第十九話 甞めるなよ Ⅶ
へスカル王が用意した、チャルコの姫シルフィの一室。
この部屋まで終始何も語らず、彼女が扉を開き、彼へ入室を促す。一礼し、部屋に入って行ったリクトビア。彼が部屋の中へと進んで行き、シルフィは扉を閉めて鍵をかけた。
来客用の寝室であり、テーブルやベッドなどの家具が並ぶ。そんな部屋の真ん中まで、止まる事なく進んだリクトビアは、振り返ってシルフィを見る。
「・・・・・・ここには、私とあんたの二人だけ」
そう言って、彼女はリクトビアを睨み付ける。
殺気、憎悪、怒り。今の彼女から湧き上がる、全ての感情が込められた視線。彼は動かず、そして何も話さず、彼女の次の言葉を待った。
「ここに来れば、あんたが現れるんじゃないかって思ってた・・・・・・・」
ただの姫でしかないシルフィが、王に代わりチャルコの代表として、この国に訪れた理由。
一つは、アンジェリカのために。もう一つは、この男と再会するためであった。
「ねぇ、どうして・・・・・・・あの子は死んだの」
「・・・・・・・・」
彼に向けて、ずっと口にしたかった言葉。
「答えないさいよ!!」
怒りに満ちた少女の叫び。その叫びは部屋中に響き渡り、空気が震える。
彼は何も答えられない。あの夜、アンジェリカに問われた時と同じだ。
「どうしてユリユリは死んだのって聞いてんのよ!!それで、何であの子が女王なんてやってんの!?」
「それはアンジェリカ陛下が、前女王の妹だからです」
「ふざけるのも大概にしなさい!あの子が妹だから、死んだ姉の意思を継いだって言うの!?自分のために、あんたがそうさせたんでしょ!!」
リクトビアとアンジェリカの運命を変えた、あの日。二人にとって、この世界で最もかけがえのない存在は、あの日失われてしまったのである。
ヴァスティナ帝国前女王ユリーシア・ヴァスティナ。リクトビアの希望であり、アンジェリカの姉であった女王ユリーシアは、あの日死んだ。
その死は二人を絶望させただけではない。彼女、チャルコ国姫シルフィ・スレイドルもまた、彼女の死を嘆き悲しんだ。シルフィはユリーシアの親友で、とても仲が良かった。故に、ユリーシアの死を知らされた時、彼女は悲しみに暮れた。溢れんばかりの涙を流し、自分の寝室で声を隠さず泣き続けた。
「ユリユリはこんな事望まない!あんたの目的が何なのか知ったこっちゃないけど、今度はあの子を殺すつもりなの!?ユリユリを殺しただけじゃ満足できないの!!」
「俺は、アンジェリカを死なせない」
「黙りなさいよ!!」
今の彼女に何を言っても、その怒りが収まる事はない。そうとわかっていても、彼は答えた。
答える義務が彼にはあった。彼女の怒りを、正面から受け止めなければならなかった。でなければ彼女は、何もかもを吐き出せない。
「ユリユリを大切にしなさいって、私は言った。それが出来ないなら、あんたは私が殺してやるって、そう言ったわ」
「覚えています」
「その後、あんたは言ったわよね。私に代わって、あの子を守るって・・・・・・・、そう言ったわよね」
守ると誓った。しかし、彼は守れなかった。
自分にとってかけがえのない、生きる希望。家族になると約束したあの時が、彼がユリーシアと話した最後だった。
戦場に出た彼は、そこで多くの仲間と、愛する女性を失った。絶望に沈んだ彼が帝国に戻った時、ユリーシアは永久の眠りについていたのである。
「嘘つき!!あんたは・・・・・あんただけは・・・・・・!」
激情に駆られたシルフィは彼に近付き、彼を逃がすまいとその服を掴む。
そんな彼女を見下ろしたリクトビアが見たのは、自分の事を見上げる、凄まじい殺気を放つ視線だった。
「許せない・・・・・・。きっとメイファも、あんたを殺してやりたいって・・・・・そう思ったはずよ」
「・・・・・・姫殿下、彼女はもうメイファではありません」
「うるさい!!あんたがメイファを捨てさせたのよ!このままじゃあの子が・・・・・可哀そうよ」
怒りと殺気の眼。だが、その瞳からは涙が零れ始める。
「俺を、もう一度だけ信じて下さい」
「・・・・・!」
「俺はアンジェリカを守ります。それがどんなに彼女を苦しませ、悲しませる事になろうとも、絶対に守り抜いて見せます。だから、もう一度だけ信じて下さい」
シルフィが見た彼の眼。そこには、彼の新たな決意があった。
たとえ自分が死んだとしても、アンジェリカだけは守り抜くと言う、絶対の決意。そこには、アンジェリカがユリーシアの妹であるからと言う理由以外の、何かがあった。
その事に気が付いたシルフィだが、敢えて何も言わなかった。どんな理由があるにしろ、彼がアンジェリカを守り抜くと誓っている事に、変わりはなかったからだ。
