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第十九話 甞めるなよ Ⅵ

 その後、交渉は細かい内容の話を進めただけで終わり、最終的には、南ローミリア側の条件をジエーデル側が呑んだ形となった。

 休戦協定は締結されたのである。

 ジエーデル側は休戦の条件として、国境線から軍を退き、帝国側に資金と鉄を送る事が正式に決められた。帝国側の条件は、同じく軍を退く事と、宿敵エステラン国への進攻である。

 本来ならば休戦する代わりに、帝国へ様々な条件を呑ませようと計画していたセドリック。軍を退き、鉱物資源を送る代わりに、帝国側にはエステラン国への進攻を行なわせ、今後の休戦の証として、帝国側が新開発した兵器技術を貰い受けるなど、自国の発展と栄光のための交渉を行なうつもりであった。

 しかし、ヴァスティナ帝国宰相リリカによる、大胆不敵な大博打によって、全てが狂わされた。いや、彼女は博打など打っていなかった。ジエーデルの内情を正確に読み、勝利を確信して、彼女は帝国の全てをベットしたのである。そして彼女は、強国の外交官相手に勝利を収めた。

 セドリックが相手にしたのは、自分では一生敵わないと思わせる、絶対的強者だった。今まで彼がそう思った人物は、リリカ以外にもう一人いる。勿論それは、ジエーデル国総統バルザック・ギム・ハインツベントだ。

 間違いなくリリカは、総統バルザックに匹敵する強者だろう。いや、二人は狂者なのかも知れない。少なくとも、セドリックには真似できない事を、平気な顔でやってしまうのだから、彼からすれば狂者と言えるだろう。

 だが、一番得体の知れない恐ろしい存在は、そんな者を従えているこの少女だ。

 会談が終わり、席から腰を上げた女王アンジェリカと、彼女の味方である者達。セドリックはアンジェリカへと視線を向け、敵国の若き女王の姿を目に焼き付ける。


「セドリック・ホーキンス外交官」

「・・・・・・何でしょうか、女王陛下」


 視線に気が付いたアンジェリカが、セドリックの方を向き、彼の名前を呼んだ。

 真剣で鋭い眼差しが、彼を捉えて離さない。何物にも染まらない美しい黒髪と、闇夜の様な漆黒のドレスが印象的な、一国の支配者であるこの少女には、確かな威厳と支配者の風格があった。


「甞めるなよ」

「!!」


 彼よりもずっと若い年下の少女の、殺気を秘めた視線は、彼を凍り付かせた。

 恐ろしかったのだ。とてもこの歳の少女が出してよい、恐ろしさではない。一体何を経験すれば、こうも威厳に満ち溢れてしまうのか。

 

「貴様は我が国を甞め過ぎた。ヴァスティナ帝国は私の国だ。貴様達がどんな企みを抱こうと、私の国は決して屈しない。私の国は、私がこの身の全てを懸けて守る」


 何も言い返せなかった。ただ、自分の全てを帝国に捧げる、この少女の姿から目が離せなかった。

 確かに彼女の言う通りだ。帝国は軍事力こそ侮れないが、所詮は小国でしかない。帝国女王の事も、最初は帝国軍参謀長や帝国宰相の傀儡でしかないと、そう思っていた。

 だが違った。女王アンジェリカ・ヴァスティナは、傀儡などではない、一国を統べる支配者だったのである。だからこそ、リリカの様に力をある者達が、彼女に忠誠を誓うのだ。


「貴様も、貴様の国も、私は生涯許さない。忘れるな、私の言葉は、全ての帝国の民の怒りだと知れ」


 その言葉は彼の胸に突き刺さり、心に刻み付けられた。ずっと忘れる事ができそうにない、激しい憎悪の言葉が、彼の心を大きく揺れ動かしたのである。


「・・・・・・肝に銘じておきましょう。ですが、これからはお互い共通の敵と戦う味方です。その事をお忘れなきように」


 自国を代表する外交官として、負けじと絞り出した言葉が、彼の最後の攻撃だった。

 こうして、へスカル国で行なわれた両国の極秘会談は、幕を下ろしたのである。






「お疲れ様。疲れたでしょ、今日はもう休みなさい」


 会談が終わり、部屋を後にしたアンジェリカ達。城の通路を歩く彼女達は、一度休息をとるため自分達の部屋へと向かっていた。ちなみにへスカル王だけは、彼女達とは別行動を取り、ジエーデル側の者達と話をしていた。彼らがいつまでこの国に滞在するのかなどを含む、今後の予定を確認しているのである。


