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第四話 リクトビア・フローレンス Ⅰ

第四話 リクトビア・フローレンス







 ヴァスティナ帝国演習場。

 この場所で、お互いの武をぶつけ合う、三人の戦士がいる。


「いきます!!」

「くらえっ!!」


 十文字の槍を操る少女と、剣を操る青年。二人の眼前には、剣と盾を装備する、褐色肌の銀髪女性がいる。

 少女が槍を構え、鋭い突きを放つが、この女性は易々とそれを躱し、青年が剣で斬りつけても、左手に装備された盾で防がれてしまった。

 二人がかりであるのに、銀髪女性が苦戦している様子は全くない。寧ろ苦戦しているのは、二人の方だ。

 攻撃が通らないため、一旦距離を置こうと、同時に動く二人だが、彼女はその動きを見逃さない。左手の盾を放り捨て、退こうとする少女の胸倉を掴み上げ、軽々と投げ飛ばして、青年へとぶつけたた。

 投げ飛ばされた少女の身体をまともに受け、受け止め切れずに、二人は地面へと倒れる。青年が下敷きとなり、少女がその上に覆いかぶさった。

 二人が体勢を立て直すために、すぐさま立ち上がろうとするよりも速く、女性の右手の剣は、二人に突き立てられる。

 勝負は決した。


「ここまでだ」


 そう言って彼女は剣を収め、二人に両手を差しのばす。

 隠すことなく、悔しさを表情に出しながらも、差しのばされた手をとって、立ち上がる二人。

 二人の戦士を圧倒したこの女性は、騎士団長メシア。ヴァスティナ帝国騎士団の団長で、帝国最強の戦士でもある。


「これで十戦十敗だぞ・・・・・」

「全く隙がない・・・・。これが、騎士団長の実力なのですね」


 少女の名はレイナ・ミカズキ。帝国軍参謀長の忠実な部下であり、十文字槍と火の魔法を操る戦士だ。

 そして、剣を操る青年の名はクリスティアーノ・レッドフォード。レイナと同じく、参謀長の部下であり、雷属性の魔法を操る。

 二人は帝国軍参謀長の両腕で、参謀長に絶対の忠誠を誓っている。

 三人が戦っていたのは、この二人が原因である。

 騎士団長メシアが、この演習場で部下である騎士たちと、いつもの訓練に取り組んでいたのだが、そこにレイナとクリスが現れ、メシア相手に模擬戦を挑んだ。最初は一人ずつ、一対一でメシアに挑むつもりであったが、どちらが先に勝負するかで、レイナとクリスが揉め、いつも通りの喧嘩を始めた。

 それが面倒になったのか、メシアは二人まとめて相手にすると言い出し、色々あったものの、結局二人は、同時に彼女と戦ったのだ。

 メシアは二人まとめて十回戦い、見事に全勝を果たした。戦いを見物していた、周りの騎士たちから歓声が上がる。


「お前たちはいつも衝突しているが、戦いになると連携をとるのだな」

「「なっ!?」」


 犬猿の仲であるレイナとクリスは、顔を合わせば、必ず喧嘩が起こるのだ。とにかく仲が悪く、二人の喧嘩を止められる人間は限られる。

 しかし戦いになると、本人たちが気付かない内に、連携をとって戦うのだ。お互いの実力を把握しているため、戦いでは不思議と呼吸が合う。無論、戦いが終わると、いつも通り衝突するのだが。


「仲が良いな、お前たちは」

「「どこがっ!?」」


 喧嘩するほど仲が良いと言う言葉は、確かに存在する。この二人に当てはまるかどうかは不明だが。

 出会って即戦闘に突入した過去がある二人。仲が良いなど、誰の目から見ても、あり得ないことだ。だが、彼女は仲が良いと言う。


「準備運動はこれ位でいいだろう。続けるぞ、二人とも」


 この場の誰もが凍りつく。今、この騎士団長は、本気を出していなかったというのだ。

 レイナとクリスの実力は、一人で何十人もの敵を相手にすることができ、巨大な竜とも戦ったことがある程の、強さを持つ。でありながらも、そんな二人に全勝したメシアは、今までの戦いは、準備運動だったと言うのだ。

