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不意に太い杭が尻に打ち込まれた。そんな爆発的な衝撃だった。
自転車で走行中の藍川真由子は短く呻くと、股間から突き上げてくる鈍痛に顔を歪めた。眠りの境地をさまっていたが一気に引き戻された。
結い上げた髪の束に合わせて、体が大きく横に揺れた。反射的に前方の籠へと手を伸ばした。それは真由子の掌でしっかりと守られた。もう少し反応が遅ければ大切な宝物が飛び出ているところだった。彼女は心から安堵した。
それにしても自身に何が起こったのかわからなかった。走行を続けながら背後をちらりと見た。そこで合点がいった。サドルで臀部を強く打ちつけたのも、緩やかな坂を下って歩道に進入し、低い段差を乗り越えてしまったせいだ。
ほんの数秒の出来事だったが、綱渡りのようにとんでもなく長い緊張だった。現にセーラー服の内側では心臓が激しく脈打っている。中学生の彼女には、やや刺激的過ぎた。
自宅まで一キロを切った。平坦な道に差しかかった頃、下校途中から頻発する睡魔の誘惑が、また襲ってきた。眠気の重圧に耐えながらハンドルの角度を保った。
首が、こくりと折れる。
――危ない。
真由子は頭を振った。嫌々をする子供みたいに振りながら声までだした。脳内の内側でしつこく悪さする悪魔を追い払おうとした。
昨夜も姉の紗耶子のせいで寝つけなかった。二階の自室で、夜中の三時過ぎまで誰かと電話していたのだ。その話し声は、隣室で寝る真由子に対しての配慮は皆無に近かった。壁越しから漏れる会話を聞いただけだが、恐らく相手は彼氏だろう。三歳年上の姉の夜更かしは高校に入学するなり激化し、真由子の生活に悪循環を及ぼしていた。
居眠りが原因で授業についていけなくなり、先日行われたテストの結果に大きく響いた。上位を維持していた学年成績も、とうとう順位が転落してしまった。
何度か姉に抗議したが、まったく聞き入れてくれず。両親にも相談した。だが、二人から注意を受けても紗耶子の悪癖が直ることはなかった。
それでも父母は諦めずに姉の説教を続けていたが、年頃で反抗期だから仕方ない、と愚痴を零し合うところを見た限りでは、本気で更生させようとする熱意は感じられなかった。親の寝室は階下にあるし、実被害があるのは真由子だけ。この苦しみは自分にしかわからないのだ。彼女にとって思春期の姉は、少女漫画のヒロインのように充実した日々を過ごす、夢見た女子高生の理想像であり、時折藍川家の問題児だった。
姉が憎らしかった。一層のこと、いなくなってしまえばいいとさえ思ったこともあった。
沸々と湧き上がる姉に対する怒りから、自転車のハンドルを握る手に力が入る。腕の時計は午後五時になろうとしていた。
普段なら今頃、部活動の真っ最中だが休みになった。身内の訃報で顧問の教諭に急用ができたのだ。部活は毎日の楽しみであるが、寝不足の今日に限っては、不謹慎にも他人の不幸に救われたと感謝したい気分だった。