第四十一話 代価 Ⅳ
「おいレイナ!お客さんだ!」
「!」
救出目標だった勇者を三人共発見し、無事保護する事に成功したレイナとヘルベルト。勇者達を襲っていた敵を片付ける事で安全を確保したが、これで戦いは終わりではなかった。
逃げた勇者を大急ぎで追撃してきた部隊がいる。それぞれの手に武器と火の灯った松明を持ち、勇者追撃に現れた兵士達。夜の闇を照らす松明の数は、レイナ達救出部隊の数を軽く上回っていた。
「客の相手は俺達に任せな。お前らは勇者を連れて先に行け」
「わかった。ここは任せたぞ」
密集する敵部隊の松明の灯は、まるで橙色に輝く火の絨毯の様であった。美しいとさえ言える光景だが、その輝きは明確な殺意を持って、勇者達を逃がすまいと追いかけてきているのだ。
正確な数は分からないが、向かってくる敵兵の数は千人以上だと、長年の眼と勘でそう判断したヘルベルトは、自分の隊を率いてレイナ達よりも前に出る。彼女達に助けた勇者を預け、逃げるための時間稼ぎを行なおうとしているのだ。
「よーし野郎共、虫けらを地獄に送ってやろうぜ!」
ヘルベルト率いる鉄血部隊が瞬時に展開を完了し、全員が一斉に銃火器を構える。準備が整った鉄血部隊は、射撃を命令を下すヘルベルトの号令を待っていた。
飢えた狼の如く、全員が射撃許可を待ち切れない様子で待つ中、ヘルベルトは装備していた中折れ式の擲弾銃を、敵軍頭上の夜空目掛けて構えた。
「俺達が見えないと不便だろ?だったら見やすくしてやるよ」
ヘルベルトが擲弾銃の引き金を引くと、一発の弾が夜空目掛けて発射されていった。その弾は向かって来る敵軍の頭上まで飛ぶと、空中で弾けて光を放ったのである。
例えるならばそれは花火であった。白い煙を上げ、放たれた弾は光で夜の闇を明るく照らしながら、ゆっくりと地面に落下していく。この光により、突然真昼の如く明るくなった事で、敵の兵士達は脚を止め、何事かと一斉に空を見上げた。
だがそれは、彼らにとって命取りの結果となった。脚を止めたその位置は、既に鉄血部隊の有効射程範囲内だったのである。
「ぶっ放せえええええええええええええっ!!!」
気合の入ったヘルベルトの号令で、一斉に銃火器の引き金を引いた鉄血部隊。小銃や機関銃が連続射撃で一斉発射され、発砲による発火炎が部隊員達の姿を照らし出す。
空に上がった光が、夜の闇を明るく照らし出した事で、鉄血部隊は敵の姿を正確に捉える事が出来ている。彼らは目標に正確な狙いを定め、自慢の銃火器を思う存分発砲し始めたのである。
「死ね糞野郎共!!全員皆殺しだ!!」
「ヒャハハハハハハッ!!!ミンチにしてやるぜ!!」
放たれた弾丸は、追撃の脚を止めてしまった敵軍に襲い掛かり、瞬く間に敵先頭集団を射殺していった。脚を止めた事で、鉄血部隊から容易に狙われる羽目になってしまった敵軍は、先制攻撃を受けて戦いの主導権を握られただけでなく、大きな損害を発生させていた。
銃火器という彼らからすれば未知の武器で、攻撃されるとは思っていなかった遠距離から、弓よりも恐ろしい武器による奇襲を受けた敵追撃部隊は、何が起きたのか理解できず大混乱に陥っている。混乱が収拾される事はなく、どうしていいか分からなくなっている兵士達に、容赦ない鉛玉の群れが襲い掛かっていく。
「そらよ、もういっちょ!」