きっと彼は、自分の命を全て捨ててでも、アンジェリカのために尽くすだろう。そのために、どれだけの敵を殺し、どれだけの犠牲を払い、どれだけ自分が絶望しようとも、進み続けるはずだ。
「・・・・・・私はあんたを、一度も信じた事なんてないわ」
「・・・・・・・」
「本当にいいのね・・・・・・。この先、アンジェリカは苦しみ続けるわ。女王と言う鎖に縛られて、ユリユリの死を悲しみ続けて、あの子はきっと、死ぬまで解放されないでしょうね」
「・・・・・・その通りです。今のアンジェリカは、悲しみと絶望の中で、怒りと憎しみを糧として生きている。ですが、そうしなければ彼女は壊れていたでしょう」
アンジェリカは自らの意思で、帝国女王になると決意した。もしもあの時、そう選択しなかったら、彼女は悲しみと絶望、自分への怒りと憎しみで壊れてしまったはずだ。下手をすれば、自らその命を絶ってしまっていただろう。
「あの子はそんなに弱い子じゃないわ。馬鹿にしないで・・・・・・」
「姫殿下には、彼女の心の支えでいて欲しい。俺は、彼女の憎しみを晴らすために戦い続けます。だから-------」
「ざっけんな!!」
涙を流し、彼女は叫ぶ。その叫びは彼を黙らせ、場に沈黙が流れた。
リクトビアは黙って、彼女の次の言葉を待つ。シルフィは涙を拭う事もせず、彼を見上げる事をやめ、俯いた。そして、口を開く。
「勝手すぎるわよ・・・・・・」
「すみません・・・・・・」
「謝らないで・・・・・・・殺したくなる」
リクトビアに対し、怒りをぶつけ続けるシルフィ。
誰だって悲しく、誰だって辛いのだ。皆が愛した、美しく儚い、優しい少女の死。姉の死により、女王となる必要に迫られた少女。二人の事を想うと、誰だって辛い。
シルフィとて、それは同じ。彼も、それは同じだ。
わかっている。彼女もわかっているのだ。辛く悲しいのは自分だけではない。大切な者達を失い、ユリーシアの死に絶望し、自分と同じように絶望した少女に、過酷な運命を背負わせた。とても自分勝手で、人として最低のこの男こそが、一番辛い。
「私はあんたを絶対に許さない・・・・・・。これだけは、忘れないで」
「はい・・・・・・」
「・・・・・・でも、あんたの苦しみはわかるわ」
握っていた服から手を離し、シルフィは両腕を彼の身体にまわして、優しく抱きついた。
「今だけなら・・・・・・泣いてもいいわよ」
「俺は二度と泣きません」
「かっこつけんな・・・・・・死ね」
彼に抱き着いたまま、その体に顔を埋め、彼女は泣き出した。
今日まで、彼に再会するまで、ずっと押さえつけてきた感情が溢れ出す。それらが全て、涙と一緒に流れ出した。
泣き叫ぶ彼女を、黙って見つめ続けるリクトビア。彼はただ、シルフィの気の済むまで、このままでいたいのだ。自分が苦しかった時、泣く事を許してくれた、彼女のように・・・・・。
「ユリユリ・・・・・、私・・・・何も出来なかった・・・・・。許して・・・・・」
少女の泣き声だけが、部屋の中で響く。
「何も出来なかった」というその言葉には、彼女の様々な後悔が込められていた。しかし、その後悔は彼女だけのものではい。
(何も出来なかったのは・・・・・俺ですよ・・・・・・・)
シルフィの涙が枯れるまで、二人だけの世界が続いた。
この泣き声が絶えた時、二人は守るべきもののために、再びそれぞれの道を歩んで行く。
「ごめん・・・・・あんただって辛いのに、私ばっか・・・・・・」
「気にしないで下さい」
「約束するわ。私はアンジェリカの支えになる。あんただけじゃなくて、ユリユリもきっと、そう望んでいるから。だから・・・・・・あんたも約束しなさい」
「約束・・・・・?」
「私の前ではいい。でも、あんたは他の奴らの前じゃ変わっちゃいけないの」
「俺は・・・・・・・」
「私に会った時みたいな、あの時のあんたに戻りなさい。それで、どうしても我慢できなくなったら、私のところに来ればいい」
「・・・・・・情けなくてすみません」
「ふん、あんたが情けない屑だってのは最初から知ってるわ。今更何言ってんのよ」
「約束よ・・・・・・リクトビア」
「はい・・・・・・」
二日後。
極秘会談を終えた国の代表者達は、それぞれの国へと戻って行った。
シルフィはチャルコ国へ、セドリックはジエーデル国へそれぞれ戻って行き、そしてアンジェリカは帝国の者達と共に、国へと戻る帰路についていた。
王族用に作られた馬車に乗る、女王アンジェリカ。馬車のキャビンに乗り、席に座るアンジェリカの隣には、メイド長ウルスラが控えている。その二人の正面には、彼女を守るためにへスカル国へ駆け付けた、参謀長リクトビアの姿があった。
「これで私達はエステランとの戦いに専念できる。ふふ、忙しくなるね」
