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第四十四話 プレイン・バーン作戦 後編 Ⅱ

「はーはっはっはっ!! 異教徒共め、やはり現れたか!」


 グラーフ同盟軍とボーゼアス義勇軍が激戦を続けている、ローミリア大陸中央部に広がるクレイセル大平原。出撃したボーゼアス義勇軍を挟撃するべく展開した、ホーリスローネ王国軍を主力とする二つの軍団は、突如出現した伏兵に奇襲されてしまった。

 二つの軍団の内、右翼側から展開した戦力を指揮しているのは、ハートライト王国軍の将軍ジェラルド・オルドリッジである。前線の兵から絶大な信頼を得ているこの男は、騎乗して兵を率いて進軍を続けていたが、予想通りだった敵の動きに全軍の足を停止させた。


「ヴァスティナの将軍が予測した通りだ!! 戦士諸君、突然の伏兵などに慌てる事はない!!」

「しかし閣下! 異教徒共はざっと数えて一万を超えています!」

「だからどうだというのだ!! 伏兵も主力も全て討伐し、戦士としての我々の名を大陸に知らしめようではないか!」


 驚愕している兵達の士気を維持するべく、何でもない事のように言って見せるジェラルドが、不安の空気を大声で笑い飛ばす。

 挟撃に展開した左右の軍団は、何もないところから突然その姿を現わした、ボーゼアス義勇軍の伏兵部隊と接敵した。この大平原には、人が隠れる事の出来る森林やくさむらなどは存在せず、一万以上の伏兵を忍ばせておくなど不可能だ。だが現実には、挟撃戦力を待ち構えていたボーゼアス義勇軍の戦力が、突然姿を現わして突撃を開始したのである。

 伏兵部隊は、風景と一体となって透明化していたのだ。そうとしか考えられない、理屈に合わない衝撃的な状況である。ジェラルドを始め、同盟軍に参加している各国軍の指揮者達の何人かは、この状況を予測はしていた。兵達が動揺するのは当然だが、ジェラルドが動じていないのはそのためだ。


「オルドリッジ将軍!」

「うむ!? おお、我が戦友アニッシュではないか!!」


 敵伏兵部隊の迎撃を指示しようとしたジェラルドのもとに、白馬に跨ってやって来た少年が一人。美しき銀のランスを片手に、ジェラルドの姿を見つけて彼の名を叫ぶ。

 現れた少年の名は、アニッシュ・ヘリオース。チャルコ国が誇る若き騎士である。


「将軍、現れた伏兵はチャルコとへスカルの両騎士団で迎え撃ちます。将軍は主力を連れて先へ御進み下さい」

「ほう、その意気や良し!! しかしだなアニッシュよ、チャルコとへスカルの騎士団だけであれを抑えるのは、口で言うほど楽ではないぞ?」

「分かっています。でも誰かがやらなければ、アリオン王子の作戦が失敗します」


 挟撃部隊の戦力は、どちらも約一万の兵数である。現れた伏兵も一万であり、そう簡単に蹴散らせる数ではない。現れた伏兵に最も近い位置にいる、チャルコ国とへスカル国の両騎士団は、作戦成功の為には自分達が時間を稼ぐしかないと考えた。そこでアニッシュはジェラルドのもとに駆け付け、挟撃部隊の主力をそのまま前進させるべく、自分達が伏兵と戦うと進言したのである。

 だがその進言は、両騎士団合わせて約千人で一万の軍勢を迎え撃つ事を意味していた。数の話で言えば、到底勝ち目のない戦いである。全滅する可能性の高い、危険な決断と言えた。


「はーはっはっはっ!! 勇気ある騎士達だ!!」

「!」

「騎士アニッシュ・ヘリオースよ! 我らハートライト王国軍の戦士は、共に戦う仲間の亡骸を踏み越えてまで進もうとはせん! 勇敢な騎士達があれと戦うと言うならば、我らも共に戦おう!!」

「それでは、王子の作戦が⋯⋯⋯⋯!」

「心配無用だ!! この事態を我が友ギルバートが予測していないはずがない! 既に手は打ってあると見た!」


 ホーリスローネ王国軍には、ジェラルドが友と呼ぶ相手、将軍ギルバート・チェンバレンがいる。紳士将軍と呼ばれている彼に、この程度の事態は容易に予測できてしまう。何かしらの対策が取られているからこそ、彼はこの作戦を実行したはずなのだ。

 ギルバートを信頼しているジェラルドは、彼の対応策を信じて待つ事に決めている。仲間を犠牲にしてまで作戦を続行する気など、最初から毛頭ない。


「行くぞ、我のもとに集いし英雄諸君!! 南ローミリアの勇敢な騎士団の背に、我らも続くのだ!!」


 兵に号令を下したジェラルドが馬を翻し、敵伏兵部隊に目掛けて突撃していく。将軍一人で行かせるわけには行かず、慌ててアニッシュも彼に続いていった。

 そして勿論、ジェラルド旗下のハートライト王国軍や、彼の指揮下にある各国軍の兵達も、目標を伏兵の撃破に切り替え突撃を敢行する。この瞬間、ボーゼアス義勇軍が敵の挟撃に備えた作戦は成功した。

