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第三話 集う力 Ⅴ

 巨大な暴食竜の死体に近寄り、完全に死んだことを確認するリックたち。

 全長二十メートル以上のこの巨体。竜というよりは、やはり怪獣である。


(爬虫類・・・・・。どう見ても鰐の怪獣にしか見えないな・・・・)


 物語に登場する竜と違い、姿形は巨大な爬虫類にしか見えない。まったく夢がない外見だ。


「さて、こいつの肉をどうやっておろすかな。喜べレイナ、今日の夕飯は焼き肉だぞ」

「焼き肉・・・・。なんと甘美な言葉なのでしょう」

「お前本当にこいつ食うのか?得体がしれないし腹壊すぜ。そこの槍女はどうなってもいいけどよ」

「貴様はやはりうつけ者だな。竜の肉なのだぞ?こんなものを食せる機会などもう一生ないかも知れないのだぞ!ならば食すしかないではないか!」

「レイナ、お前そんなキャラだっけ・・・・・・」


 レイナ・ミカズキは槍の使い手である。リックに忠誠を誓い、常に真面目な性格である彼女だが、食べ物のことになると、人が変わる。

 トロスクスの街にいた頃は、食費の関係上、彼女が満足できる程の食事を与えなかった。それでも、誰よりも大盛りの食事を与えてはいたが、いつも彼女は満足してはおらず、彼女に甘いリックは、ついつい食べ物を買い与えていたのだ。

 しかし帝国に来てからは、食費を気にすることが無くなったため、彼女のリミッターが解除された。

 大人何人前かもわからない食事量を、一人で平らげる。それが朝昼晩の三食繰り返されるのだ。足りないのを我慢せずによくなったレイナは、毎日満足いくまで食事をとり、ご満悦である。

 そんな日々大食漢のレイナにとって、目の前にある巨大な竜の死体は、ご馳走の山にしか見えないのだ。


「リック様、早速解体致しましょう!!」

「解体はいいんだけど、どうやって解体するきだ?こいつの堅さは身をもって知ってるだろ」

「・・・・・・はっ!?どうすればいいのでしょう、私の槍ではどうにもできません!このままでは貴重な竜の肉を食せない・・・・・!!」


 目の前のご馳走に、手が届かないとわかるや、突然死を宣告されたような、絶望的表情となってその場に膝をつく。半泣き状態の彼女を、何とか励まそうと頭を撫でるリック。  

 犬猿の中であっても、ここまで落ち込むレイナを、流石のクリスもからかえない様子である。寧ろ若干引いていた。


「おぬし等は一体何者なんじゃ?竜と互角以上に渡り合うなど・・・・」

「俺から言わせれば、手榴弾抱えて竜に突撃する里長こそ何者なんだって感じだ・・・・」」

「リック、そろそろこいつらに教えてやったらどうだ。お前の目的のためにもな」


 周りにいる集まる里の人々、そしてこの里で、最もリックを信頼しているシャランドラ。彼女たちの視線が全て、リックへと集まる。

 竜相手に真っ向から戦いを挑み、宣言通り、見事竜狩りを達成したリックという男。銃のことを理解していたため、里の人々は彼を、里の仲間と同じように扱った。そして互いに信頼を深めたのだ。

 通りすがりの旅人だというリックの話を、正直言って、シャランドラも大人たちも信じてはいなかった。里の子供たちは信じていたが・・・・・。

 だが、そんなことはどうでもいいことだった。リックは里に害なす存在ではない。皆そう判断し、彼を受け入れた。

 しかし今は違う。これだけの力を持つ男が、同じように強力な力を持つ二人の男女を従え、皆の目の前に立っている。詮索をしないつもりでいたが、現状はもう、それを許さないのである。


「なんて言えばいいんだろうな。まだ役職とかもないし・・・・」

「役職ならばあります。私たちがリック様を捜しに行くため、大急ぎで支度を整えていた時です。メシア騎士団長が私たちの前に現れ、リック様に伝えて欲しことがあると言われました」

「俺にか?」

「女王と相談して決めたらしいぜ。よかったなリック」

「ヴァスティナ帝国軍参謀長就任おめでとう御座います。帝国軍は非常時、女王陛下を最高司令官とし、騎士団長を帝国騎士団最高指揮官に、そして帝国軍全軍の最高指揮官はリック様となることが決まったそうです」

「俺のいない間にそんなこと決まったのか」


 ヴァスティナ帝国軍参謀長。

 里の人々は外の世界と離れているものの、ヴァスティナ帝国の存在は知っている。実際に見たことも、行ったこともなかったが、帝国の話はそれなりに聞いていた。若き女王陛下が善政を敷き、平和で豊かな国家であると聞いている。

