第二十話 揃いし力 Ⅰ
第二十話 揃いし力
南ローミリア大陸、旧ラムサスの街跡地。
この地は以前、大勢の野盗に襲われ、全てを尽く蹂躙された。多くの者が殺され、建物は壊され、田畑も何もかもが荒らされたこの地には、今は誰も住んでいない。
生き残ったこの街の人間は、この地を野盗から解放したヴァスティナ帝国軍の指示で、一時チャルコ国などへ避難した。所謂、難民となったわけである。
難民となってしまったラムサスの人々だが、自分達の街にいつの日か戻れる事を、ずっと夢に見続けている。それを知った帝国女王は、人々のために、ラムサスの街復興を計画した。
街の復興を計画したのには、様々な理由がある。人々に好印象を与える為や、友好国の所有する街の復興支援の為など、理由は様々だった。だが一番の理由は、帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナが、ラムサスの人々を救いたいと願ったからである。
ラムサスの街復興の計画は順調に進み、帝国主導のもと、計画が実行されようとした矢先に、問題が起こった。野盗に蹂躙された後、長く廃墟と化していたこの街に、多くの魔物が住み着いてしまったのである。
街の復興支援計画は一転して、魔物討伐計画に変わってしまったのだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「うるせぇぞ!!少しは黙って戦えねぇのか!?」
旧ラムサスの街跡地。
ここでは今、ヴァスティナ帝国軍所属の部隊が、この地に住み着いてしまった魔物と戦闘状態にあった。街の復興のために、魔物討伐計画を実行に移した帝国軍は、まずは様子見として、威力偵察のために部隊を展開したのである。
部隊の指揮官は、帝国参謀長の左腕であり、帝国一の剣士クリスティアーノ・レッドフォード。部隊は彼が鍛えている剣士達で構成されており、威力偵察だけでなく、彼らの訓練も兼ねられていた。
その構成の中で、先程から一際目立つ存在が一人いる。何が目立つのかと聞かれれば、とにかく声が騒音レベルで五月蠅いのだ。
「くらええええええええええええっ!!」
雄叫びを上げて魔物達へ突撃する、とにかく叫ぶこの男。まだ帝国軍に来て日が浅く、所属や役職も決まっていないため、取りあえず魔物討伐に従軍させ、その実力を計ろうとしたのだが・・・・・・。
「でやあ!!」
気合と共に振った拳が、体長六十センチ程度の昆虫型の魔物を殴る。その威力は中々のものであり、一発でその魔物を殴り殺して見せた。だが彼は、何も考えずに魔物の群れの中へ突撃したため、周りを他の魔物に囲まれてしまう。
「はあ!せい!やあああああああああ!!!」
殴り、蹴り、また叫ぶ。しかし、たった一人では数で勝る魔物が有利だ。一人、魔物に囲まれながらも奮闘しているが、確実に彼は追い詰められている。囲まれてしまったために逃げ場もない。
「奔れ、雷光!」
「!?」
奮闘する彼の周りに、突然何本もの雷が落ち、魔物達を感電死させていく。これは、クリスが放つ雷属性の魔法攻撃である。
彼の周りを囲んでいた魔物達は、雷魔法で一網打尽となり、そのほとんどが感電死してしまった。魔物のほとんどは、大小様々な種類の昆虫型である。この程度の魔物ならば、魔法攻撃だけで一撃で死ぬ。クリスからすれば、害虫駆除のようなものだろう。簡単な仕事だ。
それでも、常に素手で戦う彼にとっては、無駄に苦労する仕事と言えるだろう。
「この特攻馬鹿!勝手に突っ走るのもいい加減にしやがれ!!」
「助かったぜクリス!」
雷魔法に助けられ、再度突撃を開始しようとしているこの男。
彼の名はライガ・イカルガ。最近になって帝国軍の一人となった、自称正義の味方である。
「オレはまだ負けてない!いくぞおおおおおおおおお!!」
「だから一人で突っ走んなって言ってんだろうが!!」
クリスの制止も聞かず、再度魔物の群れに突撃をかけたライガ。
結果は予想通り・・・・・・・。
「くっそおおおおおおお!また囲まれたか!!」
本日彼は、このノリで五回はこうなっている。その度にクリスが手助けしているのだが、流石の彼も我慢の限界だった。
しかし、ライガを助けろと言う命令を、クリスは自分の愛する男に命令されている以上、助けないわけにはいかなかった。
