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恋なんて知らないハイエルフですが、種族関係なく恋を成就させることになりました  作者: 角松
種族の壁を越えて

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愛の詩を贈ろう⑩

 ダイバテイン、その北東地区には街とともに財を成した貴族が多く住んでいる。

 この巨大な街を統治する領主の館が存在し、それを取り巻くように貴族たちや商会の館が点在している屈指の富裕エリアだった。その地区へ入るためには橋を渡る必要があり、その橋は費用を負担した商会の名前から取ってハインツ橋と呼ばれていた。

 パルマもこのエリアには中々足を踏み入れることはなかった。

 まだ橋手前のエリアではあるが、北東地区に一歩入れば巨大な屋敷が立ち並んでいた。

 高い塀に囲まれた裏路地を歩いているのはレーベンとラミア、そしてアルノとアーミアの四人だ。

 路地裏とはいえ生活水準の違いか、照明の魔法具が贅沢に規則的に立ち並び、道を明るく照らしている。

 その四人の後ろを隠れるようにパルマたちが後を付けていた。


「夜になるとまだ肌寒いですねー」


 ふるりと身を震わせたラミアに、レーベンが身にまとっていたマントをそっと差し出す。


「ど、どうぞ……」


 さりげない優しさ、満点。物陰からパルマがグッドサインを送る。

 ラミアは差し出されたマントに驚きながらも、おずおずと受け取って羽織った。


「あ、ありがとうございますー……」


 ラミアは尖った耳の先まで赤く染まり、うつむいて消え入りそうな声で呟く。

 何かを察知したのか、アルノはラミアの羽織ったマントに潜りこむと、顔だけひょっこり出してレーベンへとにらみを利かせた。


「あらあらー、なんだか今日は特に甘えん坊ですねー」


 もどかしさ、パルマは飛び出そうになる衝動を抑えてシルバへ声をかけた。


「まだですか?」

「三人で来るはずだが……む、来たぞ」


 レーベンたちのさらに奥から五人組の男たちの姿が見える。

 ここではとあるドッキリ、もとい仕掛けを用意している。

 ラミアたちが男たちに絡まれ困ったところをレーベンが身を挺して守る……そう、名付けて……。


「チェロフの悪戯大作戦!」


 表情の変わらないはずのシルバから漏れたのは賞賛か呆れか。


「こんな作戦、よく思いつくな」


 その言葉を賞賛と捉え、パルマの耳先が自慢げに跳ねる。

 チェロフの小説に出てくる試練、物語の主人公たちに訪れる危機。

 現実でそう上手くはいかない出来事をはねのけた二人には強い結びつきが出来る。

 シルバの知り合いであるダイバテインの守衛たちに頼んだのは酔っ払いの役だ。

 裏路地で仕掛けて良きタイミングでレーベンを恐れ逃げてほしい、そう伝えるよう頼んでいた。

 前方から歩いてくる五人組へと視線を移すと、リアルな千鳥足はまさしく酔っ払い。

 というか本当に酔っているように見える。

 先頭を歩いている小太りの男は貴族のような出で立ちで、後ろの四人は皮鎧で武装し、まるで護衛……。

 役にしては徹底しすぎなのでは……そう首をかしげていたその時、アーミアが駆けだした。

 魔法具が地面に描く光を踏みながら、楽し気にくるくると回っていた。

 そして案の定、小太りの男に盛大にぶつかった。


「ぬおぉぉぉぉ」


 ボールがはじけるように男が転がり、後ろの男たちが慌ててそれを追いかける。


「このガキ―! 何するか―!」


 護衛のような男たちに抱き起された小太りの男が顔を真っ赤に染めて怒鳴り散らす。


「ごめんなさいー! 大丈夫ですかー?」


 ラミアが駆け寄り、怯えたアーミアをあやしながら頭を下げる。

 酔いで気の大きくなっている男たちは、各々腰に提げた剣を手にかけている。


「貴様ら誰に恥をかかせたと思っている……。ディビー子爵とは儂のことじゃぞ!」

「デブ……?」


 可愛らしいアーミア、ラミアが無垢な少女の口をおさえた時には遅かった。

 ディビーは言葉にならない奇声を上げて、ラミアたちへ手を伸ばす。


「や、やめてください!」


 その手を払ったのはレーベンだった。

 愛する者のために動くその姿、パルマは心の中で賞賛を送った。

 にしても子爵……?


