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円卓の空席はC  作者: 隆成
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 目映(まばゆ)い海面に見とれていたら、(ふじ)(むら)(そう)()との距離は大型バス二台分くらい引き離されていた。後方に振り返った(とみ)(なが)()(おり)は両手をメガホンに見立て口を覆うと、「壮太ぁ」と彼の名を呼んでみた。間延びした彼女の声は初夏の風に包まれ海岸中に広がった。


 壮太は黒い手提げ鞄を片手に、同色のサングラスをかけている。降り注ぐ日差しの反射のせいで、レンズの奥の表情は読み取れない。が、気を留めさせようと緩慢な調子で歩いているのは明白だった。


 彼は呼びかけに応答せず、だらだらと近づいてくる。

 存在を気にかけたことで、歩く速度を一段と緩めたみたいだ。わざと注目を引こうとするその態度は、まるで構って欲しくて駄々をこねる子供のようだった。きっと、まだあのことで()ねているのだろう。だらしなく両脚を動かす相手の心理を見透かした美織は、内心苛々しながらも歩調を弱め間隔を詰めてやった。



「まだ怒ってるの?」

「いや、別に怒ってな……」

 東から強い潮風が耳に吹きすさび、壮太のくぐもった声を掻き消した。彼は今、嘘を言おうとしたのだろう。

 この町で嘘をつくと、口から発する虚言を風が(さら)っていく。昔からの言い伝えだそうで、十年前に亡くなった祖父の口癖でもあった。


 聞き取れなかった美織は再度訊ねた。

「怒ってないって言ってるだろ」

 言葉とは裏腹、へそを曲げたように苛立っている。待ち合わせした最寄り駅からずっとこの様子だ。怒っていないなど絶対に嘘だ。


 新宿駅まで壮太を迎えに行く前に、彼女は当駅前の美容室に出向いた。生まれ変わった髪型に何か一言かけてくれるかなと期待しつつ、彼と会うなり真っ先に報告した。だが、それが間違いだった。彼の第一声は、髪を切ったのは男の店員だったのか、という内容だった。

 さりげなく質問の真意を探ってみた。すると、壮太は控えめであったが自分の意見を主張した。美織の髪の毛に他人の指が触れること自体、我慢がならなかったという。それを聞いた時には、腰からうなじまで悪寒が駆け上がった。引きつりそうになった顔は笑みで誤魔化した。


 半年前の付き合い当初は、これも愛の象徴だと割り切ることができた。しかし今では、その度合いが増幅している。恋人を誰にも触れさせたくない、という彼なりの愛情表現はわからなくもないが、個人の自由を尊重する美織には理解に苦しむ心理だ。愛する人にのめり込むほど一途なのは素晴らしいが、それ故に人一倍の嫉妬深さは玉に瑕だった。

 近い将来に幸せな結婚生活が待ち構えているというのに、これでは先が思いやられる。左手の薬指に光る婚約指輪が窮屈な南京錠に感じ、それはしっかりと指の肉に食い込んでいた。


「いつまでも拗ねてないで気持ち切り替えてちょうだいよ。今日の目的を思い出して。壮太だけが頼りなんだからさ」

「思い出さなくても、きちんと頭の中で意識してるさ」壮太は人差し指でこめかみを差した。例の黒眼鏡によって目顔は解読できないが口元は緩んでいる。「そのために二時間以上もかけて電車を乗り継いでやってきたんだからさ」

「それを聞いて安心したわ」気合いと期待を込めて彼の肩を掌で払った。「日頃の成果を発揮してもらうわよ」


 川沿いの緩やかな坂道を登り切ったところで壮太は立ち止まる。辺りの景色に馴染む空気を吸い込んで感慨深そうに見渡した。

「それにしても懐かしいな」

「壮太もこの網代の街に住んでいたのよね」

 サングラスのあいだから見える彼の目線の先は、先日廃校になったばかりの学校施設が佇んでいる。聞くところによると、美織と母校が一緒だった。


 美織は金網越しに校舎を眺めて懐かしむように言った。

「私と同じ小学校に通っていただなんてね。何か不思議だよ。私たち何処かで会っていたのかもしれないのよね」

「そうだな。僕がここに転入したのは六年生の頃だったから、美織は四年生だよな。校舎の何処かですれ違っていたことも充分にあり得る話だな」

 壮太の言葉で、二人の運命めいた繋がりの強さを実感した。初めて東京で出会った時の、この人に心から引き寄せられる神秘的な感知は、本物であったと思えてならない。


「何してんだ、ほら行くぞ」

 蕩けるような甘い記憶に熱中していると、後方から呼びかけられた。振り向くと彼はとっとと先に進んでいた。「ちょっと待ってよ」と美織は小走りで追いかけた。


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