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第二十九話 アーレンツ攻防戦 Ⅷ

「ゴリオン、今日も大活躍だったんだって?流石、俺が見込んだ帝国最強の盾だな」

「オラだけの活躍じゃないだよ。みんなが頑張ってくれたんだな」

「でも、いつも通りお前が前に出て皆を守ったからこそ、最小限の被害で勝てたんだ。もっと誇っていいんだぞ?」


 これは彼の記憶の一つである。まだヴァスティナ帝国が現在のような体制ではなく、軍事力も小さかった時の、一年前の記憶。

 記憶の主の名はゴリオン。この記憶は、帝国軍が南ローミリア内の治安維持活動の一環で、盗賊などの勢力討伐に力を入れていた時の日々の、ほんの一部分である。

 

「オラ・・・・・、本当に役に立っただか?」

「もちろん!ゴリオンがいるだけで頼もしいし、敵を蹴散らしてくれるし、力も強くて鉄壁だし、役に立ってるに決まってるだろ」


 ゴリオンの活躍を褒め、彼に笑顔を向ける男がいる。

 その男の名はリック。ゴリオンを帝国軍の一員として、彼の主となった男だ。


「なんだか・・・・・信じられないだよ・・・・・」

「どうして?」

「オラ、今まで褒められたことなんてないんだな。だってオラ、愚図でのろまで頭も悪いんだな・・・・」


 ゴリオンは元オーデル王国の兵士であった。そこでゴリオンは、オーデル王国軍の兵士達に馬鹿にされ、無能と罵られ、お前は使えないと言われ追い出された過去を持つ。

 彼は今まで、褒め称えられる事も尊敬される事もなく、他者に馬鹿にされて生きてきた。リックと出会うまで、今のように褒められた事など一度もない。故に戸惑ってしまうのである。


「・・・・・あのなゴリオン、俺はお前を誇りに思ってる」

「そっ、そうなんだか?」

「誰にだって苦手な事はあるし、能力で劣る事もある。でもお前は、それを補って余りあるほどの力を持ってるじゃないか」

「でもオラ、力しか取り柄ないんだな・・・・・」

「それでいいんだよ。力持ちの男はモテるんだぞ?俺が女だったら絶対惚れてる」


 ゴリオンの気持ちを察して、リックは微笑みながらそう答える。今までの扱われ方と違う今の環境に、彼が不安を抱いているのをよく理解しているからだ。


「おっ、オラなんかに惚れるだか・・・・・・?」

「力持ちの筋肉タイプはモテるんだから、もっと自分に自信を持てよ。まあ、そういう謙虚なところはゴリオンのいいところだけど」

「でもオラは・・・・・・」

「でもじゃない。今まで他の奴らがお前にどんな酷い事言ったかは知らないけど、俺はゴリオンの事大好きだし、最高の仲間だと思ってる。だ・か・ら!」


 そう言って、リックはゴリオンの瞳を真っ直ぐ見つめた。ゴリオンから見た彼の眼は、嘘偽りを感じさせない、澄んだ瞳であった。それはゴリオンにとって、この世で初めて見た、綺麗な瞳だったのである。


「お前は、ここにいていいんだ」

「!!」


 誰かに好かれた事はなかった。誰かに必要とされた事もなかった。そんな自分に、目の前の男は微笑みを浮かべ、ここにいていいと言ってくれる。そんな事を言ってくれた人間に、彼は今まで会った事もない。

 居場所をくれた。存在する価値をくれた。そして、仲間だと言って愛してくれる。今までゴリオンが望んでも手に入れられなかったものを、リックは全て与えてくれたのだ。

 

「ここがお前の居場所。お前の役目は、俺にとってもお前にとっても大切な仲間達を守る事だ。それが、帝国軍最強の盾、ゴリオンっていう男だ」

「リック・・・・・・」

「当然だけど、ゴリオンがピンチになった時は俺達がお前を助ける。絶対に見捨てたりしないから安心しろ」


 この時ゴリオンは、生まれて初めて、心の底から守りたいと思える大切な存在を見つけた。

 それは、一国の軍隊の全てを率い、愛する者達のために己を傷付け戦う、純粋で不器用で愛おしい存在であった。彼にとってそれは、己の命の全てを懸けてでも守りたいと思える、かけがえのない存在であったのである。


