第三話 集う力 Ⅵ
行きとは違い帰りは馬がある。このおかげで帝国には、思いのほか早く到着できた。
大森林を迷わないよう、里長が持たせてくれた森の地図や、シャランドラの道案内のおかげもあり、予想以上の早さで到着できたのである。
ちなみに、レイナとクリスが、三日と言う早さで隠れ里を見つけられたのは、行きの途中までを、帝国兵士から借りた馬で疾走し、あの大森林を気合と根性で走破したからである。偶々二人が走破した道は、里への迷わない道のりで、リックのように迷うことなく、ここまで辿り着けたのだ。
借りたにもかかわらず、馬は途中で乗り捨てたために、行方知れず。途中遭遇した獣などの敵は、全て倒してきたと言う。このことを知ったシャランドラは、二人のリックへの忠誠心に驚愕し、帝国軍の馬を、二頭も失くしたことを知ったリックは、「帝国軍の財政事情を考えろ!貴重な戦力を失くしてくるな!」と二人に説教を行なった。二人は大いに反省させられ、後で騎士団長メシアに謝罪するよう厳命される。
そんなことはあったが、それ以外特に何事もなく、帝国へと到着し、門番に帰りを告げて帝国内へと進む一行。
見るもの全てが新鮮なシャランドラは、辺りを見まわし、好奇心で瞳を輝かせている。帝国の街、そこに住む人々、帝国の象徴ヴァスティナ城など、気になったことは何でも質問する彼女だが、帝国に住むようになって、まだ一か月も経っていない三人は、彼女の質問に答えられることが少なく、正直困り果てていた。
「おっ!ようやくお帰りですかい隊長。ちょうどよかったですぜ」
四人がまず向かったのは、ヴァスティナ帝国軍本部である。里の物資輸送任務を頼むためにも、まず向かわなければならないのは、ここであったのだが、着いて間もなく、見知った顔がリックの前に現れた。
「久しぶりだなヘルベルト。なにかあったのか?」
「隊長の噂を聞いた奴らが集まってきたんですよ、俺らを軍に加えろとか言って。意外と使えそうな奴らが集まって来たはいいんすが・・・・」
「なんかやばい奴でもいたのか?」
「見て貰えりゃあわかりますぜ」
ヘルベルトに案内され、少し歩くと帝国軍演習場へと辿り着く。
そこには、何人かの帝国軍兵士たちが集まっていたのだが、彼らはあるものを取り囲んでいた。
高さは軽く二メートルを超えている。なんと、それはものでなく人であった。
取り囲まれている大きな人影。身長は二メートル以上で、もしかすると、三メートルはあるのかも知れない。体はまるで力士の様に、太く、丸く、大きい。とにかく全てが大きいのだ。同じ人間とは思えない。
(・・・・・・・世紀末に出てくる脂肪の塊の人じゃないのか)
とても同じ人間とは思えない巨体。力士のような体であるが、比較にならない程の高さを持っているこの男。ヘルベルトの言っていたことを考えれば、恐らくこの巨体の男こそが、現在問題となっている存在なのだろう。
「でかい・・・・・。この巨体だと熊とかの獣も真っ青だろうな」
「れっ、冷静だなリック。俺も色々旅をしてきたけどよ、こんな馬鹿でかい奴は見たことないぜ・・・・」
「わっ、私もこんな巨体は初めて見ました・・・・」
「でか過ぎやで。どれぐらいの体重あるんか気になるやないか」
四人は巨体の男に近付き、それぞれ感想を述べた。
とにかく、太く、丸く、大きい。言わば巨大力士である。最大の疑問は、男が服を着ている点だ。明らかに特注品のこの服を、一体どうやって手に入れたのか疑問である。
「この巨体の男が雇ってくれって言うんですよ。やる気があるのはいいんすけど、流石にこんだけでかいのは・・・・・・」
「あー、確かに。まあとりあえず話を聞いてみよう。もしもーし、お前は一体何者なんだ?」
「オラのことだか?オラはゴリオン。オラ、ここに仕事欲しくてきただよ」
喋り方が田舎者風ではあるが、この人間離れした巨体と、言葉が通じることはわかった。
ゴリオンと名乗るこの男。見かけ倒しでなければ、この場の誰よりも、いや・・・・大陸最強のパワーの持ち主かも知れない。
二メートルではなく、二メートルを軽く超える巨体であるから、この巨体から発揮される力は計り知れない。
「俺の名前はリックだ。仕事が欲しいみたいだけど、お前はなにができるんだ?」
「オラ、不器用でなにもできないだよ。でも、雇って欲しいだよ」
「なにもできないけど雇って欲しいか。でも、お前の体格なら力仕事は得意だろ?」
「隊長、確かにこいつ力だけはあるんすけど・・・・」
