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第四十一話 代価 Ⅲ

「⋯⋯⋯っで、どうすんですかい隊長。アニッシュの奴の頼み聞いてやるんですかい?」


 ヴァスティナ帝国国防軍による勇者救出作戦は、ある少年騎士の願いから始まった。

 チャルコ国の少年騎士アニッシュ・ヘリオース。帝国国防軍の将軍リクトビア・フローレンスとは、一対一で戦い合った事もある、一言では言い表せない仲である。

 そのアニッシュが、リクトビアや幹部達が集まる帝国国防軍の天幕に現れたのは、ボーゼアス義勇軍陣地で華夜が召喚魔法を発動させる前だった。リクトビア達の前に現れたアニッシュは、よく見知った者達と久しぶりに顔を合わせたが、特に挨拶を交わす事なく直ぐに本題に入った。

 彼らの前でアニッシュは、「捕らわれた勇者達を救うため、帝国軍の力を貸して欲しい」と、リクトビアに直談判したのである。

 深く頭を下げて頼み込んだアニッシュは、その場で彼の返答を待たずに、自分の騎士団のもとへと帰っていった。アニッシュがここを後にして少し経ち、最初に口を開いたのはヘルベルトである。

 

「勇者なんざ助けたって、俺らには何の得もありゃしねえ。いくらアニッシュの頼みでも、こればっかりは隊長でも聞いてやれないぜ」


 天幕内の長机に頬杖をつきながら席に付いているヘルベルトが、「隊長」と呼んで付き従うリクトビアを見つつぼやくように話した。

 アニッシュが訪れた天幕内には、帝国国防軍の主要な人物が勢揃いしていた。ヘルベルトもまた、その主要人物の一人である。ヘルベルト以外のほとんどの面々も、彼と同じように考えていた。


「せやなー。あんな頭下げられたら聞いてまいたくなるんやけど⋯⋯⋯⋯」

「これはちょっとねー。勇者連合と僕達、別に仲間同士ってわけじゃないしね」


 帝国国防軍の技術開発本部主任シャランドラと、特殊狙撃部隊指揮官イヴも、ヘルベルトと同じ考えだった。アニッシュの頼みであるから聞いてあげたいと思うものの、こればっかりはと諦めたように言葉を発した。

 精鋭剣士部隊「光龍騎士団」隊長クリスも、第一戦闘団指揮官アングハルトも、ヘルベルト達と同意見であり、長机に広げられた戦場の地図を睨んで沈黙している。天幕内には重苦しい空気が漂い、全員が口を閉じたために静まり返ってしまった。

 ところがここに一人、どうしてこうなったのか全く分かっていない男がいた。


「みんなどうしたんだよ!勇者って今は仲間なんだろ!?だったら助けに行こうぜ!」


 何故、皆が頼みを聞いて勇者を助けに行かないのか。その理由を分かっていなかったのは、この場でライガただ一人であった。

 勇者は仲間だと言って、ライガは気合十分な様子で席から立ち上がり、皆に呼びかけて勇者助けに行こうとしている。それを見た参謀のミュセイラが、「この馬鹿は」と言わんばかりに深い溜息を吐いて、彼の方を見ながら口を開いた。


「貴方って人はほんと考えなしですわね。おつむが弱い貴方にも分かり易く説明して差し上げますわ」


 こういうところがライガの良いところでもあり、同時に悪いところでもあると理解してはいるものの、ミュセイラは呆れたように説明を始めた。


「確かに勇者連合の勇者達は、今はわたくし達の味方ですの。でも所詮、これは今だけの協力関係ですし、将来的には敵同士になる可能性だってありますわ」

「なんでそうなるんだ!?勇者連合と敵同士じゃないだろ!?」

「質問するならもっと声を抑えて下さいまし!いいですの、勇者連合はホーリスローネ王国と極めて密接な関係にありますわ。そしてホーリスローネは我が国にとって仮想敵国の一つですの。将来ホーリスローネと戦争になったら、勇者連合が私達の敵になる可能性は十分考えられますわ」

