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第三十話 嘆きのヴィヴィアンヌ Ⅰ

第三十話 嘆きのヴィヴィアンヌ







 ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。

 中立国アーレンツ、国家保安情報局大尉。国に忠誠を誓う、情報局の番犬という異名を持った愛国者である。祖国のために戦い、祖国への忠誠を示すため、どんな過酷な任務であろうと遂行する。自分の右眼を任務で失っても、その姿勢は変わらなかった。

 祖国に自分の命を捧げた、祖国のために戦う人形。誰もが彼女を、そんな人間だと思っている。


「アイゼンリーゼ大尉。貴様の任務は、我らが祖国に仇名すヴァスティナ帝国の戦力を排除する事だ」

「・・・・・・」

「本来であれば貴様は国家反逆罪で投獄されている身だが、これまでの貴様の功績を考え、この任務を遂行すれば反逆罪を取り消し、情報局への復帰を許可する」


 彼女の祖国は今、戦場と化していた。

 ヴァスティナ帝国とアーレンツの戦争が始まった。緒戦から帝国軍は、新兵器である自走砲部隊を駆使し、アーレンツ国内を砲撃したのである。砲撃による被害は甚大で、アーレンツ国防軍と国家保安情報局の本部は破壊され、多くの指揮官を失ってしまった。

 前線では侵攻を開始した帝国軍の猛攻によって、アーレンツ軍の防衛線は突破されつつある。これに対して、情報局のルドルフ・グリュンタール大佐は、破壊された情報局本部跡地に臨時作戦司令部を設置し、自分が臨時の最高司令官となって、局員と国防軍兵士に命令を下した。彼は防衛線を立て直すべく、国内の戦力の再編成を進めており、指揮命令系統の修復に全力を尽くしていた。


「活躍次第によっては、投獄中の貴様の部下達も解放しよう。だが、この任務を放棄するのであれば、部下達は処刑する」

「祖国に反逆した者達を生かしておく理由はない。そう言いたいのですか」

「わかっているじゃないか。部下の身を案じるのであれば、祖国への忠誠を存分に示す事だな」


 今は、可能な限り多くの戦力を集めなくてはならない。臨時の最高司令官となったルドルフにとって、反撃を計画するためには、戦力の集結は急務であった。そこで彼は、この戦争で使うつもりのなかった、情報局最強の戦力を投入すると決断したのである。

 情報局内で発生していた、穏健派と強硬派の対立。今回の戦争の引き金となったこの対立は、強硬派が国家反逆罪で穏健派を逮捕し、強硬派が情報局の実権を握る形で幕を閉じた。その時、穏健派に属する形となっていたヴィヴィアンヌは、反逆罪で投獄されてしまったのである。

 国家への反逆行為は重罪であり、多くの場合は、拷問の末に処刑される。だがルドルフは、彼女を牢獄送りにした後、拷問などは一切行なわなかった。牢に閉じ込めたままにしていたのである。その理由は、自分が危機的状況に陥った時に使用する、最強の切り札にするつもりだったからだ。

 ヴィヴィアンヌは情報局の鬼才と呼ばれており、諜報員としての才能も尋問官としての才能も、他の局員とは比べ物にならない。そして何よりも、戦闘に関する才能はずば抜けており、彼女に敵う兵士はこの国に存在しないとまで言われている。現在アーレンツを苦しめている、あのヴァスティナ帝国軍の精鋭三人を同時に相手にし、軽く圧倒して見せた事もあるのだ。

 戦況はアーレンツが劣勢であり、正面からは帝国軍、後ろからは独裁国家ジエーデル国の軍隊に攻められているため、強力な戦力を遊ばせておく余裕はどこにもない。戦局を挽回すべく、自らが切り札と考えていた彼女を、自分の部下達に命令して牢から解き放ち、臨時司令部まで連行させたのである。


