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第四十三話 プレイン・バーン作戦 中編 Ⅶ

「ええ!それほんと!?」


 ヴァスティナ帝国国防軍随一の狙撃手イヴ・ベルトーチカは、自分専用に設置された狙撃用の組み立て式の高櫓たかやぐらにて、部下からの緊急連絡を受け取った。

 

「不味いじゃんそれ!僕達以外に近い味方いないの!?」

「一番近いのが我々で、他の部隊では救援に時間がかかります!救援に向かうのであれば、一刻も早く決断しなければ!」


 帝国国防軍が展開している防衛線は完璧なはずだった。しかし、その防衛線に出来た僅かな乱れを見逃さず、防衛線の突破に成功した少数の敵部隊がいたのだ。

 僅かな乱れの原因は、雷の剣士グレイ・ライトニングの活躍のせいだった。突破に成功した敵部隊は、補給に向かおうとしていた味方部隊を襲撃し、現在交戦中である。補給部隊からは救援要請が発せられているが、今一番近場にいて救援に動けそうな部隊は、イヴが率いる狙撃部隊だけだったのだ。


(もし助けに行っちゃったら暫く狙撃支援はできない⋯⋯⋯。でも、だからって見捨てられないよね)


 イヴ達は、遠距離からの攻撃で敵指揮系統を撃破する、帝国国防軍に欠かせない重要な戦力である。この狙撃支援があったからこそ、前線の敵軍指揮官を射殺する事で指揮系統を混乱させ、陣形が乱れた敵の撃破を行なってきた。

 イヴ達がいるといないのとでは、前線で発生する味方の損害は大きく変わってくる。彼らがここを離れれば、最前線で戦う味方の戦死者は増えるだろう。

 帝国国防軍の幹部の一人として、部下を率いる隊長として、より多くの命が助かる方を選択しなければならない。それはイヴも承知の上で、彼の部下達もイヴの立場を理解している。だがイヴの部下達は、近場で危機に陥っている味方を見捨てる事は出来ないと、湧き上がる己の気持ちを抑えられないでいた。


(まっ、しょうがないか。リック君には後で僕が怒られれば済むし)


 責任は自分一人が取ると覚悟し、狙撃体勢を解いたイヴが櫓の上で立ち上がる。右手には愛用の狙撃銃を持ち、櫓の下にいる自分の部下達を見下ろした彼は、決断を下した。


「僕と半分の兵で救援に向かうから、残りはここで前線の支援!わかった!?」

「はっ!!」


 部隊の全員がイヴに感謝し、彼と共に戦い、彼のために死のうと改めて決意する。味方の救出に向かうため、すぐさま部隊は半数に分けられ、移動用の車輌に兵が乗り込んでいく。

 櫓を降りたイヴもまた、すぐにジープ型の四輪駆動車に乗った。屋根のない車輛の荷台に立ち、準備を終えた部下達に命令する。


「目的は仲間の救出だから無理はしないこと!行くよみんな!!」


 イヴの命令に従い、部隊の半数が車輌に乗って移動を開始する。目指す地点は当然、救援要請があった味方の前線である。今から向かって間に合うかどうか、微妙なところではあったが、彼らは仲間の無事を信じて急行した。


 イヴ指揮下の精鋭狙撃部隊は、一種の特殊部隊である。そのため、一人一人の実力は非常に高いのだが、部隊の兵数は他に比べて少ない。現在のイヴの部隊は百人程であり、彼はその半数に当たる五十人を引き連れ、急ぎ救援に向かっている。

 白兵戦も出来るが、専門は狙撃の部隊である。しかも、今は五十人しかいない。味方を襲った敵の規模は少数という事以外、正確な数や戦闘能力は現状不明である。果たしてこの戦力で救援は成功できるのか、不安を覚えながらもイヴは現地へと向かう。


「隊長!あれを!!」

「!」


 車輌に乗る部下の一人が、前方を指差しながらイヴを呼ぶ。見るとそこには、横転した輸送車輛を守るようにして戦う味方と、彼らに襲い掛かる敵の姿があった。

 イヴが狙撃銃のスコープを覗き、横転している車輛の運転席を見ると、何かで窓を貫かれた跡と、内側から飛び散って付着した血痕が見えた。どうやら運転手をやられたために、補給物資を輸送していた車輌が横転。混乱に陥ったところを襲われたらしい。