「つ、つまり⋯⋯⋯⋯!?」

「まだ理解できませんの!?得体の知れない伝説の秘宝を操る勇者なんて助けてしまったら、いざ戦う時どんな脅威になるか予想もできませんわ!将来的脅威を少しでも取り除きたいなら、私達は静観することが正しいんですのよ!」


 口調は厳しいが、丁寧に説明したミュセイラの言う通りであった。

 今日は味方だとしても、明日は敵かもしれない。勇者を助けようとする行動は、未来の敵を助けるようなものなのだ。

 更に付け加えるならば、友人であり仲間とも言えるアニッシュからの頼みであっても、彼の願いだけで兵を動かす事は出来ない。リクトビアは当然だが、クリスやアングハルトも今や大勢の兵を率いる、軍にとって重要な指揮官なのである。兵士の命を預かる指揮官の私情で、自分達に何の得も大義もない戦いに兵を駆り出し、兵に犠牲を出すなどあってはならない。

 ヴァスティナ帝国国防軍の兵士達は、国と女王に忠誠を誓い、守るべきものを守るために戦っている。兵士達は皆、命を捨てる覚悟を持ってリクトビアに付き従う。それは彼が、国のために己の命を捧げていると信じているからだ。

 リクトビアが敵と定めた相手と戦い、彼と共に戦場を渡り歩く。それで命を失う事になっても、自分達の守りたい大切な存在を守る事が出来る。そう信じて戦う彼らに、帝国と関係のない戦いで命を落とさせるわけにはいかない。

 これは、兵を率いる立場の者が背負う当然の責務である。全員がそれを理解しているからこそ、ライガのように「助けに行こう」と口にはできない。


「⋯⋯⋯というわけだライガ。この件に俺達が首を突っ込む事はない」

「リック⋯⋯⋯!けどオレは――――――」

「気持ちは分かってる。でも駄目なものは駄目だ」


 ミュセイラに代わってライガを止めたのは、鋭い眼差しで彼を見つめるリクトビアだった。

 彼を愛称で呼んだライガは、それでも諦めきれない様子だった。強く奥歯を噛み締め、悔しさを露わにするライガ。それを見ても、冷たい瞳を見せるリックの意志は変わらない。


「それにしても、あの時の戦場で勇者を二人も攫えたとは驚きだね」

「やったのは噂の特殊部隊だろう。親衛隊が掴んだ情報では、自身の姿を消す特殊魔法の使い手がいると報告を受けている」


 リックの隣の席に座る、軍師エミリオと親衛隊隊長ヴィヴィアンヌ。二人は勇者の救出よりも、昼間の戦闘で勇者を攫った敵に危機感を抱いていた。

 初めからこの二人は、勇者救出についてなど考えてはいない。明日以降の戦闘で、如何に敵に勝利するかだけを考えている。そんな二人の今後の計画に、捕らわれた勇者の救出など微塵も入っていない。


「やはり、特殊魔法の使い手は厄介と言わざる負えない」

「ふん、怖気付いたか。特殊魔法兵など気にせず、貴様は例の戦力の準備に集中していろ」

「君に言われなくともそのつもりだ。あまり私を馬鹿にしないで貰おうか」

「ほう、それはすまなかった。気に障ったのなら何よりだ」


 エミリオとヴィヴィアンヌが会話を始めると、どうしても火花を散らす事態に発展する。「また始まった⋯⋯⋯」と呆れるリックを挟んで、帝国の頭脳と眼が睨み合う。両者は一歩も退く気がなく、これは更なる口論に発展するかと思われた。


「将軍閣下⋯⋯⋯。私に、勇者救出の許しを頂けないでしょうか」


 二人の喧嘩に割って入るように、リックへ向けてその少女は言葉を発する。彼女の発言に、二人に呆れていたリックも、喧嘩中の二人も、誰もが驚いて一斉に彼女へと顔を向けた。

 勇者救出はしない方針で固まったこの状況で、救出を自分にやらせて欲しいと願ったのは、ずっと沈黙を貫いていたレイナだった。


「同志、まさか聖槍の勇者のために⋯⋯⋯⋯!」

「君らしくないね。救出はしないと言った、リックの命令に従えないという事かな?」

 

