5ー⑦
─瀬戸内海
空母・香山は全速力で海原を疾駆する。その推力たるや二二二〇年代の地球において最新科学の生み出した速度である。 が、
「ああもう!遅いよ!これじゃあおじさんたちがやられちゃうじゃないか!」
そう叫ぶシアの故郷・ヘテロティスの技術力にはまだまだ劣る様であった。
『すまないが、地球の科学力ではこれが精一杯なのだよ』
艦橋から祥子が無線を流す。
「かと言って、わたくし達ではケツァールと幻舞の速さに追いつけないのですから、どのみちこの艦で移動するしかありませんでしたわ」
と、ユリーナも苛立つシアを宥める。飛行と遊泳
が可能なドラガォンはまだしも、ライゲルは海上での移動すらままならないのだから。
「とは言え、この速さじゃなぁ……そうだ!」
シアは何かを閃いた。
「ユリーナ、キミの魔法で物体の強化や水を操っての冷却はできるかい?」
「ええ、可能ですわ。でも、そんなに長くは持ちませんわよ?」
「数分もあれば大丈夫!」
『君たち、何の話をしている』
無線越しに聞こえたシアとユリーナの会話を訝しく感じた祥子は二人に問う。
「艦長、ちょっとこの船、いじくらせてもらうよっ」
『何だと!?』
シアはライゲルの尻尾の先端を甲板に思い切り突き刺した。
『何をしている!?やめんかーー!!』
命と同じくらい大事な艦を傷つけられ、祥子は冷静さを欠いた様に叫ぶ。
「さあ本気を見せてみろ!香山!!」
シアは電脳から信号を送り、香山の制御を乗っ取る。そして、機関部のリミッターを解除させてゆく。
「よしユリーナ、艦が耐えられる様に全体を強化だ!そしてエンジンが焼けない様に冷却!」
「はーい」
マイペースな返事をしたユリーナはいつの間にかドラガォンから降りており、甲板の中心に立っていた。そして両掌を合わせて念じると、甲板一面に魔法陣らしき紋様が浮かぶ。
「竜鱗、光纏いて堅牢なる衣とならん……オキシドラスの鎧!」
続いて、別の呪文を唱える。
「無尽の静寂、絶対の零度を成せ!スタージョンの吹雪!!」
魔法の強化を施された艦体は、水や空気の抵抗をものともせず、先ほどまでとは比較にならないほどの速さで進む。爆発寸前だった機関部は魔力により冷却され、香山は地球の艦船にあるまじき速度で海上を駆け抜けてゆく。
「総員、何かに掴まっていろ!……全く、なんという事をしてくれるのだ!あの娘たちは」
─太平洋上空
遠野の駆るメタルディフェンサー丁型は、 両腕に手甲の如く装着された赤色のガトリング砲をエゲツナーロボめがけて撃ち込み、そして撃破した。
「やった!10機目!!」
初の実戦で10機のエゲツナーロボを撃墜。 それは3年前の英雄にすら成し得なかっただろう戦績だ。だが、幻舞を駆る英雄とケツァールを駆るえつ子は、その何倍もの敵機を墜としているし、何より敵の全体数である数百機が相手となればその数は焼け石に水と言わんばかりだ。遠野は素直に喜べない。更に彼女の機体は自前の弾薬を全て撃ち尽くしており、今装備しているガトリング砲は本来ならケツァールの下部にセットされている「大庵」 と名付けられたものを、予め渡されていたものだった。遠野は丁型のマニュピレーターに大庵のトリガ ーを引かせるが、 ガチンガチンという金属音を立てて弾倉は虚しく回転する。
「うそっ…. 弾切れ!?」