「貴様一人でも、帝国の精鋭を蹴散らす事は可能なはずだ。あの軍隊の精神的支柱をいくつか潰してやれば、流れはこちらに傾く」

「・・・・・果たして、そう上手くいくでしょうか?」

「そうならなかった時は、貴様に敵軍の最高指揮官を暗殺しに行って貰う。これならば帝国軍の奴らも大人しくなるだろう」


 つまり、お前一人でどんな手を使ってでも戦局を覆せと、そうルドルフは命令している。

 臨時司令部に連行されたヴィヴィアンヌは、到着するなり自分の武器を手渡され、ルドルフから拒否権の許されない一方的な命令を受けた。彼女がこの命令を拒否すれば、人質とされてしまった彼女の部下達は、すぐに処刑されてしまうだろう。普段は冷酷だが、部下を愛国心ある同志と考えている彼女にとって、自分の部下を見捨てる事はできない。ルドルフはそんな彼女の性格を利用したのだ。


「私を牢から出したという事は、帝国軍に相当追い詰められたようですね」

「正確には、帝国軍とジエーデル軍だ。厄介な連中を同時に相手にする事になるとはな」

「私一人の力より、あの男を人質として使えば、帝国軍の侵攻を阻止できると思いますが?」

「この状況下では止むを得ないと考えたが、今それは出来ない。何故だかわかるか?」


 不敵な笑みを浮かべ、ヴィヴィアンヌを見ながら勿体ぶるルドルフだったが、この時彼女は彼の苛立ちの気配に気付く。態度や言動など、表面上は余裕を見せているものの、内心では噴火した火山の如く怒り、誰かに猛烈な殺意を向けているのを察したのである。

 

「貴様が拉致したリクトビア・フローレンスは収容所から姿を消した。どうやら、何者かが奴を逃がしたらしい」

「!!」


 アーレンツが危機的状況にある中、帝国軍の侵攻を止める手段が一つある。それは、帝国軍がこの戦争を始めた切っ掛けである、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスを帝国へ返す事だ。

 彼を人質として士気を挫くのもよし。人質という名の交渉材料として軍を退かせるのもよし。リクトビアの存在は、アーレンツに残された最後の切り札と言えるだろう。

 だが、ここで一つ重大な問題が発生した。肝心のリクトビアは、監禁されていた情報局の特別収容所からいなくなり、行方不明となってしまったのである。こうなってしまっては、人質として利用する事も出来ず、帝国軍の目的を達成されてしまう。そのせいでルドルフは怒りに燃えているのだ。

 ルドルフがこの事実をヴィヴィアンヌに話すのには、当然狙いがあった。リクトビアに拘り続けている彼女ならば、必ず自分の思惑通りに動くと・・・・・・。


「帝国軍の精鋭を消す前に、貴様には奴の捜索をやってもらう。速やかに奴を見つけ出し、殺さず奪い返せ」

「・・・・・・了解」

「奴が抵抗するなら手足の一本くらい斬り落としても構わん。死んでいなければ交渉には使えるからな」


 リクトビアに拘り続けるヴィヴィアンヌならば、血眼になって彼を捜索し、確実に奪い返す事ができるだろう。全軍の士気に影響してしまう、リクトビア脱走の情報は伏せられたままであるため、迅速かつ極秘裏に進めなくてはならない命令である以上、能力的にも関係的にも彼女一人に任せるのが適任なのだ。

 そう考えたルドルフの思惑通り、ヴィヴィアンヌはリクトビア奪取に動いた。ルドルフのもとを後にし、彼に背を向けて歩を進めていく彼女だったが、不意に立ち止まり、背を向けたまま彼女は口を開く。


