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第三十八話 帝国の狂犬 Ⅵ

 右翼に現れた一万の敵軍に挑むのは、チャルコ国とへスカル国を中心とし、約五百の兵を加えた戦力であった。彼らは突撃を開始した敵軍団を阻むべく、周りの仲間達を鼓舞し合って立ち向かう。

 

「いこうグリント。僕達で敵の足を止めるんだ」


 愛馬である白い馬の名を呼び、共に戦場を駆けて行く若き騎士。右手に銀のランスを握り締め、白馬に跨り先陣を切っているのは、アニッシュ・ヘリオースであった。

 彼の愛馬グリントは、チャルコ騎士団の誰の馬よりも速く駆ける。この馬は、かつてアニッシュが姫であるシルフィを救った事による、その褒美として最近王妃から与えられた名馬である。チャルコ国一の最速の馬であり、非常に高い値が付く程の美しい白馬だ。

 王家に伝わる伝説の銀槍だけでなく、それだけの馬を与えられたからには、国と己のためにも活躍しないわけにはいかない。戦意に満ち溢れた彼の瞳が、向かってくるボーゼアス義勇軍の兵を真っ直ぐ捉えた。


「術式解放!銀龍竜巻槍派!!」


 彼が技の名を叫ぶと、握る銀のランスの切っ先が渦巻く風を生み出し、それを纏い始めた。馬に跨ったまま、敵に向けて勢いよく突きを放つと、切っ先に纏っていた風が竜巻に姿を変え、荒ぶる龍の如く敵に向かって放たれていく。

 彼のランスが生み出した竜巻は、敵軍団の先陣に直撃し、兵士達を容赦なく吹き飛ばしていった。竜巻が何もかもを呑み込み、吹き飛ばしてまうのと同じように、兵士達は襲い来る猛烈な風に成す術なく、宙を舞い、地面に落下する。

 数十人の兵が風に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられて倒れた。突如出現した竜巻に怯んだ敵軍は、何が起こったのか分からず足が止まってしまう。そこへ、アニッシュの後に続いた味方の騎士や兵士が、一斉に弓を構えて矢を放つ。動きを止めた敵兵に矢の雨が襲い掛かり、矢を受けた兵が命を落としていく。

 敵軍の被害は増していき、勢いまでもアニッシュ達に奪われた。混乱する敵の前衛に向けて、雄叫びを上げて大平原を駆ける同盟軍の戦士達が、一万の軍勢を蹴散らさんとする勢いで突撃していった。


「グリント、僕達も―――――――」


 突撃する味方に続こうと、愛馬に声をかけたアニッシュだったが、彼は言葉を途中で止めた。その理由は、敵軍団の中から兵を飛び越え現れた、騎兵部隊の出現である。騎士の甲冑を纏う現れた騎兵部隊は、馬に跨って戦場を駆け、アニッシュ目掛けて直進してきていた。

 一目でアニッシュは、現れた騎兵部隊が敵の精鋭であると理解した。ボーゼアス義勇軍の民兵達とは、纏う空気が明らかに違ったためだ。騎士の甲冑を纏っているのを見るに、大方ジエーデルによって滅ぼされた国の騎士ではないかと、そう予想できた。この時アニッシュは初めて、戦場で騎士と対峙したのである。


「向かってくるなら!」


 相手が騎士であっても、騎士として臆するわけにはいかない。チャルコ騎士団の中で最も若くとも、戦場に立つ一人の騎士として、どんな敵とも戦わなくてはならない。

 アニッシュの強い心に応える様に、愛馬グリントは高らかに嘶いた。向かってくる騎士達に頭を向け、グリントは彼を乗せて力強く駆け出す。誰よりも速く、誰よりも力強く、そして誰よりも美しく。まさにその様は、大平原を駆け抜ける白い流星だった。


「我が名はチャルコ騎士、アニッシュ・ヘリオース!!国と王に忠を誓った我が銀槍を恐れぬならば、かかってこい!!」


 白馬と共に駆ける若き騎士。たった一騎で立ち向かう彼の眼前には、十二騎の騎士。彼は一人、十二人の騎士を相手に戦いを挑もうとしていた。

 アニッシュの意気込みを買ってか、敵の騎士の一人が前に出て、彼に一対一を挑む姿勢を見せる。それに応じたアニッシュは、目の前から迫る一人の騎士を捉え、正々堂々戦うために愛馬を走らせる。

 一対一での、騎乗したまま戦おうとする二人の騎士。目の前の敵の騎士は、アニッシュと同じくランスを得物としていた。この戦い、すれ違いざまの一撃で決着がつく。騎乗したままランスを武器とする者同士、決着のつけ方はそれしかない。