 輸送車輛は三台。その内の二台がやられて横転している。残りの一台と護衛に付いていた車輌の兵達が、横転した二台の生存者救出を行ないながら、敵と交戦している状態だった。


「みんなは生存者の救出を急いで!敵は僕がやる!」


 敵部隊は少数だったが、ボーゼアス義勇軍の民兵ではない。ボーゼアス義勇軍によって雇われた、荒くれ者の傭兵達であった。銃の脅威を大体理解しているこの傭兵達は、危険を顧みず味方の懐に飛び込み、銃を封じるべく接近戦を仕掛けていた。

 お陰で味方は苦戦しており、一人また一人と命を落としていく。そこへイヴの乗った車輛が前進し、荷台に立つ彼が自身の狙撃銃を構え、一瞬で狙いを定めて引き金を引く。

 

「させないよ!」


 負傷して倒れた味方に、剣を振り下ろそうとしていた屈強な傭兵を、イヴの放ったライフル弾が撃ち貫く。弾丸は頭部に命中し、頭蓋骨を貫通して脳を直進、肉を切り裂いて反対側から抜けていった。

 一発の銃声と共に、力なく倒れた傭兵の一人。驚いた敵味方双方が銃声のした方を見ると、そこには救出のために急いで車輌を走らせるイヴ達の姿。危機的状況の中、救援を待っていた味方の兵は歓喜し、敵である傭兵達は舌打ちや毒づきして、戦う相手をイヴ達へと切り替えた。

 自分が乗る車輌を敵目掛けて走らせながら、イヴは走行中にも関わらず狙撃を続け、傭兵達を一人ずつ仕留めていく。後に続いていたイヴの部下達は、彼の命令に従って仲間の救出に向かう。


「おじさん達元気!?それじゃさよなら!」


 傭兵達を挑発しながら射殺していき、イヴは自身の狙撃銃で発砲を繰り返す。十分敵の注意を引き付けたイヴは、愛銃を右手に持ったまま、荷台に積まれていた短機関銃を左手で掴む。両手に銃を持った彼は、次の瞬間車輌から飛び降りて、地面へと綺麗に着地する。

 着地した瞬間を狙い、傭兵の一人が槍を片手に襲い掛かる。イヴの胸目掛けて放たれた槍突き。これを身体を横に転がして躱し、槍を振るった傭兵の横で立ち上がったイヴは、相手の頭に短機関銃の銃口を突き付けた。


「ばいばい、おじさん」


 引き金を引き、頭に向かって一発撃ち込む。命を奪われた傭兵の体が力を失い、俯せに倒れ伏す。また一人敵を仕留めた彼が、残りの傭兵達の姿を確認する。

 ざっと数えて、約三十人。一人でも何とかなりそうだと思った彼は、右手に持っていた狙撃銃のスリングを使って銃を背中にまわし、左手で持っていた短機関銃を右手に持ち直す。


「隊長!!これを!」


 一人で敵を抑えようとしているイヴに、車輌を運転していた兵が短機関銃の弾倉を投げ渡す。左手で予備の弾倉を受け取った彼は、一度深呼吸して気合を入れ直した。


「行くよ」


 一言静かに呟いて、イヴは傭兵達へ向かって駆け出した。

 その姿、特徴的な髪の色、操る武器。自分達の相手が、戦場の噂で聞いたヴァスティナ帝国の強敵と気付いた傭兵達は、追加報酬欲しさに舌なめずりし、得物の刃を輝かせながらイヴへと迫った。

 

 相手は飛び道具使いで、接近戦は得意ではないはずだと、傭兵達は長年の経験からそう判断した。実際その判断は間違っておらず、イヴの戦闘スタイルは基本狙撃だった。単純な力勝負や近接武器による戦いでは、イヴの方が不利である。

 それでも彼は、不利な状況を恐れず敵に立ち向かっていく。短機関銃を握って平原を駆け、先頭の敵が振るった剣による斬撃を躱し、相手の懐に潜り込んで短機関銃を発砲する。胸に四発の銃弾を撃ち込んで相手を射殺し、次の標的にも銃撃を行なった。


 敢えて敵と接近戦を行なう事で、完全に敵の注意を引き付ける。その隙に部下を行動させ、一刻も早く味方を救出させる作戦だ。彼一人で戦うなど無茶が過ぎる行動だが、そうしなければならない理由もあった。