「オラ、約束するんだな」

「んっ?」


 彼は新たな決意を胸に抱き、リックに向かって誓いを立てた。


「何があっても、オラはリックを守って見せるんだな!」






「しぶとい野郎だぜ・・・・・!」


 帝国軍とアーレンツ軍が激しい戦闘を展開し続けている、鋼鉄防護壁正面の最前線。ここで今、一人の戦士が仰向けに倒れ、動かなくなった。


「手古摺らせやがって・・・・・・、そろそろ薬が切れる時間か・・・・」


 両軍の兵士が激しくぶつかり合う最中、空気を震わし大地を揺らす如し戦いを繰り広げていた、二人の戦士の戦いに決着したのである。

 仰向けになって地面に倒れ伏しているのは、帝国軍最強の盾ゴリオン。戦いに勝利し、倒れる事なく立っているのは、国家保安情報局第五特別処理実行部隊隊長ロットンであった。


「面倒な相手だったが、これで帝国の奴らは崩れるな・・・・・」


 ロットンは目的を果たした。彼の狙いは、帝国軍兵士達の精神的支えであるゴリオンを倒し、敵の士気を挫く事だったのである。

 ゴリオン率いる部隊と、彼らに続く帝国軍部隊をあのまま野放しにしていたなら、いずれ防衛線は叩き潰され、突破口を抉じ開けられていただろう。それを迅速に阻止するためには、敵の精鋭部隊の撃破が必須であると考えたロットンは、両軍の兵士達の目の前でゴリオンに一騎打ちを挑んだ。

 両軍の兵士達の見ている前でゴリオンを撃破すれば、帝国軍の士気は低下し、アーレンツ軍の士気は向上する。相手の士気が低下した隙をつき、士気を取り戻した自軍の戦力で、前線を押し返そうと考えていたのだ。

 前線を押し返すべく戦ったロットンではあったが、その勝利は決して楽なものではなかった。勝利はしたが、体力の消耗は激しく、肉体強化のために使用した薬の効力は、そろそろ切れる時間なのである。確かにロットンはゴリオンを力で圧倒していたが、ゴリオンは必死に立ち向かい、何度も何度もロットンを苦しめた。

 命を懸け、体力の限界を超え、粘り強く、ロットン相手に戦い続けたゴリオンの姿が、戦いの激しさを物語っている。服は破れ、体中傷だらけとなり、身動き一つしない。死んでいるかのように、彼は倒されていた。

 戦いには勝利したものの、ゴリオンとの戦いでロットンは、薬の効果を使い切り、体力も使い果たしていた。本当ならば、ゴリオンを早々に撃破し、薬の効果が続く限り、帝国軍を蹂躙するつもりだったのである。しかし、今のロットンの状態では、戦闘継続は非常に厳しい。そのため彼は、ここは一先ずアーレンツ国防軍兵士に任せ、自分は部隊の者達と共に、一度後方へ下がろうとしていた。

 

「どういう事だ・・・・・?奴ら、まったく士気が下がらねぇ・・・・・」


 後退を考えていたロットンが周りを見回すと、帝国軍の攻撃の手は全く緩んでいなかったのである。士気は依然高いままであり、アーレンツ兵士を激しく攻め立てていた。

 彼らの精神的支柱であるゴリオンさえ倒せば、敵は必ず怯むと確信していたために、これは誤算であった。帝国軍はゴリオンを倒された事に驚きはしたものの、寧ろ士気を向上させ、アーレンツ兵に立ち向かっていったのである。

 彼らの戦意が失われない、その理由。それは、ゴリオンを信じているからだ。

 かつてゴリオンは、自分よりも遥かに大きな鮫の化け物と戦った。その鮫にゴリオンが喰われた時、彼の部下達も帝国軍の兵士達も、彼は敗北したと思ったのである。だがゴリオンは、爆裂反応装甲を使って鮫を倒し、生き残った。あの時彼らは、最後までゴリオンを信じなかった事を、大いに悔いたのである。

 だからこそ彼らは、ゴリオンが倒れても尚、彼が負けたとは信じない。必ず立ち上がり、ロットンを倒すと信じて戦っている。故にゴリオンは・・・・・・。


「ぐっ・・・・・、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「!?」


 故にゴリオンは立ち上がる。大切な仲間達の信頼に応え、必ずや勝利をこの手に掴むために・・・・・。

 

「負けない・・・・・!オラは、絶対負けたりしないんだな!!」

「こっ、こいつ・・・・・!」


 倒れて身動きすらしなかったゴリオンは、雄叫びを上げて体を起こし、拳を握りしめ、地に足を付き、ロットンの目の前で立ち上がって見せた。満身創痍の身でありながら、それでもゴリオンは立ち上がって見せたのである。

