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復讐は正攻法で  作者: コーヒー牛乳


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祝勝会


「お前、清水とやりあったらしいな」


 ジューーーーーと、肉の焼ける音の間から花田さんの声が聞こえた。

 それを聞いて私は、チラリと花田さんに目を向け……たが、答えられない。


 花田さんも答えは求めてなかったのか気にも留めず、私ではなく弾ける肉を見ている。


「それで? 蹴散らして、仕事はやりやすくなったか」


 また、ジューーーーーと私と花田さんの間で煙が上がった。


 先ほどから花田さんは話題を投げてくれているが、私の口は開かない。開けない。絶えずもぐもぐと動いているからである。


「うまいか」


 それもそのはず。焼肉奉行と化した花田さんが、次から次へと脂が良い感じに弾けた肉を私の皿に乗せるからである。


 止めずにいたら、あろうことかサンチュに巻いてくれようとし始めた。さすがにそこまでは固辞した。どう見てもサンチュは一人で出来る。肉を焼いてくれるのは助かるが。


 ここまでの過保護っぷりを発揮されると、もう花田さんが心配である。


 ごくん、と飲み込み。やっと返事ができるようになった。


「花田さんにも社内の情報を教えてくれるお友達がいたんですね。安心しました。あと、この塩牛タン美味しいです」

「お前の中の俺のイメージが孤独すぎて心配だ。もう少し優しくしてやってくれ」


 部下の生意気な口ぶりにはもう慣れたのか、過剰な反応はせず肉の世話を続けている。


 さて。一体なぜ、また花田さんと食事をしているかと言うと。


 また残業中に戻って来た花田さんに誘われたのだ。「行くぞ」と。こちらの都合は聞かれなかった。おかしいな。

 一応、お腹は減っていないと理由まで作って辞退したのだ。それでも誘われたのだ。「飯食いに行くぞ」と。これはあれだ、暇そうに残業している部下に聞いてほしい話でもあるのかなと察した。あと肉の魅力には勝てなかった。


