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第一話 初陣 Ⅸ

 夜空は赤く染まり、黒煙は天に上る。その光景は、戦場より遠く離れたヴァスティナ城からも見ることができた。

 誰もがその光景を見ることができる中、帝国の主であるユリーシアは、それを見ることができない。


「陛下。帝国の守ってきた歴史ある自然が燃えております・・・・・・」

「そうですか。・・・・・マストールの気持ちはわかりますが、宗一郎様たちは帝国を救うために戦っているのです」

「しかし陛下・・・・・・」

「私には見ることができませんが、恐らく今マストールたちが見ている光景は、私が見たものと同じはずです」

「・・・・・見えていらしたのですか、陛下」


 ユリーシアには、メシアとマストールしか知らない秘密がある。

 彼女はその目で何も見ることはできない。しかし彼女は、不意に常人には見えないものが見えてしまう。ユリーシアにとってマストールらが見ている光景は、初めて見るものではなく、起こることがわかっていた光景であった。

 燃えさかる炎と殺し合う人々。そして、知らない男の背中。

 その場景を、帝国がオーデル軍に何もかも焼き尽くされている様だと、彼女は考え、それを回避するために、女王の責任を果たすために、降伏の道を考えた。だが今は、それは間違いだったとわかる。

 今ならば、彼女は見えてしまったものの正体を、理解することができる。

 炎の中戦い続けている両軍の兵士。彼女に忠誠を誓っているメシア騎士団長。この世界に全く関わりがないにもかかわらず、彼女のために全力を尽くしている長門宗一郎。


「私はここで待つことしかできません。無力な私と帝国と、彼ら自身の守りたいもののために戦っている帝国の民たちを」

「それは兵たちの当然の義務です。我が老体も、陛下が戦えと仰れば戦に臨む覚悟がありますぞ」

「マストール・・・・・・。何故私のような無力な女王に付き従ってくれるのですか?」

「先代の遺言と言う理由もあります。ですが私は、幼少の頃より陛下のお世話をして参りましたので、陛下は私にとって可愛い孫のようなものなのです。孫のためには何でもしてやりたいというのが、老人なのですぞ」


 この老人は本気だ。ユリーシアが生まれる前より、宰相として長年帝国に仕えている老体は、今日まで不自由な彼女を助け、国を支えてきた。宰相マストールが何を考えているか、全てわかるわけではないが、この老人が言うことに、嘘がないことを知っている。

 帝国の民たちも、メシアも、マストールも、そして宗一郎も、彼女のためにそれぞれ戦っているにもかかわらず、何もできない彼女は己を呪った。

 彼女のことを、自分の命よりも大切だと彼は言っていた。しかし彼女は、自分は守られる価値のない人間だと思っている。


(この戦いの行く末はわかりました。ですが私は戦いの後、宗一郎様に希望を託そうとしている。この世界と関わりのない、彼を利用しようとしている・・・・・・)

 

 長門宗一郎には力がある。それは今現在証明されている。

 その証明はユリーシアに、ある考えを抱かせているのだ。


「本当に私は・・・・・・生きる価値などない人間なのですね・・・・・」


 生まれてこなければよかったと、この時少女は、生きてきて初めて思ってしまった。 






 ヴァスティナ軍とオーデル軍の最前線は、まさに地獄だった。何もかも焼き尽くす業火の中、両軍の兵士たちが、激しく狂ったように戦っている。

 怒りに奮えるヴァスティナ軍の兵士と、大半は逃げ惑っているが、この状況でも尚武器を持って戦うオーデル軍兵士が、まさに命を捨てて戦っているのだ。

 そんな兵士たちを、炎は容赦なく襲いかかる。敵味方など関係なく呑みこむ炎は、両軍の被害を拡大させていく。それでもヴァスティナ軍は、炎の中を進み続ける。目の前の勝利を信じて。


