表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/524

第一話 初陣 Ⅹ

 極々普通の家庭に生まれ、普通の学生だった少年は、周りと特に変わっていることのない人間だった。

 学校で勉強や部活に追われ、友達と遊んだりして付き合っていた、ただの学生で、時にこんな当たり前の日常が、漫画のように一変すればいいと思ったこともあった。

 そんなことは到底起きず、当たり前の日常が過ぎていく。面白くはなかったが、まあまあの生活だった。

 だから、面白いことがしてみたかった。自分が面白いと思えることが起きないのなら、自分でそれを起こせばいいと考え、何をすれば面白いかを悩んだ。

 とりあえず色々やってみたが、どれも失敗してしまった。単に自分の能力不足故に失敗する場合もあった。

 だが、気に入らない失敗がある。周りが障害となって、面白くなるはずのことが失敗した時だ。自分が中心となって成そうとしたことは、周りが本気で付いてくることがない。責任者という立場になってしまった少年は、その責任を果たすため、周りのために何もかもを尽くした。だが報われなかった。

 結局少年は他人を気にし過ぎたために、何もかもを見失った。

 気付いた時には全て遅かった。他人ではなく、自分を中心にしなければならなかったと。周りの他人に優しくするのではなく、自分のためにならないのなら、早々に切り捨ててしまえば良かったと。

 それから少年は自分を見つめ直した。家族とは何かを見つめ直した。友達とは何かを見つめ直した。人間と何もかもを悩み考えた。そうしなければならない気がしたのだ。

 最終的には自分が嫌いになった。それだけでなく、他の人間たちも嫌いになった。何もかもに、存在価値を感じなくなった。

 多くの人間はこの考えを軽蔑する。ただの捻くれた餓鬼の戯言としか思わないかも知れない。だが少年は、そう思う全てを軽蔑する。何故ならそういう人間たちこそが、自分の障害だと知ってしまったからだ。

 気が付けば全てに絶望していた。人生は投げやりになっていた。

 だが、少年が大人になる一歩手前、漫画のような奇跡が起こった。

 少年は初めて他人に胸の内を曝け出し、とある少女に惚れてしまう。そうして、失っていた人生の意味を取り戻した少年は、少女のために、自分のためにと、今戦っているのだ。






 夜が明けた。

 終わることのないと思えた戦いは、ようやく終わり、残ったのは焼け野原と、数えきれない屍の山だった。

 木々の焼けた煤の臭いと、死臭が混ざり合って、戦場は酷い臭いであり、その中でただ一人、立ち尽くしている男がいた。朝日が照らしだすその男は、腕や足に多くの切り傷をつくり、着ていた服はぼろぼろで、体中に誰のかもわからない返り血を、大量に浴びていた。


(ケントさん、ガリバロさん、モーリスさん・・・・・。ガレスさんも、死んだのか・・・・)


 アレクセイを殺した後も戦い続け、夜が明ける直前で、王子の戦死を知った残存オーデル軍は、それぞれが散り散りとなって逃げだした。それは撤退と言えるものではない、無法なものであった。

 多大な犠牲を払ったヴァスティナ軍は、辛くも勝利を収める形となり、帝国存亡の危機は去った。

 ヴァスティナ兵たちは誰もがその勝利に歓喜したが、激戦であったために、誰もがその場に倒れ込むように、腰を落とした。皆が体力と精神の限界を超えていたのだ。

 だが、男のいるその戦場の後は死体しかなく、他の戦場がどうなっているのかなど、全くわからなかった。

 わかっているのは、ただ一人だけが、ここで生き残ったということだけだ。


「俺一人だけか・・・・・・・」


 たった一つの武器であった、短剣の刃は折れてしまっている。この短剣と素手で、どれほどの人間を殺したのかはわからない。だがここで、誰よりも人を殺していた自覚があった。その証拠に、全身は返り血で染められている。


「リック」


 リックと呼ばれて、すぐに反応できなかった。何故なら男の名は、長門宗一郎なのだから。

 振り向く宗一の目に映ったのは、全身の防具が戦場の汚れに塗れても尚、凛として立つ褐色肌の銀髪騎士メシアだった。返り血や火災で汚れているその体には、一切傷がなく、まだ戦えると言わんばかりの、凛々しい姿がそこにあった。その後ろには、宗一をここまで運んできた、彼女の大型馬の姿がある。

