第二十五話 勝利の裏に潜む影 Ⅲ
戦勝の宴開始から一時間が経過した。
「さあいくで!皆が待ちに待った余興の始まりや!!」
「いいぞー!やれやれ!!」
「よっ!待ってました!!」
「第二回、ヴァスティナ帝国一発芸大会の開催や!!皆、今回も滅茶苦茶おもろいの期待しとるで!!」
これで二回目の開催となる、帝国参謀長リクトビア主催の一発芸大会。司会進行はシャランドラであり、今回の宴の余興はこれである。
この一発芸大会は、帝国の主だった者達が特技などを披露し、場を大いに盛り上げるのが趣旨である。ちなみに、前回の一発芸大会は混沌を極める結果となり、一発芸大会の優勝者も決まる事なく、皆が酔い潰れて終了したのだった。
「今回の一発芸大会も飛び入り参加大歓迎や!うちやイヴっち、レイナっちやミュラっちも参加するで!皆、期待しててくれや!!」
今回の一発芸大会は、帝国軍幹部のほとんどが参加する。この時のために、参加者達は何を披露するのか決めており、準備は一応万端なのである。
一発芸大会のために設営された、大会専用特設ステージの上に立つシャランドラは、持ち前のノリと明るさで場を盛り上げつつ、一発芸の司会を進めた。
「そんじゃあ早速始めるで!芸の一番手は--------」
「ちょっ、ちょっと待つんだなあああああああああ!!」
シャランドラの声を遮る、会場全体に響き渡った雄叫び。声の主は突然現れて、特設ステージに上がってくる。常人を超えた巨体と、特注で作られた鎧を身に着け、頭には何故か牛の被り物を被っている。そのせいで、突然現れた彼の顔はわからない。だがまあ、帝国内で彼と同じ巨体を持っている人間はいないので、声を聞いてその巨体を見れば、その正体が誰なのかすぐわかる。
「おっ、オラは悪の組織ジョッカーの幹部、ぎゅっ、牛魔王なんだな。きょっ、今日はここに集まってるみんなをジョッカーの戦闘員にするために来たんだな」
「なっ、なんやてー!!やばい、ジョッカーの幹部が現れてもうた!このままじゃうちら、ジャッカーの下っ端にされてまうわ、どないしよ!?」
「おっ、大人しくするんだな。抵抗すると痛い目に遭うだよ」
突如始まった謎の芝居。会場のほとんどの者達が、この状況を全く理解できていないというのに、ステージ上での二人の芝居は続く。
ステージに現れた牛魔王と名乗る存在・・・・・・、正体はもちろんゴリオンなのだが、これは一発芸大会一組目の出し物である。シャランドラもこれに協力しており、ゴリオンが身に着けている牛魔王衣装を用意したのも彼女であった。
「あかん!このままじゃうちら・・・・・・、そうや!!こんな時こそ正義の味方を呼ぶ時やで!」
「なっ、なんだな?」
「助けてやー!仮面ライガー!!」
シャランドラがその名を呼んだ。ローミリア大陸の平和を守るために日夜戦い続ける、あの正義の味方の名を叫んだ。
そして、彼は疾風の如く現れた。食堂内を駆け抜けていき、皆が気が付いた時には、彼は特設ステージの上に姿を現していたのである。
「待たせたな、シャランドラ君!そこの怪人!!貴様がジャッカーの怪人だな!?」
「みんなやったで!正義の味方仮面ライガーが助けに来てくれたんや!これでもう怖いものなしやで!!」
またまた突如現れたのは、黒と黄色を基調とした鎧を身に纏う、特撮変身ヒーローであった。変身ヒーロー仮面ライガーが、悪の組織ジャッカーが放った怪人を倒すべく、変身を終えた状態で駆け付けたのである。
「勝負だ怪人!私の正義の拳が、貴様達の悪の野望を打ち砕く!!」
「しょっ、勝負なんだな!あっ、悪は必ず勝つんだな!」
そう、これは所謂ヒーローショーである。司会進行役と悪の怪人、そして変身ヒーローが揃った事で、ヒーローショーは始まった。当然の事だが、二人は本気でぶつかり合うわけではなく、あくまでも戦う演技を行なうだけである。さらに当然の事だが、このヒーローショーを企画したのも台本を考えたのも、もちろんリックであった。