 横転している二台の車輌は、どちらも運転席を狙撃されている。銃であれば話は別だが、並みの兵士が扱う弓程度の狙撃で、簡単に射抜けるものではない。まして、頑丈に作られている運転席の窓ガラスに守られた、走行中の車輌の運転手を仕留めるなど、貫通力に優れた徹甲弾と相当な狙撃技術がなければ不可能だ。

 彼が相手にしている傭兵達の中に、弓を武器にしている者はいない。つまり、敵の狙撃手は今も何処かでこちらを狙っているはずである。目の前で相手にしている傭兵達より、得体の知れない狙撃手の方がよっぽど脅威であった。

 故にイヴは、そんな相手から自身に部下達を守るため、一人飛び出したのだ。交戦中の傭兵達だけでなく、敵狙撃手の注意も自分へと引き付けるために⋯⋯⋯。


(ほらほら、僕が特別サービスしてあげてるんだからさ。みんなから目を逸らしといてよね)


 イヴは短機関銃と共に、三十人相手に派手に戦って見せた。

 相手から繰り出される全ての攻撃を華麗に躱し、反撃で短機関銃を連射して傭兵達を射殺していく。時には相手の攻撃を跳躍して躱して見せ、相手の両肩を足場にして着地し、銃口を下に向けて発砲する。放たれた一発の弾丸が頭を貫いて、また一人の傭兵が命を落とした。

 可愛らしい顔をしているが、人を殺す時には一切の躊躇いを見せず、冷酷に射殺する。それは今の状況であっても、普段の狙撃時でも、相手が誰であろうと同じである。

 

 本人は知らないが、今や敵味方関係なくイヴの恐ろしさは広く知れ渡っており、彼の名はある異名と共に有名になっていた。

 戦場に舞い降りた、「無慈悲な堕天使」。それがイヴの異名であり、相手に死を告げる名でもあった。


「はい、死んで♪」


 更に一人を連射で射殺すると、短機関銃の弾倉が空となる。瞬時に予備弾倉に切り替え、銃に弾丸を装填するが、イヴは周囲を囲まれ、逃げ場のない状態であった。

 流石に不味いと思い、突破口を開くために短機関銃を連射するが、慌てた彼の隙を突いて背後から傭兵の一人が迫る。背後から迫る敵の気配に彼が気付いた時には、既に剣が振り下ろされる直前だった。

 反応が遅れたために回避が間に合わない。「やられる」と、そう覚悟したイヴが目を瞑る。


「無様だな」

「!?」


 イヴと敵の間に滑り込む、漆黒の人影。黒軍服に黒の軍帽を被った少女が一人、ククリナイフ片手に現れた。傭兵が振り下ろした刃をナイフで受け止め、片腕だけの力で相手の剣を押し返した少女は、目にも止まらぬ速さでナイフを操り、傭兵の喉を切り裂いた。


「狙撃手の分際で白兵戦などするからこうなる。私に負けて何も学ばなかったのか?」

「なっ、なんでお前!こんなところに!?」


 イヴが見た黒軍服を纏う少女の背中。少女はイヴに振り返らず、その顔を見せる事はなかったが、自分を助けた相手が誰なのか、直ぐに分かった。

 その姿、その黒髪、その声は決して忘れない。今は仲間であっても、彼にとっては憎むべき敵だった少女。その彼女の名は、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。


「親衛隊はリック君の護衛だろ!なんでお前がここにいるんだ!?」

「少し黙っていろ。残りは私が片付ける」


 イヴが数を減らしたお陰で、残った傭兵は二十人を切っている。それでも一人で戦うには、数で圧倒的に不利な状況下だが、彼女には全く関係ない。例え相手が倍いたとしても、彼女の実力ならば数十分もかからず全滅させられる。

 

 瞬時にククリナイフを鞘に収め、一瞬で腰のホルスターから二丁のリボルバーを抜き、神速の速さで全弾発砲する。放たれた十二発の弾丸は全て、傭兵達が身に着ける鉄製の装備に命中し、全ての弾丸が跳弾した。

 跳弾した十二発の弾丸は、二人を取り囲んでいた傭兵達の急所に命中。一発につき一人を仕留め、十二人の傭兵が彼女の跳弾の前に倒れた。


「ふん、雑魚共め」


 腰のホルスターに銃を収め、腰に差していた二本のククリナイフを抜き放ったヴィヴィアンヌは、残敵の掃討を行なった。

 二本のナイフと共に駆け出した彼女は、残った傭兵達との距離を瞬時に詰める。相手が反応できない速さでナイフを振るい、容易く相手の身体を斬り裂いて、一瞬の内に絶命させていく。それはまさに秒殺と呼べる光景で、傭兵達の回避や反撃など許さず、瞬く間に生き残りを処理していった。