擲弾銃の再装填を終えたヘルベルトが、再び夜空に向けて発砲を行なう。
最初に打ち上げられた落下中の一発は、既に光が消えかかって地面に近付いていた。打ち上げられた二発目もまた、狙い通り敵の頭上で破裂して、一発目と同じように眩い光を放ったのである。
この装備はシャランドラが鉄血部隊に持たせた、試作の夜戦装備である。擲弾銃が発射した弾頭は、シャランドラが開発した照明弾だった。照明弾というのは発光する砲弾であり、夜間周囲を照らして視界を確保するための武器である。
ヘルベルトはこの武器を上手く利用し、敵を十分引き付けた後に照明弾を発射して、視界を確保するだけでなく、突然の光で敵を驚かせる事によって脚を止めさせ、完璧な先制攻撃を仕掛けたのである。彼の作戦は見事成功し、敵追撃部隊の先頭は壊滅的な打撃を受け、敵兵は混乱状態に陥っていた。
「鉛玉だけじゃなくアレもぶち込んでやれ!連中に立て直す時間を与えんな!」
「わかってますよ部隊長!!これでも喰らいやがれイカレ信者共!!」
銃弾で敵兵を将棋倒しにしていき、眼前で敵を血祭りに上げていく鉄血部隊の面々は、まだまだ満足などしていない。時間稼ぎのために戦っているのだが、銃と弾丸さえあれば追撃部隊を全滅させかねない勢いなのである。
だが、いくら彼らが圧倒的な戦闘力持っているとしても、敵の数は彼らを軽く凌駕している。数で押し切られれば勝ち目はないのだ。故に彼らは、本来の役目を果たすべく行動しなくてはならない。
鉄血部隊の数人の男達が、弾頭装填済みの無反動砲を構えた。鉄製の筒にグリップと引き金が付いており、彼らはグリップを握りつつ、砲を肩に背負って狙いを定める。引き金に指をかけ、狙いを付けた者から引き金を引いて発砲を始めた。
銃の乾いたような発砲音とは違う、爆発音と共に何かが高速で放出された大きな音。彼らが操る所謂バズーカ砲は、混乱する敵追撃部隊に全弾命中し、複数の敵兵の身体が宙へ浮くほどの、激しい爆発を起こした。
「ひゃっほう!!最高だぜ!」
「次弾装填急げよ!連中にどんどん撃ち込んでやれ!」
攻撃の手を全く緩めない鉄血部隊は、銃による射撃を敵に浴びせ続け、再装填が終わった者から次々と無反動砲を発砲し続ける。鉄血部隊の展開する弾幕は凄まじく、敵の追撃は完全に停止してしまった。しかも、戦闘開始から僅か五分の間で、追撃部隊は百人以上の死傷者を出していたのである。
鉄血部隊は六十人の精鋭部隊。その六十人が銃火器を操るだけで、数分の間に千人以上いる敵は百を超える損害を出し、追撃行動を阻止されてしまった。誰の目から見ても、鉄血部隊の戦闘能力は圧倒的である。敵追撃部隊は成す術もなく、蜂の巣にされた死体の山を築き上げていくだけだった。
「まだまだ暴れたりねえが、ここら辺が潮時だな。引き上げだ野郎共!」
短時間で圧倒的な力の差を見せつけた鉄血部隊だが、指揮官であるヘルベルトは後退を命令した。銃火器を操る鉄血部隊は、敵からすれば無敵とも言える力を持つ存在かもしれない。だが、部隊が装備している銃火器の弾数には限りがあり、無茶な発砲を続ければ銃身が過熱して壊れてしまう。銃を使っているからと言って、決して無敵になれるというわけではないのだ。
それに、戦いの基本は数である。先制攻撃を仕掛け、敵の勢いを殺す事が出来ても、鉄血部隊と敵追撃部隊の兵数の差は歴然だ。銃火器の猛攻に恐れず、数任せに突っ込んで来られれば勝ち目はない。