「はあ・・・・・・、勘弁してくれ・・・・・・」
それから数日後。
ヴァスティナ帝国城内、参謀長執務室。ここでは今、四人の人物が話をしている。しかしその中の一人は、かなりご立腹な様子であり、この部屋の主に向かって文句を言っていた。
「あいつと組むのは二度と御免だ!槍女よりはマシだけどよ、あの特攻馬鹿何も考えやがらねぇ、どうしようもない馬鹿だ!子守りするだけで糞疲れるぜ」
不満を訴えている金髪の青年と、執務用の席に座り、話を聞いている男。その男の傍に控える、眼鏡をかけた長髪の若い男と、同じく長い髪の若い女性。
「君の気持ちはわかるけど、だからと言ってリックにはどうする事も出来ないさ」
「そんな事はわかってる!だけどな、あいつと組むぐらいなら女装男子と組んだ方がマシだ」
「ほんとキレやすい方ですわね。カルシウム足りてないんじゃありませんの?」
「黙ってろ騒音女!!てめぇに言われたくねぇんだよ!」
「それってどう言う意味ですの!?」
金髪の青年はクリスであり、数日前の魔物との戦闘の事について、先程から文句を述べている。
彼の文句を聞いている男の傍に控えた二人は、帝国軍を代表する二人の軍師である。
眼鏡をかけた若い男の名はエミリオ・メンフィス。その知略で、帝国に多くの勝利を齎し続ける、帝国の頭脳だ。若い女性の名はミュセイラ・ヴァルトハイム。新米ながら才能ある、帝国の新たな軍師である。
そんな三人を配下に置き、ヴァスティナ帝国軍の全てを支配する、この男。クリスの文句を聞きつつ、執務用の机に並んだ書類に目を通し、黙々と事務仕事に取り組んでいる。
「二人とも、うるさい」
「「!!」」
「あんまりうるさいと追い出すぞ。仕事の邪魔だ」
男の名はリクトビア・フローレンス。親しい者は彼をリックと呼ぶ。ヴァスティナ帝国軍参謀長であり、帝国軍の最高指揮官である。
「ライガはああいう奴なんだ。確かに猪突猛進な奴だけど、素直で良いところもいっぱいある。だから頼む、面倒を見てやって欲しい」
「お前の頼みでもこればっかりはなぁ・・・・・・」
「・・・・・・駄目か?」
「うっ・・・・・・」
クリスにとってリックの命令は、絶対に逆らえないものである。どんな命令でも、嫌々ながら聞いてしまう。今回もそうだ。特に、リックが捨てられた子犬のような目でお願いをする時は、誰も敵わない。
クリスなどは、男同士であるにも関わらず、リックの事を愛している。それ故、彼に子犬のような目で見つめられては、断わり辛いのである。寧ろクリスの場合、断わってリックの好感度を下げる選択より、我慢して好感度を上げる選択を取ってしまう。
仕事の手を止め、クリスを見つめ続けて頼むリック。最早断る事ができず、視線を逸らして逃げるクリス。そんなクリスに助け舟を出したのは、軍師エミリオであった。
「リック、ライガの問題は他からも苦情が来ているんだよ。訓練の時も、彼は一人で突撃してしまうらしくてね。レイナからもクリス同様の苦情が来ている。ヘルベルトやイヴからも、訓練の後は必ず苦情が来るんだよ、私にね」
「うっ・・・・・・」
「メンフィス先輩の言う通りですわ。私のところにも沢山苦情が来ていて困っていますの。あなたが連れて来た人なんですから、あなたが面倒を見て欲しいですわ」
「ううっ・・・・・・」
二人の軍師に挟まれて、何も言えなくなってしまうリック。孤立無援。この部屋に彼の味方は一人もいない。
ライガはリックが無理を承知で配下に加えた、元は敵だった者である。確かにミュセイラの言う通り、リックが面倒を見る義務がある。別にリックは、彼の面倒を全く見ていないわけではないが、このところの忙しさのせいで、ライガとあまり関われていないのであった。
「おいリック、どうすんだよ?」
「どうするつもりかな、リック?」
「何とかして欲しいですわね、参謀長?」
三方向から挟まれて、逃げられないリック。
帝国軍内で苦情が寄せられている、通称「ライガ問題」を片付けるのは、この瞬間彼に決まった。
「はあ・・・・・・、わかった」
溜息を吐いて席から立ち上がり、執務室の扉の前に歩みを進めるリック。そんな彼の背中には、「面倒臭い・・・・・、と言うか、あいつを何とかするなんて無理だろ」と書かれているように見えた。
「取りあえず俺が何とかしてみる。それで、ライガは今どこにいる?」