 魔法を使いはしなかったが、全力で挑んだレイナとクリス。戦ったからこそわかる、メシアの圧倒的な実力に、まだ先があるとは信じられない。

 しかも、彼女は模擬戦を続けると言っている。勝てる気がしない。


「お前たちがやると言ったのだ。遠慮はいらない、かかってこい」


 再び剣を抜き、戦闘態勢をとる。彼女の顔は、冗談を言っていなかった。

 二度と自分から彼女に戦いは挑まない。

 この時二人は、心に強くそう思うのだった。






「はあ、もう面倒くさい。まだあるんですか、マストール宰相?」

「この書類にも目を通せ。それと、これが周辺諸国に関する書類じゃ」


 ここは執務室。部屋には事務用の机と、その上には、山のような書類が載せられている。

 椅子に腰かけ、その書類と机で格闘している男がいた。そして、男の目の前には、小柄な老人がおり、男の傍には、長髪の眼鏡をかけた男がいる。


「マストール宰相。この書類の山は可哀想ですよ」

「何を言うエミリオ。これ位片付けて貰わんと困る」


 書類の管理をしているのは、ヴァスティナ帝国宰相マストールという老人である。長年帝国に仕え、現在は若き女王陛下を支える、帝国の大黒柱だ。

 男の傍にいるのは、帝国軍参謀長の軍師エミリオ・メンフィス。参謀長の頭脳であり、帝国軍屈指の戦略家である。


「はあ、宰相に捕まらなければなぁ・・・・・。今頃メシア団長と訓練してたのに」


 隠すことなく不満を漏らすこの男こそ、ヴァスティナ帝国軍参謀長リック。帝国女王に絶対の忠誠を誓い、女王のために軍備増強を推し進める、帝国軍の最高責任者なのだ。

 帝国軍の最高責任者として、日々エミリオの補佐のもと、女王のために仕事をしている。

 しかし、今日は事務仕事ではなく、演習場にてメシア団長たち騎士団とともに、己の力と騎士団の力の向上のため、一日中訓練するつもりでいた。

 朝になって目を覚まし、つい最近用意された自分の寝室から出ると、目の前に彼を迎えに来たメシアがいた。軽く会話をしながら、演習場を目指していた二人だが、そこへ、書類を抱えたマストールが現れたのだ。

 片付けなければならない書類があると、二人を呼び止めたマストールは、リックを無理やり連れて行ってしまい、現在に至る。連れて来られた執務室には、先に書類を片付け始めていたエミリオがいた。彼は事務仕事が得意なため、度々マストールに協力しているのだ。

 三人で書類整理を進めることになったのだが、外で体を動かす気でいたリックは、不満で仕方がない。しかも、彼にとっては憧れの女性メシアとの訓練である。それを邪魔されてしまったのだから、執務室で事務仕事など、やる気が起きないのだ。


「リック、書類なら私が片付けるよ」

「そいつは助かる。でも、お前に全部押し付けるわけにはいかない。やる気はないけど片付ける」


 少しずつではあるが、ローミリア大陸共通語を読めるようになったリック。まだ少ししかわからないため、書類整理には補佐が必要であり、普段からエミリオの助けを得ている。

 事務仕事は苦手であるため、知恵者であるエミリオの助けは、必要不可欠だ。正直、エミリオ一人で書類整理をした方が、圧倒的に早く終わるだろう。だが書類の中には、リック自身が、直接判断しなければならないものもある。