 最後の一人になってやっと、彼女には絶対に敵わないと悟り、生き残りが命惜しさに大慌てで逃げ出した。追うのが面倒になった彼女はナイフを収め、ホルスターから銃を抜き、手に握った銃の空薬莢を排出して、弾丸を一発だけ装填する。


「潔く死ね」


 無慈悲なヴィヴィアンヌは、逃げる傭兵の背中に銃口を向け、ゆっくりと引き金を引いた。乾いた発砲音と共に放たれた弾丸は、逃げていた傭兵の後頭部に命中する。弾丸は相手の頭蓋を貫通して脳を突き破り、一発で相手を絶命させた。


 こうしてヴィヴィアンヌは、宣言通り一人で残りの敵を片付けた。この間、時間は一分と経過していない。残敵を秒殺したヴィヴィアンヌの圧倒的なまでの実力に、戦闘を見ていたイヴは驚愕しつつも、彼女の意味不明な行動が理解できず詰め寄った。


「勝手に出てきてお前何してんの!?リック君の護衛ほっぽり出して、なんで僕を助けるんだよ!」

「護衛は部下に任せている。貴様の心配など不要だ」

「だ・か・ら!!僕の邪魔するなって言ってんの!」

「私が来なければ貴様は死んでいた」

「そんな事ないもん!ちゃんと反撃できたもん!」

「強がるな。大体貴様は――――――」


 瞬間、ヴィヴィアンヌとイヴは同時に殺気を感じ取り、互いに後ろへ体を引いた。次の瞬間、二人の目の前を一本の矢が空気を切り裂きながら通過していき、横転していた車輌に突き刺さる。

 それを見た二人は直ぐに駆け出して、矢が刺さった車輛の影に同時に隠れた。第二射に備え、二人は横転した車輌を盾にしたのだ。


「⋯⋯⋯ねぇ、見えた?」

「一瞬だったがな。敵は一人だ」

「そう見たい。得物の方は?」

「異教徒程度が持つには上等過ぎる。北方で少数生産された特別製だ」

「射程と貫通力」

「通常の弓の倍はある」


 おどけた様に口笛を吹き、イヴは隠れた車輌の影からゆっくりと、敵のいる方向へと顔を出そうとした。物陰から顔を出したその瞬間、狙いを付けた敵が瞬時に矢を放つ。慌ててイヴが顔を引っ込めた空間を、先ほど放たれた矢と同じ物が、空気を切り裂き一瞬の内に通過していった。

 イヴもヴィヴィアンヌも、あの僅かな瞬間で敵の影を視認し、得物は弓である事まで確認していた。問題は、敵の操る得物の性能が、通常の弓矢の性能を超えている事と、相手の狙撃能力の高さである。


「ふぅ、危なかった⋯⋯⋯」

「敵の動きは?」

「最初の位置からちょっと動いてる。はっきりとは分かんなかったけど、あいつ、風景に溶け込む服を着てるっぽい」

「小賢しいやつめ。平原用に開発された偽装服だな」


 今の一瞬でイヴが得た情報を聞きながら、ヴィヴィアンヌは自分の拳銃に弾丸を装填していた。彼女が謎の敵狙撃手を仕留めるつもりでいると察したイヴは、有効射程が短い短機関銃を地面に置き、背負っていた狙撃銃を自分の右手に持ってくる。

 お互い、ここで後退するつもりはなかった。今は自分達が敵の注意を引いているが、ここで何か行動を起こさなければ、敵の狙いは救助活動中の味方へと向いてしまう。それを阻止するためには、今ここで敵を倒すしかないのだ。


「その短機関銃を寄越せ。私が囮になる」

「!」

「早くしろ、ぐずぐずするな」


 この状況下で迅速に敵を排除する方法は、たった一つ。それは、どちらか一方が囮になっている間に、もう一方が敵を討つ方法だ。

 しかしまさか、ヴィヴィアンヌの方から囮を買って出ると思っておらず、目を見開いて驚いてしまっているイヴ。こうなれば必ず、どちらが囮役をやるかで揉めると考えていたので、彼女の言葉は衝撃的だったのである。