「はあっ!!」


 その勝負は、たった一瞬の、たった一撃でついた。

 互いに全力で馬を走らせ、すれ違いざまにランスの一撃を放った二人。ランスによる突きを放つのは、相手の騎士の方が早かった。先手を取った相手は、アニッシュの胸目掛けて突きを放つ。少年が相手であっても、戦場ならば容赦しない。その強い意志が、敵の騎士の切っ先に現れていた。

 だがアニッシュは、その情け容赦ない相手の切っ先を、全く恐れてはいなかった。彼はわざと相手に先手を取らせたのである。敵のランスの切っ先が、自分のどこを狙ってくるのか、彼はそれを読んでいた。読んでいたからこそ先手を取らせ、相手の渾身の一撃を躱して見せた。

 相手の騎士の一撃を身を反らして躱し、反撃のため銀槍の一撃を放つアニッシュ。彼は自らの得物の切っ先を相手に突き刺さず、懐にランスを入れ込み、相手の腹目掛けてランスを叩き付け、馬から振り落として見せたのだ。

 馬から叩き落され、地面に叩き付けられた相手の騎士は、兜の上から頭を強く打って気絶した。アニッシュは殺さず相手の騎士を倒し、残る敵の騎士目掛けて愛馬を走らせる。


「相手が誰であろうと、ここから先へは行かせない!」


 一人倒しても、まだ十一人の敵がいる。それでもアニッシュは、戦いを恐れず立ち向かう。

 今戦った騎士は一撃で倒して見せたが、相手の実力は彼の想像を超えていた。動きが読めはしたが、相手の騎士の突きは予想以上に速く、一瞬でも回避が遅れていれば、今頃彼の体は串刺しにされていたのである。

 間違いなく相手は手練れと言える。しかも手練れの騎士は、まだ十一人も残っている。それにも関わらず戦いを挑めるのは、アニッシュの騎士としての誇りと、愛する者を守りたい想いの強さのお陰であった。

 

「はあああああああああああっ!!」


 愛馬グリントが敵騎士との距離を一気に詰め、雄叫びを上げたアニッシュの戦いが始まった。

 先ほどの騎士はランスを得物としていたが、他の騎士達は剣や槍を得物としてる。相手の騎士達はアニッシュを囲み、勇猛果敢な彼に戦いを挑む。

 相手の騎士達は強い。実戦慣れしており、技も磨かれていて、アニッシュ相手に気持ちは全く負けていない。速く、そして力強い技の嵐が彼を襲うが、彼はそれを全て躱すか受け止め、銀のランスを振るって立ち向かっていった。


「はあっ!せいっ!」


 一人ずつ確実に、アニッシュは敵の騎士を倒していった。相手にランスを叩き付け、馬から叩き落して一人ずつ倒していく。敵の技は磨かれているが、彼の技も磨かれている。相手の騎士達よりも速く力強い一撃を放ち、敵騎士達を圧倒していく。


(この銀槍を託してくれた王妃様のためにも、こんなところで負けるわけにはいかない!)


 チャルコ王家に代々伝わる、伝説の聖なる銀槍。銀槍に選ばれた者だけがその力を解放でき、無双の力を得る事が出来るという。そんな価値ある銀槍に、アニッシュは選ばれたのだ。

 王妃パトリシアに与えられたこの銀槍。この銀のランスを受け取った瞬間、アニッシュの脳裏に突然言葉が奔った。言葉は彼に、このランスの使い方を教えたのである。他の騎士達がこのランスに触れても、同じ事が起こる事はなかった。彼だけが、伝説の銀槍の使用者に選ばれたのである。

 それ以来、魔法が使えなかったはずのアニッシュは、このランスの力で風属性魔法を操れるようになった。銀のランスを操っている時だけは、強力な魔法攻撃が使えるようになったのだ。しかもこのランスは恐るべき強度を誇っており、何を突いても傷一つ付かないのである。

 彼は以前までとは比べものにならないほど強くなった。彼自身の鍛錬の成果でもあるが、この銀槍のお陰であるところも大きい。こんな素晴らしい武具を自分に与えてくれた、王妃パトリシアに心から感謝しているアニッシュは、彼女の期待に応えるためにも負けられないと、より一層奮起していた。


「隙ありだ!」

「!!」


 十一人中の七人を倒し、残り四人となる。だがアニッシュは、ここで隙を突かれてしまう。

 七人目を倒した瞬間、真横から槍を構えた騎士が襲い掛かり、彼の胸目掛けて鋭い突きを放とうとしていたのである。反応が遅れてアニッシュは回避もできず、防御も遅れてしまっていた。

 人数差があっても容赦せず。相手の騎士は彼に向かって槍の突きを放つ。切っ先は彼の心臓を捉えており、喰らってしまえばまず命はない。自身のランスを盾にして防御しようとするも、反応が遅れたせいで間に合わない。


「アニッシュ!!」


 アニッシュ最大の危機に駆け付けたのは、彼の父ユル・ヘリオースだった。

 全速力で馬を走らせ、間一髪間に合ったユルは、放たれた相手の槍の切っ先を、自身のランスで弾き返して見せる。これに怯んだ相手の騎士に情けはかけず、ユルは鋭く速いランスの突きを放って見せ、相手の騎士の胸を貫いた。

 残りの敵は三人となる。驚愕するアニッシュの代わりに、ユルは残った三人の騎士に戦いを挑む。自身の得物であるランスを自在に操り、騎乗したまま三人を一度に相手にして見せるユル。彼は瞬く間に三人の敵騎士を討ち取って見せ、息子であるアニッシュの傍に駆け寄った。


「無茶が過ぎるぞアニッシュ!