 驚いてレイナに問いかけたのはヴィヴィアンヌとエミリオだった。ヴィヴィアンヌは思い当たった人物が頭に浮かび、早まるなと言いたげにレイナを見ていた。一方エミリオは、リックの命令を拒否しようとしている彼女に、掛ける眼鏡の奥から鋭い眼光を向けている。


「どうして、勇者を助けたいんだ?」


 怒る事もなく、呆れる事もなく、リックはレイナの目を真っ直ぐ見つめ、静かに問いかけた。彼の問いかけを邪魔するわけにはいかないと、ヴィヴィアンヌもエミリオも次の言葉を飲み込み、黙って彼女の答えを待つ。


「昼間の戦闘で、我が烈火騎士団は聖槍の勇者に助けられた恩があります。この恩は必ず返すと、勇者に約束しました」

「成程な。聖槍の勇者に恩返しするために、捕まってる勇者を助けに行きたいわけか」

「はい。我が兵達も、勇者への恩を返すためであれば異論はありません。閣下、どうか救出の許可を」


 レイナ率いる烈火騎士団は、助けられた恩は必ず返すと誓っている。昼間の戦闘で彼らの損害が最小限に抑えられたのは、水属性魔法を使って兵を助けた聖槍の勇者のお陰だからだ。

 恩義に報いたいと願う兵士達に応え、そして自らも恩を返したいと願い、レイナは烈火騎士団を代表して救出の許しを請う。


「律儀な事だね。だからと言って、恩返しのためだけに行かせるわけにはいかない」

「メンフィスの言う通りだ。考え直せ同志」


 今度は喧嘩する事なく、一人でも助けに行くと言わんばかりのレイナを、エミリオとヴィヴィアンヌが説得を試みる。しかし二人は、決意した彼女が一度言い出したら聞かない事を知っている。その証拠に、ある意味二人以上にレイナをよく知るクリスなど、彼女の行動に苛立ちながら頭を抱えていた。彼が一番、こうなると彼女が止められないと知っているのだ。


「捕らわれた勇者は二人。それを独断で助けに行った勇者が一人。合計三人もの勇者を助けたとなれば、王国にも連合にも大きな恩を与えらます。与えるこの恩は必ずや、同盟軍に対する閣下の良い交渉材料となるでしょう」


 レイナはリックに向かって己の考えを口に出し、勇者救出の利点を説いて見せた。彼女が口にした通り、異世界から召喚された四人の勇者の内、三人も救ったとなればその恩は大きな価値を持つ。

 アニッシュの説明によって、捕らわれた二人の勇者が姉妹である事や、二人を助けに勝手に陣地を抜け出した勇者がいる事など、この場の全員が把握していた。二人の勇者を助けに行けば、必然的に助け向かったもう一人も救出の対象となる。合計して三人も助ければ、王国と連合に対して優位に立つ事も可能だろう。

 この戦争で王国軍に対し、帝国国防軍に得となる要請を出す事ができるかもしれない。食糧物資の無償提供や、戦費の何割かの支払いを願う事もできるだろう。最高司令官の立場にあるリックとしては、この利点は無視できない。

 

 自らの感情の赴くままではなく、兵を率いる立場にある者として、己の責務を十分理解しているからこそ、レイナは勇者救出を願う理由とその意味を口にした。

 彼女はもう、ただ戦場を己の槍と共に駆けるだけの戦士ではない。ヴァスティナ帝国を代表する英雄の一人であり、多くの兵の上に立つ指揮者であり、兵士達から「軍神」と呼ばれて絶大な信頼を集めている戦士だ。私情を含んだ行動を起こしたければ、軍の利益に繋がる意味を求められる。だからこそ彼女は、自分の願いを押し通すため、軍の利益となる方法を考えて口にした。