「⋯⋯⋯どういうつもり?」

「私の銃では射程が足りないが、あの眼鏡が作ったその銃ならば確実に仕留められる」

「そっ、そりゃあシャランドラちゃんは天才だから⋯⋯⋯」

「第一、貴様ではやつの攻撃を躱せん。出て行って死ぬのが落ちだ」


 そんな事はないと言いたげに、頬を膨らませてヴィヴィアンヌを睨むイヴだったが、地面に置いた短機関銃を拾い上げ、それを彼女に投げ渡す。右手で銃を受け取った彼女は、イヴに背を向けて合図を待った。

 狙撃銃のボルトを引き、薬室へと確実に弾丸を装填したイヴ。「一発で決める」と心の中で自分に言い聞かせ、彼もまたヴィヴィアンヌへと背を向けた。


「行って!」


 イヴの声を合図に、短機関銃を持つヴィヴィアンヌが地面を蹴り、狙撃を恐れる事なく車輌の影から飛び出した。飛び出した瞬間、彼女は短機関銃の銃口を敵がいると思われる方へ向け、弾幕を張るように連射を始めた。

 短機関銃は射程が短く、命中精度もそれほど高くない。近距離の戦闘で、より多くの弾を瞬時に撃ち込み、敵を無力化するための武器である。現状敵との距離は遠く、この銃での狙い撃ちは非常に難しい。

 今彼女が行なっているのは、自分がやけくそに弾をばら撒いていると思わせ、相手の注意を引く事であった。派手に銃を連射して囮になった彼女の思惑通り、地面に伏せていた敵の狙撃手が立ち上がって、次の瞬間には矢を放ってきた。


「!」


 高速で向かって来る強力な矢。その威力と貫通力は凶悪で、幾ら彼女でも当たれば無事では済まない。しかも狙いは、急所である心臓であった。

 そんな矢に、瞬時に反応する事が出来たヴィヴィアンヌは、使っていた短機関銃を盾代わりにし、放たれた矢を受け止めた。矢は短機関銃に突き刺さって貫通したものの、そのまま突き抜けていく事なく停止したのである。

 鉄製の防具すら貫く、ヴィヴィアンヌ曰くの特別製弓矢。盾に使った銃器が鉄製であったお陰で、相手の放った一射だけは防御に成功した。そしてイヴは、今の狙撃で姿を現わした敵の位置を捉え、狙撃銃を構えてスコープを覗いている。

 ヴィヴィアンヌが飛び出した、その一呼吸後にはイヴも反対側から飛び出していた。彼はヴィヴィアンヌを狙った敵の姿を見つけ、相手を仕留めるべく引き金に指をかけた。


 囮作戦は成功したかに思われた。だが相手は、二人の作戦を読んでいたのである。

 イヴの扱っている武器が、自分と同じく狙撃用の武器だと悟ったこの敵は、二人が囮作戦を仕掛けてくると考え、それに引っ掛かったように見せたのだ。

 ヴィヴィアンヌに対して矢を放った敵は、イヴの行動を読んで瞬時に次の矢を弓で構え、一瞬の内に第二射を放った。イヴが引き金を引くのと、敵が第二射を放ったのは、ほぼ同時だった。イヴの放つ弾丸は敵の頭部目掛けて音速を超え、敵の矢は彼の心臓目掛けて突き進んでいく。

 このままいけば、確実に相討ちとなる。少なくとも敵狙撃手の方は、自分の予想以上に早かったイヴの正確な発砲に、己の死を覚悟していた。


 無論、これではイヴも敵の矢に射抜かれて死んでしまう。敵に作戦を読まれたばかりに、窮地に立たされてしまったと、誰もがそう考える状況だ。

 だがこの状況こそが、二人の狙い通りだったのである。二人は囮作戦が読まれる事を前提に、相手の放つ第二射を読んで行動していたのだ。

 イヴのもとに飛来する矢に対し、壊された短機関銃を捨てたヴィヴィアンヌが、腰のホルスターから目に見えぬ速さでリボルバーを抜いた。右手でリボルバーを抜き、左手で瞬時に撃鉄を倒し、引き金を引く。引き金は引き続けたまま、撃鉄を連続で倒す事で、彼女のリボルバーはまるで短機関銃の連射射撃の様に、六発全弾を連続して放った。