 まさか立ち上がると思っていなかったため、驚愕を隠せないロットン。彼が何より驚いたのは、復活したゴリオンの顔を見た時であった。ゴリオンの瞳に宿る戦意は、未だ健在だったのである。


「お前はオラが倒すんだなああああああああああああああっ!!!」

「くっ・・・・!」


 ゴリオンは駆け出した。もう歩く事すらできないはずなのに、限界を超えている自分の体を気力だけで動かし、ロットンに迫る。対してロットンは、体力の消耗が激しかったせいで、一瞬脚に力が入らず、ゴリオンを躱す事ができなかった。


「ふんっ!!」

「ぐうっ!?」


 満身創痍のゴリオンは突進を繰り出し、ロットンの体勢を崩させた。ロットンの体を弾き飛ばすほどの力はなかったが、ゴリオンの狙いは、彼の体勢を崩す事だけだったのである。

 突進の直撃を受けて体を揺らし、倒れそうになったロットンの首に、ゴリオンは自分の右腕を巻き付ける。左手で彼の頭をがっちりと固定し、右腕は彼の首を締め上げ、ロットンの首を決して放さない。


「ふんぬうううううううううううううううううっ!!!!」


 歯を食いしばり、最後の力を振り絞って、力の限りロットンの首を締め上げたゴリオン。このままでは並大抵の人間であれば、窒息死する前に首の骨が折れて死んでしまうだろう。未だにロットンの首の骨が折れないのは、彼の魔法の力と薬の効果のお陰である。

 しかし、いくらロットンの肉体が強化された状態であるとしても、このまま首を絞められ続ければ窒息してしまう。彼は何とかゴリオンの腕から抜け出そうと、必死に体を動かして、腕を振り解こうと暴れた。


「放せっ!!この野郎しつこいんだよ!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「くっ、糞があああああああああああっ!!」


 ちょっとやそっと暴れるだけでは、渾身の力で首を締め上げるゴリオンの腕はびくともしない。苦しい呼吸の中、ロットンは左手でゴリオンの腕を掴み、力の限りその腕を剥がそうとする。しかしその腕を引き剥がす事はできなかったため、彼は空いている右手でゴリオンを殴り続けた。

 ゴリオンの体や腕、脚や顔までも何度も殴り続け、どうにか抜け出そうともがくが、彼はまるで岩のように頑強で、どれだけ痛めつけられようと、首絞めは解かない。渾身の力を込めたゴリオンの体中から血管が浮き上がり、腕も顔も真っ赤に染まっている。その姿は、今にも内側から弾けてしまうのではと思わせた。


「ぐっ・・・、薬の効果が・・・・・!!」


 拘束から逃れようとしていたロットンの体に、その異変は起きた。ゴリオンの巨体を凌駕していた化け物じみた彼の肉体が、急激に縮小していったのである。ロットンが危惧していた、薬の効果時間が切れてしまったのだ。見る見るうちに、彼の体の大きさはゴリオンと同じくらいとなり、もがく力も弱くなった。

 これだけでは終わらない。ロットンの体はさらに小さくなって、魔法を発動する前の大きさに戻ってしまった。想定以上の体力の消耗によって、今度は自身の魔法を持続させる事ができなくなってしまったのである。ロットンの魔法と薬による肉体強化には、大きな弱点があった。それは、力の持続時間なのである。薬のドーピングによって本来の持続時間を犠牲にし、魔法の力を高めて肉体を大きくしているが故に、これは仕方のない話であった。

 ゴリオンはこの瞬間を狙っていたわけではないが、彼が粘り強く戦った甲斐あって、勝利のチャンスが訪れたのである。薬の効果が切れ、魔法の効果も切れた今のロットンは、常人よりも鍛えているだけの、ただの人間なのだ。ただの人間が、ゴリオンの怪力に耐えられるわけがない。