「そうだな。武器弾薬の備蓄は十分とは言えないが、エミリオとミュセイラに策があるらしい。兵士の錬度も上がっている。それに-------」
「それに、帝国にはこの、美人で天才な宰相である私がいる。負けるはずがないさ」
「あー・・・・はいはい、自画自賛も程々にな」
彼の隣には宰相リリカがおり、丁度彼に、会談の内容を説明し終えたところだった。
「陛下も頑張っていたよ。私だって頑張ったんだ。ご褒美が欲しいね」
「・・・・・・何が欲しい?」
「ふふふ、考えておくよ。陛下は何を望まれますか?」
「私は何も欲しくない。揶揄うのもいい加減に-------」
「陛下は美味なお茶菓子をご所望だよ。ちょっと買って来てくれないかい?」
「おい」
「それはお前が欲しいだけだろ」と、リリカ以外の三人は思う。彼女はそう言う女性なのだから、仕方がない。
とりあえずリリカは無視し、三人は話を続ける。
「それよりウルスラ、情報は引き出せたのか?」
「はい。例の侵入者ですが、昨晩全てを吐きました。侵入者達の所属はエステランではなく、ジエーデルです」
「あの外交官の仕向けたものか?」
「いえ、どうやらジエーデル軍警察の独断によるものだそうです」
会談の前の夜、突然現れた襲撃者の正体。襲撃者達の隊長を捕まえたウルスラが、メイド達と共に拷問を行ない吐かせた情報は、正確なものであった。
ちなみに、ウルスラが襲撃者達の隊長を捕縛し、全ての情報を吐かせたと言う事実は、帝国の者達しか知らない。ジエーデルを含む、他の国の者達にこの話は伝わっていないのである。
帝国は侵入者達の正体を何も知らないと、そう思わせなくてはならない。この事実を隠しておけば、次に別の交渉の場が用意された時、切り札になりえる。そう考えたウルスラの判断により、この事実は伏せられたのである。
「ふふ、ジエーデルの者であったなら、相当口は堅かっただろうに。一体どんな拷問をしたんだい?」
「私とノイチゴで、徹底的な拷問を行ないました。器具は用意しておりませんでしたので、主に薬物を使用し、最終的には強力な自白剤で吐かせた形になります。具体的には-------」
「待ったメイド長。陛下の前で拷問内容の話は流石に・・・・・・」
「いけませんか参謀長?しかし陛下は-------」
「たぶん、メイド長が話そうとしている内容は刺激が強すぎると思います。止めた方が良いです」
元軍人で、戦闘も拷問も得意としている、メイド長ウルスラが話そうとしている内容が、過激すぎないわけがない。少なくとも、女王であり少女でもあるアンジェリカに聞かせるには、まだ早過ぎるだろう。
彼が止めてくれたおかげでアンジェリカは、あまりにも過激すぎるため、普通なら思わず嘔吐してしまうレベルの話を聞かずに済んだ。
「参謀長・・・・・貴様・・・・・」
「陛下、どうかしましたか?」
「・・・・・・いや、何でもない」
アンジェリカは驚いた表情を見せていたが、すぐに表情を元に戻す。
彼女が驚いていたのは、リクトビアのせいだ。彼女が女王に即位してからの彼とは、明らかに変わっていたからである。
いや違う。少しだけ、戻ったと言う方が正しい。
(シルフィ姫のおかげか・・・・・・)
今年で八歳となる、あの小さな姫君は、リクトビアにとってもアンジェリカにとっても、人生の先輩と言えるかも知れない。しかしどう見ても、一番年下なのはシルフィなのだが・・・・・・。
それでもシルフィは、二人にとって大きな存在だ。自分の駄目なところを、ちゃんと叱ってくれる先輩的存在。彼女のおかげで、二人は迷わず進んで行ける。
情けないとわかっていても、シルフィには救って貰ってばかり。
どうしようもないのだ。何故なら二人は、シルフィにだけは一生敵わないと、よく知っているのだから・・・・・・。
そんな彼女のためにも、自分達は為すべき事を果たす。
だがそのためには、彼に厳命しなくてはならない。この先に待っている、新たな戦争での勝利を。
「リクトビア・フローレンス、我らの次の敵はエステランだ。必ず勝利しろ。これは、帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナが貴様に命じる、絶対命令だ」
「はっ、必ずや滅ぼして見せます。全ては、ヴァスティナ帝国と女王陛下のために」
帝国女王が国に戻り暫くして、帝国にとある報告が届いた。
「エステラン国内に分裂の兆し有り」。この報告は、帝国内の一部の者達の口元に、邪悪な笑みを浮かび上がらせた。
宿敵エステラン国との戦争は、確実に迫って来ている。
遂にヴァスティナ帝国は、守りから一転し、その鋭き刃を敵国に突き刺すのである。