ヘルベルトが語る、ゴリオンについての話。
リックたちが到着する少し前、このゴリオンと名乗る男は現れ、偶然遭遇したヘルベルトらが対応したのだという。仕事が欲しいと言うので、色々やらせてみたはいいものの、とにかく不器用であったらしい。
荷物運びをやらせみると、確かに力はある為、どんな重い物でも運ぶことができる。それはいいのだが、細かな手作業は出来ず、要領も悪い。学問も満足に学んでいないらしく、言葉は喋れても文字は書けずで、計算なども苦手なのだ。
田舎育ちで、学校などに通ったことはなく、ずっと農作業をして生活していたのだという。
「ふむふむ、なるほどな。力だけしか当てにならないわけか」
「おまけに争いごとは苦手だって言うんです。これじゃあ兵士として雇うこともできねぇですぜ」
「そうなのか・・・・・。なあゴリオン、お前は本当に戦えないのか?兵士とかなら、お前にも仕事をやれるんだけど」
「オラ、争いは好きじゃないだよ。でも、兵士ならなったことあるだよ」
「なんでだ?争いが嫌いなら普通兵士なんかやらないだろ」
「オラ、村のみんなと農業して暮らしてただよ。でも、オラたちが暮らしてた村、どっかの国の兵士がきて、オラたちを徴兵しただよ」
「徴兵されて兵士になったのか。なら今は、そのどっかの国の兵士じゃないのか?」
「オラ、国の兵士になってただよ。でも、村のみんなは戦いで死んじゃっただよ。オラはのろまだから外されただけど、みんなは戦いに連れていかれて焼け死んだって聞いただよ」
戦いに強制的に連れて行かれた村人が、全員焼け死んだと言う。このゴリオンと言う男は、つい最近まで、とある国の兵士であった。その国の兵士として、何度か小規模な戦闘を経験し、村人たちもまた、同じように戦ったのだ。
しかし、村人たちはともかく、ゴリオンはその巨体故に、酷い扱いを受けていた。巨体のおかげで動きが遅く、その体のせいで、大量のエネルギーを消費する。つまり大食漢なのだ。
ゴリオン自身は温厚な性格であったため、周りの兵士たちの悪質な扱いにも、何も言わなかった。どんなに馬鹿にされようと、どんなに乱暴なことをされようとも、彼が他の兵士たちに手を出したり、言い返したりすることもなかったのだ。
そんな酷い扱いを受けていたゴリオンだが、その国の大事に関わる戦争出兵時、兵士たちが彼を使えないと考え、編成から外したため、彼は従軍することはなく、その国に残っていた。
戦争が終わり、帰還した兵士たちの口から、彼は敗戦と村人たちの死の事実を聞かされたのだ。その後、国の兵士たちに、居場所を追い出された彼は、とりあえず南を目指して渡り歩き、現在に至る。
(焼け死んだだって・・・・?まさか・・・・・)
「どうしたんやリック?なんか考え事かいな」
「いや、なんでもない。それよりヘルベルト、この男が使えるかどうかわかればいいんだろ?」
「そりゃあそうなんですけど。まさか隊長・・・・・」
レイナもクリスもヘルベルトも、そして新たな仲間シャランドラですら、これからリックがやろうとしていることの、予想が出来た。いつも通りである。
「ゴリオン、俺と力比べしようか」
自分の興味ある人間と、戦わずにはいられない。
予想していた四人は思った。帝国一番の危険人物が誰かと聞かれれば、自分たちは間違いなく、リックの名前を挙げるだろうと。
十数分後、ヴァスティナ帝国演習場。
「うおりゃあああああああああああっ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
力比べという名の特別演習。
ゴリオンというこの男を試すため、ヴァスティナ帝国軍参謀長リックが、直々に相手をしている。現在二人は、取っ組み合いからの力比べをしていた。
二メートルを軽く超える巨体と、一般的な身長である体の直接対決である。誰が見ても、巨体の方が勝つと思うだろう。だが、目の前で行われている力比べは、信じられないことに、互角の戦いを見せていた。
「あっははははは!やばい、力比べじゃ勝てる気がしないぞ!!」
「でたぜ、リックの悪い癖だ」
「戦いになると豹変しすぎやわ」
勝てる気がしないと言いながらも、全力全開の力をゴリオンへとぶつけるリック。しかし、この巨体を動かすには、まだ足りない。
「ふんっ!!」
「ぐっ!!力強すぎだろ!?」
単純なパワー勝負。
やはりと言うべきか、体格的に完全不利なのはリックである。徐々に後ろへと追い込まれていく。