 ヴィヴィアンヌの高速連続射撃は、イヴのもとへと向かう敵の矢に対して行なわれた。あと数メートルで矢が着弾というところで、彼女の放った六発の弾丸が矢に命中し、鉛玉が持つ威力のままばらばらに吹き飛ばす。

 イヴに向かってきていた矢は、彼に到達する前に破壊された。この間、イヴもヴィヴィアンヌも一切慌てる事はなかった。そして彼の放った弾丸が、弓を構えていた敵狙撃手の額を貫く。


「⋯⋯⋯⋯」


 力を失い倒れる相手の姿を、イヴはスコープ越しに無言で見届けていた。敵の死を確認した無慈悲な堕天使が、スコープから目を離して銃を下ろす。

 イヴとヴィヴィアンヌは、囮作戦が敵に読まれる事を見越していた。それを理解していながら、互いにどうすべきかを悟り合った二人は、作戦を伝え合う事なく実行したのである。口に出さなくとも、互いが何をするべきか理解し合っていたのだ。

 イヴの役目は確実に敵を仕留める事。ヴィヴィアンヌの役目は彼を守る事。お互いの役割が分かっていたからこそ、ヴィヴィアンヌはイヴを守るために敵の矢を撃った。最初に受け止めた第一射目で、敵が相手の心臓を狙うと読んだ彼女は、イヴの位置と敵の位置、そして矢が通過していく空間を予測し、絶妙なタイミングと狙いで弾丸を放ったのだ。

 これは、彼女だからこそ出来る芸当だった。狙撃体勢に入るために、矢の回避が間に合わないイヴを守るためには、この方法しかなかったのである。そのお陰で、彼は一撃で敵を仕留める事に成功したのだ。あれだけ仲が悪かった二人とは思えない、完璧な連携による勝利である。


 相手を仕留めた二人は、味方が無事に救出作業を終えた事を確認すると、気を抜く事なく倒した敵のもとまで近付いていった。

 倒した敵のもとへ近付きつつ、ヴィヴィアンヌはイヴの傍にやって来る。どういう訳か妙に大人しいイヴが気になり、無言の彼に向かって彼女は口を開いた。


「上手く仕留めた割には静かだな。何を気にしている?」

「⋯⋯⋯女の人だった」

「なに?」

「僕が撃った人、耳の長い綺麗な女の人だった」


 相手のもとまでやって来た二人は、仰向けに倒れている敵の身体を確認する。一切の身動きはせず、呼吸はしていない。相手は目を開いて空を見上げたまま、弾丸に額を貫かれて確かに死んでいた。

 ヴィヴィアンヌが予想した通り、倒れている死体は一般的な弓と異なる鉄製の弓矢を装備し、無数の草が貼り付けられている衣服は、平原に合わせた色の偽装服だった。この偽装服を着て地面に伏せる事で、この狙撃手は相手から身を隠していたのは間違いなかった。

 そしてイヴが言った通り、死んでいる敵の狙撃手は女だった。長髪で緑の髪、整った細い身体に、真っ白な素肌の綺麗な女性で、歳は二人よりも少し上といったところである。驚くべきはその女性が、普通の人間と明らかに違う箇所があった事だ。


「ねぇ、ひょっとしてこの人⋯⋯⋯!」

「⋯⋯⋯間違いない、エルフだ」


 二人が倒した敵の両耳は、異様なほど長く発達していた。その姿はまさに、ローミリア大陸の伝説上に現れる存在。その名はエルフ。

 エルフとは魔人の一種で、外見的な特徴は美しい姿と長い耳である。人間よりも長寿とされ、非常に目が良く、主に弓と魔法の扱いに長けていたと伝えられている。

 エルフは伝説の魔人であり、その生態については昔話で伝えられている程度だ。二人が驚くのも無理はなく、大陸の人間ならば誰もが目を疑うだろう。実際に存在したかどうかも分からない、昔話の中にしか登場しない伝説の存在が、今二人の目の前で屍を晒しているのだから。


「でっ、でもさ!エルフって絵本の話に出てくるような想像上の魔人でしょ!?」

「だが現実には、それらしきものがここに存在している。貴様が射殺してしまったがな」

「⋯⋯⋯ただの女の人にあんな芸当できるはずないと思ってたけど、エルフなら話は別みたい」

「話に聞いた通り、弓の扱いにかけては人間を遥かに上回るらしい。あれだけ離れた距離でこの弓を使い、正確に狙いを定めて速射を行なうなど、常人には不可能だ」


 二人が交戦したこのエルフの実力は、人間には真似できないものばかりであった。

 まず、エルフが操っていた特別製の弓は、射程と威力を上げるため頑丈に作られており、弦を引くのにもかなりの力を必要とする。それをこの女エルフは、その細い身体のどこに力を隠し持っていたのか、容易く弦を引いて矢を速射していた。