「大佐は、我らが祖国を愛しておられますか・・・・・?」


 この国の人間であれば、誰もが愛していると答える。ルドルフとて、それは同じである。そうあるように教え込まれ、愛していなければ殺されてしまうからだ。


「愚問だな。愛しているに決まっているだろ」

「なら大佐は、この国の一体何を愛しているというのですか?」

「・・・・・貴様、何が言いたい?」


 背を向けたまま、彼女はルドルフの方を向く事はなかった。そして、そんな彼女の背中には、普段のような覇気はなく、憂いに似た感情を放っているように見えた。


「結局大佐も、愛国心など持ってはいない。愛国心を理由にして、自分の欲を満たしていただけだ」

「!!」


 そう言葉を残して、与えられた任務を果たすべく彼女は去っていった。

 思ってもみなかった言葉を残し、背を向けて去っていく彼女に驚愕し、不敵な笑みを崩したルドルフだけが気付く。あの男との出会いが、化け物であった彼女を人間に変えてしまったと・・・・・。


「人形のままであれば利用価値もあったが、生意気にも可愛げが出てきたか・・・・・」


 祖国にためにその身を捧げた人形。その人形は、失っていたはずの心を取り戻し、人間に変わりつつある。それはルドルフにとって、利用しやすいと思っていた人形が、自分へと刃を向けるかもしれない、非常に危険な存在に変わってしまった事を意味する。


(まあいい。どうせ奴は使い潰す)


 ヴィヴィアンヌという存在は、最強の戦力でもあり、自分を脅かす可能性を持った天敵でもある。使い方を間違えれば、ルドルフに明日はないだろう。

 元々彼女は穏健派であり、強硬派であるルドルフ達の考えに賛同はしていなかった。ヴィヴィアンヌからすれば、彼は祖国に害をなす恐れがある、彼女にとって敵と言える存在なのだ。しかもルドルフは、彼女の両親を彼女自らの手で殺させた張本人でもある。

 もし、このまま彼女が人の感情を取り戻せば、復讐のためにルドルフに牙を剥く可能性がある。それを彼は恐れているのだ。だが、現在の難局を乗り切るためには、彼女の力が必要である。ならば、この戦闘で彼女を激戦区に投入し続け、死ぬまで戦わせればいい。

 

(扱いの面倒な番犬だ。俺の配下にあの女が残ってさえいれば、あの番犬を使う必要もなかったか)


 かつてルドルフの配下であった、天才と呼ばれた局員。当時の局員の中で最も優秀であり、ヴィヴィアンヌと同様に、どんな困難な任務も遂行して見せた、伝説の情報局局員がいた。主にルドルフの部下として行動する事の多かった彼女は、「氷の人狼」という異名で恐れられ、祖国に害をなす者達を狩っていたのである。しかし彼女はとある任務中、部隊の者達と共に失踪し、発見された時には彼女を含む部隊員全員が、死体となって発見された。

 ルドルフの配下の中では、彼女が一番戦闘関係に長けた局員であった。そんな彼女が今も健在であり、この難局に投入できたなら、ヴィヴィアンヌを使う危険は冒さずに済んだのである。


(無いものは仕方ない。精々奴には国のために散って貰うとしよう)


 臨時司令部の設置と、全軍の指揮権を得たルドルフであったが、戦局の厳しさは増すばかりである。切り札であるヴィヴィアンヌを使い、彼の自慢の試作兵器も前線に投入してしまった。ほぼ全ての手札を使い切ったこの男にとっても、この戦争は総力戦であった。

 アーレンツを挟み撃ちにするかのように、ヴァスティナ帝国軍とジエーデル国軍が迫る中、緒戦では勝利を確信していたルドルフも、守るべき祖国からの脱出を考え始めていた。


(敗北が決まった時はゼロリアスかホーリスローネに亡命するか。となると、保管庫から交渉材料を回収する必要があるな・・・・・)


 祖国を守るために存在する全戦力は、彼にとって利用価値のある玩具でしかない。ヴィヴィアンヌの言った通り、彼は愛国心などない欲望のままに生きる人間なのだ。


(後は、俺の新しい玩具がどれほど役に立つかだな)