突如として始まったこのショーに対し、会場の者達の反応はやはり微妙である。仮面ライガーの正体である、帝国一の猪突猛進正義馬鹿ライガ・イカルガとゴリオンから、一発芸大会のネタが思い付かないと相談を受けたリックが知恵を授け、このショーは行なわれている。
行う前からリックも予感していた事だが、やはり会場の受けはイマイチであった。一部の者達を除いて・・・・・・。
「よっしゃー!!会いたかったぜ仮面ライガー!ジャッカーの怪人なんかやっつけちまえ!!」
「負けるな仮面ライガー!!私は仮面ライガーを応援し続ける!」
「クリス君、レイナ君、ジャッカーの怪人は私に任せたまえ!君達の戦勝祝いの席は私が守って見せる!!」
未だに仮面ライガーの正体を知らない、良く言えば純粋、悪く言えば単純なこの二人には、仮面ライガーがライガ・イカルガに見えないらしい。それどころかこの二人、牛魔王の正体がゴリオンであるという事にも気付いていない。
純粋無垢な子供の如く綺麗な目で、ヒーローショーに熱くなっているレイナとクリス。彼らの眼にこの光景は、正義のヒーローが悪の怪人と素手で戦う、熱く激しい戦いに見えていることだろう。
「「頑張れ!!仮面ライガー!!」」
仮面ライガーが現れた時だけは仲が良いこの二人の声援を受け、仮面ライガーの戦いは始まった。牛魔王ゴリオンとの戦闘が行なわれ、会場に響き渡るのは、仮面ライガーとゴリオンの台本通りの台詞と、司会進行役シャランドラの熱い実況に加え、レイナとクリスの熱い声援だけである。
他の者達はと言えば、せっかく二人が一番手で頑張っているので、取り敢えず酒を飲んだり料理を食べたりしながら見物していた。
「仮面ライガー・・・・・、やはりかっこいいですね」
「わかってるなアングハルト!あの台詞とか技名とかがまたいいんだよな!!」
「おい破廉恥剣士!必殺技のかっこよさも忘れてはならないぞ!」
「あったりめーだぜ!俺が仮面ライガーの必殺技を忘れるわけねぇだろ!!」
「御二人は本当に仮面ライガーがお好きなんですね」
「「好きじゃない!大好きだ!!」」
酒に酔っているせいもあるのだろうが、レイナとクリスのテンションは今日は特におかしい。帝国軍女性兵士アングハルトは仮面ライガーの正体を知りつつも、レイナとクリス同様に仮面ライガーの事を応援している一人である。彼女に共感された事が嬉しく、レイナとクリスの盛り上がりはさらに熱くなった。
一部の者達はヒーローショーに熱狂しているため、少なくとも、誰にも受けない結果にならなかった事には安心しているリックだったが、彼が一番安心したのは、ライガやゴリオンが台本の台詞をちゃんと覚えられた事であった。
「・・・・・・・」
「陛下、どうかなされましたか?」
「いっ、いや・・・・・・、何でもない」
「おや陛下?随分ステージの戦いに集中されておりますね。もしかして-------」
「違う」
「ふふふっ、私はまだ何も言っておりませんよ?」
「陛下、もしやあのようなものがお好みだったのですか?」
「違うと言っている。リリカ、ウルスラ、お前達が考えているような事は断じてない」
ここにもまた、仮面ライガーのファンになってしまった少女がいる。ちなみに彼女は、仮面ライガーの正体をまったく知らないのである。
「陛下、そんなに気に入ったのなら後で仮面ライガーと握手会でもしますか?」
「!?」
「陛下がお望みであれば、俺が後で頼んできますけど」
「たの・・・・・・・・、いや、何でもない」
「気に入ったのなら正直に言ってくれていいんですよ?ほら、恥ずかしがらずに」
「何でもないと言っている!・・・・・・・後で覚えていろ」
「ちょっ!?気を遣ったのに何で怒られるんですか!?」
一発芸大会の一番手、ヒーローショー仮面ライガーはこの後も続き、一部の熱狂的なファンに応援されつつ、最後は怪人を倒して終了した。