 加えてこのエルフは、遠距離から相手の急所を狙った速射を行なった。狙いは正確過ぎており、あの腕ならば百メートル以上先の的に目掛けて速射を行なったとしても、全弾同じところに命中させる芸当も可能だったはずだ。


 遠距離での戦い方もよく分かっており、常に移動する事で、相手に位置を特定されないようにしていた。その動きも身に着けた装備品も、ボーゼアス義勇軍の民兵によるものではない。明らかにこれは、強力な軍隊によく仕込まれた精鋭のものだった。

 何故、伝説の魔人であるエルフがこんなところに姿を現わし、ボーゼアス義勇軍などに与していたのか。その理由はイヴにも分からなかったが、一つだけ分かった事がある。

 補給部隊の車輌を横転させた謎の敵の正体は、このエルフで間違いない。傭兵部隊を支援する形で共に行動し、偽装服で隠れながら防衛線を突破したこのエルフこそが、車輌の運転手を狙撃して横転させた犯人だ。その後は偽装服で隠れ、傭兵部隊に任せていたところにイヴ達が登場したため、エルフは二人に戦いを挑んだのだろう。

 幾ら強くともこの距離で人間が相手ならば、いつも通り簡単に倒せるとでも思っていたのだろ。実際は二人がエルフの読みを上回り、返り討ちにしてしまった。それが事の流れだろうと思ったイヴは、エルフの亡骸の傍でしゃがみ込み、見開かれた瞳の瞼をそっと閉じてやる。


「⋯⋯⋯やはりこの戦争、真の仕掛け人は教祖ではない」

「!?」


 諜報員として生きてきた彼女には分かる。この戦争が、何者かの手によって仕組まれたものであると⋯⋯⋯。

 今までは予想の域を出なかったが、このエルフの存在によって、彼女は確信したのである。ボーゼアス教を率いて戦争を始めた、教祖オズワルドの背後に潜む影を⋯⋯⋯。


「ゼロリアスの方には人造魔人が投入されたと情報が入った。教祖に裏で協力しているのは、恐らく――――――」

「そんな事どうでもいいから、さっきの話の続きしよ」


 顎に手を当て考えていたヴィヴィアンヌの傍に、いつの間にか移動していたイヴが、据わった目をして彼女を見ている。彼が言う話の続きとは、エルフとの戦闘が始まる直前の会話の事だった。


「それで、どうして僕を助けに来たのさ。お前、僕が嫌いだろ」

「好きも嫌いもない。いつも先に仕掛ける貴様のせいで揉めるだけだ」

「喧嘩するのは僕のせいだって言いたいわけ?」

「違ったか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あー、言われてみたらそんな気がしなくもないかも」

「⋯⋯⋯⋯」

「ちょっ、そんな目で見ないでよ!だってしょうがないじゃん、お前の顔見ると秘密暴露されたこと思い出すんだもん!」


 そう言って喚いたイヴの言葉が、ヴィヴィアンヌの表情に少し影を落とさせた。彼女はイヴから目を逸らし、思い詰めた様に自分の足下を見つめた。

 

「⋯⋯⋯⋯もしかして、僕の過去をリック君に話した事、ずっと気にしてたの?」

「⋯⋯⋯⋯」

「ああ、もう!!そういう不器用なとこレイナちゃんそっくり!怒ってた僕が悪者みたいじゃん!」


 今ようやくヴィヴィアンヌの気持ちを理解し、イヴは頭を抱えて空に向かい大声で叫んだ。

 そういう事かと、やっと彼女が助けに現れた理由を悟ったイヴ。大声でこれでもかと叫んだ彼は、改めてヴィヴィアンヌを見ると、仏頂面をしながらいきなり彼女に抱き付いた。


「!?」

「はい!!仲直りのハグ!!」

「!?!?」


 これには流石のヴィヴィアンヌも訳が分からず、目をぱちくりさせて困惑していた。抱き付いたイヴは彼女をぎゅっと抱きしめ、五つを数える頃になってようやく離れた。

 

