第二十九話 アーレンツ攻防戦 Ⅸ
同時刻、アーレンツ鋼鉄防護壁裏門にて。
「いくぞ野郎共っ!派手におっぱじめようぜ!!」
鋼鉄製の壁に守られたアーレンツ。その防護壁の裏門前に彼らの姿はあった。
鎧を身に纏う事もなく、腰に剣も差していない、装備を収納して持ち運ぶためのベストを身に纏う、屈強なる兵士達が、裏門の前に姿を見せていた。彼らの人数は六十人。彼らの後ろには、彼らとは違う軍服と装備を身に着ける、別の国の軍隊の姿もあった。
「よーし、狙いは防護壁の裏門だ。バンデスとの戦いで大暴れした、この兵器の力を見せてやるぜ!」
実戦慣れした空気を漂わす、ベストを身に着けた屈強な兵士達。彼らは鉄血部隊という名の、ヴァスティナ帝国軍で一番実戦経験が豊富な部隊であり、最強の愚連隊である。
部隊を率いているのは、鉄血部隊の部隊長ヘルベルト。戦場に飢えた戦闘狂達を率いる、鉄血部隊の指揮官だ。
ヘルベルトの命令を受けた十人の兵士達が、長く大きな鉄製の筒を担ぎ、その筒の先を防護壁の裏門へと一斉に向けた。筒の先は大きな穴が開いており、それを見て察するに、彼らが担いでいるのは砲の一種である。筒にはグリップのようなものが付いており、兵士達はそのグリップをしっかり握ると、同じく取り付けられている引き金に指をかけた。
「撃てっ!!」
ヘルベルトの号令を受けた十人の兵士達は、一斉に引き金を引いた。次の瞬間、筒の先端から発砲音と煙と共に、何かが高速で撃ち出されたのである。一斉射されたその物体は、ほぼ同時に鋼鉄防護壁の裏門に直撃し、激しい爆発を巻き起こした。
「初弾は全弾命中だ!どんどん撃ち込め!!」
彼らが使用した兵器は、バンデス国の反乱軍鎮圧時に攻城兵器として使用された、試作の携帯式対要塞破壊兵器である。つまり、バズーカ砲などとも呼ばれる事がある、無反動砲の事だ。
発明家シャランドラは、遂に歩兵が携帯する事の出来る、無反動までも完成させてしまった。最早彼女には、作り出せない兵器が存在しないのかもしれない。そう思わせる程、この無反動砲もまた、完成度の高いものであった。
この兵器の実戦テストは、既にバンデス国反乱軍鎮圧で済まされている。無反動砲の力で、要塞のような敵軍の砦の城壁を破壊したのだ。故に、破壊力は保証付きである。如何にアーレンツの鋼鉄防護壁が鉄壁を自負しようと、この無反動砲を前にしては、自慢の防護壁もそう長くは持たない。
「次弾装填よし!!」
「こいつであの門を鉄屑に変えてやるぜ!」
「撃てっ!!」
戦闘狂である彼ら鉄血部隊にとって、この兵器は恐怖の玩具と言えるだろう。彼らは用意した無反動砲の弾を使い切らんとする勢いで、次々と弾を発射する。
攻撃を受けている裏門のアーレンツ国防軍は、敵の奇襲攻撃と爆発によって混乱し、砲の攻撃を恐れて逃亡する兵士もいる。アーレンツ軍は現在も指揮系統を失っているため、そもそも士気が大幅に低下しているところに、この攻撃である。そのせいで、彼らの恐怖心は一層大きくなっていったのだ。
士気が低く、恐怖心に駆られている今のアーレンツ兵士達に、無反動砲攻撃に対しての有効な対処が執れるはずもない。防護壁の裏門は攻撃に晒され続け、遂に限界を迎えたのだった。
「部隊長!門が倒れますぜ!!」
無反動砲の連続一斉射によって、裏門は大きく凹み、門と壁を固定させていた固定具を引き千切りながら、音を立てて倒れていった。鋼鉄の門であったために、簡単に大穴が空くような事はなかったが、火薬の爆発による衝撃を受け続けたせいで、門自体が外からの衝撃に耐えきれなかったのだ。