遠野の狙い定めていたエゲツナーロボが、丁型に向かって猛スピードで距離を詰める。腹部の砲門にはエゲツニウム粒子がチャージされる証の発光が見えた。 両腕を広げ接近する敵機。丁型にベアハッグの要領でしがみ付き、動きを封じた上で至近距離からビームを発射するつもりだろう。遠野はその動きを読めず、約30メートル先まで接近を許してし まう。 絶体絶命…その時だった。
「飛べぇ!サイドワインダー!!」
英雄の声とほぼ同時に黒い物体が飛来し、丁型に接近するエゲツナーロボを上下で真っ二つに切断した。 その刹那に敵機のエゲツニウムが爆発し、その衝撃で丁型がすこしぐらついたが、 遠野は機体をすぐに立て直す。
「遠野さん、大丈夫ですか?」
セリカの声。乙型のすぐ傍には幻舞がいた。左手には「へ」の字に展開したヤマカガシを携えている。これをブーメランの様に投擲して遠野の窮地を救ったのだ。 英雄の叫んだ「サイドワインダー」 はヨコバイガラガラヘビの別名であり、所謂 「必殺技名」 だ。
「大尉殿!セリカさん!ありがとうございます!お手を煩わせてしまい申し訳ありません!」
謝辞を述べる遠野に幻舞の背を向けながら、英雄はもう片方の手に把持させた自動小銃『ブームスラング』で敵機を正確に撃ち抜いていた。
「遠野伍長、撤退しろ!」
「……っ!」
上官である英雄の命令に対し、遠野は不服こそあるものの、反論出来る要素は無かった。実弾も撃ち尽くし、飛行エネルギーも残り僅かなのだから。
「君はまだ若いし丁型もまだ試験段階だ。今ここで命と機体を粗末にするな!ここは幻舞とケツァールで持ちこたえる。君はここへ向かっている香山に合流して補給を受けろ!」
「……了解であります!」
英雄の命令に答え、遠野は丁型を反転させる。すると、
「……!?た、大尉どの!アレを……」
マシンガンを撃ちながら英雄は幻舞のカメラアイを後方に向けた。
「なっ…!アレは、香山!?」
到着までまだ時間は掛かると思っていた香山が、青白い光を纏いながら猛スピードで海上を走り抜けてくるのが肉眼でも解るほどに確認できた。
『何ぁにが“君はまだ若い”か!私にしてみれば貴様も小僧だぞ大尉!』
香山から無線で祥子の声が届く。
『やっほー!おじさーん』
『えつ子さんもセリカさんも無事でしてー?』
ライゲルとドラガォンからもシアとユリーナの音声が届いた。
「シアどの!ユリーナどの!それは一体何事でござるか!?」
ケツァールからえつ子が無線で問う。
『そこの二人が異世界のよくわからん力で香山を無理矢理こんな状態にしたのだ。来満大尉!貴様は娘にどんな教育をしている!!』
シアとユリーナは自分の実の娘ではないし、その二人を育てたのはインション並びにヒーロという別世界の自分なのだから、俺に聞くな…と、思いつつも、英雄は祥子に謝る。その後ろでセリカが笑いを堪えてる声が聞こえた。
『まぁいい。貴様ら親子に説教するのは呉に戻ってからだ!これより香山は戦闘に入る!総員、このまま前進しつつ幻舞とケツァールを援護しろ!』
祥子の号令に、乗員達は答える。
「藤原くん、対空ミサイルをエゲツナーロボの群れに撃ち込んでください」
「イエス、サー!」
霞の命令に従い、藤原が主砲の照準を合わせ発射。
香山から撃ち込まれたミサイルにより、エゲツナーロボは一気に10機近く数を減らす。それにより、遠野が撤退する隙が生まれた。
「大尉どの!えつ子さん!セリカさん!ご武運を!!」
メタルディフェンサー丁型は敬礼のポーズを取ると、香山の甲板へと降下する様に飛んでゆく。
「よし!反撃開始だ!!」
幻舞は弾を撃ち尽くしたブームスラングを納めると、ヤマカガシを刀状に展開させ、両手で柄を握り、構えた。