 彼女の愛馬はあの戦いを生き残り、ここまで彼女を連れてきたのだった。


「メシア・・・・団・・・長・・・・」


 既に何もかも限界であった宗一は、張りつめた糸が切れたように、突然その場で気を失い倒れ始める。倒れ込む宗一を優しく受け止め、胸元で抱擁するメシア。疲れ切って気を失った頭を撫でながら、戦場では軍神そのものだった彼女が、今は慈愛に満ちた女神のように微笑む。


「よくやったリック・・・・・・。今は休むといい・・・・・・」


 耳元でそう囁く彼女の声は、彼に届かなかった。彼は優しい温もりに包まれ、深い眠りに落ちていく。

 後に、業火戦争と言われ語り継がれる戦争は、たったの一晩で終結した。






 戦いは終わり、兵士も国民も帝国の勝利に歓喜した。だが、喜んでばかりではいられない現実がある。

 今回の戦いでヴァスティナ帝国軍は、戦死者二百人に負傷者三百人以上という損害を出した。兵士であった父親や息子を失った家庭は多く、残された者達は、深い悲しみに暮れることとなり、とても戦勝で盛り上がれる雰囲気ではない。

 そして、敗北したオーデル王国軍の戦傷者はなんと一万人を超え、総指揮官を失ってしまったことも含め、残存した兵力は自国を目指し退却を始めていた。まさに大敗を期すこととなってしまったのだ

 戦いを終え、初めての戦争を経験し、初めての人殺しをした宗一は、心身ともに疲れ切っていたために、丸一日王宮のベッドで眠り続け、目覚めてすぐ、戦後処理で忙しいメシアから、戦争の結果を聞かされた。

 オーデル軍の撤退と両軍の損害、そして宗一が率いた奇襲部隊のことについてだ。結果として奇襲部隊の生き残りは、宗一のみであった。四十九人の兵士たちは、あの戦場で命を燃やしたのだ。彼らを運んだ馬も、メシア号を残して全滅したことも聞かされた。

 話を聞かされた宗一は、騎士団長であるメシアにただ一言謝罪した。作戦のためとはいえ、彼女の部下であった兵士たちと、帝国自慢の馬を全て失ってしまったためだ。

 しかしメシアは言った。


「お前が気に病むことではない。女王と帝国を守ったお前は救国の英雄なのだ。死んでいった者たちも、お前のおかげで守るべきものが守れて本望だったはずだ」


 そう言った彼女は、伝えるべきことを言い終わり、戦後処理に戻っていった。

 丸一日眠っていたお陰で、ある程度体力が回復していた宗一は、忙しくしている人々の姿を目の当たりにし、何もしないでいるのが嫌になり、自分も何か手伝えないかと動くことにした。

 そうして二日ほど、遺体の埋葬や負傷者の手当てなどの処理に追われ、これらが一段落したところで、彼は女王陛下に呼び出された。

 あの寝室の時以来、ユリーシアに会う機会はなかった。彼女もまた女王であるが故に、様々な仕事をしていたためだ。宰相のマストールも、まだ少女である女王をあらゆる面で補佐し、ようやくユリーシアの時間がつくられた。ユリーシアは宗一と会うことを望み、二人は再び謁見の間で、顔を合わせることになったのだ。

 謁見の間では今回の戦いの功績を称えるため、騎士団長メシアが勲章を授与されていた。宗一も参謀として、この戦いの勝利に貢献したことに対し、勲章が授与されたが、その勲章がメシアが授与されたものよりも、価値のあるものだったため、周りの衛兵などの驚きは大きかった。どれほどの価値の勲章だったのか、彼は全く知らなかったのだが。

 メシアはともかく、勲章を貰えると思っていなかった宗一も、やはり驚きを隠せなかったが、これ以上に驚くべきことが次に起こった。

 なんと再び、女王の寝室でのお茶会に誘われたのだ。






「未来が見えるのですか?」

「はい。これはメシアとマストールしか知らない私の秘密です」


 寝室の外では、メシアが護衛として張り付き、部屋の中はお茶の用意がなされ、ユリーシアと宗一の二人だけしかいない。

 この寝室では、二人だけの秘密の会話が行われていた。


「まだ目の見えた頃、私が眠りにつこうとして目を閉じた時、真っ暗だった視界に、突然とある光景が見えてしまったのが始まりです。その光景は、帝国近くの集落が土砂崩れに巻き込まれる瞬間でした。胸騒ぎを感じた私は兵に命じて、集落の人々をそこから遠ざけました。その後、集落は見えた通りに、土砂に埋もれてしまったのです」