 自称通りすがりの旅人リックの正体は、ヴァスティナ帝国軍参謀長であるという。帝国にとって重要人物であろう人間が、こんな隠れ里に一人で辿り着いたのだ。到底信じられる話ではない。


「帝国の参謀長ってほんまかいな?」

「そうみたいだ。俺も今知った」

「シャランドラとか言ったよな?このリックって男は凄いんだぜ。大国オーデル王国の侵略から二度も帝国を救った英雄なんだよ。普段はこんなだが、戦いになると狂ったみたいに暴れまわるやばい奴だ」

「俺を薬物中毒者みたいに言うな」


 またまた信じられない発言に、とにかく混乱を極める里の人々。目の前の男は、大国として有名であったオーデル王国から、帝国を守りきった英雄であると言うのだ。

 ヴァスティナ帝国軍参謀長であり、帝国を救った救国の英雄。それが今、目の前にいる。


「まあ、俺の紹介はこの辺でいいだろ。里長、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「聞きたいことはわかっておる。儂らがこれからどうするのかじゃろ」


 暴食竜による死傷者は、奇跡的にでなかった。しかし暴食竜が暴れまわったおかげで、民家や畑は滅茶苦茶に荒らされてしまったのだ。さらに、溶解液まで振り撒いたため、田畑は汚染されてしまっている。

 里を再建するには長い時間がかかる。誰の目にも、それは明らかであった。汚染された田畑が、元通りになるという保証もない。

 となれば、里にはまたも選択が求められていることになる。


「リックじゃったな。お主、なにを考えておるのじゃ?」

「里長、帝国はあなたたち全員を受け入れます。いくつか協力して頂きたいことはありますが」


 リックは元々、この里の人々の力を借り、銃火器を新時代の武器として、大量生産して貰うつもりでいた。

 これこそ、リックの最大の目的であり、この里を銃火器生産工場とすることで、帝国の新たなる軍隊創設を目指している。里から技術提供を受け、最終的には帝国国内でも銃の生産ができる体制を作り、帝国軍全体に銃を行き渡らせる構想があるのだ。

 無理やり里の人々を帝国へ連行し、国内生産をさせる事も勿論考えた。しかしそれでは、国外の帝国の評判が悪くなり、連行された人々も、積極的に生産には取り組まない。それは避けたかったのだ。

 運が良いことに、現状はリックにとって最高の場面である。

 里は壊滅的被害を受けてしまった。生きていくために新たな地を探し、そこへ移り住む必要がある。里長も含め、人々もまた、それを理解していた。

 つまりそれは、帝国という地を移転先にすることで、無理やり連行などしなくとも、帝国国内に彼らを取り込むことができるのだ。本当に運が良い。


「お主の協力して欲しいことなど言わずともわかる。里の技術であろう」

「話が早くて助かります。俺たちは帝国にあなた方の新たなる土地を用意します。その代わり、帝国軍のために銃火器の生産開発をして頂きたい」

「やはりな・・・・」

「と言っても、女王陛下ならばあなた方が条件を断っても、あなた方のために土地を用意するでしょう」

「なんじゃと?帝国の女王は噂通りの善人なのか?」

「はい。・・・・・とても優しく立派で、俺の尊敬する方です。この条件は俺の独断ですから、我らが女王陛下は一切関係ありません。ですが女王陛下ならば、里を失い困っているあなた方を見捨てるようなことは、決してありません」