 不敵な笑みを浮かべた彼の頭の中では、自慢の玩具がどのようにして敵を殺すかという、いくつものやり方が浮かんでいた。

 ルドルフの玩具は既に出撃している。今頃は、国内に侵入を果たしたジエーデル国軍と接敵を果たした事だろう・・・・・・。






「なあ姉御・・・・・。マジであんな化け物とやるのか」

「ふふっ、大丈夫さ。こっちには銃もあるし、ジエーデルの軍警察という肉壁もいるだろう?」

「その肉壁がさっきから糞ほどの役にも立っていないんだが・・・・・・」

 

 今現在、アーレンツを脅かす二大勢力は、ヴァスティナ帝国軍の戦力とジエーデル国の軍警察の戦力である。この二人がいるのは軍警察の展開した前線であり、今二人の目の前では、突撃していった軍警察の兵士達が、謎の巨体達によって血祭りにあげられている。


「あれはきっと、エミリオの話にあった手作りの魔人だね。壊し甲斐のある玩具じゃないか」

「そうは言いますがね、戦うのは俺達だ。あれ全部片付けるのは骨が折れる」

「何のためにお前達に高い給料を払ってやってると思う?こういう時、私のためにその命を捧げるためだろう?」

「んなわけあるかっ!?あんた俺達の扱い雑過ぎだろ!」


 謎の巨体達によって形勢不利となる中、まったく緊張を感じさせないこの二人。いや、正確にはこの二人に率いられた、帝国軍屈指の精鋭部隊の兵士達もまた、軍警察の兵士がやられていく光景をスポーツ観戦が如く楽しみ、緊張感が全く見られないのである。

 彼らの名は鉄血部隊。戦場の中でしか生きられない、最悪の戦闘狂集団である。そんな彼らを率いているのが、部隊長のヘルベルトと、帝国宰相リリカである。

 二人に率いられた鉄血部隊の面々が、無反動砲で鉄壁防護壁の門を破壊した後、先にアーレンツ国内へ侵入を果たしたのは、功を焦って突撃を開始したジエーデル軍警察の戦力であった。だが、鉄血部隊よりも先に雪崩れ込んだ軍警察ではあったが、彼らの進軍は、街に入った途端停止してしまった。その理由は、国家保安情報局がこの地に配備した、人造魔人部隊の圧倒的な戦闘力によるものである。

 情報局のルドルフ・グリュンタール大佐は、ジエーデルの戦力を迎撃するために、国防軍の戦力だけでなく、起動に成功した全ての人造魔人を投入した。一体で百人の兵士に相当すると言われるこの人造魔人は、全部で十二体。単純な計算で、人造魔人は千二百の兵力に対抗可能なのである。

 対して、鉄血部隊と軍警察の混成軍の兵力は、約二千人である。兵力的には人造魔人部隊の戦闘力を上回るものの、人造魔人部隊の後ろにはアーレンツ国防軍の姿もあるため、兵力で敵を圧倒していると言い難い。状況は混成軍に対して、厳しい戦いを予感させていた。


「軍警察ではあれの相手は辛そうだ。ヘルベルト、やはり我々で片付けるとしよう」

「やれやれだぜ。それで姉御、奴らはどうやって始末する?」


 リリカとヘルベルトの目の前で、突撃した軍警察の兵士達は、次々と屍に変えられていた。身長二メートル超える筋肉の塊とも呼べる肉体をした化け物が、肉食動物のような鳴き声をあげて襲い掛かってくるのである。全身の血管を浮き上がらせ、剣で斬られようが矢が刺さろうが構う事なく、人造魔人は素手で軍警察の兵士を殺す。

 ある者は一撃で殴り殺され、ある者は拳で頭を潰され、またある者は体を捩じ切られる。巨漢の化け物達によって兵士達が、体をぐちゃぐちゃにされながら殺される様は、見ている者に嘔吐を促すほどだ。


