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円卓の空席はC  作者: 隆成
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 美織たちは藍川夫妻を見送ってから、我が家の玄関前で立ち止まった。

 心臓が急に萎縮したような息苦しさが胸を襲った。これから自分がやろうとすることに後悔の念が渦巻いたからなのかもしれない。それでも事件解決のためならと、深呼吸して気を張った。もはや彼女の無念を晴らせるのは私しかいない。もう引き返すつもりはなかった。


「なあ、美織」背後から壮太が言った。「本当にいいんだな?」

「今更、何よ。もしかして怖じ気づいたの」

「そうじゃない。急に押しかけて大丈夫なのか?」

「急に、じゃないよ。家族に帰ることは事前にちゃんと伝えてあるし」

「僕が懸念しているのは、君のご両親と会ってもいいのか、ってことだ」

「当然じゃない」彼の意気地のなさに美織は思わず顔をしかめた。「でなければ、壮太はどうしてここまでやってきたわけ。目的を忘れたとは言わせないわよ」

「勿論、君と結婚するためにやってきた」

「よろしい」

「でもさ、上手くいくのかな」

「それ、どっちの話?」門扉に手をかけた美織が肩をすぼめる。

「そりゃあ、二人の結婚の前に収束させなければならない問題のほうだよ。正直、どうなるか不安なんだ」

「ちょっと」黒眼鏡の婚約者の胸を人差し指で突く。「壮太が弱気になんないでよ。頼りにしてるんだからさ」

「悪い」

 頭を掻いて苦笑する彼から目を離し、正面の冨永家を見上げた。美織は胸に秘めた決意を表明する。

「家から一歩も出ずに事件を解決してみせるわ。覚悟しておいて」

「捜査はそんなに簡単じゃないぞ」呆れ顔で溜息を漏らした。「いいかい、美織。刑事ってのは外を駆けずり回り、苦労を積み重ねて情報を掻き集めるもんだ。それでも有力な手がかりに有りつけない時だってあるんだぞ」

「その手のプロがここにいるじゃん。ところで、ちゃんと勉強してきたの?」

「事件の予習ならばっちりさ」

 手持ちの鞄から手帳を取り出し、彼は胸を張った。日々の予定を書き込むというよりかは、事件の捜査で使用するメモ帳だろう。飛び出た付箋や挟まれた資料など、使い倒しているところを見ると口先だけではなさそうだ。

「なら、問題ないじゃない」

「いいんだな。今日の俺は仕事だと割り切り君の家に上がり込むぞ」壮太は殊勝げなことを言う。デートでは見せない刑事の顔だった。

「そうこなくっちゃ」

 玄関扉に向き直った直後に、壮太がまた名を呼んだ。「美織」

「まだ何かあるの?」面倒臭そうに返事した。


 玄関引き戸の硝子に後ろの壮太が映った。彼はサングラスを外し、真剣な目で訴えてきた。

「本当に美織の家族の中に殺人鬼がいるのかよ?」

 彼の問いかけにより自分が何の目的で帰省したのか、再確認させられた。結婚の挨拶だけならどれだけ楽だったことか。美織は平静さを取り戻すように鼻で呼吸を整えた。


「さあね」振り返らずに答えた。「それを今から二人で調べるんでしょうが」

「家族を疑うなんて美織は平気なのか」

「さあ、どうかな」

「さあって、お前……」

「真実を知りたいの。紗耶子のためなら私は全然平気だ……」

 言い終わる手前で風が吹いた。

 潮の香りと懐かしい祖父の匂いが美織の鼻先を鋭くすり抜けていった。言おうとした台詞が嘘であると見抜かれてしまった気がした。


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