5日目 「英雄にはなるな」
…ハァ、ハァ、57話目です…メンタル崩したり体調崩してたら5年経ってたってマジか…
翌朝10時ごろ。
「ボスの情報…開示されたとは言え、断片しかないな。ストーリーの進行度で段階的に開示されるんだろうか」
深夜1時ごろにベッドに倒れ込んでから泥のように眠り続けていたベディもようやく起き出していた。結果的にはそれが良かったのかもしれない。既に掲示板には開示された情報を元に動き始めたプレイヤーの報告で溢れていた。
「島中でモンスターが暴走状態に…モンスターもLvアベレージが30から50に上昇…悠長に寝てられない。僕も行かないと…」
開示されたボスの情報は以下の通り。
①現状行動開始寸前であり、それに伴い島中のモンスターが暴れ出すこと
②最終ボスは超巨大であるため、ボスとは直接戦わず複数の中ボスと戦うこと
③敵は概ね水・風・地属性と麻痺に耐性を持ち、火属性と毒が非常に有効であること
④ボス戦後に生き残ったNPCの数でクリア報酬が上乗せされること
⑤異変クエストのクリア報酬はボス戦の手掛かりであるので有効活用すること
⑥ボス戦の前にサイドクエストが複数発生すること
⑦ボス戦開始時間は最終日の18:00であること
現在、イベント5日目。もう時間はあまり残されていない。
「レックスさんの情報と仮説が確かなら誰も生き残れない…それでも」
諦めるものか。そんな決意とともに彼は足を踏み出した。
他にいた宿泊客以外ほぼ無人だった潮騒亭を出ると、町は混乱のただ中にあった。
「防壁を建て直せ!」
「総本部からの回答は⁉」
「既に総本部を依頼人とした緊急依頼が半径10㎞圏内の沿岸部にあるギルド全支部にて発令されています。更に今回の状況がケース3『多数の構成員の死傷が予想される事態』に該当、並びにケース6『多数の非戦闘員の死傷が予想される事態』に発展する可能性が極めて高い事を踏まえ、総本部は緊急防衛体制クラス3を発令、それに伴い住民の避難方法を策定中とのこと、ですが…」
「クソ、なんにせよ時間が足りんッ!」
「余裕のある者は負傷者の穴を埋めろ!一匹たりとも奴らを町に入れるな!何としても防衛線を死守するのだ!」
町の外周部には家屋の残骸から作られたらしきバリケードが築かれ、その前には数名のフル武装の男たちが陣取り、今なお襲い掛かるモンスターたちの荒波を必死に押し返していた。
「よォ、起きたかよ白黒…」
「レキさん…」
防衛線に加勢しようと走り出しかけたベディを呼び止めたのは、つい昨日会ったばかりのレキであった。
「状況は?」
「最悪の一歩手前、といった所だろうなァ…何せNPCとプレイヤーの連携があまり取れてねェ…ドロップに欲をかいたプレイヤーが迂闊に突っ込んで囲まれて、それをNPCが救出に向かって防衛線に穴が開いて、の繰り返しだ…」
既に掲示板では高値で売れる換金アイテムや、現在の進行度では比較的希少なレアアイテムのドロップ報告が多数上がっている。それにつられているのだろう。
「なら僕も「止めとけ。テメェ一人で何が出来る。もし『この状況を変えてみせる!』とか本気で思ってんならただの愚者だぜ、テメェはよ」んぐっ…」
「ま、そうカッカしなさんな…もうテメェ一人でどうこう出来る次元の話じゃあないんだ…弁えな、若ェの。それに、こういう時どうすべきか、がわからんアホばかりじゃあない。見な」
そう言ってレキの指をさす先にあったのは、先ほどと変わらない、欲に塗れた人々の醜い有様…否。
「バカヤロー!少しは周り見やがれってんだ」
「はいはい、壁役はこっちねー。バフはこっちで張るからあとはご自由にどうぞー」
「了解。囮はやるから後はお前ら全力で刈り取れ」
「「「任された!」」」
「ヒャッハー!より取り見取りだぜぇ!」