 そうなると、エミリオだけで書類整理は終わらない。最早、リックがエミリオを手伝っていると言っても、過言ではない。

 そして、エミリオ一人に負担をかけたくないため、リックは彼に、自分の仕事までも、押し付けたくはないのだ。


「やる気がないのは構わんが、今日中に終わらせて貰うぞ」


 情け容赦のない宰相の一言に、書類の山を見つめて、またも溜め息をつく。とても今日中に終わるとは思えない。


「失礼するよ、ここにリックはいるかい?」


 扉をノックしたが、返事を待たずに執務室に入ってきたのは、自称美人で自由な旅人リリカである。

 自分のことを美人と言うのだが、実際美人であり、長い金色の髪をなびかせる、妖艶な美貌を持つ女性だ。リックを可愛がっており、周りの人間からは、姉さんと呼ばれている。

 そんな彼女は、リックを捜してこの執務室までやって来た。

 いつの間にか、独自の情報網を築いていたリリカは、帝国軍のための情報を手に入れ、それを知らせにやって来たのだ。


「ようリリカ。もしかして例の話か?」

「そうだよ、情報が届いたのさ。一緒に出かけないかい」


 出かけるとはつまり、帝国の外に出ると言う事だ。彼女はリックを誘い、帝国の外に出て、とある目的を達成しようとしている。

 彼女の誘いを受け、椅子から飛び上がり、リックは満面の笑みを浮かべて喜ぶ。


「了解だ!準備するから待っててくれ。エミリオ、すまないが後を頼む!」

「わかったよリック、行ってらっしゃい」


 準備のために、部屋を飛び出すリックと、その後を追い始めたリリカ。執務室にいるのは、エミリオとマストールのみとなった。

 二人がいなくなった後、深いため息をマストールがつく。対照的にエミリオは、笑みを浮かべていた。


「お主、あの男に甘いのではないか?」

「そんなことはありません。私は常に、彼のためになる事を考えています。今回はこの方が良いと判断しただけですよ」

「まったく・・・・。帝国軍参謀長であると言うのに、こうも出歩かれてはな」


 リック曰く、修学旅行である。

 宰相であるマストールからすれば、帝国軍の最高指揮官であるリックに、出歩いて欲しくはない。帝国軍参謀長が無闇に外を出歩いて、その身に何かあれば大事である。

 帝国は小国であり、他国には軍事的脅威と思われてはいないはずだ。しかし、帝国はここ最近、大国オーデル王国を撃退している。それも、リックの活躍によってだ。

 もしかすれば、帝国の存在を、将来的な危険国家と考える国がいる可能性がある。実際、軍備増強を行なっているのだから、他国にとっては、将来的な敵国なのは間違いないだろう。

 これらの事実が他国に知れれば、帝国国内を調査、もしくは帝国軍参謀長暗殺を目的とする、特殊工作員の侵入の危険がある。現状はメシアやエミリオの考えた、他国の工作員や諜報員への対策があり、易々と国内に侵入者を入れる事はない。だが、対策をとっていても、万が一の可能性がある。

 参謀長であるリックが、敵国の工作員に、もしも暗殺されてしまえば、帝国の軍事力は大きな損害を被る。そして何よりも、女王陛下が深い悲しみと絶望に苦しむことだろう。

 出生より女王を知る、宰相のマストールにとって、彼女は孫のような存在である。彼にとって、大切な存在である彼女には、悲しい思いをさせたはくない。


「心配ありません。宰相も彼の実力はご存知でしょう?恐らくリックは、誰か供を連れていくはずですし、万が一暗殺者などが現れたとしても、必ず撃退できますよ」


 マストールの考えや心配を読み取り、大丈夫であると促すエミリオではあるが、彼もまた、リックの身を案じている。供を連れたとしても、リックの実力が如何に凄くとも、絶対大丈夫であるという保証はないのだ。

 エミリオはリックと出会い、その頭脳を買われて帝国軍軍師となった。リックとは何度も、今後の帝国の未来について語らった仲である。丸一日、帝国軍の戦略について、語り合ったこともあった。

 エミリオはリックの頭脳であり、信頼厚い部下である。そして、エミリオにとってリックは、唯一無二の親友と呼べる存在であるのだ。

 長い付き合いがあるわけではない。ただ、彼を敬愛し、彼と共に歩んでいきたいと思っている。

 普段は武闘派のようであるが、時に戦略と戦術に長けるリックは、エミリオと帝国で最も話が合う。二人はすぐに意気投合し、リックの語る全く新しい戦略と戦術思想は、エミリオの心に衝撃を与えた。

 そして、リックが大胆不敵な策で、二度も大国を討ち破った戦い。この事実はエミリオを、己の歩むべき、新しい道へと進ませた

 これがエミリオの、リックを敬愛する理由である。親友の様に思うのは、彼を敬愛しているためなのか。それとも・・・・・・。


(私も、彼のカリスマに毒されているのかも知れない)


 悪い気はしない。寧ろ心地良い。

 そんな彼に、もしものことがあると考えると、やはり心配で仕方がない。


(信じているよ。君は必ず、無事に戻ってくるとね)






 再び、ヴァスティナ帝国演習場。

 今日は朝から、激しい戦いが三人の戦士たちによって、繰り広げられていた。と言うよりも、帝国最強の騎士団長により、参謀長配下の両腕が、ボコボコにされていると言うのが正しい。


