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多くの報道関係者が学校に詰めかけ次々と生徒を呼び止めては、被害者の印象や事件に関する内容を聞き出そうと躍起になっていたという。普段ならまだ学校にいない教諭たちの姿もあり、それらの取材を阻止しようと対応に追われた。
校内でも大騒ぎだった。廊下や教室では新聞を読んだか、ニュースを見たか、被害者はどこのクラスなのか、と皆が目をぎらつかせ、まるで一種の盛大な御祭りのように騒ぎ立てていた。話題は不幸事であるはずなのに、皆がどこかわくわくしているふうな印象が不気味だったという。
報道陣は連日訪れて藍川紗耶子の情報収集に当たった。登下校中の生徒を手当たり次第に捕まえては、同じ質問を繰り返す。彼らのしつこさは異常だった。最初はテレビに映ることを誇らしく思った一部の生徒も、そのくどさに嫌気が差したほどだ。その度に教師が割って入り、生徒に過度な不安を煽ることになるからやめてくれ、と口論していた。
それでも連中は取材を諦めず、生徒が立ち寄りそうな場所に向かっては、行き過ぎた報道活動を続けた。校外にまで及んだ保護パトロールに教師一同は神経を磨り減らし、その顔は皆、疲弊し切っていたそうだ。
平穏な日常を取り戻すのに三ヶ月かかったらしい。当騒動が犯人逮捕で収束できていれば良かったが、警察の捜査に新しい動きが見られず、報道陣も続報を流すネタが尽きたというところだろう。
そこまで語った壮太の表情は、しんみりとしていた。「結局、あの事件は未解決のままだったね」
「ええ、あれからもう八年になります。警察機関は何をしているんでしょうね。犯人たちが残した形跡は数多く残っているというじゃありませんか。なのに未だ犯人を捕まえられないなんて。天国で紗耶子もさぞ悔しがっているに違いないです」
紗耶子を悼むあまり怒りに満ちた言葉が口から溢れてきた。次第に美織は声高になった。誰にもぶつけられない腹に溜まった鬱憤を晴らす思いだった。
「申し訳ないです」
いきなり正面の男が深々と頭を下げた。
「……え、ちょっとやだ。どうして藤村さんが謝るんですか」
彼は下を向いたまま言った。「我々の力不足です。ご遺族の方々をはじめ、御友人の方にも本当に申し訳ないと思っております」
「ふ、……藤村さん」突然詫び言を述べられたものだから、美織はわけがわからず狼狽えた。「どういうことですか?」
彼はゆっくりと姿勢を正した。表情は強張っている。
「今更なのかもしれませんが、お悔やみ申し上げます」言いながら壮太は再び一礼した。その姿は偽りのない誠実心の表れと美織は感じた。
「藤村さん、お願いですから顔を上げてください」
「ちょっと冨永さん」
頭上から女の声が振り下ろされた。呼びかけられた美織は肩をすくめた。妙に優しい口調を装うその声の主は、所内でもっとも権力のある主任だ。
「お客様と会話を弾ませるのは結構ですが、肝心のお相手様の御紹介は進んでいるのかしら?」壮太の死角で鋭い目線を注いでくる。
「はい、これから御紹介するところです」
苦笑でやり過ごした美織は、あたふたとパソコンを操作した。
丁寧な物腰の内側に指導者ならではの隠れた棘があった。上司は空咳を立ててから、ほうれい線まみれの作り笑顔を壮太にくれてやると、「では、ごゆっくりご検討ください」と言い残して裏の控え室に消えていった。
「怒られちゃいました」
美織は眉を下げて照れ笑いを浮かべた。つられて壮太も口を緩める。
「あまり大きな声で言いたくはないのですが……」彼は鼻の下を指で擦り、十分に勿体ぶってから、美織にしか聞こえない程度にまで声を落とした。「僕、実は刑事なんです」