「はっはははははははっ!!何が鉄壁の防護壁だよ!俺達にかかりゃあんなもん、その辺の石ころ砕くのと大差ねぇぜ!」
裏門の破壊に大笑いする鉄血部隊の面々達。そんな彼らと、あの鋼鉄の門を破壊した光景に、驚愕を隠せない者達がいる。それは、鉄血部隊の後ろに控える、他国の軍の兵士達であった。
彼らは、ジエーデル国軍警察の戦力であり、この戦いに勝利するための切り札である。彼らに裏門から奇襲攻撃を行なわせ、二方面からアーレンツへ侵攻する事こそが、帝国軍の真の目的だったのだ。
「ふふっ、報告通りの威力じゃないか、このバズーカ砲は」
「面白い玩具ですぜ姉御。奴らを皆殺しにするには丁度いい」
裏門の破壊に沸き立つ鉄血部隊。アーレンツという名の獲物に狙いを定め、瞳の奥をぎらつかせているヘルベルトに、一人の女性が話しかけた。その女性は、戦場には全く似つかわしくない、紅いドレスを身に纏い、長く美しい金髪を風に靡かせていた。彼女こそ、帝国軍とジエーデル軍の共同戦線を造り上げた張本人である。
「ジエーデルの軍警察があれを見て驚いている。私の力を見せつける上でも、これは丁度いい機会だよ」
「私の力って・・・・・。姉御、バズーカの力はシャランドラの奴のお陰ですぜ?」
「何を言っている。シャランドラもまた私のものなのだから、あの子が作った兵器の力もまた私のものに決まっているだろう?」
このとんでもない理論を口にする者こそ、帝国を裏で支配していると言われている、絶世の美女にして帝国宰相の、名をリリカという。帝国参謀長リクトビアが最も心を許し、大きな信頼を寄せている女性だ。
彼女には誰も逆らえない。帝国女王ですら、時に彼女には逆らえない。帝国最凶と呼ばれる彼女は、この戦争に勝つための切り札を用意し、この地にやって来たのである。全ては、彼女にとっても大切な存在であるリックを、必ず取り戻すために・・・・・・。
「さあ、舞台は整った。そろそろ行こうじゃないか」
「了解ですぜ。野郎共、アーレンツに殴り込むぞ!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」
帝国宰相リリカは、殺しを得意とする恐ろしき兵士達を引き連れ、戦場にその姿を現したのである。
帝国最凶率いるその軍団の放つ異様な覇気は、まるで、彼女の怒りと殺意を表しているかのようであった。
同じ頃、帝国軍右翼前線では、一方的な殺戮が続けられていた。
「じょっ、冗談じゃねぇ・・・・・・」
一人の情報局精鋭部隊の兵士が、今目の当たりにしてしまった光景に恐怖し、腰を抜かしてしまっていた。その兵士の目に映るのは、先程まで戦友であった者達の屍と、一人の少女の姿であった。
「邪魔しないでよ。僕、とっても急いでるんだからさあ」
「・・・・・・!!」
いや、正確に言えば少女ではない。少女のような容姿の男の子である。
兵士が腰を抜かして恐怖する中、彼は右手に愛用の狙撃銃を持って、ゆっくりとその兵士へと近付いていく。
誰もが息を呑む光景であった。ほんの数分前、ここで帝国軍と情報局の精鋭小隊が衝突したのである。突撃を行なっていた帝国軍を阻止するべく、迎撃に現れた精鋭小隊の前に、彼は現れたのだ。
彼は狙撃手でありながら、まるで銃と踊っているかのように、襲い掛かる小隊員達の額を撃ち抜いていき、即死させたのである。そして気が付けば、生き残ったのは小隊長であるこの兵士ただ一人だけとなり、小隊は全滅していた。
敵からすれば、まさに悪夢のような事態である。国家保安情報局の精鋭小隊が、こんなにもあっさりと皆殺しにされてしまっては、国防軍兵士達では敵うはずもない。一方的虐殺とも言えてしまうこの戦いを見てしまった兵士達は、誰もその場を動かなかった。動いた瞬間、狙撃銃を持つ彼は即座に反応し、動いた者を撃ち殺してしまうからだ。