「父さん⋯⋯⋯!」

「危うく命を落とすところだった!勝手な行動は許さんぞ!」


 アニッシュの窮地を救ったユルは、一人で先行した彼を怒鳴りつけた。戦場の喧騒に負けない大声に、アニッシュは身を竦ませて、自分の父の説教を恐がっていた。

 先ほど戦った騎士達よりも、自分を叱る父の言葉の方がよっぽど恐ろしい。そう思ってしまう彼は、戦場でどんなに勇猛果敢な騎士であっても、まだまだ歳相応の少年なのである。

 ユルに叱られてしまった事で、自分の行ないを反省し、すっかり元気を失くしてしまうアニッシュ。その様子を見たユルは、咳払いして気持ちを切り替え、口調を戻して言葉をかける。


「いいかアニッシュ。逸る気持ちは分かるが、戦場は一人で戦い抜けるほど甘くはない。仲間同士で助け合い、守り合いながら戦うのだ」

「⋯⋯⋯!」

「自分の技を過信するな。銀槍と白馬に頼り過ぎるのもいかん。無事に生き残り、勝利を得たくば、私や皆をもっと頼れ」


 怒りを露わにし、厳しい言葉を放ちはしたが、それも全てはアニッシュの身を案じる心の表れだ。

 ユルは妻を亡くした時、彼女の墓前で誓った。一人息子のアニッシュは自分が守り、立派に育て上げると、愛した彼女に誓ったのである。だからこそ、自分の身の危険も顧みず、単騎で先行した彼を叱ったのだ。

 騎士団の一員として、無茶をした彼に説教をしただけではない。父親として、息子の無茶を許す事が出来なかったのだ。もしも大切な息子に何かあれば、先に逝った妻へ顔向けできない。何より、自分にとってたった一人の息子を、危険な目に遭わせたくないのである。

 

「ごめんなさい、父さん⋯⋯⋯⋯」

「わかったのならもういい。今度は私と共に行くぞ、しっかり付いて来い」

「はい!」


 危険な目に遭わせたくないと思いながら、ユルはアニッシュを戦場に立たせている。気持ちと行動が矛盾しているが、これはアニッシュが騎士を目指しているが故であった。

 一人前の騎士となり、国と民、そして愛する者を守りたい。彼の強き想いを知っているからこそ、ユルは彼を戦場に立たせている。これはアニッシュを一人前の騎士へと育てるための、大きな試練なのだ。この試練を乗り越えさせる事が、一人の騎士として、そして一人の父としての責務であると、そう考えている。

 もしこの試練で、アニッシュが命を落とすような危機に陥れば、命懸けで救って見せると覚悟を決めている。たとえ自分が命を落としても、アニッシュだけは生かすつもりでいるのだ。自分に万が一の事があれば息子の事を頼むと、仲間の騎士達に話しもしている。息子の成長のために、ユルは死を覚悟して戦場に立っていた。


「お前の白馬は速すぎる。私の馬を勝手に抜くなよ?」

「わっ、わかっています!父さんこそ、僕の馬に遅れないで下さいね」

「ふっ⋯⋯⋯、少しは言うようになったな」


 チャルコ騎士の親子は愛馬を走らせた。二人は横に並び、得物であるランスを構えて戦場を駆け抜ける。二人の眼前には、同盟軍を脅かさんとする大軍の姿があった。

 圧倒的な大軍を前に、息を呑んでしまうの仕方がないこの状況。厳しい戦いになると覚悟しているアニッシュの隣で、ユルは彼と同じように覚悟しながら、この状況に嬉しさを覚えていた。

 その理由は簡単である。騎士としてこれまで生きてきて、息子もまた自分と同じく騎士となった。騎士となった息子と共に、戦場で肩を並べて戦うのが、口には出さないユルの夢だったのである⋯⋯⋯⋯。


「いくぞ異教徒共!チャルコ騎士の誇りを見せてやる!!」


 同盟軍の戦士達と共に、二人を乗せた馬は敵軍に向かって真っすぐ駆ける。

 右翼前線での両軍の戦闘は、この後からより一層激しさを増していった。


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