「ふふふっ、あれはアーレンツの新しい玩具なのだろう?なら、我々の玩具と力比べをするまでだ」

「まあ、魔物とそう変わらねぇ化け物相手に性能を試すいい機会か」

「そうだとも。お前達、存分に楽しむといい」


 リリカの言葉に、鉄血部隊の男達が邪悪な笑みを浮かべて歓声を上げた。彼らは人造魔人を全く恐れておらず、寧ろ獲物として見ていたのである。

 眼前で起こる凄惨な殺戮劇に、軍警察の兵士や指揮官が恐怖を覚える中、鉄血部隊の男達は自動小銃を構え、戦闘態勢に入る。彼らからすれば、人造魔人など恐怖の対象でも何でもなく、戦場を楽しくさせた殺し甲斐のある獲物でしかない。


「撃ち殺せ」


 彼女の許しを得て、戦闘狂達の自動小銃が火を噴いた。一斉射撃が行なわれ、その弾丸は全て人造魔人へと向かっていき、相手の肉体に直撃する。貫通性の高いライフル弾が命中し、剣や弓以上に人造魔人の肉体を抉っていくが、彼らは痛みなどを感じる事なく、その肉体に銃撃を浴びながら鉄血部隊に狙いを定め、一斉に駆け出した。


「図体がデカいだけあるぜ!流石に硬いぞ!!」

「脚だ!奴らの脚を蜂の巣にして動きを止めろ!!」

「ひゃははははははははははっ!!ありったけの弾丸を喰らいやがれ!」


 胸を撃っても敵は止まらない。頭に狙いを定めて撃っても、太い腕を盾代わりにして突進を行なう。筋肉の塊が恐ろしい速度で突っ込んでくるため、彼らは脚に向かって射撃を行なった。人造魔人の脚を鉛玉で穴だらけにし、動けないようにしてやろうと考えたのだ。

 彼らの狙いは上手くいき、五体の人造魔人が脚を蜂の巣にされ、その動きを止めた。残り七体は脚を潰される前に鉄血部隊に肉薄し、彼らを皆殺しにするべく拳を振るった。一気に距離を詰められてしまったため、ヘルベルト達は人造魔人の攻撃を躱しつつ散開し、一定の距離を維持しながら戦闘を継続したのである。近接格闘戦となれば、常人を遥かに凌ぐ力の前に、簡単に捻り潰されてしまうからだ。

 鉄血部隊の男達は、七体の人造魔人に対して六人以上で一体ずつ取り囲み、攻撃を躱しながら銃撃を浴びせ続ける。戦闘狂の最低集団だが、彼らはよく訓練されており、連携もする。乱戦状態の戦闘になっても、仲間と息を合わせ、確実な戦術で相手を殺すのだ。

 だがここで、脚を蜂の巣にされ動けなくなっていたはずの人造魔人の一体が、自分の状態を顧みず、無理やり脚を動かして駆け出した。その一体が狙いを定めたのは鉄血部隊の男達ではなく、戦場に似付かわしくない紅いドレスを身に纏う、帝国宰相リリカであった。


「糞ったれ!逃げろ姉御!!」


 その一体に気が付き、ヘルベルトが危機を叫んだ時には、リリカの目の前に巨大な肉壁がいた。その肉壁は当然、脚を潰されながらも駆け出した人造魔人である。魔人はリリカを殴り殺すべく、その大きな拳を振るって見せた。


「ふふふっ・・・・・、嘗められたものだね」


 人間を一撃で殴り殺せるほどの人造魔人の拳は、彼女に当たらず空を切った。リリカは絶妙なタイミングでその場に屈んで、拳を躱して見せたのである。

 それだけでは終わらない。彼女は自分の愛銃であるモーゼル型の拳銃を、ドレスのスカートの中から抜いた。彼女は自分の脚に銃のホルスターを付けており、普段はそれを紅いドレスのスカートで隠しているのだ。

