第二十五話 勝利の裏に潜む影 Ⅱ
「みんなグラス持ったんか?それじゃあいつもの様に、うちが乾杯の音頭をとらせて貰うで!!」
「いいぞー!早く始めろー!!」
「長い話はいらねぇぞ!!俺達はさっさと酒が飲みてぇんだよ!」
「酒だ酒!!酒飲ませろ!」
時間は経過し、日が沈んで夜を迎えたヴァスティナ城。城内にある食堂には現在、帝国軍の主だった者達が集まり、皆が酒の入ったグラスを掲げ、これから始まる一大イベントの開始を待っている。
食堂に設置された特設ステージの上に立ち、乾杯の音頭をとろうとしているのは、帝国一の発明家シャランドラである。彼女も同様にグラスを掲げ、大きく息を吸って乾杯の音頭を叫ぶ。
「祝!!ヴァスティナ帝国勝利を祝って、乾杯や!!」
「「「「「「かんぱあああああああああああああああいっ!!!」」」」」」
会場の全員が乾杯を叫び、グラスの酒を飲みほしていく。シャランドラの音頭と共に、エステラン国との戦争に勝利した事を祝う、戦勝の宴が始まった。
会場である城内の食堂には、肉や魚や野菜などの豪華で沢山の料理が並び、様々な種類の酒瓶も数え切れないほど用意されている。その物量は、まさに圧倒的。だがしかし、この場の面子が相手では、食堂のテーブルを埋め尽くすこの物量も、綺麗さっぱり消え失せる事だろう。
「あむあむあむあむあむあむあむあむあむ・・・・・・」
「がつがつがつがつがつがつがつがつがつ・・・・・・」
「相変わらず食ってばっかだな」
「あむあむあむ・・・・ごっくん。そう言うお前は飲んでばっかりではないか。ちゃんと食べなければ怪我も治らないぞ」
「うるせぇ。こんな怪我、とっくに治って・・・・・・・・痛っ!」
「だっ、大丈夫なんだか?無理するのはよくないんだな」
乾杯の音頭と同時にグラスの酒を飲み干し、テーブルに並んだ料理の数々を瞬時に食べ尽くしていく、レイナとゴリオン。二人が食事を始めたら、その席の料理は全て綺麗に平らげられ、後にはお皿しか残らない。どれだけ山盛りにされていようとも、綺麗になったお皿しか残らないのである。
そんな二人の食いっぷりを呆れた様子で見ながら、グラスに注がれたワインを飲むクリス。クリスとゴリオンはエステランとの戦いで重傷を負ったせいで、体中に包帯が巻かれた状態であるものの、とりあえず動けるようになったため宴の席に出席している。
怪我の回復は順調ではあるものの、クリスに関しては腹部を剣で刺し貫かれた怪我もあるため、未だに完治までには至っていない。そのため、激しい運動などは医者から止められている。運動をしなくても、少し動くだけでまだ痛む時もあるのだ。
「心配なんざいらねぇ。それより酒だ!あの不良姫殿下がシュタインベルガー送ってきたらしいじゃねぇか?」
「ここにあるぞ。私も久しぶりに飲んだが、やはりこのワインは格別だ」
「おい槍女、そいつ寄越し・・・・・・、お前もう二本も開けちまってるじゃねぇか!?」
「早い者勝ちだ破廉恥剣士!兵は神速を尊ぶものだぞ。故に貴様は、速さが足りない!!」
「喧嘩売ってんのかお前!というか・・・・・、お前酔っぱらってんのか?」
「酔ってなどいない!酔ってなどいないぞ!!・・・・・・ひっく」
「酔ってんじゃねぇか!!」
酒に酔った状態のいつもと違うレイナに動揺し、彼女の扱いに困っているクリスとゴリオン。そんな二人を助ける者は誰もいない。
寧ろ周りの者達は、宴の席をいつもの様に混沌へと変えていく。
「今日は飲み明かすぞ馬鹿野郎!!ありったけの酒持ってこい!」
「飲み過ぎですわよヘルベルトさん。それ以上飲んだら二日酔い確定でしてよ」
「うるせぇ!二日酔いが怖くて酒が飲めっか!!おい、つまみが足りねぇぞ!!」
