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円卓の空席はC  作者: 隆成
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「将来の就職に有利になるだろうと運動部を強く勧めたが、結果的に培った知識が結婚支援業務に役立ったみたいで良かったな」父は赤く染まりつつある首をさすった。「ところで、式の段取りは順調なのか?」

「うん、半分くらい終わったかな」

「何だ、その半分ってのは」

 正樹は知りたがりな気質であるから、少しでも曖昧に答えるとこのように仔細を探ろうと突いてくる。この細かさが鬱陶しくもある。

「結婚式って予想していた以上にいろいろと決め事があるのよね」美織は菜箸で葉野菜や豆腐などを沸騰した鍋に沈ませながら婚儀準備の内情を打ち明けた。「それにお互いの仕事上、不定休だし、なかなか休みが合わなくてさ」

「まだ籍も入れていないんだろ?」

「うん。まあ、そのうちね」

「そのうちって、お前は結婚する気あるのか」


 本心は一刻も早く入籍したかったが、足踏みせざるを得なかった。この家に壮太を連れてきた理由が家族に挨拶するためだけのものではない。表向きはそういうことになっているが、美織が帰省した本当の事由を両親たちは知る由もない。


「申し訳ありません、お父さん。僕がいけないんです。仕事に気を取られ、大事なことを後回しにしてしまって。配慮が足らずにすみませんでした」

 壮太の謹直な人間味が言葉に溢れていた。安心できる大人の対応だった。感心したのは美織だけでないようで、父の独りよがりな発言が黙っておけなかったのか、京子が口を挟んだ。

「そうですよ、お父さん。そんなに急かしちゃ可哀相ですよ」

 父はそれ以上咎めなかった。角が立たぬよう懸命に穏和な空気を維持させようとする壮太に理解を示したらしい。

「それも仕方ないよな。一般市民の俺たちと違って、壮太君は刑事さんだからな。休日も当然のように呼び出しがあるって聞くが、やっぱり忙しいのかい?」

「はい、管轄区域内で事件が起きれば風呂に入っていようが寝ていようが、いつでも飛んでいきますよ。しかしここ数日は安定しています。先日は丸一日休暇をいただき、美織と映画を観ました。ついこのあいだまでは都内で発生したバラバラ殺人事件につきっきりでしたけど、ようやく解決したところです」

「バラバラ……ねえ」正樹は口を歪めた。

「はい、お待ちどうさま」

 母が部位の異なったバラバラの肉片を山盛りにした陶器皿をテーブルに運んできた。

「質問が迂闊(うかつ)だったかな」父は目の前に置かれた赤身の肉を見ると苦笑を漏らした。

「お肉、まだありますから追加の際は言ってくださいね」去り際に母が言う。

「だそうだ壮太君。遠慮せずにどんどん食べなさい」

「いただきます」

 壮太の右に座る祖母の満子の前に煮魚が置かれる。美織は目で追った。彼もまた物珍しそうに見ていると、彼女と目が合ったようだった。

「あたしの分までお肉をお上がりください」

 満子の言葉にきょとんとした壮太に、美織が補足した。

「おばあちゃんは、お肉が苦手なのよ」

「そう言われてみれば、おふくろはいつの間にか肉を食わなくなったよな」

「こんなに旨いのに」晴斗が湯通しした肉を胡麻だれに浸し口に運んだ。

「あたしは昔からもっぱら肉より魚好きだよ。それに年寄りの胃には重た過ぎるんだよ。お前ももう少ししたらわかるだろうよ」満子が正樹に諭した。

「俺はまだまだ現役。脂っこい肉類が好物だよ。こいつのおともにもなるしな」言いながら正樹は至福の缶ビールを口に持っていく。「でも、本当に急に食べなくなったよな」

 一家の三食すべての献立を取り仕切る母がようやく着席した。

「ええ、最初はどこかお体を悪くされたんじゃないかって、正樹さんと心配していたんですよ。それにご自分でお魚を調理することもめっきり減りましたね。前はお義母さんがお魚を解体する作業を見て、お勉強させてもらいましたし」

「じいちゃんが生きてた時は、よく姉ちゃんと三人で釣りに出かけては、魚の開きを見せてもらってたっけな」

 姉弟(きょうだい)ともども小学生にも満たない幼少期の思い出だ。今でも記憶が鮮明なのは、かなりの頻度で祖父と海釣りにいったからだろう。懐かしい話に美織も乗っかった。

「そうそう。おじいちゃんがさばいた魚をおばあちゃんがよく干物にしてたよね」

「あたしのことはいいんだよ。ほら、肉が煮えてるよ」

 満子は細い腕を伸ばして鍋に指差した。それを合図に家族は食事を再開した。

「おばあちゃんがお肉を食べなくなったのって……お隣の事件が起きた後だったよね」

 美織がぽつり、と零した。途端に周りが静まり返る。誰もが一瞬で息を止めたのが、耳ではっきりと認識できた。それまでの和気藹々とした団欒の温度は急激な低下により凍結した。

 沈黙を破ったのは父だ。喉を痛めるような空咳を立てた。

「美織、食事中だ。そんな話はよさないか」更に、今日はせっかく婚約祝いで集まったんだからな、と同意を求めるように母の肩を揺すった。「そ、そう……だったかしらね」と言い淀む母。

 美織は箸を卓上に置いた。それから円形に沿って座る家族の顔を順番に見渡した。誰もが部外者でも見るみたいな目で、こちらをじっと見据えていた。美織は深呼吸を挟んでから告げた。


「例の未解決事件のことで話があるの」息を呑んでから語気を強めた。「私、犯人に目星がついたの」

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