第102話 悪夢
「行け! この都市中を破壊し、暴れまわってこい!」
「ふ……ふざけるな!」
命令を受けたベヒーモスとケルベロスが別々の方向に駆けていく。
速い! マズイ!
とりあえずケルベロスに向かって爆発する斧の必殺技で攻撃しようかと頭をよぎったが、外したり回避されたら観客が危険だ。
「とっておきだったんだけどな……!」
呟きながら、『ヴァンパイアクリスタル』へとクイックモードシフトを行い、間髪入れずに物質生成の必殺技『クリエイト』を発動した。
ケルベロスへ向けて両腕を突き出し、広げた両手の付け根を合わせる。
ケルベロスは、既に客席近くへと辿り着いていた。
「間に合えぇ……っ!」
思いっ切り念じるのは、ビーム。
気付いたんだ。ラファエルから教えてくれることはなかったが、ラファエルのビームは魔法じゃなく、物質生成で作り出していたものだったって。
後で聞くと、太陽光線が苦手なヴァンパイアだったから光線に着目して作り出すことが出来たのだと言っていた。
俺の場合は、アニメなんかでよく光線の出るものを見ていた為に想像しやすかったことや、魔法のプログラムのように想像や知識が作り出しやすさに繋がったのか、短時間だがラファエル以上のビームを放つことが出来て、ラファエルも驚いていた。
ラファエルの赤い光線とは違う、青い光線を集めた掌からケルベロスへと放った。
ケルベロスは三つ首全てを振り向かせ、口から炎を吐いて防ごうとしたが、ビームは炎を突き抜けてケルベロスへと命中する。
三つの頭が、それぞれ悲鳴を上げた。観客もそれを受けて悲鳴を上げる。
恐ろしい魔物が客席に向かったことで、観客はパニックになっていた。5万人収容のスタジアムに7万人も詰め込まれている為に、死傷者が心配だ。
悶え苦しむケルベロスの血しぶきが観客席まで飛んだのが見えた。舞台を包む魔法壁は、体積の小さな弱い衝撃は通すようになっている。
その為にまた悲鳴が上がったが、ケルベロスが横たわったので逃走する人の流れが緩んだ。
倒したようなので、すぐにベヒーモスのほうへと振り返ると、すでに会場を包む魔法陣が破壊され、穴が開いていた。
魔法陣が非常に大きい為に、全体が壊れるという事態にはなっていないが、その穴へとヘビーモスが飛び込んだ。
「おい! 待て!」
もうビームは撃てない。観客がいる。
――そうだ、瞬間移動!
そう思い付いて『ナユクリスタル』にクイックモードシフトした直後、背中から電撃が浴びせられた。
「ぐぁああぁッ!?」
「先程のは驚いたぞ。あのヴァンパイアと同じ光線か? その力、私が貰い受けよう」
「ぐぅう……! がぁああッ……! お、お前ぇえ……!」
強力な電撃だった。中級か、上級魔法だろう。
それを浴びせ続けられ、膝を突いてしまう。
「予想通り、電撃はよく効くようだな」
痺れて振り向くことも出来ず、後ろから頭を掴まれた。電撃は止まったが、今度は身体がろくに動かせなくなり、急激な眠気まで襲ってきた。
重い瞼の隙間から、遠くでベヒーモスが観客を襲っているのが見える。
悲鳴が次々に上がり、客席は大パニックに陥っていた。
ぐっ……! 眠るわけに……いくかよ……!