「どうしても駄目と仰るならば他の兵は要りません。救出は我ら烈火騎士団のみで行ないます」

「無謀だよ。敵との戦力差をよく考えるんだ」

「勇者は見捨てろ。こんな事で同志を危険に晒すわけにはいかない」


 勇者救出を諦めないレイナは、自分達だけでも救出に向かうと言って聞かなかった。そんな無謀な真似はさせられないと、エミリオもヴィヴィアンヌも説得を繰り返すが、やはり彼女は一歩も退かなかった。

 彼女の意志は変えられそうにない。普通ならそう見える光景だった。

 だがリックは、レイナの瞳の奥に映る迷いの心を見つけている。自分でも彼女は、これが最善の選択ではないと理解し、助けたいという気持ちと、見捨てなければならないという責任に揺れている。全ては、己の全てをリックへと捧げ、彼の槍になると誓った故の迷いと苦しみだった。

 

「⋯⋯⋯⋯お前だけを行かせられるか」

「!」

「単独行動は絶対に許さない。現時刻を持って、我が軍は勇者救出の作戦行動を開始する」


 彼女の願いも迷いも知ったリックは、覚悟を決めて決断した。まさかのどんでん返しに、願いを叶えられたレイナですら驚く中、リックは彼女に正式な命令を与えた。


「レイナ、自分の隊を率いて勇者救出に向かえ。それから、今日何もしてなくて暇してた鉄血部隊も連れていけ」

「はっ!!」

「はあ~、やれやれだ。ほんとに助けに行っていいんですかい?」

「鉄血部隊は夜戦も得意だろ?昼間暴れられなかった分、今からいっぱい暴れてこい」


 勇者救出の命令は発せられた。瞳から迷いが消え失せたレイナと、面倒くさそうな様子のヘルベルトが、リックによって救出の任を与えられたのである。

 だがしかし、これを黙っていられないのが参謀のエミリオだった。


「駄目だリック。その命令は私が許さない」

「責任は全て俺が取る。レイナの好きにさせてやってくれ」

「リック⋯⋯⋯⋯」

「初めてなんだよ⋯⋯⋯⋯、レイナが俺に我儘を言うのはさ。それに俺も王国と連合には貸しを作っておきたい」


 リックの言う通り、レイナが彼に我儘を言うのはこれが初めてだった。逆に言えば彼女は、これまで彼のどんな命令にも従い、彼のどんな我儘も聞き続けてきた。ならば、今度はリックが彼女の我儘を聞く番なのだ。


「救出部隊の先鋒は烈火騎士団と鉄血部隊。陽動部隊としてライガと、第三戦闘団の機動力の高い部隊を出撃させる。敵が陽動に気を取られている内に、レイナ達が敵地に突撃して勇者奪還を目指す、⋯⋯⋯⋯⋯という風に敵に見せかける」


 勇者救出作戦の説明を始めたリックだが、主力であるレイナ達に救出を任せる気はなかった。作戦を聞いた多くが驚く中、即座に彼の意図を読む事が出来たのは、エミリオとヴィヴィアンヌくらいであった。

 説明を続けようとするリックは、意図を読んだヴィヴィアンヌへと顔を向けて口を開いた。


「ヴィヴィアンヌ。ボーゼアス義勇軍に諜報員を潜入させてるな?」

「はい。この地に敵が集結する以前より、動向を逐一報告させています」

「陽動部隊で注意を引き付け、敵が大混乱するくらいレイナ達にも暴れて貰う。その隙に諜報員を使って勇者を救出させる。後は、皆が囮になってる間に勇者と諜報員を帰還させて、任務完了だ」


 ヴィヴィアンヌが創設した帝国国防軍親衛隊は、リックの護衛と諜報活動を主な任務としている。今回の対ボーゼアス義勇軍においても、その任務が特別変わる事はない。敵軍の動向を探り、情報を収集するために、既に敵軍には複数の諜報員を潜入させているのだ。