 里長や人々に女王の話をするリックは、先程までと違い、熱があるのを感じ取れる。

 当然だ。リックにとって女王陛下とは、この世界で生きる意味、そのものなのだから。


「・・・・わかった。儂らはこの里を捨て、帝国へと移り住む。皆もそれで良いな?」


 里長の決断に反対する者はいない。里を捨てなければならない状況、里長への信頼、リックによって提示された新たな地、これだけ理由が揃えば、反対することはできなかった。 

 今現在、これ以上の最善な選択は、思い浮かばないのだ。里の人々のことを想い、生きていくための里長の選択は、間違いなどではない。

 長年生まれ育った里を捨てるなど、まさに苦渋の選択だ。だが、苦渋の選択であろうと、選択しなければならない。

 皆それがわかっているからこそ、誰も里長の選択を責めることはない。


「リック。一つ聞かせて欲しことがあるんや」

「なんだ?」

「この先、リックは何を目指すんや?銃を使って何をするつもりなんや」


 聞かなくてもわかることだ。銃は武器である。ならば、戦争の道具として使うのは当然だ。

 シャランドラもそれは理解している。だが・・・・・。


「戦争だ。それも大陸全土を巻き込んだ最大の戦い。銃は帝国がその戦いで勝利するための力だ」

「大陸全土やて?本気で言ってるんか」

「俺は冗談が苦手だ」


 彼女はリックの瞳をじっと見つめる。リックは視線を逸らさず、同じように彼女を見つめ返した。

 二人の間に沈黙が流れる。彼女はリックから、何かを感じ取ろうとしているのだ。自分の求める何かを。


「なら、うちはリックに付いて行くで。里の皆が条件呑まなくっても、うちはお前に全部捧げる」

「本気か?」

「本気やで。なんせうちは、この大陸が好きやけど大っ嫌いでもあるんや」

「矛盾してるな」

「矛盾してるやろ。自分で言ってて笑えるで」






 彼女には、本当の家族と呼べる者がいない。

 まだ幼かった彼女は、気が付くと何故か、暗闇の大森林の中を彷徨っていた。自分の名前も親の顔も、何一つ思い出すことができず、ここが何処なのかもわからない。

 ただ一つだけわかることは、自分が今、何者かに追われているということ。それだけだった。

 何者かが自分を狙っている。自分が狙われていることを知り、彼女は逃げ惑った挙句に、この大森林へと迷い込んだのだ。

 幼い彼女は限界であった。もう走る体力はなく、空腹で今にも倒れてしまいそうである。着ている衣服はぼろぼろで、靴も履いていない。裸足の彼女は手や足に擦り傷をつくり、顔や衣服には、自分のものではない血がこびりついていた。

 自分に何があったのか。しかし今、彼女は恐怖に怯え、そんなことはどうでもよかった。

 今はただ、この恐怖からの救いを求めていたのだ。


(どうして・・・・私が・・・・・)


 何故こんな恐ろしい目に合うのか、何故自分なのかと叫びたくなる。叫ぶ力も残っていないが・・・・・・。

 こんな目に合う理由を考え、自分のことを思い出そうとする。すると、何かが見えそうになった。

 頭に浮かびあがる光景は、一瞬だけ見える、断片的でよくわからないものばかり。そのどれもこれもが、見るのも躊躇う光景であり、新たな恐怖が彼女を襲う。

 自分は記憶をなくす以前にも、恐ろしい何かに襲われたのだと気付く。目の前に迫る恐怖と、関係があるのかはわからない。

 彼女はまだ幼い故にわからなかった。彼女が記憶を失ったのは、彼女自身が絶望から逃げるためであったのだと。

 幼い彼女には耐えられない光景。それから逃れるために、無意識に記憶を自ら消したのだ。

 当然思い出そうとすれば、思い出したくない何かに苦しめられる。記憶を失くした理由がわからない彼女だが、自分のためを思うならば、思い出してはいけないのだと理解した。


(怖い・・・・・怖いよ・・・・・)


 記憶も無く、一人傷だらけで彷徨う少女。少女を狙う、何者かの存在。

 彼女はこの現実から逃げ出したい。しかし逃げられないのだ。どうすればいいのかもわからない。


(なんで私なの・・・・・私がなにをしたっていうの!)


 胸の内に、恐怖だけでなく怒りが募る。自分がこんな目に合うことへの怒り。

 助けてくれるものはいない。この世界は残酷で、とても憎い。憎くて仕方がない。

 月の光は木々によって隠され、夜の闇に支配された周りは、彼女の心に、より一層の恐怖生み出す。それと同時に、どうしようもない怒りが募る。獣の鳴き声が不気味に響き、漆黒に染まるこの場所は、幼い彼女には過酷すぎる環境だ。

 その場に座り込み、怖さと怒りに苦しむ少女。永遠に続くように思われたこの時を、彼女は一人で震えていたのだった。






(あれから十年くらいや・・・・。あの時のことは、今でも忘れられん・・・・・)


 この里を隠す大森林。幼い時、この大森林に迷い込んだ彼女は、忘れることのできない恐怖を味わった。

 あの後彼女は、里の大人たちに助けられたのだが、精神が壊れてしまう、一歩手前の状態であった彼女は、何を聞いても答えず、その瞳は死んでいたのだ。

 困り果てていた大人たちであったが、一人の老人が、彼女の面倒を見ると買って出た。


(じっちゃんは命の恩人や。うちのたった一人の家族や)


 行く当てのない彼女は、老人の家に住むことになり、老人は彼女の世話を焼いた。そのおかげで彼女は救われ、老人のもとで育ち、今に至る。老人は彼女を孫の様に扱い、名前を思い出せない彼女のために、新しい名前を与えた。

