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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章番外編
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番外編3.芸術祭

 芸術祭は1週間続くイベントだ。

 2日目以降はカテリーナやレオナールは招待された劇場で観劇した後にお茶会へ参加したり、美術館で館長に案内された後に晩餐会に参加したりと公務の連続だった。お祭りだけど、全く楽しんでいられない。

 ついでに全く知り合いやら味方やらが居ない状況だから、カテリーナは精神的にとても疲弊していた。


 そして5日目の朝。

 どんよりした空気を背負って朝食を食べているカテリーナに対し、マリーがにこやかに告げた。


「カテリーナ、今日はお休みで良いそうよ」

「おやすみ……? 本当、ですか!?」

「ええ。ここまで4日間頑張ったから、ご褒美ですって」

「レオナールさまが、ですか?」


 あの人の性格を考えると、そんな配慮をしてくれると思えない。絶対、何か裏がある。

 疑わしい表情で眉間に皺を寄せていると、コロコロとマリーが笑う。


「ふふふ、しっかり学習しているわね。正確には、”これ以上ボロを出す前に飴を与えておこう”ですって」

「飴…………」

「最終日にはまた式典があるもの。カテリーナは社交にもまだ慣れていないのだから、ここで一回息抜きをしておいた方が良いわ。今日は公務は気にしなくていいから、1日芸術祭を楽しんでいらっしゃい」

「マリー……!」


 マリーは優しい微笑みを浮かべている。

 公務としてだとどうしても限られた範囲でしか行動できず、街をうろつくこととかが出来なかった。お祭り特有のワクワクした空気が漂う街を歩けないことが結構悲しかったのだ。

 だから、今日1日だけとはいえ自由に楽しんでいい、と言うのは本当に嬉しかった。


 カテリーナは満面の笑みを浮かべ、頷いた。


「ありがとうございます! それじゃあ、行ってきます」

「ええ。気を付けていってらっしゃい」

「はい」


 街へ出るためにノクスと共に去って行くカテリーナを見送り、ヴィクトールは呆れた様子て小さく呟く。

 マリーをここまで連れて来た後、静かにやり取りを見ていたのだ。


「……元々予定されていた休日とも知らずに、憐れなモノですね」

「ふふふ、そんなこと言うものではないわ。あの子は目の前に餌をぶら下げておくよりも、突発的に飴を与えた方が効果的の様だもの、仕方ないわ」


 実はカテリーナの予定はマリーが組んでいるのだ。

 そして元々5日目は休日とするために予定は入れていなかったのだが、事前には告げていなかった。そうでなければ、突発的に公務をキャンセルなんて簡単には出来ないのだ。


 そこまでまだ考えが至らないカテリーナを微笑ましく思いつつも、マリーは今後の教育計画を再検討し始めたのだった。




   § § § § §




 王女としてお披露目後であるため、お忍びで街に出るにあたってカテリーナは町娘風に変装をした。といっても、数か月前までと比べると断然上等なワンピース姿ではある。

 それでも綺麗に着飾っていた姿とは全くの別人という雰囲気だ。ちょっと悲しい……。

 街中に溶け込むようにいつもの黒ずくめではなくラフなシャツとパンツ姿のノクスと並び、賑やかな音楽に溢れる道をのんびりと歩く。


「……楽しそうだな」

「うん! この、お祭りの空気ってなんだかワクワクしない?」

「そう、か……?」


 今一つ納得していない様子のノクスは、そういえばうるさかったからと昏闇くらやみの森でずっと寝ていたのだ。賑やかなお祭りは好きじゃないのかもしれない。

 不安になってノクスを見上げれば、少し眉間に皺を寄せていた。


「ノクス、街に出るの止める?」

「どうしてだ? だが、そうだな……。カテリーナ、少しこっちへ」

「え……?」


 手を取られて人気ひとけの少ない路地へと連れて行かれる。

 そしてカテリーナの薄茶色の髪の毛を手に取り、ふっと息を吹きかけた。


「……これで大丈夫だろう」

「あれ、色が変わってる!?」

「ああ。幻術のようなものだ。周りの人間がカテリーナのことを訝し気に見ていたから、気付かれたかもしれないからな」

「ありがとう。全然そんなこと気付かなかった……」

「折角カテリーナが楽しそうにしているのだ。邪魔が入っては困るからな」


 手に取られたままだった髪の毛に口付けを落として甘く微笑むノクスに、頬が熱くなる。

 慌ててノクスとお揃いの紫黒色に変わっている髪の毛を取り戻した。


「ノクス!」

「はは。それじゃあ、どこへ行く? 今からでは劇場とかに入るのは難しいだろうが……」

「もう……! 芸術祭の間は街中が劇場みたいなものだから、歩いているだけでも楽しいんだよ」


 褐色の大きな手を引き、街を歩く。


 大きな通り沿いには沢山の露店が並び、道端では少人数で音楽を奏でる人々があちこちに居る。小さな路地を全面使って画廊のようにしていたり、子供たちがお芝居を披露していたりもする。