「今回の戦いのことも見えていたと言っていましたね・・・・・。中々信じられない話ですが、陛下が見えるというのなら、俺は信じます」

「それ以来私には、突然未来が見える能力が発現しました。しかし、この能力を制御することはできず、不意に瞼の裏が未来を映し出すのです。目を閉じていれば突然未来が映し出されるので、帝国のためになるかも知れないと思い、普段から瞼を閉じています」


 真実を聞かされた。ユリーシアの未来の見える能力のこと。降伏をしようとした理由。これらの真実が今、宗一に明かされたのだ。

 お茶を飲みながら多くの話をしたが、何気ない会話をしていた矢先に、突然その真実を聞かされた。驚いている宗一の方を向くユリーシアは、胸が張り裂けそうな気持ちだった。

 彼女が見た、燃えさかる炎と一人の男の背中。男とはまさに宗一のことであった。

 宗一がその男なのではと予想したユリーシアは、彼を戦争に巻き込ませ、危険に晒してしまうと思った。だがあの時、希望を抱いてしまった彼女は彼を止められず、そこで止めなかったため、未来は見えた通りになり、ヴァスティナの危機は去った。

 宗一と言う名の、帝国と無関係な人間を苦しめてしまった、その罪悪感でいっぱいだったのだ。


「本当に申し訳ありません・・・・・・。私は貴方を利用してこの国を救ったのです。とても許されることではありません・・・・・・」

「お気になさらないでください。俺は貴女のためなら利用されるのも本望ですよ」

「ですが・・・・・・」

「ところで、一部の人間にしか話さない秘密を俺に話したということは、罪悪感の他に、何か理由があるのではないですか?」

「・・・・・・・・」

「メシア団長みたいな読心術がなくても、それぐらいは直感でわかりますよ。聞かせてください、何を考えているのかを」


 彼女は自分自身が嫌いになっていた。女王でありながら、周りに苦労をかける弱い存在で、未来を見る力があっても制御はできず、肝心な時には何もできない。力のないために、誰かを利用しなければ、何事も成すことができない。

 彼は何もかもがどうでもよかった。しかし彼は、何かを成すだけの力を手に入れ、それを証明して見せた。生きる意味も存在価値も失っていたが、そんな彼に奇跡が起きた。目の前に現れた少女は彼の希望になり、彼の全てとなった。

 二人は似ていた。だからこそ宗一は、彼女の救いを求める気持ちを感じ取ったのだ。

 ユリーシアが今考えていることは、この先宗一に苦難の道を与えることになる。それはとても成功するとは思えないことで、宗一に叶わない願いを託そうとしている。

 それでも、自分の命よりも大切なものを守りたい彼女は、託してはいけないと思っても、彼に託したいと願ってしまうのだ。

 宗一は彼女に尽くしたい。生きる希望であり、生きる目的である女王陛下。彼女に惚れこんでしまった宗一は、何故これほどまでに彼女に好意を抱くか、自分でも理解できていない。

 恐らくその理由は、自分と同じだからだ。自分と同じである彼女に、これ以上苦しんで欲しくなく、幸福であって欲しいと願うためかも知れない。

 宗一の覚悟を感じ取ったユリーシアは、とうとうこの願いを話し始めた。


「このことは公にしてはいけません。できるなら貴方と私、そして貴方の信頼できる者だけの秘密にしてください」

「はい」

「貴方にこれから願うことは、本来とても頼めるものではありません。それでも尚、覚悟を持って聞いてくださいますか?」

「貴女のためならば」


 これは、彼の長い戦いの道が開かれる瞬間となる。


「宗一郎様。この世界は------------」






 一週間後。


「結構歩いて来たものの、地図通りに向かっているのだろうか・・・・・・」


 現代より転移し、ヴァスティナ帝国を救った英雄。その名を長門宗一郎と言う。

 彼は今、ひたすら知らない世界の知らない道を歩き続けていた。最初は、不信感を抱かれないために旅人を名乗っていたが、現在は、本当に通りすがりの旅人リックとなっている。