「「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・」」

「少し休憩しよう」


 休憩の許しを貰い、その場に座り込むレイナとクリス。対照的にメシアは、息一つ切らしていない。

 周りの騎士団員が見守る中、二十回を超える模擬戦で、殴られ蹴られ投げ飛ばされた、二人の戦士。レイナもクリスも汗まみれで汚れまみれの、まさにボロボロ状態である。

 二人は休憩しながら思う。どうも朝から、騎士団長の様子がおかしいと。

 普段の彼女なら、このように無茶苦茶なことはしない。騎士たちの訓練であるはずなのに、二人の模擬戦の誘いを受け、朝から長いこと相手をしているのだ。メシア曰く、「腕の立つ二人の技術を見るのも勉強だ」と、彼女の部下である騎士たちに言ってはいたが、先程から本来の訓練をしていない。

 レイナとクリスを相手にし、技術を披露しているのではなく、まるで、自身の不満を解消しようとしているような・・・・・。


(そう言えば、リック様は騎士団長と訓練すると言っていたはず・・・・・・)

(昨日リックの奴、騎士団長と訓練だってご機嫌だったな)


 二人の予想はこうだ。

 何かの事情で、リックはメシアと訓練できなくなり、そのせいで彼女は、機嫌が悪いのではないかと。


「ここにいたのかレイナ。どうしたんだ、ボロボロだぞ?」


 二人がこんな目にあった、原因が現れた。そう、リックの登場である。隣にはリリカもいた。

 リリカの報告を受け、急いで準備に取り掛かったリックは、レイナを捜して、ここまでやって来た。荷物の用意は途中であるが、旅の供をレイナと決めて、誘いに来たのである。


「すぐに出かける、一緒に来てくれ。・・・・・その前に風呂に入った方がいいか」

「破廉恥剣士、貴様はここで休んでいるといい。リック様、すぐに支度致します!」


 先程までの疲れ切った表情はどこへ行ったのか。ご機嫌で飛び上がり、リックの傍へと控える。

 羨ましがるクリスを無視して、準備のために、演習場を後にしようとする三人。

 そして最後に。


「メシア団長、少し出かけてきますね。後、訓練の約束守れなくてすみませんでした」

「気にするな。気を付けて行ってこい」

「了解です。では、行ってきます」


 挨拶を済ませ、演習場を後にするリックと、メシアに一礼するレイナは、ご機嫌で準備へと向かう。

 レイナからすれば、忠誠を誓う主の供が出来るのは、とても光栄なことであるのだ。嬉しくて仕方がない。

 しかし今回は、いつも以上に彼の誘いが嬉しいレイナ。それには理由がある。


「ふふっ、それじゃあ騎士団長、私はリックと一緒に出かけるよ」

「わかりました」


 いつもの妖艶な笑みというよりも、少し勝ち誇ったような笑みを浮かべるリリカ。

 リリカもリックたちの後を追い、演習場には騎士たちとクリス、そしてメシアが残された。

 残されて、はっと気付くクリス。急いでメシアを見ると、彼女は表情こそ変わっていないが、その拳は強く握られている。


「休憩は終わりだ。次は徒手格闘の模擬戦をする」

「まっ、待った騎士団長!?俺はもう限界だ、これ以上あんたに付き合ってたら死んじまう!」

「心配するな。人間はそう簡単に死なない」


 誰が見てもわかる、怒りと悔しさのオーラを纏うメシアは、ゆっくりとクリスに近付いていく。

 朝からといい、そして今といい、完全に彼女は八つ当たりをしているのだ。彼女の不機嫌は今や最高潮。全ては、リックとリリカのせいである。


「お前たちも見学は終わりだ。全員私が相手をする」


そ れまで、見物するだけで済んでいた騎士たちであったが、とうとう騎士たちにも、八つ当たりがまわってきてしまった。逃げ出したいが、騎士団長命令であるため、逃げられない騎士たち。逃げようとしたが、首根っこを掴まれて逃げ出せないクリス。

 レイナがいつも以上に嬉しがった理由とは、予想されたこの状況から、逃げ出す事が出来たからであった。


「いくぞ。用意はいいか」


 数分後、演習場より大勢の人間の悲鳴が聞こえる。

 この悲鳴は、日が暮れるまで絶えることはなかった。

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