 特殊魔法兵の情報を得たのも、潜入させている諜報員達の活躍によるものである。その諜報員達を使って、今回の作戦を成功させるのがリックの狙いだった。


「閣下のお考えは理解致しました。現状で救出を行なうなら最適の手段です」

「その代わり、この方法を使えば諜報員を潜入させてるのが敵にバレる。ヴィヴィアンヌ的にあんまり使いたくない手段なのは承知だ」

「では言わせて頂きますが、その作戦に潜入中の諜報員を動かす事は出来ません。この戦争に勝利するためには、敵陣地での情報収集が必要不可欠です」


 如何に戦力の大半が民兵であろうと、ボーゼアス義勇軍とて所謂スパイへの警戒は行なっている。十万を超える大軍ともなれば、スパイが入り込む隙は幾らでもあり、必ず潜入していると考えて警戒するのが当然と言えるだろう。

 現在ボーゼアス義勇軍陣地には、ヴィヴィアンヌが潜入させた複数の諜報員が任務を継続している。その内の何人かに救出を行なわせてしまうと、敵軍に対して諜報員を潜入させていると教えるようなものなのだ。

 そうなれば、ただでさえ諜報員の存在を警戒している敵軍に、より一層の警戒と掃除を促す事になる。潜入中の諜報員が全て掃除されてしまったら、帝国国防軍は敵軍の情報を得られなくなってしまう。情報戦の重要性をよく理解しているヴィヴィアンヌが、リックの作戦を拒むのは当たり前なのである。


「敵の情報は大分集まった。これ以上の潜入は危険だし、救出作戦に合わせて諜報員は全員撤収させてもいいだろ」

「潜入中の者達は全員死を覚悟して任務に当たっています。危険など百も承知です」

「お前の部下はみんな優秀だ。それをこんな戦いで失うのは惜しい」

「しかし閣下⋯⋯⋯⋯!」

「ヴィヴィアンヌ、そう言えば昼間俺に言ったよな?戦闘後に何でも望みを聞くって」

「確かに言いましたが、それは―――――――」

「約束はちゃんと守って貰うぞ。今言った勇者救出作戦に黙って協力しろ」


 レイナの願い同様にリックの命令もまた、ヴィヴィアンヌにはどうする事も出来なかった。これがリックのやり方なのだと、改めて彼の力を思い知ったヴィヴィアンヌは、説得を諦めて従うよりなかった。

 

「レイナとヘルベルトは準備に取り掛かれ。第三戦闘団への命令伝達はアングハルトに任せる。ライガと一緒に行ってくれ」

「ありがとなリック!!勇者救出はオレに任せとけ!!」

「救出じゃなくて陽動な。まったく、最前線で戦ってきた後だっていうのに無駄に元気だな⋯⋯⋯⋯」

「体力勝負じゃ誰にも負けないぜ!!うおおおおおおおおおお燃えてきたああああああああっ!!!」

「元気っぽいしうるさいから陽動に向いてると思ったけど、やっぱり見てるこっちが疲れる⋯⋯⋯⋯」


 勇者救出の望みが叶い、正義感の熱いライガの闘志が炎のように燃え上がる。彼の雄叫びは天幕の外まで響き渡り、天幕の入り口に立つ見張りの兵士が、思わず耳を塞ぐ程の騒音被害を出していた。

 そんな中、ライガと同じように闘志を燃やし始めたアングハルトが、リックに向けて力強く進言する。


「将軍閣下、我が第一戦闘団も救出作戦に参加させて下さい」

「駄目だ。第一は今日の戦闘で疲労してるだろ」

「ならば自分だけでも⋯⋯⋯⋯!」

「それこそもっと駄目だ。お前だって疲れてるだろうし、第一の指揮官のお前にもしもの事があったらどうするつもりだ」


 救出作戦が行なわれるならばと、自分も作戦に参加したいと言った彼女を、リックは断固として参加させようとはしなかった。理由は彼自身が口にした通りであり、最高司令官としては当たり前の考えである。作戦参加を却下された彼女は、彼の言葉を不服に思ったものの、却下の理由が正論であるために何も言い返せなかった。

 

「おいリック、槍女とヘルベルトだけじゃしくじるかも知れねえ。救出には俺と光龍騎士団も行く」

「駄目だ破廉恥剣士。お前は陣に残れ」

「黙ってろ!俺はリックに聞いてんだよ」


 作戦参加を拒否され、レイナ達に申し訳なく俯くアングハルトに代わるように、今度はクリスが参加に名乗りを挙げた。しかし、彼の作戦参加を拒んだのはリックではなく、なんとレイナだったのである。