「いくら隊長でも、ありゃあ無理だな」
「そうやな。巨人と小人の戦いやもん。レイナっちはどう思う?」
「レイナっちってなんですか!?や、やめてくださいそんな呼び方」
「いいやんか別に。で、どう思うんや?」
ゴリオンは内心驚いている。自分よりも圧倒的に小さいこの男が、自分に勝るとも劣らない力を発揮しているのだ。リックの驚異的な実力に、自分が勝っているとしても、驚かずにはいられない。
「私はリック様が不利だとは思いません」
「なんでや?実際負けてるで」
「あの方のことをわかっておりませんね。リック様の実力はこんなものではありません。それに・・・・・・」
「それに?」
「リックは帝国一の負けず嫌い、だろ?」
「そうだ」
レイナとクリスの言う通り、状況は動き出そうとしている。
リックは先程まで、ゴリオンを押し切ろうとして、力を前へとぶつけていた。だが、ゴリオンはどっしりと構え、まるで巨大な城壁の様にそびえ立っている。
鉄壁と呼ぶに相応しい。全く動かすことができないのだ。
「前に動かないならこうするまでだ!!」
「!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
リックの考えはこうだ。前に押せないならば、持ち上げてしまえばいい。
力の全てを振り絞り、雄叫びとともに、ゴリオンの巨体を持ち上げ始める。巨体の足が地面から離れ、完全に体が宙へと浮いた。
誰もが驚愕する中、最も驚いているのは当然ゴリオンである。自分の体が持ち上げられているのだ。この小さき男に。
歯を食いしばって耐えるリック。腕や足は震えながらも、この巨体を自身の頭上へと持ち上げたのだ。常人では、足を浮かせることすら出来ないはずなのに・・・・・。
「うおおおおおおおっ!!どっ、どうだゴリオン!俺の勝ちだ!!」
「すごいだよ。オラ、浮いてるだよ」
演習場を使い、力比べをしようと提案して始まった、リック対ゴリオンの戦い。
ゴリオンのパワーは披露され、この巨体の力は証明された。そして、この場の誰もがリックの勝利を確信したのだ。
だが・・・・・・・。
「ありゃ、この勝負の勝利条件ってなんやったけ?」
「「「「えっ?」」」」
シャランドラがふと思い、口にした事実。
その事実に力が抜け、持ち上げられていたゴリオンが、リックの頭上より落下した。
爆発音のような轟音。隕石が落下したかの如く、地面が揺れるほどの衝撃と、巻き上がる砂塵。巨体ゴリオンの下敷きとなってしまった、帝国軍参謀長リック。
「リックさまああああああああ!?」
「リックうううううううううう!?」
「たいちょおおおおおおおおおおお!?」
「・・・・・大惨事になってもうたで」
実はこの戦い、勝利条件を設定した者は誰もいない。
ゴリオンの力を計るため、この演習場で力比べを提案したリックだが、当初は勝敗など決めるつもりなどなかった。しかし熱くなったリックは、いつの間にか、ありもしない勝利を求めてしまったのだ。
レイナたちもいつの間にか、勝敗があると勘違いしていたのだった。
かくして、リック対ゴリオンのパワー勝負は、一名下敷きという結果で終了した。
「うう、体中が痛い・・・・・」
「自業自得ですぜ隊長」
戦いが終わり、ゴリオンの下敷きとなったリックは、その後急いでレイナたちに救出され、現在は怪我の治療を受けている。治療と言っても、擦り傷程度の怪我しかしてはいない。あの巨体に押しつぶされたというのに、なんと骨折すらしていないのだ。
「竜にやられた時もそうだけどよ、お前ほんとに丈夫だよな」
「無事だからよかったですが・・・・・・。リック様が押しつぶされてしまった時は、心臓が止まるかと思いました」
「すまないなレイナ、いつも心配かけて」
「あんた、大丈夫だか?すまなかっただよ」
自業自得の結果ではあるのだが、リックを押しつぶしてしまったことに、罪悪感を抱いているゴリオンは、彼の怪我を心配している。
いきなり、自分と戦えと言ってきた相手に対しても、それが自業自得であったとしても、このゴリオンと言う男は、他人を気遣う心優しい男なのだ。
「心配するな。俺、こう見えても結構丈夫なんだよ。それよりお前に怪我はないか?」
「オラは平気なんだな」
「それはよかった。なあゴリオン、俺の部下になる気はないか?」
驚くゴリオンとは対照的に、笑みを浮かべて返答を待つリック。