(勇んで帝国を出たものの・・・・・・一人旅は不安だ)


 女王陛下との長い話の末、彼女の願いを叶えると誓った宗一は、旅に出ることにした。その旨を騎士団長メシアに話したところ、この大陸の知識を与えられ、文字を教えられ、通貨を教えられ、何日か修行に付き合わされた。その後旅支度を用意して貰い、金と地図に、食料と短剣などを持たされ、帝国を後にしたのだ。

 名前はメシアが考えたリックと言う名を名乗り、ユリーシアの願いのための、準備と修行を兼ねて旅に出たのである。まさかメシアが、こんなことにまで力を貸してくれるとは思っていなかった。何故尽力してくれたのかはわからないが、彼女との勉強と修行に応えるためにも、旅を成功させると心に誓う。

 ちなみに、救国の英雄「参謀リック」への、感謝の宴が開かれる予定があったそうだが、いつまでもいると決心が鈍ると思い、早々に出てきてしまった。今頃城では英雄不在に気付き、ちょっとした騒ぎになっているかも知れない。

 ・・・・・・・一度、王宮料理を味わってみたかったが致し方ない。正直後悔している。

 一人旅の不安はあるものの、これも修行の内である。今よりも、もっと強くなることを望んでいる宗一にとって、これからの旅はまさに修行であり、この試練を乗り越えなければ、ユリーシアとの約束を叶えることができないだろう。そう、女王ユリーシアとの約束を果たすのだ。

 何故ならば、彼にとっては彼女が全てなのだから・・・・・・・。


「そこの旅人さん。道に迷ってるのかい?」


 不意に声をかけられ顔を上げると、目の前に、長い金色の髪をなびかせた女性が立っていた。真っ直ぐ宗一を見つめる彼女は、妖艶で美しく、自分と同じような、旅人なのではと思わせる服装と、軽装のようだが同じような装備を持つ。腰には護身用なのか、一本のナイフを差している。


「ヤバい・・・・・。金髪美人が目の前に立ってる」

「こらこら、幻覚ではないよ。だから目をこするな」

「俺の妄想が見せる幻覚でないのなら、何者なんだよあんた?」

「私か?通りすがりの美しき旅人さ」

「自分で美しいとか言ってる・・・・・・。否定はしないけど」


 突然、よくわからない者に声をかけられ、自分を旅人だという彼女は、とにかく怪しい。この美貌を使い、他の旅人から金銭を巻き上げる、泥棒の類ではないのか。信用できない。妖艶ならば尚更だ。


「ところで、キミの名前は何と言う?」

「人の名前を聞くときはまず自分からとか言うでしょうが。というか滅茶苦茶怪しいんだけど・・・」

「しょうがないな。私の名前はリリカ、大陸を旅する自由な女さ」

「名乗りやがったよ・・・・。わかったわかった、俺の名前はリック。大陸を旅する修行中の旅人だ」

「リック・・・・・・。それがキミの名前か・・・・・・・」


 彼女の目は宗一を映している。だが、どこか遠くを見ているように感じた。

 先程まで余裕の笑みを浮かべた表情に、一瞬だが陰りが見えた気がしたが、宗一は、何故か彼女と初めて会った気がしないことの方が気になっている。

 波長が合うというのか、何故か彼女は、まるで長年の友のような感覚があるのだ。話をしていると息が合う。

 一体何者なのか。


「私が気になるのか?いやらしい目で私を見たい気持ちはわかるけど、もう少し上手くやる方が良いよ」

「だまらっしゃい。いやらしい目で今見てなかったから。後でじっくりと見るから」

「結局見るのか。なら、私と一緒に旅をしないかい?一人でいるのに退屈していてね」

「こういう妖艶な女性は怪しいんだけど・・・・・・、まあ一人旅は不安だったし」


 なんと、旅を始めて間もないにもかかわらず、いきなりパーティーメンバーができてしまった。

 旅人リックと、自称であり事実の旅人美女リリカ。


「では行こうかリック。目指すところは何処だい?」

「流されるままこうなったけど、まあ何とかなるか。行くぞリリカ、目指すところは適当で!楽しく苦しい旅の始まりだ!」

「ふふっ、面白そうだね」


 ここはローミリア大陸。争いの絶えない広大な大陸。

 今、長門宗一郎の長き戦いの道に、初めての仲間ができた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