「はあ、はあ、はあ・・・・・」


 息苦しい煙の中、すでに百人を超える敵を斬り殺しているメシア。苦しさのため、流石に息も上がってきているが、彼女の武が衰えることはまるでなく、この地獄の中で、味方への指揮は欠かさず、常に先頭で戦っていた。

 彼女と共に戦う騎士団の体力は、そろそろ限界を迎えようとしている。武器も防具もボロボロで、火傷を負っている者が多く、突撃前と今では、姿が見当たらない者も多い。


「戦い続けろ!勝利は近い!!」


 メシアの鼓舞に応え、腹の底から叫ぶヴァスティナ騎士団。メシアを信じ、仲間の屍を踏み越えて進み続ける。目の前の敵兵を斬り殺し、刺し殺し、武器がなければ殴り殺していく騎士団。息苦しくとも戦うことを止めず、たった今、二百人目を斬り殺したメシアは、勝利を確信していた。

 その鼓舞は、味方の士気を上げる為だけではない。騎士たちに希望を抱かせるだけでもない。

 戦いの経験からくる直感が、彼女に勝利を教えているのだ。


「見ろ、オーデルの逃げ惑う兵士を!敵は、弱い!」

「騎士団長の言うとおりだ!奴らは弱い!!」

「「「「うおおおおおおおおぉぉぉーーー」」」」


 武器を失った者は、最早動かなくなった敵味方の兵士から、急いで武器を取り上げ、負傷している者は、血を流しながらも立ち上がり、武器を構える。敵からすれば彼らは、死を恐れない地獄の戦士に見えることだろう。

 オーデル軍は、炎と決して倒れない騎士団に恐怖を抱いていた。戦場でこれ以上ない程、恐怖を抱いた軍隊に、最早満足のいく統率も戦闘も不可能だった。

 散り散りになるオーデル軍第一軍。それを追撃し、次々と屍を築き上げるヴァスティナ騎士団。圧倒的な武を揮い、目に付く敵を斬り捨てる軍神メシア。

 最早これは戦争でなく、虐殺と言えるものであった。






 オーデル軍は、収拾のつかない程に乱れきってしまった。第一軍が火計に嵌まり、大混乱に陥った直後、第二軍も同様に帝国軍の火計を受けた。

 元々兵士全体は、質も高くなければ、緩みきっていた問題があり、第一軍も第二軍も、炎に巻かれただけで統制が乱れ、指揮系統が崩壊してしまっていた。さらに第一軍はヴァスティナ騎士団の猛攻を受け、壊滅状態に追い込まれていた。

 火災が広がる中、オーデル軍が執った対応は、第一軍と第二軍には後退の指示を出し、第三軍を進軍させ、二つの軍の救出と、火災の消火作業に当たらせることとなった。第四軍本隊は念のため、火災を逃れ後方に移動することとなっている。これは全てオーデル軍の、予想外の事態になってしまったのだ。


「何故こんなことに・・・・・・」

「お気を確かにしてください殿下。このデルムも予想外のことでした。よもやこのような手で攻めてくるなど、誰も予想できなかったことです。殿下がお気になさることではありません」


 万が一のために定めておいた、本隊後退地点まで後退した第四軍。その中で、最高指揮官アレクセイと補佐のデルムは、信じられない状況の真っ只中にあった。

 現在オーデル軍全体の状況は、何とか分かってはいる。第一軍は壊滅しており、最早戦闘能力は失くしてしまっている。第二軍は第一軍程ではないにせよ、火計によって統制が乱れた軍勢は逃げ惑い、炎に呑まれ戦闘どころではない。第三軍は現在救出作業と消火作業に全力を注いでいるが、戦果は芳しくないようだ。