怒りと、なんとかしたいという強い意志が俺を繋ぎ止めたのか、飛びそうな意識をなんとか保った。
「ほう……。気を失わんとは、魔法抵抗力が高いのか。その割に電撃では苦しそうだったが」
魔法抵抗力の高さに見合って痛覚の軽減がなされるらしいのだが、変身した俺は魔法に対してはあまり痛みが軽減されないようだ。
変身して戦うことで一番辛いのは、痛みだ。自分の願望が反映された結果だろうけど、痛覚は本当どうにかして欲しかった……。
「フフフフ……。この時を楽しみに待っていたぞ……!」
今、魔法に関する知識とプログラムを奪うっていう魔法が掛けられているんだろう。強烈な眠気とともに、脳裏に走馬灯のように様々な記憶が浮かび、切り替わっていく。
馬鹿騒ぎした、古い友人たちの笑顔。
病院のベッドに横たわる死の前日の母が、俺の頭を撫でたこと。
印象的に、にっかりと白い歯を見せて笑う、もう死んでしまったという親父のこと……。
自分でも懐かしいものも沢山あった。
こんなにも多くの人に出会っていたんだと感慨が湧く。
そんな記憶も意識を保つことの一助になっていたのかも知れない。だが、今にも眠りに落ちそうだった。
ずっと、ろくに動かない身体を必死に動かしてベルトのレバーへと手を伸ばそうとしているのだが、掴まれて動かせない頭の視界には映っていなくて手が動いているのかもよくわからない。
なんとかしないと……。
人が……。今にも人が、死んでいくというのに…………。
…………ん?
歯を食いしばって思ったよりも力が入っていることで、マスク越しだった為か中身の頭だけは他よりも多少、動かすことが出来ることに気付く。
舌の横端の一部を奥歯で噛んだ。
「痛ぅ……!」
痛苦に思わず顔が歪んだ。意識が少し覚醒した。眠らないように気を張って、見えない手を動かす。
感触があった。
『メモリーズフィールド』
押し下げたそれは、確かにベルトのレバーだった。
瞬間移動の必殺技が発動し、観客席にいるベヒーモスの頭上へと瞬間移動した。急速に意識が覚醒していく。
まさに今ヘビーモスに噛み殺されそうな女性の姿が視界に飛び込んできた。
彼女に牙が届くその前に、ベヒーモスの頭に渾身の蹴りを叩き込む。身体の自由も戻っていた。
「グガォオ……ッ!」
大きなダメージにはならなかったらしい。呻き声を上げたベヒーモスが、すぐに体をひねると強い膂力を持つ腕を振るって、頑強そうな鋭い爪の斬撃で反撃してきた。
空中で避けられず、ガードした腕の激痛を知覚した瞬間には、あまり斬れずに済んだ身体はぶっ叩かれる形にもなり、地面に叩きつけられていた。
「ぐふっ……! ぅぐぁあぁッ……!?」
観客席は石が段々になって出来ている。
ベヒーモスがいる場所より何段か下には通路があり、そこで立ち上がろうとしている俺へとベヒーモスは素早く飛び掛かってきて、片方の前足で俺の身体を押さえつけてきた。
「ぐうぅっ……! こ……の……ッ!」
女性はなんとか助けることが出来たが、ベルトが踏まれていてモードシフト出来ない……!
腹に響きそうな咆哮を上げ、ヘビーモスが牙を剥く。その顎を掴み、そうはさせまいとして力比べになった。
「ぐぅうぉお……!」
ヤツの顎の力に押し負けそうになり、肩の装甲に牙が届く。装甲さえ砕きそうで恐ろしい。
「……ぁああッ!」
鼻っ面に頭突きを浴びせた。
小さく唸り声を上げたベヒーモスが少し身を引いて、伸し掛かった力が緩む。その隙に、ヤツの足と身体の隙間に腕を突っ込んだ。
一瞬『ゴロークリスタル』にしようかと考えたが、こんなところで必殺のキックで爆発させられないと気付き、『ドラゴンクリスタル』に変更してレバーを上げ、クイックモードシフトした。
『ブレイズブレイド』
すぐに再びレバーを1回下げ、炎の剣の必殺技を発動する。
倒れている俺の上に炎が現れたことでベヒーモスは後ろに体を逸らし、二本足で立ち上がった。
炎が剣を形作る。それを掴んでベヒーモスの胸元、心臓があるであろう辺りに狙いを付けて跳躍し、炎の刃を突き刺した。
ベヒーモスが叫声を上げる。刃は筋肉で止まったようで、深く刺さらなかった。