目的であった、レイナ達と勇者の撤退支援は完了している。既に彼女達は鉄血部隊から離れ、グラーフ同盟軍陣地目掛けて撤退中だった。目的が達成された以上、次に撤退するのは彼らの番である。
「あー、糞ったれ!!もう仕舞いかよ!」
「戦車と重機関銃がありゃあ全滅させられるのによ!戦い足りねえぜまったく!」
「ヒャハッ!ヒャハハハハハハハッ!!皆殺しだぜ、ヒーハー!!」
「こいつ、銃撃に夢中で聞こえちゃいねえ。おい、後退だって言ってんだろ馬鹿野郎」
ヘルベルトの命令を聞き、戦い足りないという不満を露にしつつも、鉄血部隊全員は後退を開始した。部隊は三隊に別れ、二つの部隊が後退を行ない、残りの一隊が殿を担当して後退を支援する。殿の隊は途切れる事なく弾幕を張り、前進しようとする敵を牽制し続けた。
二隊が十分離れた頃合を見計らい、今度は殿を担当していた一隊も後退を開始する。殿を務めた彼らを、今度は後退していた二隊の内の一隊が支援する。新たに殿を担当した隊も、やはり牽制のための弾幕を張り、最初に殿を担当した隊の後退を支援した。
三つに分かれた鉄血部隊は、ローテーションで殿を行う事により、混乱を収拾して追撃を再開しようとする敵を足止めし、連携した後退行動を行っている。戦闘狂で乱暴な印象が目立つ、まさに愚連隊と呼ぶに相応しい彼らだが、戦闘に関してはプロ中のプロである。文句を言いつつも命令に即従い、言われなくとも仲間と連携し、互いを死なせないために仲間同士助け合って戦う。
「わっ、あぶねぇ!!てめぇこの野郎!今頭に弾掠めたぞ!」
「トロトロ下がってるからだマヌケ!掠めるだけで済んで運が良かったな!」
「上等じゃねえか!!虫けら共の前にまずはてめぇをぶっ殺してやる!」
「おもしれぇ!やれるもんならやってみろ!」
口が悪く喧嘩っ早いが、これでも一応仲間同士助け合ってはいる。
銃火器の連続射撃で向かってくる敵兵を撃ち倒し、足止めを行ないつつ後退する鉄血部隊。彼らの後退に隙はなく、敵追撃部隊は大きな損害を出しながら追撃するも、鉄血部隊との距離を中々縮められずにいる。
「喧嘩してる暇があったら戦いやがれ馬鹿共が!遊んでる野郎は給料差っ引くぞ!」
怒鳴りながら擲弾銃に弾を込め、またも夜空目掛けて照明弾を放つヘルベルト。一時的に夜の闇を消し去る眩い光が、戦場を駆ける敵の姿を再び照らし出す。
敵の位置と動きを正確に掴んだヘルベルトは、擲弾銃に照明弾ではなく榴弾を装填する。密集する敵に狙いを定めて擲弾銃の引き金を引き、今度は榴弾を発射した。
放たれた榴弾は密集した敵兵の地面に着弾し、激しい爆発を起こして兵士の身体を吹き飛ばす。爆発によって身体が宙を舞った兵士もいれば、爆発の衝撃で手や足を吹き飛ばされた兵士もいる。一度に七、八人の敵を殺傷しつつ、ヘルベルトもまた部隊の後退を指揮しながら戦っていた。
「さっすが部隊長。狙いがいい」
「昔は血に飢えた狼って呼ばれてただけあるぜ」
「普段からこうだと頼もしいんだけどなー⋯⋯⋯⋯」
「ロリコンだもんなー⋯⋯⋯⋯」
「お前らうるせえぞ!!それから俺はロリコンじゃねえ!!」
弾幕を張る銃声と同じくらい騒がしい鉄血部隊は、順調な後退を行ないながら戦闘を継続するのだった。