宴の開始早々から浴びる様に酒を飲み干し続ける、帝国軍の精鋭鉄血部隊の男達。既に出来上がっている部隊長のヘルベルトは、帝国軍師ミュセイラを捕まえて、彼女の迷惑をまるで考えずに絡み続けていた。
「私、メンフィス先輩と一緒にお話ししながらお酒を飲みたいんですの。だから絡むのやめて下さいまし」
「ぶわははははははっ!!部隊長嫌がられてやんの!」
「諦めなミュラ嬢ちゃん。そのおっさん今日はとにかく機嫌がいいからな。潰れるまで絡むの終わらねぇぞ」
「はあ・・・・・・、憂鬱ですわ」
鉄血部隊の男達の飲んだくれっぷりは相変わらずであり、彼らの飲み会は全ての酒が空になるまで終わらない。流石は帝国の精鋭部隊といった様子である。
「うるさいのがヘルベルトに捕まってるな。よかった、よかった」
「ふふっ、あの子もいる方が賑やかじゃないか」
「あいつ俺にいつも突っかかってくるから嫌なんだよ。何て言うか、可愛げがない」
宴の会場である食堂の中心部に設けられた、特別な席。その席に集まっているのは、帝国の中心人物達であった。参謀長であるリックと軍師エミリオに加え、帝国最凶と呼ばれているあの女性の姿もある。
長く美しい金髪と、紅のドレスが印象的で、常に妖艶な笑みを浮かべるその姿は、男を惑わす絶世の美女であるのは間違いない。彼女の名はリリカ。帝国を裏で支配していると噂されている、女王配下の帝国宰相である。
「ふふふっ、嫌よ嫌よも好きのうち」
「おいこら、そんなわけないだろ」
「お互いにツンデレなだけじゃないのかい?」
「エミリオ!俺がいつあいつに対してツンデレになった!?」
リリカやエミリオに彼が揶揄われるのも無理はない。軍師であるミュセイラは、リックの傍に付いて一緒に軍務を行なう事が多く、必然的に二人は一緒にいる時間が長いのだ。くだらない事でよく衝突している二人だが、傍から見れば仲が良いようにも見えるだろう。
「それにしてもエミリオ、君はいい仕事をしてくれた。私の注文した品を全て揃えてくれるとはね」
「御褒めに与り光栄です。シュタインベルガーは簡単でしたが、それ以外の品のいくつかは本当に苦労しました。見つけるのが非常に困難なものばかりでしたから」
「軍師のエミリオに自分の飲みたい酒注文させんなよ。しかもお前、これ全部入手困難な高級ものだろ」
リリカの席には、他の席にはない酒瓶が十本以上も並べられている。それらは全て、南ローミリア内で入手できる高級な酒であった。中には、年に数本しか作られない果実酒や、噂程度の情報しかない存在すら怪しい蒸留酒など、どれもこれも入手困難なものばかりだったのである。
それらを全て、今日の日のために揃えて見せたのは、帝国一の軍師エミリオであった。彼はリリカの注文という名の命令を受けて、配下の諜報部隊まで動かして全ての品を揃えたのである。命令とあらばどんな作戦も成功させるのが、帝国軍師としての責務だと言って、リリカの我儘を叶えて見せたエミリオ。彼にかかればどんな無茶な注文だろうと、叶えられない道理はないのである。
「今日は実にいい日だね。我らがヴァスティナの勝利を祝い、こうして美味なる酒を味わえる。実に素晴らしい日だよ。ああ、帝国万歳」
「宴の準備何も手伝わなかったくせによく言うぜ。エミリオ、お前も何か言ってやれ」
「無理だよリック。ここで文句を言おうものなら、この後何をされるかわからない」
「ふふっ、ふふふふふ・・・・・。エミリオは己の分をよく弁えている。リックも見習うといい」
「はいはい、文句言わないのは賢い賢い・・・・・」
皆の姉御的存在であり、相談にも乗ってくれる、美人で自由な天才宰相リリカ対して、真っ向から逆らえる存在はほとんどいない。もし逆らおうものなら、どんな痛めに遭うか・・・・・・。
彼女に逆らえる存在がいるとすれば、やはりそれは・・・・・・。
「まったく、帝国一我儘な女王様はこれだからな・・・・・・」