「すまない、あれは守衛のやつらではなさそうだ」

「……は?」


 シルバからの淡々とした報告で固まったパルマの耳に、アーミアたちの悲鳴が届いた。

 護衛の一人がレーベンの左頬を殴り飛ばしていた。


「下民が儂に逆らったな? 殺されても文句は言えんぞ!」


 ディビーが目で合図すると、護衛たちが手に持った武器をレーベンへ向けた。


「た、確かにこちらが悪いですが、何もここまで……!」


 頬を赤く腫らしたレーベンが後ずさりする。

 死を予見させる緊張が場を包み込む。

 そんな中、護衛の後ろに隠れたディビーの背後に小さい影が近づき……。


「ン“ン”!!??」


 ディビーの股間をアルノの右足が蹴り上げた。

 恐らくハーファであろうディビーの背は小さく、まだ子どものアルノでも十分致命傷だろう。


「こ、ころせぇ……!!」


 地べたに崩れ落ちたディビーが泡を飛ばしながら叫ぶ。

 その掛け声とともに護衛の一人がアルノへ剣を振り上げた。

 その瞬間、レーベンが反射的にアルノへ覆いかぶさった。

 振り下ろされた剣が鳴らしたのは、肉を断つ音ではなく金属のはじける音だった。


「子どもに剣を振るうのは頂けないな」


 振り下ろされた剣を受け止めたのは、騎士団お墨付きのミスリル製の剣だ。


「何格好つけてるんですか、責任取ってくださいね」


 そのシルバに並び立ったパルマがじろりと冷たい視線を送る。


「その紋章……騎士団がなんの用じゃ! 子爵である儂の邪魔をするのであれば死罪じゃぞ!」

「だそうだが」


 シルバが答えを促すようにパルマへ視線を送る。

 その間も護衛が受け止められた剣を振り下ろそうと力を込めるが、シルバの剣は微動だにしない。


「そうですねー」


 パルマはこんな状況でものんきに頬に指を当てて考える仕草をしている。


「命あるものは全てパル=メク神の賜物。命は平等であるべきです」

「だそうだ」


 護衛の剣をはじきあげ、そのまま返すようにディビーへと視線を送る。

 酔いと怒りに支配されたハーファは股間をおさえながら口の端のツバを飛ばす。


「こいつらをまとめて殺せ!」


 すかさずパルマが|《光壁》《ウォーラ》の聖なる言葉を紡いだ。

 どこからともなく現れた光がレーベンたちを包み込む。


「その中なら安全ですよ」


 アルノとアーミアはその不可思議な光の壁に触れ、わっと歓声を上げた。

 レーベンたちを下げ、二人は臨戦態勢の護衛に対峙する。

 向かい合う護衛のうち、三人は剣を抜き前衛に周り、一人は一歩下がって杖を構える。


 ──魔術師か。


 騎士であるシルバが最優先といったところか、護衛はじりじりと半円に広がり、距離を詰めてくる。

 すると突然、前衛が跳ねるように左右に飛び、その間から炎が駆け抜けた。

 |《火球》《ディト》。神が人間に与えたもうた燃え滾る力。

 普段から使っている戦法だろうか。

 炎の玉がシルバをめがけてうなりを上げて襲い掛かる。

 その瞬間、光の防壁が炎をかき消した。

 パルマの援護を受けたシルバに、前衛はうろたえることなく剣を振るって襲い掛かる。

 ミスリルのブレードで受け流しながら、魔法使いの動きを目の端で追う。

 流石は貴族の護衛といったところか、前衛組はシルバの力を警戒して一撃離脱を繰り返している。

 呪文を再び唱えだした魔術師の様子から見て、魔法でとどめを刺す気だろう。


 ──やりにくいな。


 後ろにはレーベンたちもいる、下手に動けば危険だ。


「目を閉じて!」


 凛とした声が響き、シルバは咄嗟に目を閉じた。

 瞼越しでも分かる痛いほどの光。

 再び瞼を開けると、目をつぶされた護衛たちが唸り声をあげていた。

 神の光、|《光明》《ミラ》。

 普段は暗い道を照らす程度、しかし瞬時に多くの魔力を流し込めば人間の目をくらませるほどの威力になる。

 シルバは前方に飛び出すと、白に染まった視界を仰ぐように剣を振り回す前衛を剣の柄頭で打ち付けた。

 一人、二人、三人……。

 視界を取り戻した魔術師の前に広がっていたのは、壊滅した前衛だった。

 慌てて構えた杖を剣先で弾き飛ばし、柄頭で眠らせる。


「下民め……こ、こんなことをして許されるか……!」


 一瞬の隙に壊滅した護衛を前に、ディビーが怒りで打ち震えていた。

 酔いも冷めただろうに、地団太を踏んで悔しがる姿は幼稚さを感じさせる。


「皆さん、無事ですか?」


 パルマは赤子のような貴族を無視してレーベンたちへ駆け寄った。


「パルさんすごいですー!」

「あの騎士さんもすっげー強かった!」


 パルマはふふんと得意げに笑って、ラミアたちからの賞賛を浴びる。

 しかし体を張った詩人の顔は曇り、どこか投げやりな様子だった。

 レーベンへ意識を取られたその一瞬、黄色い稲光が辺りを包み込む。

 パルマの背に放たれたのは神の怒り、|《雷撃》《ガル》。

 庇うように一撃を受けたシルバが膝をついた。


「シルバさん!」


 一体何が起こったのか……視線を先に向けると、ディビーの顔に醜悪な笑みを浮かんでいた。


「私にも魔術のたしなみぐらいあるぞ」


 シルバのマントからは焦げた匂いが漂っている。

 その様子を目にした彼女の胸から、制御できない感情が溢れてくる。


「あんたは……」


 燃えるような金色の眼に睨まれたディビーがはっと息をのむ。


「許さない……!」


 ディンから使用するなとくぎを刺された、珍しい神聖()()魔法。


 ──でも、今は良いでしょう?