「ふんぬうううううううううううっ!!!」

「やっ、やめろ!!今お前の怪力にやられたら・・・・!」

「負けないんだなあああああああああああああああああああっ!!!!」

「わかった!おっ、俺の負けだ!!降参するからやめやがれえええええええええっ!!」


 敵前逃亡した仲間を躊躇なく殺していたにもかかわらず、死の恐怖から命乞いをするロットン。戦場において、こんな自分勝手な行為と、汚い命乞いなど認められるわけがない。

 とは言え、今のゴリオンには命乞いを叫ぶだけ無駄である。既に彼は、周りなど見えておらず、自分の声以外の音も聞こえない程に、満身創痍の状態なのだから・・・・・・。


「たっ、頼む!!命だけは--------」

「潰れるんだなああああああああああああああああああああっ!!!!」


 その瞬間、何かが綺麗に折れる音と、何かがぐちゃりと潰れた音が、静かに戦場に響いた。

 ゴリオンの右腕を掴んでいたロットンの左腕は、力を失い垂れ下がり、血と肉と骨がゴリオンの足元に落下し、そこに血だまりを作った。

 ゴリオンが右腕の拘束を解くと、ロットンの体は力なくそのまま地面に倒れた。圧倒的な腕力によって、右腕で首を絞められ、左手で頭を押さえつけられていたために、彼の首は折れ曲がり、頭は頭蓋骨と脳味噌事押しつぶされていたのである。誰がどう見ても、即死の状態であった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」


 勝利の咆哮を上げたゴリオンに、帝国軍全兵士達もまた、全力の咆哮で応えて見せた。

 信じていた。信じていた通り、彼は勝利した。傷付き倒れながらも立ち上がり、最後まで戦い続け、アーレンツの化け物を倒したのである。


「敵指揮官はゴリオン隊長が討ち取ったぞ!!全軍突撃だ!!」

「こんなへぼ連中に後れを取るんじゃね!ゴリオン隊長に続くぞ!!」

「うおおおおおおおっ!ヴァスティナ帝国ばんざあああああああああいっ!!」


 帝国軍の士気は益々上がり、大きな戦意の炎を燃やす。逆にアーレンツ軍兵士とロットンの部下達は、ゴリオンの勝利に戦意喪失してしまい、士気を大きく低下させていた。

 士気の低下が命取りとなり、精鋭の情報局員達もアーレンツ軍兵士も、激しく攻め立てる帝国軍兵士達の餌食となって、次々と討ち取られていった。戦局の流れは完全に帝国軍へと傾き、防衛線の維持は非常に困難なものとなったため、アーレンツ軍部隊は徐々に後退を始めたのである。

 ゴリオンと彼の率いる部隊、そして帝国軍部隊の活躍によって、アーレンツ軍正面防衛線の破壊に成功した。彼らはこのまま進撃を続け、敵軍の防衛線を喰い破りながら、アーレンツを囲む鋼鉄防護壁の正門を目指す事だろう。

 だが、流れと勢いを味方に付け、アーレンツへ雪崩れ込もうと突撃を行なう帝国軍に、これ以上付いて行けない者がいる。


「おっ、オラは・・・・・・、まだ・・・・やれるんだな・・・・・・・・」


 数歩動くだけで精一杯であった。戦いで己の力を全て出し切り、アーレンツの精鋭相手に勝利を収めたゴリオンは、もう立つ力すら残ってはいなかった。脚から力が抜け、そのまま地面へと前のめりに倒れ、彼は動かなくなった。


「・・・・・・・」


 声を出す力もない。手足の感覚すらもなくなってきている。戦う意思だけはまだ残っているが、体が言う事を聞かない。鉛のように体は重く、指の一本も動かせなかった。

 まだ帝国軍は戦っている。大切なものを救うために、彼らは命を懸けて戦っている。皆にばかり戦わせるわけにはいかないと、自分を奮い立たせて立ち上がろうとするが、やはり体は動かない。自分の不甲斐なさに、この時のゴリオンは己に対して怒りを覚えていた。


(みんな・・・・・ごめんなんだな・・・・・・・・)


 心の中で彼は、自分の力の無さを恥じ、戦い続けている兵士達に詫びた。

 いや、彼は詫びる必要など全くない。何故なら彼は、常人では歯が立たないであろう、人を超えた化け物と真正面から戦い、見事討ち取ったからである。彼の勝利があったからこそ、戦局は完全に帝国軍へと傾き、膠着状態となりそうであった前線を変えたのだ。

 ゴリオンはこの戦いに大きく貢献した。十分過ぎる程である。ここで倒れる事を恥じる必要はないのだ。

 だが彼には、まだやるべき事が残されている。それは、どんな事があっても必ず守ると誓った、大切な仲間を救い出す事だ。


(動けないんだな・・・・・・。オラ・・・・・少し休むだよ・・・・・・・・・)


 薄れゆく意識の中、彼の脳裏に、守ると誓った男の微笑みが浮かぶ。その微笑みで、今までどれだけ救われてきたかわからない。

 脳裏に浮かんだ男へと、ゴリオンも微笑み返して見せる。優しい笑みを浮かべたまま、彼の意識は深い闇の中へと消えていった・・・・・・。

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