「勇者救出は烈火騎士団の義務だ。破廉恥剣士と光龍騎士団には関係がない」

「義務なんざ知るかよ!頼りねえお前のせいで作戦が失敗したらどうすんだ」

「第一戦闘団同様に、お前の隊も昼間の戦闘で疲れているのだから、今の内に兵は休ませておけ。光龍騎士団は明日以降の戦いでも必要だ」

「!!」


 普段は呆れるほどの犬猿の仲で、喧嘩など日常茶飯事な二人だが、今日のレイナは素直にクリスの部隊の力を認め、彼の同行を拒否した。

 当然驚いたクリスは、何と返すべきか頭の中に言葉が浮かばず、やがて苛立って舌打ちをしたかと思えば、腕を組みながら仏頂面を浮べてレイナから顔を背けた。不愉快そうな様子だが、これは彼の了解の意だった。


「リック。オラはなにをすればいいんだな?」

「リック君、僕も空いてるよー♪」

「うちもおるで!我らがレイナっちのお願いなんやし、なんでも協力させてや」


 リックが救出作戦を命令するならばと、事がどう運ぶか静観していた精鋭殿部隊隊長のゴリオンや、レイナの力になりたいと考えているイヴやシャランドラが、作戦のために自分達への命令を欲する。

 今回の作戦に於いての、この三人の役割を既に考えていたリックは、悩む事も迷う事もなく直ぐに命令を発した。


「ゴリオンとイヴには殿を任せる。派手に大暴れして帰ってくるレイナ達が敵に追撃されてたら、追ってきた奴らを追っ払うのが役目だ。シャランドラは夜戦装備の用意を頼む。あと、クリスは緊急事態が起きない限り待機だから、一応部隊は準備させといてお留守番な」


 役目を欲していた三人にも、不貞腐れていたクリスにも命令を与えると、今回の作戦に於いて役目を得た者達が席を立ち、いつでも行動に移れるという意志を宿した瞳をリックに向けた。その意志に応えるために、リックは帝国国防軍最高司令官として号令をかける。


「これより我が軍は勇者救出作戦を発動する。各隊は指示した作戦通り直ちに行動を開始せよ」


 号令を聞いたレイナ達は、勇者救出へと向かうために天幕を後にしていった。勇んで出て行った彼女達を見送ったリックは、疲れた様に大きく息を吐いて見せ、腰かけている椅子の背もたれにもたれ掛かった。


「さてと⋯⋯⋯。さっきのアニッシュ君の話だと、独断でチャルコ騎士団が動くって言ってたな」

「考えは分かっているよ。チャルコ騎士団も陽動作戦に参加させる気だね?」

「流石我らのエミリオ先生。そういう事だから、騎士団へ誰か伝令にやってくれ」


 リックに直談判しにやって来たアニッシュは、彼に勇者救出を頼んだ後、自らはチャルコ騎士団のもとへと戻っていった。

 アニッシュが属しているチャルコ国の騎士団は、勇者救出に動かないと決めた王国軍に代わり、独自の行動を起こそうとしている。一国の騎士の誇りにかけて、捕まってしまった仲間を助けたい。彼らの持つ騎士の心が、仲間を助ける戦いに彼らを駆り立てたのだ。

 まだ若い騎士であるアニッシュも、勇者救出のために戦いへ赴こうとしている。だが、彼が属する騎士団の兵は僅か五百。対して敵は十万を超える大軍であり、到底勝ち目はない。それでも彼らは、何もせずにはいられないのである。故に、勝ち目のない戦いに向かって行こうとしていた。

 

 アニッシュも騎士団も無駄死にさせるわけにはいかない。だからこそリックは、自分達の救出作戦にチャルコ騎士団を参加させようとしていた。彼らを利用すれば作戦の成功率は上がり、無駄死にさせる事もなくなる。自分達のため、そして彼らのために、言われずとも察していたエミリオに向け、リックは命令した。