 パルマが手をかざして聖なる言葉を紡ぐ。

 恐怖に支配されたディビーが再び雷を放つ。

 ほぼ同時にパルマから放たれしは人間への罰、《光玉(リーシュ)》。

 無数の光の玉が浮かび上がったかと思うと、それは光の速度で雷を貫き、ディビーの体を打ち据えた。

 彼の体が浮かび上がるほどの威力が二発、三発と体を揺らし、ついには白目をむいて倒れ込んだ。


「シルバさん! 大丈夫ですか?」


 パルマが不安げな表情でシルバの体を支え、覗き込む。


「体がピリピリするな……悪くない刺激だ」


 普通の人間であれば魔法が直撃すればひとたまりもないだろう。

 流石は騎士といったところか、平然と立ち上がったシルバを見て安堵の息を漏らす。


「もう! 心配させないでください」

「心配されるのもいいものだな」


 冗談を言ったつもりなのか、頬を膨らませたパルマがその肩をはたいた。


 ―――――――――


「お二人とも、本当にありがとうございましたー」


 ラミアが深々と頭を下げた。

 気絶した子爵を置いてその場から逃げるように立ち去ったパルマ一行は、本来の目的地であるハインツ橋の傍に来ていた。


「いえいえ、皆さん無事で本当に良かったです……」


 パルマは自分が似たような作戦を立てていたこともあり、いたたまれない気持ちとなっていた。

 結局、シルバが依頼していた面々は〈星天祭〉の空気に当てられ盛大に飲みまくり、少し先の路地で酔いつぶれていた。

 とはいえ結果オーライ、二人の仲は深まっただろう……しかし実際はその逆の結果となった。

 裏路地での出来事以降、レーベンは不貞腐れたままだった。


「どうせ私なんて……」

「そ、そんなことないですよ! ねえシルバさん!」

「勝てない相手とは戦うべきではないからな」


 彼なりの励ましだったはずが、その言葉でレーベンの顔色がさらに悪くなる。

 その様子を見ていたラミアが優しくレーベンへ声をかける。


「レーベンさんもありがとうございましたー」

「ラミアさん……私は、自分が情けないです。怖くて、何も出来なかった」

「そんなこと……」

「いいんです……私はあなたに何かあっても、何もできない役立たずの……」

「レーベンさん!」


 その場にいた全員が初めて聞くラミアの叫びに思わず視線を合わせる。


「何故そんなに自分のことを悪く言うんですかー! そんなレーベンさんは見たくないですよー!」


 そんな意図などない、ラミアの表情を見れば一目瞭然だ。

 しかし今のレーベンにとって、あまり聞きたくない言葉だったのだろう。


「私は……!」


 レーベンは言葉を失い、そして逃げるようにどこかへと走り去った。


「え、ちょ、レーベンさん!?」


 シルバに後を追うよう促し、ラミアの様子を伺う。

 普段はピンと跳ねているその耳は、今は見るも無残にひしゃげ折れていた。


「レーベンさんは、いつも自分のことを悪く言いますー。自分をもっと大事にしてほしいんですー……」


 ハッとしたパルマの頭にある言葉が浮かび上がる。

『十の心得』その10、 何よりもまず、自らを≪傷癒(ヒルノ)≫の光で包むべし。

 自らを愛せないものに、他者を愛することはできない。


「……確かに、レーベンさんの良くないところです。そのくせ歌ってるときは鼻につくほど自信過剰で詩のセンスも酷いし節操もない」

「ぱ、パルさん……?」

「それでも、大切な人の為に勇気を出せる人だとは思います」


 彼女はラミアの手を強く、優しく握りしめた。


「ラミアさんも、そこは分かっているはずです……!」

「パルさん……」


 ラミアの裾が引っ張られると、そこには何かを耐えるように歯を食いしばったアルノの姿があった。


「ラミア姉ちゃん……あの人、あの時俺を庇ってくれた」

「……」


 気が弱いくせに、誰かの為に咄嗟に体が動いてしまう。

 誰よりもそれを見ていたのは、ラミアだ。

 彼女は羽織っていたレーベンのマントをさすりながら呟く。


「あー、私ダメですねー」


 ラミアは夜空に浮かぶ星を見上げ、ため息をつく。


「レーベンさんに、謝らないと―。二人も付いてきてくれるかなー?」


 アルノは仕方ないと言わんばかりに頷き、良く分かっていないアーミアは元気よく手を挙げる。


「まったく。どこいったんですかね、あの人は」


 パルマが世話が焼ける、と肩をすくめた。

 だけど時間までまだ少しはある。

 レーベン、ラミア、アルノ、アーミア、皆で花火を見上げる姿が頭に浮かび、自然に笑みがこぼれる。

 パルマは高揚する気持ちをおさえて、いじけた詩人を探しに向かった。

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