 外食慣れしている花田さんが選ぶ焼肉屋さんの肉は美味しかった。


 黒毛和牛を一頭買いしているらしい。なんだかすごそう。

 そして、誰かに焼いてもらう肉はもっとうまい。

 一人の食事って、味気ないしね。


 もぐもぐと絶えず口を動かしていたら、なんだか前方から視線を感じソロリと視線を上げた。


 注がれている視線はやっぱり向かいにいる花田さんで、なぜだか満足気にこちらを見ている。まるで野良犬に餌を与える慈善事業をしているかのような視線だ。


 そんなに見られては落ち着いて肉を味わえないじゃないか。


「……なんですか」

「いや、うまそうに食うなって思って。これは祝勝会だからな、もっと食え」

「えっ、何か私、勝ったんですか?まだ清水さんに土下座してもらってないのですが……」

「お前の勝利条件は厳しいな」


 ハハハと笑う顔はどことなく気を許しているように見えて、不覚にも少しだけかわいいと思ってしまった。


*****


「清水の件じゃなくて……主任、昇格おめでとう」


 ガヤガヤとしていたはずの周囲の客の声が、耳を滑っていく。


 主任昇格……つまり、昇格試験に受かったのだ。

 正直、だめかもしれないと思った。花田さんはフォローしてくれたし、二宮部長も一旦は受け入れてくれたが、悪目立ちしてしまったのではないかと心配だった。


 安心が先に来て、力が抜けていく。背が椅子にトンとついて、息を吐いた。


「嬉しいよりも、ほっとしました」

「能力は元から問題ないんだから当然だ」


 主任昇格という報を聞いても浮かない顔をしている私を安心させるように、花田さんのフォローが入る。


「こんなに嫌われてるのに、大丈夫でしょうか」


 うちの会社では主任に昇格するとチームリーダーのような役割を担うことになる。

 嫌がらせを受けている現状で、私がリーダーだとまとまるものもまとまらないのではないだろうか。


 せっかく直談判までして昇格試験を受けることが出来て、合格したのに。

 期待される結果を出せなかったらどうしよう。


 なんて、まだ起きても無い未来を想像して不安がって、バカみたいだな。


 花田さんが気を抜いた顔をしてるから、私まで張っていた気が緩んでしまったのかもしれない。せき止めていた不安が決壊するようにあふれ出てしまう。


 せっかく花田さんにおめでとうと言ってもらったのに、暗い顔を返してしまう自分が情けなくてごまかすようにヘラリと笑いながら花田さんの反応を伺ってしまった。


 きっと花田さんの視線は情けないものを見るようなものに染まっているだろうと思ったのに。


 予想に反して、その視線は真剣だった。


「森田なら大丈夫だよ。俺は知ってる」

「知ってるって、何をですか」


 誤魔化すように作っていた笑顔が剥がれ落ちていく。


「お前はいい奴だってこと。───それに」


 当然のことのように認めている、という言葉を貰えてじわりと泣きそうになる。

 なんでこんなに花田さんは優しくしてくれるんだろうか。

 その答えが、もしかしたら続くのではと気になって耳を近づける。

 

「……それに、お前の勝利条件は土下座だったか。やや厳しいが、勝機は見える。人間椅子にでもしてやるか」

「…………はい?」


 真剣な顔で何を言っているのかと変な間がうまれた。


「……それに、の続きはどこにいったんですか?褒めてくれるんじゃなかったんですか?」

「俺に恩返しするために強くなると宣言された時はしびれたもんな」

「おーい。もしかして酔ってます?」


 花田さんはいつの間にか酔っていたのか、少し頭が揺れていた。しびれているのはアルコールが原因ではないだろうか。


「頼もしい部下がいて嬉しいよ」

「私は心配です……」


******


 目の前のご機嫌な酔っ払いの様子を見て、言葉の続きを聞くのは今度にしようと決めた。それに、ちょっと弱気になっていた気持ちがどんどん霧散していく。まあいいか。なるように走るしかない。花田さんに恩返しするという目標があるのだ。その方向に走っていけば間違いない。


 ───目標を見失わなければ、判断はぶれない。

 昔の花田さんの助言を思い出して、目の前の花田さんに目を向ける。あの時の花田さんより、今の花田さんは少し気が抜けているように見える。


「今回の主任昇格は通過地点だ」

「はい。これから資格試験もあるので引き続きがんばります。キムチ頼んでいいですか」

「いいぞ。ついでに冷麺も頼む」


 酔っていても器用に焼肉奉行を務める花田さんに肉をもらいながら、またモグモグと口を動かした。


 冷麺が来るのを待っているのか、花田さんがご機嫌な様子でこちらを見てくるので落ち着かない。『うまいか?』と聞いてくるのはたぶん二度目だ。美味しいです、と答えるのも二度目。酔っている花田さんはいつもの意地悪顔じゃなく、ニコニコとご機嫌そうにしているから落ち着かない。こんなところでギャップを見せないでください。


 何が楽しいのかご機嫌な様子で目を細めながらお酒を飲む花田さんを、視界に入れないように口を動かす。そして私が飲み込んだタイミングで花田さんが口を開いた。

 

「……森田は期待に応えようと足掻ける。心配すんな」


 ちょうど口が空で、返事をしないわけにいかない。策士だ。


「過大評価すぎませんか。先日から私への評価がインフレ起こしてますって」

「褒められたら素直に受け取っとけ」

「……アリガトウ、ゴザイマス、?」


 素直に受け取るほど褒められた気はしていないんだが???


 ふはっ、と花田さんが笑ってむせていた。美形はむせても汚くならないらしい。

 よっぽど私の納得していない顔がツボだったのか、なかなか笑いがおさまらないようだった。


「花田さんのアシスタントになって一年と少しぐらいですが、そんな評価頂けるとは光栄です」

「薄情だな、二年前に森田が俺に見てろって言ったんだろ」


 二年前、と言われても身に覚えが無く頭を傾げてしまう。


「非常階段で」


 脳内検索”非常階段”でサーチしたところ、ヒットした出来事がそういえばあった。


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