「一万もいた第一軍が壊滅してしまった・・・・。ヴァスティナ軍は弱小ではなかったのか・・・・」

「ヴァスティナ軍が作戦で上回ったのです。我々は慢心をつかれました」

「なんということだ・・・・・。これでは父上に顔向けできないではないか・・・・・」


 前線の兵士だけでなく、第四軍も士気は低下し続けている。アレクセイも同様で、絶望的な心境にあった。

 デルムもそれを理解しているが、今は如何にして、この難局を乗り切るかを考えなくてはならなかったため、指揮官であるアレクセイには、このような狼狽をこれ以上続けさせるわけにはいかなかった。

 今の難局さえ乗り切れば、オーデル軍の勝利が確実なのを、デルムは理解していた。

 何故ならば、第三軍と第四軍の戦力だけでも、帝国が情報通りの兵力しかいないのならば、数では圧倒的に勝るからだ。勿論こちらは致命的な損害を被ってはいるが、それは恐らく、全戦力を投入しているであろうヴァスティナ軍も同じだと、デルムは考えていた。

 実際ヴァスティナ騎士団は、最前線で戦い続けているため損耗は激しい。その事実をデルムは知らなかったが、この状況と集まった情報を考えると、お互いの損害は大きいものであるだろうと予想できた。それがデルムの勝利の自信になっている。

 勝利のためにも、アレクセイには総指揮官として、毅然と振舞って貰わなければ士気に関わる。


「殿下。この難局を乗り切れば必ず勝利できます。兵士たちのためにも、どっしりと構えていてください」

「デルムがそう言うのであれば・・・・・・。私はオーデル王国の王子なのだからな。戦っている皆のためにも、私がしっかりしなければ」


 アレクセイは決して無能ではなく、次期国王に相応しいことを誰もが知っている。

 デルムを含むオーデル国民は、彼を信頼している。ならば彼にはこの戦いに勝利し、王国に凱旋させなければならない。王族に忠誠を誓うデルムは決意する。

 そしてアレクセイも、デルムの言葉によって自信を取り戻し、難局を乗り越え、初陣を勝利で飾ろうと決意を固めた。

 まさにその時。


「敵襲!!」


 彼らにとっての絶望が現れたのは、まさにその時だった。






 オーデル兵士の誰かが敵襲を叫んだ。だが、そんなことは最早関係ない。

 夜道を騎兵となって全力で走り続け、彼らはとうとう、探し求めていたものを見つけた。この時を今か今かと待ち続け、五十人の決死隊は一つの塊となって、オーデル軍本隊に牙を突き立てたのだ。

 ヴァスティナ軍奇襲部隊、オーデル軍第四軍に接敵。


「見つけた、見つけた、見つけたぞ!!帝国に蔓延る害虫共っ!!」

 

 全て宗一の予想通りになっていた。

 作戦通り第三軍は本隊を離れ進軍し、第四軍は火災を逃れ、予想された地点に後退していた。第四軍後退地点は、ヴァスティナ軍の騎士団の意見で予想できたが、予想は予想でしかなかったため、正確にそこへ後退するかは賭けだった。そして宗一は賭けに勝った。

 今の宗一は、人生で今までにない程ご機嫌で、今までにない程の最高の気分だった。


「参謀殿は先に行ってください!露払いはお任せを!!」

「言ってくだせぇ参謀殿!こいつらは俺たちの獲物ですぜ!!」


 ケント、ガリバロ、モーリス、そしてガレスを含めた、奇襲部隊の半数近くの兵士たちは、勢いのまま正面の敵軍に突撃し、宗一のための道を開けようと戦い始めた。その隙に、宗一と残りの兵士たちは敵軍中心へと突撃する。

 狙うのは、アレクセイ・クラウド・オーデルの首ただ一つ。


「探せ!!アレクセイはここに必ずいるぞ!」

「見つけ出して必ず殺せ!!」

「ヴァスティナ帝国万歳!!」


 兵士たちの士気は最高に達していた。彼らを阻もうとするオーデル兵を、手に持つ武器で殺していきながら、ヴァスティナ兵は血眼になってアレクセイを探している。

 宗一はメシア号(仮)の手綱を握りしめ、胸を躍らせていた。何故ならば、勝利はすぐ目の前にあり、ユリーシアを救うことができるからだ。

 彼にとって、これほどまでに嬉しいことはなかった。だが喜ぶのはまだ早く、顔も見たことのない、オーデル王国の王子を見つけ出して殺すまでは、気を引き締め続けなければならない。