 時には観客を巻き込んだ即興劇が始まったり、大きなキャンバスに道行く人が自由に色を乗せて作り上げるアート作品なんてものもある。


 奏でられる音楽に合わせて踊り出す人々の中にノクスを引っ張って突入したり、一緒に絵を描いてみたり。

 最初は戸惑った様子だったノクスも、次第に慣れたのか柔らかな笑みが零れていた。


「ねぇ、ノクス。楽しい?」

「……ああ。こんな場所に今まで近付かなかったが、なかなか楽しいものだな」

「ふふ、よかった」

「カテリーナのおかげだ」


 頬を撫でながら甘い青紫色の瞳を向けられて、持っていたジュースを落としそうになる。さっきまで普通だったのに、急に色気溢れる視線を向けられてビックリしたのだ。

 バクバクと賑やかに跳ねる心臓を押さえ、カテリーナは恨めし気にノクスを見上げる。


「ノクス!」

「カテリーナはいつになったら慣れてくれるのだろうな?」

「知らない! 無理強いしない約束だよね!?」

「嫌がってはいないと思うが?」

「そっ、んなことは! も~!!」


 ペシペシとノクスの腕を叩く。

 揶揄われているのは分かっているけれど、なんだか悔しい。


 カテリーナとしてもノクスに頼ってしまうし、一緒に居ると安心すると思うようになっていた。ノクスのことを受け入れているのだ。

 それでも、なんだか甘い空気になると逃げだしたくなってしまうのだ。


 じゃれるようにノクスをペシペシし続けていた時だった。


「……あれ?」

「どうした、カテリーナ?」

「ちょっと、聞き覚えのある音が聞こえた気がして……」


 風に乗って、なんだか懐かしい曲が聴こえてきたのだ。


 芸術祭の間は街中に音が溢れているから、目当ての音の元を探すのは難しい。周囲に視線を巡らせても、それらしい演奏者は見当たらない。

 少し目を伏せたノクスが、小さく息を吐いてカテリーナの手を引く。


「こっちだな」

「え……?」

「カテリーナに聴こえたのはアレだろう」


 そう言って指差す先には、1人でヴァイオリンを奏でているエリオットの姿。

 かつて、2人で良く一緒に演奏した曲を弾いていた。


「エリオット……」

「行ってきたらどうだ?」

「え?」

「前に、カテリーナが歌っていた曲だ。アレに合わせて一緒に歌っていたのだろう?」

「でも…………」


 今回色々とあったから、もう前のように楽しくは歌えない。

 それに、エリオットたちと関係を断ち切ることを望んだのはカテリーナなのだ。それなのに、今更エリオットのヴァイオリンに合わせて歌うなど出来ない。


 首を横に振るカテリーナに、しかしノクスは笑う。


「髪色も変えているんだ。気付かないかもしれないだろう?」

「えぇ~……。流石に歌ったらバレると思うけど……」

「だが、最後かもしれないぞ? それに、ここで見なかったことにしてカテリーナの心に残り続ける方が困る」


 拗ねたようにそういうノクスに、思わず笑いが零れる。

 カテリーナにエリオットと一緒に歌う理由を作ってくれるノクスは、本当に優しい。


「わかった、行ってくるね。……ノクス、ありがとう」

「ああ。ここで聴いている」


 ノクスに送り出されて、カテリーナはエリオットの方へと歩み寄りながら息を整える。

 そしてゆったりと優しい旋律に乗せて、高らかに歌い出す。


 穏やかだけどどこか物悲しいその歌は、幼い頃の思い出と、最近の出来事を思い出す。

 それでも。


 ヴァイオリンを奏で続けながらも緑色の瞳を見開いたエリオットを見て、自然と笑みが零れていた。




   § § § § §




 エリオットがその日、1人でヴァイオリンを奏でていたのは偶然ではなかった。


 芸術祭の少し前にアンゼリカの行方が分からなくなり、さらに彼女の家であるディルベット商会は様々な不正を行っていたとして営業が停止となっていた。ディルベット商会の支援を受けていたエリオットたちの劇場もその捜査の関係で営業を止められ、今後の見通しも立たない状況だった。

 だから芸術祭中は毎日街のあちこちで演奏をしていたのだ。


 それでも、まさかカテリーナに会うとは思っていなかった。

 彼女は王女としてお披露目され、そして自分たちとはもう関係のない存在であるという契約書にサインもしたのだ。

 この先、一生会うことも、一緒に演奏をすることもない。

 そう思っていた。


 それなのに。


「……まさか、カテリーナが飛び入り参加してくれるなんてね」


 1曲を歌い終え、聴衆に笑顔で礼をしたカテリーナが去って行くのを見て、エリオットは小さく呟く。

 その視線の先。


 芸術祭を楽しむ人々に紛れ、背の高い男性と一緒に笑いあっているカテリーナの姿に安堵の息を吐く。


「良かった。君が、笑っていられる人と一緒に居て」


 ちょっと気が強くて、愛嬌のある、普通の女の子だった。

 そして本当は寂しがり屋で、優しい年下の幼馴染なのだ。


 そんな彼女が、王女らしくあるために整えた笑みを浮かべ、毅然とした態度で振舞っていた。

 その姿は立派だったけど、どこか無理をしているのではないかと思っていた。


 でも彼女を追い出し、傷付けた自分がそんなことを言えるわけがない。

 最後のチャンス、と分かっていたけれど芸術祭の初日に領主館で会った時にも声を掛けることも出来なかった。


 だがそれも、不要な心配だったようだ。


「どうか、幸せに……」


 仲睦まじい様子で雑踏に消えていく2人を見送り、エリオットは再びヴァイオリンを奏で始めたのだった。





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