 彼らにとって誤算だったのは、伏兵による奇襲攻撃をかけたにも関わらず、ジェラルドを信じて戦う同盟軍の士気を、全く下げられなかった事だ。










 グラーフ同盟軍陣地で戦況を聞いた、ホーリスローネ王国第一王子アリオン・オブ・グリフィズは、自らの立てた作戦が失敗したと知り、周りの目も気にせず呆然と立ち尽くしていた。

 伏兵など存在しなかった。兵士の姿はそこになく、潜んでいる気配すらない。そんな場所に敵は現れ、絶妙なタイミングで挟撃部隊を奇襲した。挟撃部隊が足止めされた事によって、敵主力を三方向から囲み、総攻撃を仕掛けて撃破するという彼の作戦は、実行不可能になった。

 相手の策や、在るかどうかも分からない罠を恐れていては、この決戦の勝機を逃すと思っていた。だからこそアリオンは、これを予測していた者達の反対を押し切り、作戦を実行に移したのである。ところが彼の作戦は、反対していた者達の予測通りの展開となり、同盟軍は一気に窮地に立たされてしまった。これではもう、決戦に勝利するどころではない。

 このまま挟撃が実行されなければ、いずれは敵の大軍に防衛線がが突破され、グラーフ同盟軍は敗北する。敵伏兵への対応は急務だが、迎撃に向かわせられる余剰戦力などあるわけがない。この時点でアリオンの作戦は、完全に瓦解してしまっていた。


「王子。それでも貴方は、偉大な父オーウェン・オブ・グリフィズの血を引く王族ですかな?」

「⋯⋯⋯!」


 自分の失敗に意気消沈しているアリオンに、将軍ギルバート・チェンバレンが問いかける。王族に対して余りにも無礼が過ぎる発言だったために、周りの兵士に緊張が奔る中、ギルバートは更に続けた。


「伏兵が現れるのは想定の範囲内。この程度の事で動揺されるようでは、オーウェン王の跡継ぎは妹君のフィーネ様に譲られるべきです」

「ギルバート⋯⋯⋯! 僕に父上の跡は継げないと言いたいのか!」

「今の貴方では無理ですな。フィーネ様の方が遥かに王としての素質を御持ちです」


 今の彼にとって、ギルバートの発言は完全に地雷だった。瞬間、怒りに駆られたアリオンはギルバートに掴みかかり、彼の胸倉を乱暴に掴んで睨み付ける。

 普段は温厚で、他人に暴力を加える事などないアリオンが、今にも殴りかかりそうな形相でギルバートを睨む。兵士達が彼を止めようとするが、ギルバートは彼らの動きを制した。

 

「気は済みましたかな」

「くっ⋯⋯⋯⋯!」


 悔しそうに歯噛みするアリオンの姿を、ギルバートは一切動じる事なく見ていた。

 ギルバートには分かっている。この戦いでアリオンは、自らの野心のために勝利を得たいと考えているのではなく、ただ純粋に平和を守りたいだけなのだ。平和を脅かす敵を討ち、人々が争わず暮らせる世界のために、彼は兵を率いて戦う決意をした。

 アリオンは、人の上に立つ者としては純粋過ぎるのだ。自ら兵を率いるのも、勝敗や損害の責任を全て自分で負うためである。それ故に、作戦は自分で計画し、命令も自分の口から行なう。自分の命令によって、戦場で傷付いた者達から恨まれる事になろうとも、その責は誰にも負わせないと決めている。

 現にアリオンは、これまでの失敗を誰のせいにもしなかった。ボーゼアス義勇軍との緒戦、敵軍に対し独断で追撃を続けて窮地に立たされた部隊がいたが、その部隊の責任者を裁いてはいない。全て自分のせいであると考え、責任は自らが負うつもりでいるのだ。

 

 王族である事を驕らず、人々の平和のために戦う王子。こんな純粋な青年であるからこそ、彼のもとに付き従う者は多い。それでも、ギルバートがアリオンを王の器ではないと言ったのは、彼が間違いを犯している事にまだ気付いていないからだ。

 

「貴方は王子、私は軍人です」

「!!」

「軍議の場でヴァスティナの参謀長が言ったではありませんか。貴方は自分の役目を分かっていないと」

「自分の役目⋯⋯⋯⋯」


 その言葉が彼の怒りを鎮め、胸倉を掴んでいた手を放させた。アリオンから解放されたギルバートは、皺ができた服を綺麗に正し、掛けていた右眼の片眼鏡を手に取る。懐から小さな布を取り出し、片眼鏡のレンズを大切に拭きながら、やはり変わらぬ顔で口を開く。