 人を殺したことのない宗一は、武器として短剣を所持している。兵士たちに頼み、武器庫から拝借した物だ。

 剣や槍に弓などもあったが、当然どれも使ったことはないため、サバイバルナイフのようなものなら使えそうだと考えた宗一は、武器庫にあった、軽量で刃の長さが短く振り回しやすい短剣を選択した。

 この短剣はアレクセイを殺すための物である。人を殺したことがない人間が、いきなり躊躇なく人を殺せるわけがない。常識的に考えればだが。

 ここにいる男は違う。今彼は、ユリーシアのこと、メシアのこと、そして彼女たちの障害を排除することしか考えていない。障害であるオーデル兵は、彼にとって害虫のようなものでしかなかった。

 存在するだけで邪魔で害をなし、何故存在しているのか理解できない。彼はオーデル兵を、人間と見ていなかった。

 邪魔になる敵だけを排除し進む、勇敢なヴァスティナ兵。突然の襲撃に逃げ惑う敵には目もくれない。

 オーデル兵がヴァスティナ兵に気を取られている中、ただ手綱を握り続けて、走り続けている宗一は、気が付けば一人だけになってしまっていた。だが、気にしてはいられない。


(味方はゼロ。俺一人か)


 奇襲部隊全員はそれぞれ戦っている。戦いの中でもう死んでしまった者もいる。

 戦闘の流れで、散り散りとなってしまった奇襲部隊の中で、ただ一人、目的を達せられるのは宗一だけとなった。彼らは図らずも、宗一に全てを託すことになった。

 メシア号(仮)は、敵をある時は押しのけ、ある時は常識外れの跳躍で跳び越えて進んでいく。この馬のおかげで宗一は、未だ傷一つ負わず、ここまでやって来ることができたのだ。

 宗一の守りたい者、ユリーシア。宗一を信頼し、今も戦い続けているメシア。最前線で勝利を信じて戦うヴァスティナ兵。帝国と女王を守るため、全力で協力するヴァスティナ国民。死を覚悟して志願した奇襲部隊の兵士たち。宗一をここまで無事連れてきたメシア号(仮)。

 全てが実を結ぶ時がやってきた。


「あれか!」


 彼はとうとう見つけることができた。

 手綱から手を離して馬を飛び降りる。馬の停め方を知らなかったため、飛び降りるしかなかっただけで、決して格好をつけようとしたわけではない。強化された身体能力のおかげで、綺麗に着地が決まる。

 ・・・・・ちょっと嬉しかった。

 眼前には豪華な装飾の施された甲冑に、整った顔立ちの青年と、彼のすぐ傍に控える男。周りには何十人の兵士が、その青年を守るために武器を構える。


「見つけたぞ!アレクセイ・クラウド・オーデル!!」


 この青年が死ねば戦いは終わる。誰もがそれを、それぞれの立場で理解していた。


「相手は一人だ。討ち取れ!」


 アレクセイの隣に控えるデルムが、兵士に命令する。命令を受けた兵士たちは、目の前に突然現れた敵を討ち取ろうとするが、彼らが動くよりも早く、まるで獣のような速さで接近した宗一は、まず兵の一人を、思いっきりの勢いで殴り飛ばした。

 驚いたオーデル兵士たちは一瞬動きが止まり、その隙に二人目を蹴り飛ばして、三人目の顔面を、片手で掴んで地面に叩きつけた。

 素手で瞬く間に兵士たちを倒していく男に、恐怖を抱き始めたオーデル兵であったが、王子を守るため、彼らは必至で宗一を討ち取ろうとする。そんなことはお構いなしに、次々と殴り、蹴り、投げ飛ばす宗一は、戦うというよりは暴れているようであった。