「シルフィ姫、会談の席では助かりました。おかげで私達は、南ローミリアの未来を守る事ができました」

「やめてよ、私は何もしてないんだから。寧ろ、あんた達の足を引っ張っただけよ」

「いえ、貴女が傍に居てくれて本当に心強かった。あの時、貴女が私に代わって怒りを露わにしてくれた事、感謝しきれません」


 頬を少し赤らめるシルフィ。アンジェリカの感謝の気持ちが、とても照れくさかったのである。

 そんな二人を見て、微笑したのはリリカとウルスラであった。


「二人とも何故笑う?」

「ふふふ、陛下と姫の仲の良さが羨ましいのですよ。私も、メイド長もね」

「ちょっとリリカ、あんたこの子助けるの遅すぎよ。交渉の時あんたがもっと早く助けてあげれば、この子がこんなにも苦労する事なかったはずよ」

「ふふ、私は自分の主を甘やかすつもりはないのですよ。ねぇ、メイド長?」

「リリカ様、私に同意を求められても困ります」


 女王アンジェリカと、頼もしき彼女の配下達。彼女達の力で、シルフィの国の未来も守られた。

 正直、シルフィはずっと不安だった。新女王となり、何もかもまだ力不足であろう彼女が、本当に外国交渉など出来るのか。それが不安だったのだ。

 前女王も、それを支えた前宰相も、既にこの世を去った。頼るべき者がいない彼女には、余りにも荷が重過ぎると、そう思わずにはいられなかった。

 しかし、全て杞憂であったと言える。アンジェリカはシルフィの想像よりも、とても強く気高かった。そして彼女には、頼れる忠臣達もいる。シルフィの不安は、今日の会談で全て消え去った。


「まあいいわ、ともかく休戦協定は締結されたわけだし、こっちの不利になる条件呑まされるのも回避できた。一先ずは安心ね」

「ですが、肝心なのはこれからです。我々は自国よりも大きな国を相手に、この先戦争を仕掛けなければならない。チャルコ国にも戦火が及ぶかも知れません。シルフィ姫、私達は-------」

「アンジェリカ陛下、あんたはそんな事心配しなくていいの。どうせこのまま放っておいたって、いつかは私の国にも戦火はやって来る。それが少し早まっただけじゃない」

「・・・・・・・・」

「あんたが心配しなくたって、私の父様も母様も、勿論私だって、国を守る為に最善を尽くすわ。だからあんた達は、あのクソッタレな国を叩き潰す事だけを考えなさい」


 南ローミリアの国家群は、ジエーデル国との戦争を先延ばしたに過ぎない。

 いずれは、ジエーデルかエステランがこの地方に侵攻し、戦争が始まる。どの道、戦火は避けられないだろう。

 エステラン国と戦うと言う事は、チャルコ国に危険が及ぶ事を意味する。何故ならチャルコは、エステランの隣国に位置しているからだ。ジエーデルと休戦し、エステランと戦う事が決まった今、予想される戦場は、チャルコとエステランの国境線。戦火がチャルコに及ぶ可能性は十分だ。

 それを恐れていたアンジェリカだが、チャルコ国の姫であるシルフィは、文句の一つも言わず、国を守る決意を示した。

 この戦いを乗り切る事ができれば、南ローミリアの将来的脅威を取り除ける。そして、急速に軍備を拡大し、ジエーデルから資金と鉱物資源を手に入れた、今のヴァスティナにはそれができるのだ。

 こんな機会は、二度と訪れないかもしれない。だからこそ、シルフィは決断したのである。そして、この決断はシルフィやチャルコ王だけでなく、南ローミリア各国の総意でもある。