剣にぶら下がっている状態でヤツの斬撃が右腕から飛んでくる。それを両足の蹴りで受け止めた。
L字型になった身体を、今度は逆さまに。サッカーのオーバーヘッドキックのようにして、炎の剣の柄頭に蹴りを叩き込んだ。
「ヴォオァォオ……ッ!」
ヘビーモスの体内へと打ち込まれた炎の剣の隙間から、青い鮮血が吹き出してくる。
石の床に倒れた俺の身体に降り掛かってきたそれは温かく、血の匂いがして生々しい。
やがてヘビーモスは、ゆっくりと前のめりになってきて、潰されないよう慌てて側転で逃げた。
ベヒーモスは倒れ伏し、俺は石段を2つほど転げ落ちると、べちゃりと何かにぶつかった。
ベヒーモスが動かないのを確認してからそちらを見ると、血まみれの男性だった。
立ち上がり、辺りを見渡す。
惨劇だった。
何十人、死んだだろう。勢いの増してきた雨が、大量の血を流していく。
観客たちは押し合い圧し合い、それによっても死傷者が出ていそうだ。悲鳴や、子供の鳴き声も聞こえる。
魔法で拡張されたスタッフの声が、それを抑止しようと会場中に響いていた。
遠い舞台上にいるグリーディを見ると、ヤツもこちらを見ているようだった。
笑っているように見える。この状況を楽しんでいるようだ。
ヘビーモスの元へ行き、炎の剣を引き抜いた。そうしてから、再び辺りを見た。
悪夢を見ているような気分だった。
現実感が消えては現れる。
現実なのは、わかっている。でも、夢であって欲しかった。
ああ……。
凄惨な光景に次第に怒りが湧き上がってきた。
奥歯を噛み締めた。身体が戦慄く。
くそう……。くそうッ! 畜生! 畜生ッ……!
俺は、こういうのが防げる変身ヒーローになりたかったのに……!
グリーディを睨み付けながら、今なら奇跡が起こせるんじゃないかと思った。
『エステルクリスタル』に変更し、その奇跡を起こす必殺技を発動する。
しかし、先程と変わらず奇跡が起きることはなかった。
なんでだよ……。
奇跡が起きて、皆が生き返ってくれたらいいのに……。
グリーディの魔法を封じる魔法陣や魔道具は、今更、連絡しなくても用意しているだろう。
コロシアムの舞台へと続く出入り口には試合前に魔法壁が張られているので、解除しなければ兵士は中に入れない。
不測の事態と強力な魔物への対処、逃げる観客の波などに妨害されたのか、まだ会場を包む魔法壁が解除されて兵士が突入するという事態にはなっていないが、時間の問題だろう。
兵士がなだれ込めば、きっとまた多くの死傷者が出る。
その前にもう一度グリーディを倒し、再生させ続けて動きを封じられればいいが……。再生を妨害されると再生速度がそれよりも上がると言っていたが、剣でぶった斬り続ければ行けるかも知れない。
……いや、そんなことはヤツもわかってるな。
魔法を封じられるのは一番のリスクだろう。わかっていないハズがない。
なのに今は、新たな魔物を召喚もせずにこちらを見て楽しそうにしている……。
なぜだ?
…………俺と話をする為か。
その後は再び新たな魔物を召喚する可能性は高そうだ。俺との戦いで召喚せずとも、戦争を起こそうというのだから召喚するだろう。
俺は決意した。
瞬間移動で誰もいない土地へとグリーディを連れて飛ぶことを。
そして、そこで決着をつける。
ヤツ自身に膨大な魔力があるといっても、他に人がいなければ魔力を回復させることは出来ないから、再生にも限界があるだろう。
移動先にヤツを置いて逃げることも頭をよぎったが、ダメだな……。
体力を回復させて改めて戦いたいが、そうすればグリーディを見失ってしまう。戦争を起こそうとしているヤツを放置すれば多くの死傷者が出るだろう。
……リヴィオはまた、無茶をするなと怒るかな。
いや、リヴィオだけじゃないな。皆に心配かけちまう……。
勝てる可能性は低そうにも思える。
今度こそ、死ぬかも知れない。
だいぶ必殺技を使ったので体力が削れて、既にけっこう身体にこたえている。ルーシアの特訓で体力をつけていなかったら、もうだいぶ参ってただろうな……。
でも、これが最良に思えた。
ヤツが召喚した魔物を、さっきは抑えることが出来なかった。
俺はもうこれ以上、人が死ぬのを見るのは嫌なんだ。