「これでお互い恨みっこなし!何だかんだ二回も助けて貰ったし、敵同士だった時の事は全部チャラ。どう、安心できた?」

「⋯⋯⋯⋯⋯二回も助けた覚えはない」

「ゴリオン君の結婚式の日、厨房を手伝って貰った。あれのお陰で料理も間に合って助かった」

「⋯⋯⋯⋯⋯貴様には死ぬまで憎まれ続けると思っていた」

「だって、許してあげないと可哀想なんだもん。それに僕達がいつまでもいがみ合ってると、絶対リック君が悲しむ。そういうとこほんと、リック君って優し過ぎるんだよね」


 仏頂面から一転し、今度は微笑みを浮べて見せたイヴ。出会ってから今初めて、ヴィヴィアンヌは彼の微笑む顔を見た。向けられたその微笑みは、初めて出会ったあの頃の彼からは想像もできない、心から幸福を得た顔を浮べていた。

 

「⋯⋯⋯⋯貴様もまた、閣下に救われた一人だったな」

「まあね♪僕はリック君のお陰で生きるのが楽しいって思えるようになった。それはヴィヴィアンヌちゃんも同じでしょ?」

「ちょっと待て、何だその呼び方は」

「嫌なの?ちゃん付けの方が可愛いでしょ?」

「ふざけるな。他の呼び方を考えろ」

「せっかく可愛いのに⋯⋯⋯。じゃあさ、ヴィヴィちゃんとかヴィーちゃんなんてどう?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯最初の方がまだマシだ」


 そんな恥ずかしい名で呼ばれたくないと思い、ヴィヴィアンヌは溜め息と共に、渋々最初の案を受け入れてしまう。微笑みからまた一転し、今度は小悪魔の笑みを浮かべたイヴが、ここから立ち去ろうと振り返った彼女の背中を見ている。

 それから数歩を進み、振り返らず彼女は口を開いた。


「エルフの回収は親衛隊が行なう。我々の任務に戻るぞ、ベルトーチカ」

「はーい♪」


 明るく元気よく返事をしたイヴが、任務へ戻るべく立ち去って行こうとするヴィヴィアンヌの背中を、くすくすと笑いながら小走りに追いかけていく。

 イヴは気付いていたのだ。ヴィヴィアンヌが振り返らず自分を呼んだのは、彼との仲が解決して安心し、少し微笑みを浮べてしまった自分の顔を、恥ずかしくて見せられなかったからだと⋯⋯⋯⋯⋯。










 夜明けと共に始まったこの戦闘は、ボーゼアス義勇軍優勢から始まったものの、ゼロリアス帝国、ジエーデル国、ヴァスティナ帝国の三国の活躍によって、作戦通り敵軍を食い止める事に成功した。

 三国が主戦力を投入し、防衛線を敷いて敵を迎撃し続けている間に、ホーリスローネ王国を中心とした主戦力は、後方で戦力の再編成を終えていた。進軍を続けるボーゼアス義勇軍へ挟撃を行なうべく、二つに分かれた主戦力が行動を開始し、作戦は順調に進行しているかに思われた。

 ボーゼアス義勇軍は、後方に控えさせていた戦力も前線に投入し始め、三国の敷いた防衛線をやはり数で押し潰そうとしていた。グラーフ同盟軍の狙い通り、このまま敵の主戦力を挟撃できれば、勝利は同盟軍のものになるはずだった。

 それを妨害しようと現れたのが、同盟軍が行なった軍議の場でリクトビア・フローレンスが懸念していた、何もないところから突如その姿を現わした、敵伏兵の存在であった。現れた伏兵は、挟撃に動いた二つの同盟軍戦力が、攻撃を仕掛けようとした直前に現れたのである。

 結果、同盟軍挟撃部隊は敵伏兵による奇襲攻撃を受け、肝心の敵主力への攻撃を封じられた。伏兵部隊に側面から奇襲され、攻撃を行なうどころではなくなってしまったのである。


 この事態にホーリスローネ王国軍などが大混乱に陥る中、三国の一角ヴァスティナ帝国国防軍の陣地では、こうなると予測していた最高司令官リクトビアらが、想定していた通りの事態に慌てず冷静に対処を始めていた。

 そして直ちに、帝国国防軍全軍に作戦発動の命令が下されたのである。

 

『国防軍全軍に通達、作戦名プレイン・バーン発動。繰り返す、プレイン・バーン作戦を開始せよ』

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