ミーティング 2
おそらく小さな声で挑発して、反応した私が怒鳴る声をパーテーションの向こうにいる部内の人間に聞かせたいのだろう。
ニヤつく清水さんの顔をじっと見て、ニヤニヤ笑いがおさまるのを待つ。
口角が下がり、やっと怪訝そうな顔になったところで、こちらもニッコリと笑って「そうですね」と返事をした。
そして息を吸い込み肺を満たす。
「清水さんのおっしゃる通りですね。以前から清水さんと流川さんの業務分を何点か受け取っていますので、現在の未完成の引き継ぎ資料で特に問題はありません。お給料を貰っている分、やることはやるべきとのありがたいお言葉も頂けましたし、私の方で処理させてもらいます。今以上の用意は必要ありません。体調に気を付けてお過ごしください」
しっかり聞こえるように、明朗な発音を心がけた。
「えっ、ちょ」
「ちょっと……!」
など、中村さんと清水さんからは一通りのリアクションを見ることが出来たが、彩さんは違った。
ミーティング開始からずっと視線を伏せていた彩さんの表情は変わらない。
悲しみも、嘲りも、驚きも浮かばない。
彩さんだけが、ただ微動だにせず座っていた。
調子を取り戻した中村さんが、周囲に聞こえるように声を出す。
「森田さん、その言い方はマタハラになるんじゃないの?まずいよ」
「そ、そうですよ!最近の流川さんへの嫌がらせは目に余ります!」
援護に清水の声も加わった。
名前を出された彩さんは、ゆっくりと視線を上げて「もういいですから……」と弱弱しく答えた。
きっと、周囲にはこのトラブルを諫めているように見えるだろう。
そこまで頭が巡って、鼻白んだ。
誰のせいで。
「彩さん、ちょうどいい機会だからはっきりさせようよ。森田から嫌がらせを受けてるって。会社でいじめとか恥ずかしいと思わないの?仕事しに来てるんだから」
それでも引けない中村さんと清水さんはヒートアップしているようだった。それはそうだ。このまま話が終わってしまえば、問題発言をしたと噂されてしまうだろうから。
「──具体的に、どんな嫌がらせですか?」
熱くなっていた二人がピタリと止まる。
「……っ、被害者に言わせるんですか!?」
「身に覚えがないのでぜひ聞かせてください」
あたかも挑発を受けたかのように顔を赤くしている二人には周りの状況が見えていないのか、私を糾弾するのに忙しいようだ。
「営業部はみんな気付いてるよ!他の営業アシスタントが仕上げた業務のデータを自分の名前に書き換えて、自分の手柄にしてるって!!」
中村さんは大きな声で営業部の総意だと言っているようなものだが、いいのだろうか。
「具体的に、誰の分が私の名前になっていたとおっしゃりたいのでしょうか。私の日報の記録がありますので確認できます」
「自分でつけてる記録なんて証拠になるわけないでしょう!嘘ばっかりつく人なんて信用できないに決まってる!」
「事実、私がやりましたから。情シスを呼んでファイル作成者のIPアドレスやログイン情報を確認してもらってもかまいません」
情シス──情報システム室という他部署の名前が出てきて、二人の勢いがやや弱くなった。さすがに他部署を巻き込めばことが大きくなることはわかっているのだろう。
もうすでにミーティングと称してオフィス内で騒いでしまっているのだが。
「──中村さん」
悔しそうに顔をしかめている中村さんと視線を合わせる。
「先ほど、営業部はみんな気付いているとおっしゃっていましたが、間違いありませんか?」
「しつこい。そりゃ気付くでしょ。あがってくる資料に頻繁に森田の名前があれば」
ここで清水さんが苦い顔をした。前回のやり取りを、やっと思い出したようだ。
「では、営業部の皆さんが気付くほど、私が他の方の業務を代わりにこなしていたわけですが。その間、本来の担当者は何をされていたのでしょうか」
ちらりと清水さんに視線を流すと、中村さんは不思議そうに清水さんを伺うように見た。
「私はどの取引先の何の資料を自分が担当したのか記録しています。なので──」
「だから!不倫するような人のことなんて信じられないって言ってんの……!!」
バン!!と机を叩く清水さん。それを中村さんが慌てて止めている。
異様な空気にパーテーションの向こうからは物音が小さくなっている。
「──前々から思っていましたが、事実と異なる件を持ち出すのはやめてください。迷惑です」
なにを……!といきり立つ清水さんから視線を外し、今度は彩さんへ視線を移す。
いつからだったのか、彩さんの視線はこちらにじっと注がれていた。
それを私も静かに見つめ返す。
おそらくこの場で真実を知っているのは、彩さんだけなのだから。
「……それに、個人的なお話は業務外でしましょう。業務には個人の好悪は関係ありません。コンプライアンス室から連絡が来る前にお互い気を付けましょう」