「ねぇ、君ってこの部隊の隊長さんでしょ?だからさあ、教えてくれないかな」
「なっ、何を・・・・・!」
「リック君とヴィヴィアンヌっていう女の居場所。隊長さんなら知ってるよね?」
答えなければ殺される。知っていなければ殺される。答えたとしても殺される。隊長であるその男は、そう直感した。狙撃銃を持つ彼の眼は、怒りと憎しみに支配されており、眼を見た者の身を竦ませる程の殺意を放っていたのである。故に、どう足掻こうが殺されると、そう感じずにはいられないのだ。
「知ってるなら早く喋ってよ。でないと後悔するよ?」
「待ってくれ・・・・!そいつらの情報じゃなく、他の情報なら------」
この男は二人の居場所を知らない。そのため、別の情報を話してこの場を凌ごうとした。だが、その判断は大いに間違っていた。
彼は狙撃銃を瞬時に構え、男の右膝を撃ち抜いた。痛みに絶叫した男に構わず、彼はボルトアクションの狙撃銃を連続で発砲し、男の右膝を撃ち砕いて、右脚を千切ったのである。
「ぐああああああああああああああっ!!」
「後悔するって言ったよね?ちゃんと話す気になった?」
残酷にして冷酷。狙撃銃を操る彼の名は、帝国一の狙撃手イヴ・ベルトーチカ。彼は銃の構えを解き、右脚から大量の血を流し、地面に倒れて絶叫している男を、冷たい眼をして見下ろしていた。
たった一人の人間に、恐怖し立ち尽くすアーレンツ兵達。一人で情報局の精鋭を片付け、冷酷な尋問を行なう彼に恐怖を覚えるのも無理はない。そして、今のイヴに恐怖しているのは、帝国軍兵士達も同じであった。イヴの後ろに控える帝国軍兵士達と、彼が率いる狙撃部隊。彼らもまた、恐ろしく冷酷な今のイヴに恐怖し、どうしていいかわからず立ち尽くしてしまっていた。
普段のイヴを知っている者ならば、信じられない光景だった。小悪魔的な笑顔を浮かべ、いつも明るく楽しそうに振舞う彼の姿はそこになく、今はただ、怒りと憎しみに支配される、冷酷な殺戮者と変わっていた。
「調子に乗るんじゃねぇぞ!!」
小隊長の男が殺されようとしていたこの瞬間、アーレンツ軍の兵士の一部が、男を助けるために動いた。恐怖に立ち尽くしてしまっていても、彼らもまた国を守る兵士なのである。国を守るため、そして負傷した友軍を救出するために、勇気ある兵士達がイヴに向かっていった。
しかし、イヴの射撃は彼らの勇気を嘲笑うかのように、恐ろしく速く正確であった。動いた兵士達に向けて、彼は瞬時に銃を構え、兵士達の額に狙いを定めて発砲を行なう。ボルトアクション機構にも関わらず、イヴの排莢と装填は神速である。自動式と変わらないと思わせる速度で、連続射撃を行なうイヴだったが、向かってくる兵士が残り二人となったところで、弾が切れた。
先ほどの小隊との戦闘で、予備の弾丸も使い切ってしまっている。その隙を付いて、二人の兵士の内の一人が、一気にイヴとの距離を詰めて、真正面から襲い掛かる。もう一人は彼の左手側から迫り、同時に攻撃をかけようとした。何かしらの武器を使って片方に対処すれば、もう片方の餌食となる。そういう攻撃の仕方であった。
「邪魔しないでって言ってるんだよ!!」
怒りに震えるイヴは叫び、右手に持っていた狙撃銃を手放すと、腰のホルスターから瞬時にリボルバーを取り出すと、眼にも留まらぬ早撃ちで、二人の兵士を撃ち殺してしまった。
二人共、しっかり頭を撃ち抜かれている。左手の兵士を撃つ時など、左の方を見向きもしなかった。気配だけを読んで命中させたのである。危機的状況であったにもかかわらず、イヴは静かすぎるほど冷静で、的確かつ神速な射撃を披露した。
