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他の男性会員の中でも彼は浮いていた。とは言え、特別人格に問題があるわけではない。寧ろその逆で、優良物件という称号が相応だった。
初めて来店した際に壮太を担当したのが美織だ。年齢は美織の二、三歳年上か、それ以上でも三十手前に見えた。清潔感があって一見した限り、非の打ちどころがない形姿だ。こんなところにわざわざ来なくても女には困らない顔立ちだ。
当相談所とは自然に結婚できない、つまり自力で異性と出逢うことが不可能な、切羽詰まった者たちが利用する切り札のような場所だと認識していたから、彼みたいな人物が訪ねてくるのは意外だった。
壮太は、これまで遭遇したことのない上質な顧客だ。女会員たちが目を光らせること間違いなしの人材である。おまけに職業は公務員だという。その響きは、真面目な気質で生活の安定性を感じさせる。婚活女子から涎を啜る音が聞こえてきそうだ。
実際に名指しで紹介を希望する依頼が殺到した。しかも女利用者だけでなく、斡旋側のスタッフからも人気があった。女性ばかりの職場で巻き起こった、ある種の事件だ。どうしてあんな人がうちに来るのだろう、私に引き合わせてもらいたい、と大層話題になったものだ。
まさか、女性会員を差し置いてうちのアドバイザーを紹介するわけにはいかない。同僚からの、ちくちく突き刺さる羨望の眼差しを背中で受けながら、美織は簡単に自己紹介を済ませると、他の会員と同様の手順で藤村壮太のプロフィールの作成に取りかかった。
会員情報はまず紙媒体でまとめてから大日本結婚相談所連盟が運営するデータベースに登録される。会員数は延べ六万人に上り、毎月数千人単位で入会している。これらの情報を全国の加盟店で共有できる仕組みになっているので、当加盟相談所から登録申請した会員が他県の別事業所からでも即時閲覧が可能というわけだ。
所内では個人情報の詳細をまとめたものを〝カルテ〟と密かに呼んでいる。高い料金を支払ってまで相談所に通いたがる利用者の性格を診断し、悪い点を改善して婚活卒業までサポートする。まるで患者を診察しているみたいだ、と先代の仲人が毒づいたことが呼称の始まりらしい。
このカルテが今年から一部改変された。不備の改正ではなく、既存の形式に出身地欄を設けるというものだった。昨年まで存在しなかったそれが、なぜ導入に至ったのか。それは相手がどういった場所で育ってきたのか、実家周辺の地理のおおよそをイメージできるようにと、多くの要望があがったためだ。
結婚を考えた場合、互いの家を行き来することが増える。そうなると近距離のほうが何かと好都合というわけだ。実際に両家の家庭環境の相違が妨害し、婚約が破談したカップルが何組もいた。この問題は、親戚同士の人付き合いを重んじる家系にとって、成婚の決め手となるほど枢要らしい。より良いパートナーと巡り会うため、書類選考の段階でふるい落とす作戦だ。
新設された〝出身地〟は、念願だっただけに利用者から大変喜ばれた。中には知られたくない者もいると思って、一応当項目は任意記入とした。でも、多くの者がそれを明かすことに抵抗がないようだ。この恩恵を被ったのは会員だけでなく、美織自身にも影響があった。壮太と親密になるきっかけとなったのだ。