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円卓の空席はC  作者: 隆成
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 それはそうとして、運転手は車から降りようとしない。どういう神経をしているのか。男の無情さに真由子は腹が立った。咎めを込めて、今度は本当に睨みつけてやった。


「誤解しているかもしれないから一応言っておくけどさ」男は、ある方向に顎をしゃくった。その先に家と道路を隔てる壁があった。「君がぶつかったのはあそこだからね」

 彼の弁明によると、丁字路交差点に進入する直前、車を華麗に避けた真由子だったが、そのまま自転車で壁に直撃したという。つまり、人身事故ではなく、自損事故だったと言いたいらしい。

 壁面に目を凝らすと、前籠と同色の白いペンキが付着している。となると、やはり彼が主張するように、一人で事故を起こしたということか。真由子は衝突の寸前に目をつぶった自覚はあったし、気が動転していたこともあり、自分が接触したのが何だったのかという記憶が一部欠落していた。


「そういうわけだから」

 男は自分の言い分を伝え終わると、満足げな表情で窓枠に頬杖を突いた。真由子はその場に、のろりと立ち上がった。


「すみません」

 そう言わざるを得ない、妙な空気だった。釈然としない部分はあったのだけれど、早いところ、この薄情な大人との無駄なやり取りを済ませたかった。

 相手の男は、「気をつけて帰るんだよ」と取ってつけたみたいな調子で言うと、エンジンをかけて車を発進させた。


 車が過ぎ去ると、地面に放り出された管楽器用ケースが目に入った。それまで前籠に入れていた宝物だ。真由子は片足を引きずりながら近寄った。


 堅牢なケースの表面には擦り傷がついていた。逸る気持ちで中の物を確認する。

 そこには銀色の輝きをまとったトランペットがひっそりとおさまっている。手に取りざっと点検したところ破損は見られない。真由子は、ほっと胸を撫で下ろした。

 今年、中学進級祝いも兼ねて両親からのプレゼントである。楽器と一緒に購入した、このハードケースを選んでおいて正解だった。重くて武骨でかわいらしさとは無縁だが、万一の落下時に衝撃から保護してくれるからという姉の助言が脳裏に蘇った。

 車が走り去った後に真由子は緩慢な動作で自転車を起こした。制服のスカートをはたきながら視線を上げると、自分の周りに人集りができていることに気がついた。誰もがこちらに注目していた。


 恥ずかしさから、その場から逃げようとした。一歩踏みだしたところで背後から名前を呼ばれた。

「真由子ちゃんじゃないのぉ」

 買い物袋を腕に提げた主婦だった。真由子の顔見知りだ。

「こんにちは」真由子は、ゆらりと頭を縦に振った。

「派手に転んだみたいだけど、大丈夫?」

「はい、平気です」

 近所に住む(かん)(ざき)さんだ。小学校時代の友人の母親だ。友人と言っても特別仲が良かったわけでもない。子供の頃に同じクラスなら友達である、という単純な理由で括っただけの知人だ。


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