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円卓の空席はC  作者: 隆成
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 証拠ならあるわ、と美織が高らかに告げる。「私、いろいろと調べたの」


「くだらん。くだらん。くだらんな。何を根拠にそんなでまかせを抜かしやがるんだ」正樹は箸を鍋に突っ込んで肉を湯から引き上げた。

「でまかせなんかじゃないよ。俺、見たんだ」と晴斗。「父さん、それ俺が入れてた肉だよ」

「肉ならまだあるだろ」正樹は空いた手で乱暴にポン酢瓶を掴むと、呑水(とんすい)にとくとくと継ぎ足した。「それより晴斗まで何事だ? 一体、何を見たというんだ」

「凶器さ。血糊のついた包丁だよ」

 正樹が箸を口に運んだ直後に、ごぼっ、とむせる。「血糊のついた包丁だと? 肉を頬張る頃合いを見計らって言うな。肉を奪った腹いせか」

「そうよ、晴斗。食事中にやめなさい。凶器を見ただなんて、あんたどういうつもりなのよ」

「本当だって」父親だけでなく母親からも信じてもらえず、晴斗は肩を怒らす。「新聞紙に包まれた包丁を、この目で見た」

「その話なら後でお母さんがちゃんと聞くから。ほら、みおちゃん。お姉ちゃんからも晴斗に何か言ってあげてよ」

 美織は京子をじっと見つめた。

「お母さん、事件について何か知っているんじゃないの?」

「みおちゃん、あんたまで何を言っているの」母が見返してきた。


 鍋を囲む一家団欒は一転、緊迫した空気に包まれていた。ぐつぐつと煮立つ音だけが、円卓の中央で騒いでいる。

 重苦しい議題を家族会議に持ち込んだ美織でさえも耐えられぬ状況のようだ。不服そうに口を尖らせてる。だが、この場に一番居づらいのは壮太だった。それでもこの難局を打開しようと思考を巡らせた。作戦変更――彼は奥の手を使うことにした。


「皆さん、落ち着いてください」

 壮太は顔を引き締めた。箸を置いて姿勢を正した。いいですか皆さん、と前置きしてから本題に入った。

「もし本当に凶器が見つかれば何年も停滞している捜査が一気に動き出します。事件解決の糸口になるのも確実です。私の立場上、警察組織一員として御協力をお願いすると同時に、罪のない皆さんを巻き込むことは心苦しく思っております。ましてや将来的には僕の家族になられる方々を不快な気持ちにさせてしまって……」壮太はその場に立ち上がり数歩後退した。竹のように直立すると深々と頭を下げた。「本当に申し訳ありません」


「おいおい、そんな真似やめないかね」突然の彼の行動に萎縮したのか、正樹は妙に優しい口調で言った。「頼むから頭を上げてくれ」

「そうよ、壮太さん。私たち家族じゃない」京子はこういう情熱的な振る舞いが心底弱いらしい。壮太は頭を下げたまま、既に涙声になった京子の話に耳を傾けた。「こうして誠実に向き合ってくださっているのです。少しくらい協力してもいいんじゃありません?」

 壮太は咄嗟に顔を上げた。

 この一言で皆の視線が京子に注がれるのを確認した。すると、お辞儀によって突き出たままの尻を美織に軽くはたかれた。意味深な目配せを送ってくる。畳みかけるなら今よ、という合図だと察した。


 母親の厚意を味方につけようと企んだらしい。瞬時に空気を読み取った壮太は、穏やかな声で執りなした。

「まずは確認してみませんか。晴斗君が見たと言う、その凶器とやらを……」言いながらそのほうが手っ取り早いと思った。

「私も、彼と同じ気持ちよ」美織が順次に力強く賛同を示す。「ねぇ、いいでしょう。お父さん」

「……しかしだな」父親は箸を置いて渋面をさらした。それまでのやりとりを頭で反芻しているのか、何回も頷いた。「壮太君もいるわけだし、ここは一度確認するのもいいかもしれんな」

「さすが、お父さん」美織はあからさまに媚びるように言ってのけ、こちらに目を合わせて微笑んだ。満足してくれたようだった。作戦通り泣き落とし戦術が功を奏したようだ。


 すっかり得意顔になった父は話を進めた。

「で、お前の言う例の凶器は、どこで見たんだ?」


 晴斗に投げかけると彼は腕を伸ばして、ある人物に指を差した。その動作に少しも迷いはなかった。

「ばあちゃんの部屋だよ」


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