――」
瞬間、答えを口にしかけたアリステリアの頭上を、巨大な何かが影と共に通り過ぎて行った。驚いた彼女が空を見上げた時には、彼女の真上を飛来した何かは完全に通り過ぎ、何処にもいなくなっていた。
その何かと影は周囲のゼロリアス兵も目撃しており、驚愕しながら空を見上げている。そして皆一様に、飛行していった存在が向かった方向を見つめていた。
「あれは、何だ⋯⋯⋯⋯⋯?」
アリステリアもゼロリアス兵達も、正体不明の存在が向かった方向を見つめ、自分達の真上を通り過ぎて行った何かの影を見る。影は一体ではなく複数いて、陣形を組むように整然と飛行していた。
突如現れた存在の正体が分からず、あれを目撃したゼロリアス帝国軍に動揺が奔ったのは言うまでもない。もし敵であれば、さっきのグリフォンと同じように冷静に対処も出来る。だがあれは、味方しかいないはずの後方から飛来したのである。
当然、ゼロリアス帝国軍の保有する戦力などではない。ホーリスローネ王国軍などにも、あのようなものは存在しないはずである。ならば、考えられる可能性は一つしかなかった。
「御安心下さい殿下。あれは我が軍の味方です」
「⋯⋯⋯⋯!」
驚くアリステリアを安心させようと、冷静さを取り戻したレイナが言葉を発する。レイナの言葉で確信を得たアリステリアは、あれがヴァスティナ帝国の切り札であると悟った。
「これから我が軍の作戦が始まります。攻撃に巻き込まれる危険がありますから、前線の兵はこれ以上進軍させないで下さい」
「作戦だと⋯⋯⋯?」
これから始まる戦いは、これまで自分が目にした事のない、新しい戦争の方法。レイナがゼロリアス帝国王族の力を思い知ったのと同じように、この先アリステリアが目撃する事になるのは、自分達の戦争の常識を覆す、ヴァスティナ帝国が生み出した新たな戦い方。今日彼女は己の目と耳で、それを思い知る事になるだろう。
しかしそれは、あれの正体も作戦も全て知っているレイナもまた同じだった。
「プレイン・バーン作戦。常識を覆す新たな戦争というものを、共に見届けましょう」