 彼女の名はシャランドラ。助けてくれた老人を祖父として、隠れ里の仲間になったこの少女は、今ではあの時の暗さが嘘のように、明るい少女へと成長したのだ。


「リック、うちのことお嫁に貰ってくれへんか?」

「ヴァスティナ帝国軍参謀長夫人ってか。中々面白いなそれ」

「リック様!?」

「おい眼鏡女!俺のリックに近付くんじゃねぇよ!」

「二人とも同じような反応しておもろいで」

「俺は飽きたけどな」


 明るく振る舞う彼女だが、今もあの時のことを忘れられずにいる。

 時々、あの時の暗闇を夢で見ることがあり、彼女を苦しめ続けていた。この苦しみからは逃れられず、あの時の恐怖と怒りを、忘れることはない。

 彼女はこの世界が大好きで、自分を苦しめ続ける、この世界が大嫌いである。

 この世界には、面白いものが溢れている。良い人も沢山いる。だから大好きなのだ。

 しかし彼女は、自分を苦しめ続けるこの世界が憎くい。その気持ちを忘れることはない。憎いこの世界を、全て壊すことができたならば、この苦しみから、必ず解放されるだろうと信じている。勿論彼女一人では、それは叶わない。

 だがリックは言った。大陸全土を巻き込む戦争を戦うと。そして勝利すると。

 リックは自分の望みを叶えてくれる。彼の力は、暴食竜との戦いで証明され、彼に付き従う者たちの力も証明された。

 リックならば、憎い全てのものを、壊し尽くしてくれると信じたからこそ、彼女は全てを捧げる気になったのだ。


「にしてもよかったやんか、里の皆が力貸してくれるって言うてくれて」

「ああ、本当によかったよ。これも全部お前のおかげさ」


 彼女が皆の前で、リックに力を貸すと宣言し、「リックは皆を救ってくれたんや!思惑があったとしても、リックはうちを庇ってもくれたんやで。なら恩を返すんは当然やろ!」と言った後、里の人々を説得してかかり、最終的には里全体が納得したのだ。

 あの里長も、恩は返さなければならないと言い、帝国に全面的に協力すると宣言した。

 そして現在、里は帝国に移り住むための準備を始めている。荷車や馬車を用意し、家具や衣服に、銃なども積み込んだ。移り住むには、まだまだ時間がかかりそうである。

 帝国にこのことを伝えるべく、リックたちは馬を里から借り受け、一足先に現地へと向かうことになった。リックを筆頭に、面子はレイナとクリス、そしてシャランドラである。

 里長たちは、帝国への道のりなどが書かれた地図を持っており、この地図があれば、迷うことなく到着できると言うため、安心してリックたちは、帝国へと向かうことになった。 

 余談ではあるが、この地図は昔商人から手に入れ、大陸の情報収集に使用したという。


「そろそろ行くか。シャランドラ、この地への別れは済んだか?」

「大丈夫や。ところでリック、頼みがあるんやけど・・・・」

「わかってる。お前の家にある発明品の数々を運んで欲しいんだろう。帝国に着いたら、早速人員を集めて輸送させるさ」

「流石参謀長閣下やで!!惚れるわほんま!」

「ちょ、急に抱きつくな!?」


 恥ずかしがるリックに関係なく、嬉しそうに笑顔を見せて抱きつく彼女は、周りの目などまるで気にしない。心から彼女は、彼に惚れてしまっている。

 もう少しリックと二人で、ここにいるのも悪くないと思う。だがリックには、そのような思いはない。彼にはまだ、やることが沢山あるのだ。

 まだ竜の攻撃から彼女を庇った傷が痛み、重傷であるにもかかわらず、急いで帝国に戻ると言って聞かないリックを、レイナやクリスは止めようとした。

 しかしリックは、自分の傷より、帝国への報告が最優先だと言うのだ。


「リック様、本当に御体の方は・・・・」

「心配するなよレイナ。俺は大丈夫だから」


 傷を心配し続けているレイナを安心させようと、リックは彼女の頭を撫でてやる。恥ずかしがり、顔を赤くする彼女は可愛らしい。


「じゃあ行くぞ。レイナ、クリス、シャランドラ。目指すは俺たちの帰るべき地、ヴァスティナ帝国だ」


 馬にまたがり、帝国を目指す四人を、里の人々は手を振って見送る。

 短い時を過ごしたこの隠れ里。リックはここでの日々を思い返し、この地との別れを惜しみつつ、里を後にしたのである。

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