今回の戦いで、リックはこの鉄壁とも言える力を実感した。レイナとクリス、ヘルベルトらの鉄血部隊と同じように、気に入ってしまったのだ。
この男を部下にしたい。そう強く願っている。
しかしゴリオンは兵士ではなく、別の仕事を貰いたいと考えている。この先、生きていくための仕事を探しているのだ。
「オラ、兵士には向いてないだよ。頭悪くて、のろまで、なにもできないだよ。みんなにそうやって言われただよ」
「はは、気にするな。お前を馬鹿にした奴らは見る目がない屑だったのさ。お前は本当に凄いよ」
「べた褒めやなリック。そんなにいいんか?」
「ああ、最高だ。だがゴリオン、一つだけお前に言っておくことがある」
「オラに、言っておくことだか?」
「お前の村の人間たちを焼き殺した張本人。それはたぶん、俺だ」
ゴリオンが語った、村の仲間が戦争で焼け死んだと言う話。その話に心当たりがあるリックは、それが自分の仕業であると悟った。
恐らく、ゴリオンたちを徴兵したのは、リックが策をもって叩き潰した、オーデル王国であるはずだ。業火戦争と呼ばれている、ヴァスティナ帝国とオーデル王国の戦争。帝国軍の指揮を執り、火計の策で王国軍を殲滅した張本人は、現帝国軍参謀長のリックなのだ。
そして、この戦争では一万人以上の王国軍兵士が、業火に巻き込まれてしまった。
その戦死者の中に、徴兵された村の人々もいたのだろう。それ故に、焼き殺されたと聞かされたのだ。
「そうだっただか・・・・・。でも、戦争だから、村のみんなが死んだのは、しかたないだよ」
「仕方ないだって?」
「オラ、難しことはわからないだよ。でも、そうしないといけなかったんじゃないだか。だから、しかたがないんだな」
「ああ、仕方がなかった。女王を守るためには、あの策で敵を焼き殺すしか手はなかった」
「なら、オラは恨まないだよ。だから、気にする必要はないんだな」
焼き殺した張本人だと告白した。ゴリオンが復讐のために、自分を襲う可能性があったにも関わらず、リックはこの場で告白した。
黙っていても、問題はなかったはずだ。だがリックは、ゴリオンを気に入った。自分の気に入った相手に、この事実を隠したくないという、彼の純粋な気持ち。
その気持ちを悟ったわけではないが、ゴリオンは彼に、気にする必要がないと言う。何故なら、村の人々の死は、戦争による死なのだ。
戦争は犯罪ではない。そしてリックは、彼らを好き好んで虐殺したわけではないのだ。自分の守らなければならない者のために、あの戦争で勝利のためにと戦った。
だからこそ、恨む必要はないし、気にすることもない。
「ははっ、はははははは。お前は頭悪くなんかないぞ。ますます気に入った!」
「ど、どうしただか。なにかオラ、おかしなこと言っただか」
「いやいや、俺が勝手にうけただけさ。決めたぞ、誰がなんと言おうとお前は今日から俺の部下だ!その力で俺の大切な仲間たちを守るんだ。これはお前にしかできないことだ!」
「仲間を、守るだか?」
「そうだ。お前の鉄壁の肉体と絶対の力さえあれば、帝国最強の盾になるぞ」
「本当にオラでいいんだか?オラは・・・・・」
「お前がいいんだよ。お前じゃなきゃだめなんだ」
リックが率いる部下たちと同じように、ゴリオンもまた、目の前のこの男に魅せられてしまった。今までの人生で、ここまで自分の価値を考え、ここまで自分を欲してくれる人間はいなかった。
彼もまた、リックに魅せられた一人になろうとしている。
「なるほど、あなたはそうやって仲間を集めているのですか」
不意に、後ろから聞きなれない声が聞こえ、声のした方へ振り向くと、そこには見かけない顔の男が一人立っていた。
男はリックと同じくらいの年齢で、綺麗な顔立ちをしている。長い髪と、掛けている眼鏡が特徴的で、頭の良さそうな人物だ。知的眼鏡男子と言ったところである。
「離れたところからずっと見ていましたよ。随分と無茶をしますね」
「無茶するのは悪い癖でね。それで、俺になにか用があるのか?」
「突然話しかけて申し訳ない。私はエミリオ・メンフィス。どうぞエミリオとお呼び下さい。帝国軍に雇って頂くために、この地に参りました」
帝国軍入隊を希望する者たちが集まっていると、ヘルベルトはリックに話していたが、このエミリオと名乗る男もまた、帝国軍の一員になろうと現れたのだ。
シャランドラ、ゴリオン、そして突然現れたエミリオという男。リックのもとに、新たなる力が集まっていく。