「・・・・・・貴様、私が帝国一我儘な女王だと、そう言ったのか?」
「お前じゃねぇよ馬鹿。扱いに困る我儘女王様はそこの・・・・・・・・・・・・・、へっ、陛下!?」
リック達のもとに現れたのは、この国の頂点に君臨する少女であった。少女は配下のメイド達を連れ、凛とした姿でリックの背後に立っていたのである。
長く綺麗な黒髪と、身に纏う漆黒のドレスが印象に残ってしまう、今年十五歳となるこの少女の名は、アンジェリカ・ヴァスティナ。南ローミリアの盟主、ヴァスティナ帝国を支配する漆黒の女王である。
まさかアンジェリカがいると思わなかったため、これ以上ないくらい驚いたリックは、手に持っていたグラスを落としてしまった。グラスの割れる音と同時に、この席とその周辺の者達が一斉に静まり返る。
誰もが思った。「あっ、女王の逆鱗に触れたな・・・・・」と。
「誠に申し訳ありません陛下!!先ほどの失言はどうかお許し下さい!」
「・・・・・・・」
「へっ、陛下・・・・・、そんなゴミを見るような目で俺を見ないで下さい。ちょっと勘違いしただけじゃないですか」
「勘違いして私を馬鹿呼ばわりとは、貴様も随分偉くなったものだな。この場で厳罰を与えてもいいが、今日は祝いの場だ。今日は許すが、次はないぞ」
ぞっとする程の冷たい視線を向けられ、リックの体が竦み上がる。大人すら凍り付いてしまう、この冷たい視線を放った状態の彼女は、特に怖い。
「ふふっ、まさか陛下がこの場にお越しになるとは思いませんでした」
「我が国の勝利を祝う場なのだ。国の支配者として、出ないわけにはいかない」
「そうですか。ならば今夜は存分に楽しんでいくといい。この後余興も行なわれる予定ですので。酒のほうもご用意しておりますよ、アンジェリカ陛下」
「リリカ様、陛下にお酒はまだ早すぎます」
まさか、女王アンジェリカが参加するとは思っていなかったため、リックも周りの者達も驚きを隠しきれなかった。驚いていないのはリリカだけであり、彼女は彼女でアンジェリカに酒を勧めている。しかし、まだ少女であるアンジェリカに酒は早いと考え、メイド長ウルスラはリリカを止める。
アンジェリカは空いている席に腰を下ろし、彼女の傍にはウルスラが控えた。その後瞬時に、他のメイド達が二人のもとを離れて、テーブルに並んだ料理や酒に向かっていく。他のメイド達は二人と違い、戦勝の宴を存分に楽しむつもりなのである。
「ワインいっただきーっ!!」
「あっ!それ私が狙ってたシュタインベルガーよ!!ラフレシア!あんたはホルスタインヘルガーでも飲んでなさいよ!!」
「はわわわわわ・・・・・、喧嘩はよくないです・・・・」
「ああん!この蒸留酒、私がずっと飲みたかったやつだわ~♡」
「・・・・・・・・この料理美味しい」
帝国メイド部隊の動きは迅速かつ大胆であり、目標を確実に確保していく。ただの案山子ではなく、よく訓練されている帝国女王最後の砦、フラワー部隊所属のメイドであれば、宴の席から美味なるものを一瞬で奪取するなど、造作もない事なのである。
「あの子達、勝手な行動を------」
「いい。今日は祝いの席だ、許してやれ」
「随分と寛大ですね陛下。いつもなら、今頃リックは陛下の鉄拳制裁を喰らい、メイド達はメイド長のお仕置きを受けてる頃ですよ?ふふふっ、今日ばかりは陛下もご機嫌が宜しいようで」
「ふん・・・・・・」
これで、帝国の主だった者達は全員集まった。普段城内にいても、この面子が一同に会する機会など、公の場以外ではそうそうない。
女王陛下とメイド部隊までも宴に参加し、最初は緊張していたリック達であったが、酒の力は恐ろしいものであり、彼らの緊張感を和らげていく。会場の緊張感がなくなる頃には、宴の場は更なる盛り上がりを見せていたのだった。