「よーし、タンクチームとヒャッハー共がヘイト稼いでる間に建て直すぞ。回復チーム、余裕あったらNPC回復したげて。手が足りないから動ける奴は一人でも多いほうがいいからな…つーかマジでヒャッハーって言ってる奴初めて見たわ」
「あれ、知らないの?結構有名よあいつら。世紀末ロールプレイの攻略動画ってのが結構ウケてるんだってさ。あんなんだけどプレイスタイルはかなり堅実だから、初心者向け攻略動画とかで結構再生数稼いでるらしいわね」
「へー。後で見てみよ」
プレイヤーが欲をかいて開けた穴を、押しのけるように塞ぎにかかる他のプレイヤーたちの姿であった。
「…な?全員が全員馬鹿じゃねえ。頭の茹だった連中も、渦中から引きずり出されれれば少しは頭が冷えるだろうよ。冷静になれさえすりゃあ…この通りだ、押しのける程度造作もねェ」
そこまで語るや、レキはおもむろに獲物の大戦斧と大鎚矛を担いで歩き始めた。
「…何してんだ。さっさと加勢に行くぜ、坊主。このままじゃあ連中、押しのけるのを通り越して一匹残らず狩り尽くしちまうぜ。そこで根ェ張るまで突っ立ってるつもりだってんなら、特段止めやしねェが」
「…ッ、冗談!」
負けじと駆け出すベディに、レキは口角を吊り上げながら語りかける。
「いい表情してんな。それでいい…いい機会だ、MMOの先輩として、こういう時の鉄則を教えてやろう」
「先輩なのは確定みたいな言い方ですね」
「何しろMMO黎明期からやってっからなァ…HDDバースト、血のバレンタイン、バーチャルパンデミック、税金滞納戦争…うぉぉ頭が…」
…一瞬、何やらダース単位で苦虫を嚙み潰したような表情をしていたが、すぐに冷静になった様子で話を続ける。
「まァともかくだ…どんなゲームにせよ、鉄則って言えるのはただ一つ…『英雄にはなるな』、だ…」
「とは言うものの…」
そんなことをレキに告げられてから10分ほど後。
(流石に数が多すぎる!見える範囲でも軽く100体はいるぞ…!)
既に30体近いモンスターをベディ一人で葬った。今もバッタらしき巨大昆虫を地面に縫い留めるように串刺しにしたばかりだ。辺りには彼が屠った虫の死骸がいくつも転がっている。
(終わりが見えない…一体連中どこから来ているんだ)
ちらと他のプレイヤーたちを伺うと、丁度補給と回復を終えたのか、レキが防衛線の内側から洪水のように迫るバッタ型モンスターの奔流に飛び込んだのが見えた。
(…いやちょっと待って、真っ向から飛び込んだのかあのひと。早く助け…うわぁ)
ベディがドン引きするのも無理はない。誰だってバッタを飛び散らせながら、両手の獲物でギシギシとうめく黒い大河の流れを吹き飛ばすのを見れば、一瞬唖然とするはずだ。
そして、一瞬硬直したベディの首を狙って飛び掛かったバッタがその鋭利な顎を広げ、
「シュー…」
敢え無く主の背後を警戒していた彼の忠実なしもべに咬み砕かれるのであった。
「ありがとうね、レイ」
「シュウ♪」
首に巻き付いたお供の喉を指先でカリカリと撫でると、レイはこれぞ至福とばかりにトロリと目を閉じる。その間も《アームズチェンジ》で入れ替えた双節棍で群がるバッタをバラバラにする手は止まらない。
その背後から、ベディに向かって迫る影が一つ。レイも違う方向を向いている。
「――――ッ!!」
その影ー巨大な角を持ったオオカミは人の腕ほどもある太さの角を彼の背に突き立てようとして――――
一瞬でその姿を見失った。
まるで、文字通り煙に巻かれたかのように。
「《霧化》って、カウンター使用時の待機時間が長いけど乱戦の時はありがたいね」
視界が上下反転する。
ポリゴンの血を吹き出す首のない自分の身体が、そのモンスターの目に映った最後の映像だった。