 この大地は、自分達の生まれ育った、自分達の祖国。侵略者は決して許さない。その思いが、南ローミリアに生きる者達の戦う意思となった。

 南ローミリア全ての勢力は、完全に一つとなっている。誰も反対などしない。未来に待っている平和のために、勝利するまで戦い続けるだろう。


「ほら、辛気臭い顔するのやめなさい。あんたは勝ったのよ?もっと胸張って堂々と威張ってなさいよ。あと、私の事は呼び捨てにしなさい」

「ですが・・・・・・・」

「あんたの方が偉いんだから呼び捨ては当然よ。私よりも年上なんだし、ちょっと言ってみなさい」

「シルフィ姫、私は--------」

「シルフィよ!公式の場以外では呼び捨てにしなさい。次姫なんて言ったら、どうなるかわかってるんでしょうね?」


 南ローミリアの盟主であるアンジェリカに対し、暴言を吐いて自分を呼び捨てにさせようとしている、今年八歳になる姫殿下。とても、他国の人間には見せなれない姿だ。


「・・・・・・努力致します」

「まったく、あんたって子は・・・・・・。真面目なのは美徳だけど、度が過ぎるとこの先苦労するわよ」

「ふふ、姫殿下の言う通りですよ。陛下は少し肩に力を入れ過ぎです」

「リリカ、あんたは抜き過ぎなのよ、わかってんの?」

「良いではないですか、私達は勝ったのですから。そんな事より、これからお茶に致しませんか?この国のお菓子は中々美味ですよ」


 自由過ぎるリリカの言葉に、呆れてものを言えないシルフィ。しかし、彼女の提案は悪くない。

 皆疲れている。特に疲れているのは、やはりアンジェリカだ。精神的にかなり疲労している彼女のためにも、休息は必要である。このまま放っておくと、アンジェリカの場合、この後休まず仕事に取り組みかねない。

 そうさせないためにも、リリカやシルフィが休息を提案するのだ。自分から休みを取らない彼女は、こうして無理やり休ませるしかない。


(ほんと、あの子にそっくり・・・・・・)


 アンジェリカの姿に、今は亡き親友の姿を重ねる。

 彼女もアンジェリカの様に、自分よりも国を優先していた。そんな彼女を、いつも気掛かりに思っていたあの頃の日々は、もう二度と訪れない。

 アンジェリカは彼女と同じだ。そしてアンジェリカは、シルフィにとって親友の一人。

 ならば、あの頃と同じ事をしよう。


「お茶賛成。久々にウルウルの淹れる紅茶が飲みたいわ。あと、お茶菓子はケーキが--------」


 アンジェリカを休ませるための、お茶会の提案。

 だが、シルフィは言葉の途中で、自分達の目の前に現れた存在を見て、言葉をとめた。

 早歩きで真っ直ぐ城内の通路を進み、シルフィ達を見つけて、彼女達の目の前まで来て歩みを止める者達。先頭を歩く一人の男と、その後に続く数人の兵士達。先頭に立つその男の顔は、シルフィ達もよく知っているものであった。


「陛下」

「何をしに来た参謀長。貴様を呼んだ覚えはないぞ」

「敵国の工作員がこの極秘会談を狙い、襲撃を企てていると言う未確認の情報を得ました。そこで、軍馬を使用し少数の部隊を率いて、全速力で駆け付けました」


 女王アンジェリカの前で膝をつき、忠誠の証を示して報告を行なったのは、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスであった。


「襲撃者はメイド達が全て片付けた。皆も私も怪我は無い」

「・・・・・・それを聞いて安心致しました。御無事で何よりです、陛下」


 ヴァスティナ帝国軍の最高責任者にして、女王に絶対の忠誠を誓う、帝国の狂犬。

 心底安心した表情を浮かべて、安堵の息を吐くリクトビア。しかしすぐに、表情は真剣さを取り戻す。


「それで、会談の結果は?」

「私達の敵はエステランだ。貴様は予定通りの行動を起こせ」

「はい」


 会談の結果を理解し、女王の命令に即座に従ったリクトビア。

 彼が立ち上がり、女王の命令を実行しようとした、その時・・・・・。


「待ちなさい」


 彼を呼び止める声。声の主は、シルフィであった。

 

「アンジェリカ陛下、参謀長を少しばかり借りていい?」

「・・・・・・お好きなように」


 女王から許しを貰い、シルフィは彼の傍まで近付いた。無表情ではあったが、明らかに彼女は、溢れそうになっている特別な感情を、必死に押さえつけていた。だからこそ彼は、何も言わない。


「二人だけで話したい事があるの、私の部屋まで来なさい」

「わかりました」


 シルフィは自室へと向かって歩き出し、彼女の後ろにリクトビアが続く。

 彼女が何を話そうとしているのか、彼にはわかっている。だからこそ、シルフィから逃げはしない。

 そしてシルフィは、半年以上ぶりになるこの再会を、ずっと待ち望んでいた。溢れる激しい憎悪に、身を支配されそうになりながら・・・・・・・。

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