「・・・・・隊長さんが早く答えてくれないから、僕の銃に傷がついちゃった」
右手に拳銃を持ったまま、左手で狙撃銃を拾い上げ、彼は小隊長の男へとゆっくり拳銃の銃口を向けた。
「これ、リック君が僕にくれた大切な銃なのに・・・・・!」
リボルバーの撃鉄を起こすイヴの顔は、尋常ではない怒りによって歪められていた。男は痛みと恐怖に涙を流しながら、己の死を悟った。そしてイヴは、完全に戦意を失い無抵抗であったその男を、自身の拳銃で撃ち殺したのである。
「邪魔な奴らは僕が片付けたから。皆、前に進んで」
静かにそう命令したイヴに、逆らえる者など誰もいない。立ち尽くしてしまっていた帝国軍兵士達は、即座に命令を実行し、眼前のアーレンツ軍へと突撃を再開する。
イヴ自身も彼らに続こうとしたが、それを止めたのは彼の部隊の兵士達であった。
「たっ、隊長!お待ち下さい!」
「どいて。僕・・・・、リック君を助けて、あの女を殺さなくちゃいけないの」
「わかっていますが、隊長も我々も弾薬は残りわずかです!強敵と戦うためにも、一旦補給を済ませましょう!」
「何言ってるの!こうしてる間にリック君がどんな拷問受けてるかわからないんだよ!?」
「だからこそです!いくら隊長でも弾丸なしでは戦えません!!」
「そうです!今は味方に防衛線の突破を任せ、後方で補給を済ませた後に再度救出に向かいましょう!!」
部下達は必死になってイヴを説得しようとしていた。ここで彼を向かわせるのは、どう考えても危険とわかっているからだ。弾薬切れという事もあるが、それ以上に、今のイヴは熱くなり過ぎている。一旦後方に下げ、少しでも落ち着かせなければ、リックを助けるために死に急ぐ危険性は十分にあった。
「どうか!どうかお願いします!!隊長、我々に補給命令を!!」
「・・・・・・わかった、一旦下がろっか」
怒りに歪められていたイヴの表情は冷たい顔へと戻り、眼からは一時的に戦意の炎が消え、気力を失ったかのように彼は俯いた。安堵の息を吐き、胸を撫で下ろした部下達は、この場を他の帝国軍部隊に任せ、後退のための用意を始める。
「ごめんね、リック君・・・・・・。すぐに助けに行くからね・・・・・・」
イヴは今、恐怖と戦っていた。捕らえられた最愛の存在が、どんな恐ろしい眼にあっているのか想像するだけで、彼の心を恐怖が支配する。最愛の存在リックを想うあまりの恐怖心が、彼を狂気と変えてしまったのである。
「絶対助けるから・・・・・・。それでね・・・・・・」
脳裏に浮かんだ、憎き女の顔。彼は今まで、こんなにも人に憎悪した事はない。こんなにも人の死を願った事もない。
「あの女は、絶対に僕が殺す・・・・・・!」
笑顔の似合う、明るく優しいイヴを変えてしまった、憎悪の対象。彼女を殺さぬ限り、彼の笑顔は戻って来ない・・・・・・。
アーレンツ攻防戦はまだ始まったばかりだ。優勢なのはヴァスティナ帝国側であるものの、大勢が決したとは言い難い。アーレンツ側はまだ持ち直す事が可能であり、兵力は帝国軍を上回っているのだ。
激しい戦闘の中、一人、また一人と倒れていく。一部の者達の思惑によって、多くの命がこの戦場で失われていた。しかしこの戦争を終わらせるには、失われる命がまだ足りない。屍の山はさらに増え続け、大地は流れ出た鮮血で真っ赤に染まるだろう。
次は誰が犠牲になってしまうのか?この戦場では、いつ誰が命を落としてもおかしくない。故に皆、覚悟を決めていた。
大切なものを守るために、この命散らす事も厭わないと・・・・・。