 瞬く間に十人以上を倒し、後ろから剣で斬りかかろうとした敵を、後ろ蹴りで沈黙させ、一人で倒した敵の数は二十人となった。全員にとどめを刺したわけではないが、大の男を軽々と吹き飛ばすこの攻撃を喰らえば、流石に鍛えられた兵士であろうと、中々立ち上がることができないため、とどめを刺さない。

 とどめを刺している暇もないのだ。もたもたしていると、王子の危機に他の敵も集まってくる。


「どけよ雑魚どもが!!」


 倒しても倒してもきりがないため、苛立ちが募る。このままでは目的を達成できない。


「参謀殿!!今お助けします!」

「ケントさん!?」

「雑魚は任せてくださせぇ!!」

「ガレスさんも!?最高のタイミングですよ」


 ケントたちがここまで追いつき、先程まで宗一が戦っていたオーデル兵士たちに向かっていく。

両者の間で戦闘が起こった。彼らが敵を引きつけている、今がチャンスだ。


「アレクセイ!お前をぶっ殺す!!」

「殿下!お下がりください!!」


 アレクセイに向かっていった宗一の前に、王子を守るため、デルムが剣を構え立ち塞がった。他の兵士たちとは明らかに違う、戦い慣れたことがわかる隙の無さ。だが、そんなことはやはり関係がない。


「どけぇ!邪魔すんじゃねぇよ!!」

「くっ!まるで狂犬だな」


 剣で斬りかかるデルムの攻撃を躱すが、初めてこの世界で遭遇したオーデル兵の斬撃が、何だったのかと思うほど、その斬撃は躱し難い。戦いの素人である宗一でもわかるほど、デルムの剣の腕前は、熟練の戦士のそれであった。

 手数も多くなり、徐々に追い詰められていく宗一は、斬撃を回避しきれず、腕や足にかすり傷をつくっていく。剣で武装したデルムと、素手の宗一では武器がある方に分がある。  

 しかし、狂犬と言われてしまう位、傍から見れば狂っているように見える宗一であったが、何も考えていないわけではなく、頭は冷静であった。


(まだだ、大振りがくるまでは!)


 耐えて耐えて、耐え抜いた先に反撃の機会がある。その一撃で全てが決まる。

 眼前の驚異的な身体能力をもった男に、今まで培ってきた剣の腕で、中々決着をつけられないことに、焦りと苛立ちを覚えるデルム。傷口から痛みを感じながらも、目の前に死が迫ってきていようとも、退くことはない宗一。


「鬱陶しいんだよ、王国の害虫がぁ!!」

「言わせておけば!」


 自身を侮辱されたデルムは激昂し、宗一が待ちに待った大振りの構えをとった。剣を真上から振り下ろそうとした、まさにその時。


「もらったぞ!」


 その剣が半分も振り下ろされないまま、剣を持ったデルムの両手をめがけて、宗一の右足が唸りを上げる。

 渾身の力で振り上げられた右足は、デルムの両手を直撃し、骨が砕ける恐ろしい音が聞こえた。

 最早剣を振り下ろすどころではなく、骨が砕けた痛みに絶叫するデルム。その隙に、腰に差していた短剣を抜刀し、その刃を相手の首元へと、勢いに任せて突き刺す。

 肉を切り裂く独特の感覚。深く突き刺した後は、それを勢いよく引き抜いた。傷口からは大量の血が流れ出て、先程まで剣を振るっていたその男は、何か言葉を発しようとしていたが、何を言っているのかは聞き取れない。

 そして最高指揮官補佐デルムは倒れ、二度と立ち上がることはなかった。


「デルム!?」

「・・・・ははっ。次はお前だよ、クソ野郎」


 デルムの返り血を浴びた宗一が、ゆっくりとアレクセイへと向かっていく。アレクセイは目の前で忠臣を殺された衝撃と、現れた時から狂ったように笑っている宗一への恐怖で、動けなくなっていた。

