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円卓の空席はC  作者: 隆成
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5(5)

「あなたが話さないなら私が話すわ」

 京子は赤く充血した目を細めて隣の席に座る父を()めつけた。

「おい、何も子供たちの前で話さなくても。第一、もう過去のことだ」

「ええ、私どもはまさに過去のことを話しているのではありませんか。それにこの場で隠し事は良くないわ。こうして壮太さんもお見えになっていることですし。刑事さんには情報共有します」

 壮太は、どうもありがとうございます、と京子に一礼した。

「では、お父さん。もう一度聞きます。職場にいるであろう時間帯に、どうして自宅付近にいらっしゃったのですか?」

 観念したのか、父がようやく口を開いた。

「いやお恥ずかしい話だが……実は、勤めていた会社が経済不振に陥ってね、その皺寄せを受けてリストラされたんです」

「そうでしたか。それはお気の毒に」緊迫した壮太の眼力は弱まり、やがて安息の地に向かった。「離職なさったのは、いつ頃のお話ですか」

「確か、例の事件が起きる半年くらい前だったかな。それから暫くのあいだ無職だった」

 初耳だった。咄嗟に美織は、「そうだったの?」と聞き返す。

 京子は、こくりと頷いた。「今まで秘密にしててごめんなさいね」

 それまで専業主婦一筋の京子がパートに務め始めたのもそんな時期だった。子供には心配をかけまいとする親心から、事実のひた隠しを徹底していたのだろうけど、美織は腑に落ちなかった。


 待ち望んでいた議題とは著しくかけ離れているのだ。あの()()の話はどうしたのだ、と質したくてたまらない。それともあの話は家族会議で発表するほどの事件ではないというのだろうか。父のリストラのことよりも、もっと深刻だととらえていた。そんな美織の拍子抜けな思いを余所に、父は秘密の真相を饒舌に語り始めた。


 正樹は不覚にも職業安定所から出てくるところを紗耶子に目撃されたのだそうだ。挨拶もそこそこに立ち去ろうとしたのだが、紗耶子のほうから「お仕事を探されているんですか」とか「大変ですね」などと、まるで不幸話に目を光らせる主婦のように、根掘り葉掘り質問攻めに遭ったという。気負けした彼は職を失ったのだ、と腹を割ったらしい。それも家族には内緒にしてくれ、と懇願したという。後日、失業の事実は京子だけに伝えたそうだ。

 紗耶子もほんの出来心だったのかもしれない。目的の宝くじを手に入れられなかったところに、友人の母親、つまり京子が現れたというわけだ。そこで先日仕入れたばかりの小ネタを利用して京子を強請ったと考えられる。実際に、「おじさんが求職中だということは、美織や晴斗君は知っているんですかね」と卑劣な手段で威嚇してきた。正樹の弱みは駆け引きで優勢になれると思ったのだろう。紗耶子の思惑通りに交渉が成立したというわけだ。


 喉の奥に詰まった痰を切る満子が、数枚のちり紙を口に当てて正樹に言った。「まったく呆れたわ。求職中だったってことは、事件当日の有給休暇も嘘ってことだよね」

「面目ない。でも今はニートじゃないから安心してくれ」

 父が苦笑しながら頭を掻いた。思わず一同が哄笑(こうしょう)する。


 ……ケタケタ、……ケタケタ、目尻に皺を刻み、手を叩いて笑う。取り憑かれたかのように……アハハハハ、と際限なく鳴いている。ただ一人、美織だけはそんな馬鹿笑いする輪の中に溶け込めないでいた。


「ちょっと待ってよ」美織は声を荒げた。「全然笑えないんだけどっ」


「何だよ、姉ちゃん。怖い顔してさ」晴斗は、父さんがニートだぜ。ウケるだろ、と追加で呟き、にやけた。

「あんたは黙ってて」

 美織は迫力ある眼光で弟を狼狽(うろた)えさせた。眉を吊り上げたまま正面を向いた。

「お父さんっ」

「何だ」

「秘密って、それだけじゃないでしょう?」

「それだけじゃない、ってどういうことだ」

 父の横で京子の顔が曇った。こちらの意図をいち早く読み取ったようだ。

「みおちゃん、そういえばケーキがあるのよ。食後に皆で食べようと思ってお母さんが夕方――」

 あいだに入って強引に話題をすり替えようとした。そんな母の言葉を掻き消す勢いで、美織はわざと声量を上げて押し切った。

「紗耶子に紙切れを渡してたでしょう」

「紙切れ?」

 正樹は呆けた表情だった。白を切るというより、単純にどういった話を持ちかけられようとしているのか事態を飲み込めていない感じだ。

 無職だった、という長きに渡り内側に隠し持った引け目を一気に放出したことにより、重大な出来事まで喪失したみたいだ。美織は、彼の顔からそう読み取った。

「紗耶子にカネを渡した、って言えば伝わるかしら?」

 正樹が、うっ、と唸ってから目を逸らした。テーブルの面に目を落とし黙り込んでしまった。唇だけを忙しなく動かすが反論はない。動揺ともとれる汗が首に伝い、シャツの襟首に流れていった。

「京子さん、……美織に喋ったの?」

 満子がさも知ったふうに口を滑らす。これには答えずに京子は項垂(うなだ)れた。

「事件が起きるちょっと前だったかしら。お義母さんが、昼間に駅前であなたを見かけたそうなの」正樹のほうにそろっと首を動かした。「隣のお嬢さん、……紗耶子ちゃんに紙切れを渡していたわよね?」

「そ、それは……」

 言い淀む正樹に祖母が援護する。「京子さん、それでも正樹の妻なの?」

「お義母さんは黙っててください」

「何だい、その言い(ぐさ)は。嫁の分際でっ」

「ええ、ですからこれは、正樹さんと私、夫婦の問題です」

 満子は口元を曲げた。剥いた目は真っ赤だ。「あんたには失望したよ、まったく」


 京子は姑から目を逸らして、正樹を見つめた。下唇を噛んでから述べた。

「この話を初めにお義母さんから聞いた時には耳を疑いました。でも、そんなくだらない嘘をつくとも思えません……」そこまで喋ると声を詰まらせた。「……どうしてっ。どうして、私がこんな思いをしなくちゃいけないの。どうしてよ……」

 京子は髪を振り乱し、肩を震わせてわんわん泣きだした。

 正樹は何も反論しなかった。そんな姿を見兼ねてか、壮太が「皆さん、少し休憩をとりましょうか」と気を利かせた。

 こうして美織が父親の第二の秘密を暴露したところで、一同は解散することになった。


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