そしてショーが終わった後、一応拍手をした会場の者達が微妙な顔をしていたのは、言うまでもない話である。
「さあさあ、ほな次いってみようか。二番手を務めるのはこの二人や!」
ヒーローショーが終わり、次の番がまわってきた。今度の組み合わせは、帝国女性に大人気な二人の美男子による演奏会である。ステージ上に用意されたのは、グランドピアノとバイオンリンであった。これから行なわれるのは、帝国軍でも一二を争う美形二人による、意外な特技の披露なのだ。
「こっちの準備はいいよ。そっちはどうかな?」
「準備なんざとっくにできてる。しっかし、まさかお前がピアノ演奏できるとは思わなかったぜ」
「軍事以外にも色々学んでいるからね。そんなに意外かな?」
「いや、そうやって弾こうとしてる姿は板についてやがるぜ」
二番手は、剣士クリスと軍師エミリオによる楽器の演奏である。会場のほとんどの者達は、この二人が楽器演奏できるとは知らなかったため、先ほどよりも期待した目でステージ上の二人を見物していた。
皆最初は、二人に楽器演奏などできるのかと思ったが、クリスがバイオリンを構え、エミリオがピアノの席に着いた姿を見て、とても似合っていると思ったのである。だからこそ、会場の期待値は高い。
「怪我の方は大丈夫かい?」
「てめぇは自分の演奏の心配だけしてろ。ほらいくぜ、俺についてきな」
クリスとエミリオによる演奏が始まった。変な音も出ず、力強い演奏が始まり、出だしはまったく危なげなく進んでいく。バイオリン担当のクリスはついてこいと言ったが、彼は自分勝手に演奏はせず、エミリオのピアノと息を合わせ、一糸乱れない。
素人でもわかりやすいほど、彼らの演奏は上手かった。この場でこの二人は多くの者達に、「イケメンはかっこいい事なら何でもこなせるんだな・・・・・・」と、思わせた。
演奏は一曲だけであり、二人の奏でるハーモニーに聞き惚れていたら、演奏はあっという間に終了してしまった。会場からは盛大な拍手が上がり、二人の演奏を大いに称えたのである。絵になる二人の芸術的な演奏は、この後多くの女性達に話が広まっていき、彼らのファンをさらに増やしていく事だろう。
一発芸二番手の組の出し物は、大成功の結果を収めたのであった。
「いや~、まさか二人が楽器弾けるとは思わんかったで」
「このくらい余裕だぜ」
「久しぶりだったから緊張したよ。最後まで演奏出来てよかった」
「以上、クリスとエミリオによる演奏会でした!お二人さんあそこ見てみ、ラフレシアの姉御が二人見て妄想膨らましとるで。よかったやないか」
「よくねぇよ!俺とこいつを見て変な妄想すんじゃねぇ!!」
二人の演奏は終わり、ステージ上から楽器が撤去される。休憩などはなく、すぐに三番手の出番がやってきた。
「さあお次も期待しててくれや。三番手は、うちらも大好きな可愛い可愛いレイナっちの出番やで!」
「・・・・・・・」
次は槍士レイナの出番となる。三番手を務める彼女はステージに上がり、司会進行シャランドラの紹介を受けたレイナだが・・・・・・。
「なんやレイナっち、やけに静かやないか」
「・・・・・・・ひっく」
虚ろな目を浮かべ、頬は少し朱に染まっており、右手には酒瓶が握られている。どうやら彼女、かなり酔っているようだ。こんな状態で一発芸などできるのかと思われたが、彼女自身はやる気満々らしい。酒瓶をその場に置き、懐から一個の林檎を取り出した彼女は、それを差し出すように己の前に出し、観客へ林檎を見せる。
「今から、この林檎を一瞬で消して見せる」
「レイナっちの出し物は手品やで!さあ、お集りの皆々様!我らがレイナっちの超意外な一発芸を見せてもらおうやないか!!」
見物している観客の多くが、レイナの意外な一発芸に興味を示していた。レイナと言えば、帝国軍を勝利に導く精鋭の一人であり、赤い髪を靡かせて戦場を駆ける彼女の姿は、烈火の如き戦士である。