 周りでは、両軍の兵士たちが殺し合いを続けている。気づかない内に、周りでは火の手が上がり、その炎は段々大きくなっていた。オーデル兵の持っていた松明等が、手元を離れて、偶然木や草に燃え広がったのだろう。


「くっ!?貴様、よくもデルムを!」


 動けなくなっていたアレクセイは、デルムを殺された怒りで恐怖を振り払い、腰に差されている、装飾の施された剣を抜き放ち構える。

 だが、その瞬間間合いを一気に詰めた宗一が、短剣でその剣を弾き飛ばす。一瞬の内に、アレクセイは無防備にされてしまった。


「ひっ?!」

「大人しくしてろ」


 眼前に迫る死が恐怖を呼ぶ。


「まっ待て、私たちの負けだ!降伏する!」

「・・・・・・・・」

「賠償金も払う。もちろん今後帝国とは戦争しないと誓う!父上に必ず約束させる!」

「・・・・・・・・」

「命を助けてくれれば貴様の望むことを全て叶えよう!!何か欲しいものは無いか?!」

「・・・・・強いて言えばお前の命だ」

「!!」

「お前はユリーシア陛下の敵だ。帝国を侵略し、女王陛下を脅かす害虫だ。お前たちが侵略してきたために彼女は苦しんだんだよ!だからお前は俺が殺す!」


 激昂する宗一。そして、怒りの根源は目の前にいる。

 オーデル王国も、オーデル軍兵士も、先程宗一が殺したデルムも、目の前にいるアレクセイも、誰も彼もが悪くないのはわかっている。彼らもまた、自国のために戦っていることはわかっている。これは戦争であって善悪はなく、誰もが等しく悪なのだ。

 だから誰にも罪はない。


「侵略したことは確かに認める!だがしかし、帝国を滅亡させるわけではない!現在の支配体制から国民を解放し、新しい国にしようとしていただけだ!父上は帝国を植民地にしようとしているが、私にそんな考えはないのだ、信じてくれ!!」

「女王陛下あっての帝国だ!!彼女を殺すなんていう暴挙は俺が許さない!・・・・・・・・言い残すことはそれだけだな」

「えっ?」


 瞬間、立ち尽くしたアレクセイの心臓を短剣が貫く。貫いた短剣を引き抜いた宗一は笑みを浮かべ、何が起こったのか理解できずにいたアレクセイは、力なく崩れ落ちる。

 傷口から大量の血を流し続けるアレクセイ。やがて彼の心臓の鼓動は停まった。

 アレクセイ・クラウド・オーデル第一王子、戦場にて戦死。


「終わった・・・・・・」


 そう言わずにはいられなかった宗一だが、まだ戦いは終わっていなかった。デルムとアレクセイの死により、武器を捨てて逃げ始める者。最高指揮官が死んでも尚、戦いを止めない者。起こったことの衝撃で、動けなくなっている者。

 炎が燃えさかっていく中、未だ戦いの終わりは見えず、両軍の兵士は死に続けていた。

 絶叫、悲鳴、怒号が絶え間なく響く。こんな戦場の中をメシアは最前線で戦い、ケントやガレスたちは、圧倒的不利な状態でも戦い続けている。

 この戦いで、自分は命を落とすだろうと思っていた宗一は、未だに自分の命があることに気付く。まだ命があるのなら、彼はユリーシアのために戦い続ける。


「聞け、オーデルの雑魚ども!!アレクセイは死んだぞ!俺が殺した!それでも戦うつもりの奴は俺が殺してやる!!さあ、かかってこい!!」


 戦いは終わらない。

 この戦いを始めた男は、唯一の武器である短剣を握りしめ、眼前の敵へと向かっていった。

 これ以上の戦いに意味があるのか、誰にもわからない。だが、彼らの戦いは止まる事を知らない。


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