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円卓の空席はC  作者: 隆成
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3(2)


 円卓で鍋を囲む家族にこれまでのいきさつを美織が語ると、満子が強く反論を示した。


「あたしゃあ、知らないよ。晴斗が見た包丁ってのは死んだじいさんのだろうよ」

「おじいちゃんの?」美織は聞き返した。


「あの人は馬鹿がつくほど魚釣りが好きだったからねえ。よく近所の漁師と海に出かけてたわよ。生前あの人が、とんでもない大きな(たい)を釣り上げたとかで、そりゃもうご機嫌でね。釣りの戦果に包丁でもとっておいたのだろうよ。釣り好きのあんたならわかるだろう?」

 急に話を振られた正樹は、戸惑いながらも満子の問いに答える。

「ああ、俺は包丁の保管はしないが、大物を釣った時の竿なら壊れても、今でも大事にとってあるよ。使い物にならなくなっても捨てられない俺も変わり者だろうが、記念品として残すなら魚拓が一般的だろうな」

「じゃあ、もうあの血のついた包丁はないってこと? まだどこかに隠しているんだろ」

 無論、晴斗は凶器が存在する前提で祖母に詰め寄った。

「凶器って言い方はやめてちょうだいよ。隠すも何も、そもそもそんな物騒なもんが、あたしの部屋にあるわけがないじゃないの」皺だらけの顔は、哀感を帯びた面持ちになっていた。「孫に犯人扱いされたらもうおしまいだね。天国のじいさんは何て言うかしらね」

「だって、俺はこの目で本当に見たんだ」

「だから、じぃ……」痰が絡まったようで、ううん、と耳障りな激しい咳を払った。「じいさんのだろよ」

「じゃあ、あの血は何だよ?」

 いぃ、と満子がすきっ歯を剥き出して(わめ)いた。「あたしゃあ、知らないよっ」

「そこまでだ」片手を出して正樹が言った。「晴斗、もうやめなさい」

「父さんだって、容疑者の一人なんだぜ」

「容疑者って……。お前、父さんに向かって何てことを……」

 息子に犯人扱いされて我慢がならなかったらしい。額に青筋を立てて身を乗り出す正樹を、京子が速やかに手で制した。

「晴斗、あんたが置いたってことはないの?」

「はぁ? 置いたって、何を言ってんだよ。どうして俺が嘘をつかなきゃいけないんだ。母さんは俺のことを疑ってんのかよ」

「疑ってないわ。まさかあんたがそんな馬鹿なことをするはずないじゃない。だけど、晴斗の報告を受けて、後日お姉ちゃんが探したんでしょう? でも、実際におばあちゃんの部屋の押入から凶器は見つからなかったって言うじゃないの」

「あのう」壮太が両手を上げて遠慮がちに仲裁役を買って出る。「ここは一度、じっくり話し合ったほうがよさそうですね」


 感情的に議論を続けても意味がない、彼がそう言っているように美織には聞こえた。

 あらぬ方向に逸れ始めた会議の筋道を正そうとしている。壮太から発せられる言葉や息遣いだけでなく、身振りからも必死に場を和ませようする意思が伝わった。


「僕から一点質問があるのですが、よろしいですか?」

 苦笑いを浮かべつつ、壮太がある人物に目を向けた。それは晴斗だった。


「晴斗君はおばあちゃんの部屋で包丁を見た、ということだったけど……」言いながら横目で満子を見たので、美織も目で追った。むすっとしている。

 言い淀む壮太を見兼ねた美織は、続けて、と先を促した。彼は晴斗に向き直り、慎重に言葉を並べた。

「君は、どうしてその包丁を例の事件と結びつけたんだい?」

「だってあの殺人事件に包丁が凶器として使われたらしい、ってことくらい、皆が知ってることじゃないか」

「でもね、晴斗君。それだけの理由じゃ、おばちゃんが仰る通り、おじいちゃんの遺品かもしれないだろう」

「そんなはずない」晴斗は声を尖らせた。「じいちゃんがあの包丁を新聞紙に包むなんてできっこないし」


 意外だったのか、壮太は美織に視線を送ってきた。どういうことだ、と目で訴えてきている。彼にはまだ話していない事実を弟が口外しようとしている。例の錆びた包丁が凶器であるという決定的な根拠を――。


 美織は祖母の顔を凝視した。表情から浮かぶ微かな動揺を見落とさないために。


「包丁を包んでいた新聞紙は、事件当時のものだったんだ」晴斗が決定打となる証言を放った。これには壮太も、声を出して一驚した。

「それが本当だとするとですよ。天国にいるおじいちゃんに当時の新聞紙で包丁を包むのは不可能です。確か、お亡くなりになったのは十年前でしたね。実際に現場から新聞紙の一部がなくなっていますし、そこから藍川家の人間の指紋が検出されたとなると、証拠能力としては極めて高い」

 祖母の頬が、ぴくりと反応した。思いがけない晴斗の爆弾投下は有用だったようだ。


 美織は、わざと眉を上げて大仰(おおぎょう)に溜息をついた。

「今回、皆に集まってもらったのも、晴斗がおばあちゃんの部屋で木箱を発見したという報告を受け、私なりに動いてみた。その結果、血のついた包丁は見つからなかった」

「だから、あたしは最初から包丁なんて存在しないって言ったじゃないか」満子が仏頂面(ぶっちょうづら)で割り込む。あまりの憤りから眼鏡が曇っている。

 美織は間を置かずに返した。「おばあちゃん、今は私が喋っているの。お願いだから最後まで聞いてよ」一方的に話を打ち切って続ける。「勝手に探ってごめんね。代わりと言ってはなんだけど、おばあちゃんの部屋からあるものを見つけたわ」

「あるもの?」

 すぐさま聞き返したのは壮太だった。疑問符を顔全体で表現している。他の者も彼と同じ顔をしている。これは壮太にすら言っていない秘密だった。

 代表で父が問う。「美織、それは一体何だ?」

「事件に関わる重要な代物、とだけ言っておこうかしら」

「勿体ぶらずに言ってくれよ」

「まあ、焦らないで晴斗」美織は周囲の反応を楽しむかのように、一人一人の表情をじっくりと観察する。想像していたよりも大きな手応えがあった。「皆には悪いけど、まずはこれからできる限り、事件当日に何をしていたのかを思い出してもらうわ」

 結婚相談所で対話している感覚だった。日頃から結婚仲介業務に従事する美織は、場を仕切る癖が顔を出し始めていた。所謂(いわゆる)職業病というやつだ。

 あくまで情報を発信する順序や内容は、こちらの指示に従ってもらうとでも言うように、美織は主導権を譲ろうとしなかった。

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