 攻撃を躱した彼女の反撃は素早い。右手で拳銃を構え、連続して発砲した彼女が狙ったのは、人造魔人の右膝であった。至近距離から連続して銃撃され、膝を砕かれた魔人は体勢を大きく崩し、地面に向かって顔から倒れていった。

 倒れた人造魔人の後頭部に向けて、愛銃の銃口を向けるリリカ。彼女は弾倉に残った弾丸が無くなるまで、一方的に人造魔人の頭を撃ち抜いた。そして二度と、その肉体が動き出す事はなかったのである。


「ふふっ、どうやら頭が弱点の様だ。どんな怪物も脳をやられてはお終いというわけか」

「おいおい姉御・・・・・、そこはもうちょっと可愛げ見せて下さいよ。悲鳴上げて逃げるとか、恐さのあまり小便ちびるとか」

「ヘルベルト、お前は減給だ」

「えっ!?」


 帝国宰相に逆らう事は許されない。揶揄うなども論外だ。それを忘れて彼女の怒りに触れたら最後、その人間は必ず後悔する。目の前の人造魔人なんかより、魔人を秒殺して、情け容赦なくヘルベルトを減給する彼女の方が十倍恐ろしいと、この時の鉄血部隊全員は改めてそう思った。

 

「お願いです姉御!減給だけはどうか勘弁してください!!この前も隊長相手にやらかして減給されたばっかなんすよ!!」

「仕方ない。なら、一度だけチャンスをやろう」

「!?」

「筋肉ダルマの相手は飽きた。時間も惜しい事だし、あれを全部速攻で片付ければ考えなくもない」

「マジかよ姉御!?」

「ふふふふっ、私も鬼ではないよ。減給が恐ければ死ぬ気で戦う事だ」

「うおっしゃああああああああああああっ!!野郎共、機関銃もバズーカ砲もどんどん使え!出来損ないの糞魔人共を地獄に送ってやろうじゃねぇか!!」


 減給恐さに戦うヘルベルトを前に、鉄血部隊一同、深い溜息を吐いた。いつもの事とわかってはいるが、この戦いが終わったら部隊長を別の誰かにしてしまうべきかと、そろそろ一同本気で考え始めていた。


「使えない軍警察共に合わせる必要はない。お前達は私のために、その力を存分に振るえばいい」

「リリカの姉御の言う通りだ!あんな雑魚共、いない方が暴れやすいぜ!」

「私のためってところは同意したくねぇが、言われなくても存分に振るってやるっての!」

「軍警察のおこちゃま共はそこで指咥えて見てな!活躍の場は俺達が頂くぜ!!」


 こういう時、リリカが戦場に立つだけで、味方の士気は大いに上がる。彼女は人を魅了する美貌と才能を持っており、人の心を動かすのが恐ろしく上手い。今の言葉も、鉄血部隊の男達を使って、軍警察の兵士を炊き付けたのである。

 リリカ達に馬鹿にされ、プライドを傷つけられた軍警察の兵士達は、怒りと闘志を剥き出しにし、人造魔人への恐怖も忘れて駆け出した。元々彼らは、ジエーデル国総統に認められた優秀な兵士であり、軍と国内の治安を維持する、総統の眼とも呼べる存在なのだ。そのため、彼らのプライドは非常に高い。そこを彼女は利用したのである。


「さあ、戦場を彩る戦士諸君。舞台はまだ始まったばかり・・・・・、これからが本番だ。ふふふっ、あはははははははははははっ!!」


 妖艶な笑みを浮かべる彼女の、狂気に満ちた笑い声が戦場に響く。

 これは、彼女の怒りと殺意の表れなのか。或いは、彼女の心の狂いの表れなのか。それとも、これこそが彼女の本性なのだろうか・・・・・。

 どちらにせよ、この戦場で最も怖ろしく、最も冷酷な存在は彼女であると、そう思わせる人物であるのは間違いなかった。

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