「それとヴィヴィアンヌ。ジエーデルとゼロリアスがこの事態にどう対応するか調べてきてくれ」

「⋯⋯⋯⋯少なくともどちらか一方は、何かしらの動きを見せるとお考えですか?」

「連中は素人王子が指揮する王国軍とは違う。こっちの狙いを察して便乗してくるかもしれない」

「私も閣下と同じ考えです。至急部下に調査させます」


 ヴィヴィアンヌもまたリックの命令を受け、救出作戦を裏で支援するべく行動を開始した。命令に従った彼女は早い足取りで天幕を後にし、あっという間にいなくなってしまった。

 ヴィヴィアンヌまでもがいなくなった事で、天幕内にはリックとエミリオの他にミュセイラのみとなった。三人だけとなった天幕で、背もたれに凭れ掛かかりながら、リックはまたも大きく息を吐いて見せ、疲れたような顔をしながら天井を見上げる。


「なんかさあー⋯⋯⋯⋯。やっぱり俺達、誰かの掌の上で踊らされてる気がする」


 捕らわれた勇者はグラーフ同盟軍にとって象徴であり、ホーリスローネ王国にとっては絶対に失うわけにはいかない存在。だが王国軍は、今武力を持って救出を行なう事は不可能だと考え、救出のために交渉の用意を進めると決めた。

 その決定に従わず、独自の行動を起こしたのがチャルコ騎士団だった。そしてチャルコ騎士団は救出を成功させるため、同盟国のヴァスティナ帝国に応援を頼んだ。騎士団に応えた帝国国防軍は、たった今救出作戦のための行動を開始したのである。

 帝国国防軍が勇者救出に動くと決めたのは、言ってしまえば偶然だった。しかしリックは、これら全ての流れが、誰かによって仕組まれたものではないかと、そう感じている。


「恐らく君の勘は当たっている。王国軍を真に率いているのは、あのギルバート・チェンバレンなのだから」

「見た目は紳士でも中身は策士か。あの紳士将軍とは戦いたくないな」


 リックと同じ考えを抱いていたエミリオは、戦いたくないという彼の言葉と同意見だった。今は味方同士でも、いつか敵となって相対した時、これまで戦ったどんな相手より格上の存在だと知っているからだ。

 もしホーリスローネを敵にしても、ギルバートとは戦いたくない。そう考える二人にミュセイラも共感していた。


「私だって戦うのは避けたいですわ。紳士将軍ギルバート・チェンバレンは、国王が誰よりも信頼する軍人で、どんな戦争だろうと自軍を勝利に導く天才でしてよ。大陸一の戦略家としても名高く、もしも彼がローミリア大戦中に生まれてきていたならば、ホーリスローネ王国こそがローミリア大陸を統一していたとまで言われていますのよ」

「詳しいなミュセイラ。そんなに凄い将軍だとは知らなかった」

「戦略家を目指す者ならばこれくらい誰でも知っていますわ。私達のような軍師からすれば、一度は軍略の講義を受けて見たい憧れの戦略家ですもの!将軍に御会いできると分かっていれば、私も御二人に付いて行って将軍からサインを頂きたかったですわ!」


 ギルバートに憧れを抱いていたミュセイラが、実際に彼と顔を合わせて会話したリックとエミリオを、とても羨まし気に見ていた。怒る以外で、彼女がここまで興奮しているのは珍しい。大陸中の他の軍師達と同様に、彼女もまたギルバートのファンだという事がよく分かる瞬間だった。


「将軍!!次に紳士将軍に会う予定が決まりましたら、その時は必ず私を連れて行ってくださいまし!」

「あっ、ああ⋯⋯⋯⋯」


 いつも以上の勢いを見せるミュセイラに気圧され、強制的に約束させられる羽目になったリック。視線でエミリオに助けを求めるも、彼は関わりたくないという様子で首を横に振った。

 そんなこんなで色々ありつつも、ヴァスティナ帝国国防軍による勇者救出作戦は始まったのである。

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