 

「王子は御自分の役目だけを気にしていればいいのです。心配せずとも、王子の作戦はヴァスティナとジエーデルの手によって成功するでしょう」

「なにっ!?」


 再び片眼鏡を掛けたギルバートの瞳が、さっきまでの事を忘れ、意味が分からずただ驚くばかりのアリオンを映し出す。

 今はそれでもいい。しかし時が来れば、それは許されなくなる。

 アリオンが立派な次期国王になれるかどうかは、今後の彼自身と、彼を支える自分達次第。国王オーウェンから直々にアリオンを任されているギルバートは、王国の未来のために己の甘さを捨てている。


「さあ王子、今は堂々と構えるべき時です。動揺して取り乱した姿など、誰にも見せてはなりません。それが人の上に立つ王族の姿です」


 アリオンに教え説いたギルバートが言った通り、数分後には新たな情報が彼らのもとに届けられる。

 その内容は、敵伏兵部隊を攻撃する援軍到着の報であった。










 ボーゼアス義勇軍が数を活かし、グラーフ同盟軍の作戦に備えた伏兵を用意していたのと同じように、ヴァスティナ帝国国防軍とジエーデル国軍もまた、敵の動きを読んで作戦行動を行なっていた。

 この二つの軍が仕掛けたのは、至極単純な策である。つまり、相手が数で向かって来るならば、こちらも数を用意するまで。大陸中央で最大の国力を持つジエーデル国と、大陸中央にまで勢力範囲を広げ、急速に国力を増大させたヴァスティナ帝国だからこその、言ってしまえば力技である。

 

 左翼に現れた伏兵部隊には、ヴァスティナ帝国の要請を受けて出撃し、たった今戦場に到着したエステラン国の軍隊が攻撃を開始した。到着したのは、エステラン国軍約九千の戦力であり、敵伏兵相手に十分な戦闘能力を有している。

 右翼の伏兵には、ジエーデル国側の討伐軍を率いるロイド・ルヒテンドルクがかき集めた、ジエーデル国軍の残存部隊が当たった。この残存部隊というのは、大陸中央でボーゼアス義勇軍が撃破し続けた、ジエーデル国軍部隊の敗残兵の集まりである。

 ロイドは、大陸中央で敗走状態だった残存戦力を結集した。集めた部隊を再編成し、同盟軍にも秘密にした別動隊として動かしていたのである。その戦力は、約一万二千の大部隊となった。軍では戦力外として数に含まれていなかった兵を現地調達する事で、ロイドは追加の戦力を確保したのである。


 両軍合わせて約二万以上の戦力が、奇襲を仕掛けた敵伏兵部隊を、逆に奇襲する形となった。ヴァスティナとジエーデルの用意した策は、秘匿していた追加戦力の投入である。これを読んでいたギルバートは、予想されていた敵の奇襲を、両軍の追加戦力を当てる事で解決したのだ。

 両軍の奇襲は見事成功した。ボーゼアス義勇軍の伏兵は、まさか自分達が奇襲されるとは思っておらず、部隊は混乱に陥って満足な対応ができない。そのような状況に、エステランとジエーデルの兵士が突撃し、奇襲効果を活かして敵を一気に蹴散らしていく。

 伏兵が抑えられた事で、同盟軍挟撃部隊の作戦は継続された。挟撃部隊は伏兵の迎撃を援軍に任せ、自らは敵主力の側面から攻撃を開始したのである。

 この瞬間、アリオンの作戦通りとなった。グラーフ同盟軍は、ボーゼアス義勇軍主力を三方向から囲み、後方以外の逃げ道を封じたのである。後は包囲を継続しながら、全戦力を投入して徹底的な攻撃を加え、敵を殲滅するのみである。


 作戦を成功させたグラーフ同盟軍は、苦しい戦況を脱して反撃に移ろうとしていた。温存されていた勇者達を含む、残りのアリオン率いるホーリスローネ王国軍は、前線を支え続けていた三国の後方で、今まさに総攻撃に打って出ようとしている。

 ここからが本番だ。挟撃に成功する事で敵主力を取り囲んだが、主力の数は十万を超えている。そう簡単に倒せる数ではなく、ボーゼアス義勇軍のほとんどの兵は、どんな状況でも関係なく、狂気の精神で立ち向かってくるだろう。当然、王国軍だけでなく各国の軍も、大きな損害を被る事は必至だ。


 どの軍の指揮官も、これから発生する損害を覚悟し、総攻撃の号令を待っていた。

 だがこの戦場に、こんな戦争で自軍の兵を無駄に死なせまいと考える、一人の若き将軍がいる。その将軍の名は、リクトビア・フローレンス。彼の発動した作戦が、味方の損害を最小限に留めるべく、ボーゼアス義勇軍全滅に動く。

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