しかし、そんな彼女の特技と言えば、槍を扱う事と大食いくらいのものだろう。この他に特技があるのかと問われれば、誰もが「いや、知らない」と答える事だろう。彼女をよく知っている者達ですら、レイナの趣味や特技については何も知らないのだから無理もない。
実は彼女は、あまり自分の事を話さない。趣味や特技、好きなものや嫌いのものなど、そう言った自分の話を口にしないのだ。そのせいで、帝国内で彼女を知る者達は、レイナの特技を問われてしまうと、大食い以外思い付かないのである。
「んじゃレイナっち、いっちょ頼むわ」
「いくぞ・・・・・・、焔っ!」
レイナの一発芸、林檎を消す手品が始まった。彼女の声によって現れたのは、レイナ得意の炎属性魔法である。彼女の足元から現れた大きな炎が、一瞬だけ彼女の体を炎で隠す。彼女の体も顔も、手に持った林檎も炎が隠してしまい、会場の観客は一瞬だけレイナと林檎を見失った。一瞬だけ燃え上がった炎が消えた後には・・・・・・。
「あっ、林檎が!」
シャランドラが驚きの声を上げる。レイナの右手にあった一個の林檎は、綺麗さっぱり消えてしまっていた。一瞬にして、彼女が持っていた林檎は、その姿を跡形もなく消してしまったのである。
「「「「「「おお!林檎がきえ・・・・・・・・・・」」」」」」
彼女の手品に驚いた観客達が、揃って驚きの声を上げたのだが、その言葉は途中で詰まった。林檎が一瞬で消えた事には確かに驚いたのだが、観客全員がレイナの顔を見た事によって、場が静まり返ってしまった。その理由は、レイナの口元にある。
「・・・・・・・・ひっく」
((((((口元に林檎の種ついてるううううううううううっ!!!))))))
ほとんどの観客達による、心の中での総ツッコミ。なんと、レイナの口元には林檎の種がついていたのである。つまりこれは、この手品の種明かしであると同時に、最早手品ですらなかった事を意味してしまうのだ。
「れっ、レイナっち・・・・、みんなを代表して聞きたいんやけど、林檎を消したんやなくて食べ----」
「林檎は私の手品で消した」
「でも、どう考えても-------」
「手品で消したと言っている。・・・・・・・ひっく」
「口についてる林檎の種が-----」
「それ以上疑うなら、燃やすぞ」
「いっ、いや~~~流石我らのレイナっちやわ。こんなに手品が得意なんて全然知らんかったで。以上、レイナっちの一発芸でした!!お終い!!」
((((((脅して無理やり手品にしやがった!!))))))
凄腕ガンマンの早撃ちの如く、炎で林檎の姿を一瞬隠した隙に、一秒もかけない早食いであたかも林檎が消えたかのように演出して見せた、レイナの一発芸。如何に凄くとも、ただの早食いでしかないため、これは手品と呼べるものではない。
それでも、完全に酔っぱらっている今の彼女にとっては、これは手品なのである。ただの早食いであろうと関係ない。彼女が手品と言ったら、これは手品。それは決して揺るがない。
「なっ、なあリリカ。レイナって酔うとあんなだっけ?」
「ああ、リックが知らないのも無理ないさ。あの子、普段は気を付けてるんだけど、偶に飲み過ぎてキャラが変わってしまうんだ」
「へぇー、知らなかった。・・・・・・でっ、何でお前はそんな事知ってるんだ?」
「少し前に、私の寝室にあの子を呼んで限界まで飲ませた事があってね」
「それってつまり、今までレイナの奥底で眠っていたものを、お前が目覚めさせたって事じゃないのか?」
「ふふふ、んっふふふふふふふ・・・・・」
「笑って誤魔化すな」
まさかの人物のまさかの一面を知ってしまい、複雑な心境を抱く一同だったが、一発芸大会は次へと進行していく。今のところ、まともな一発芸がクリスとエミリオの演奏しかないため、この後の一発芸に不安を覚える一同であった。