第101話 決勝戦
決勝戦直前。
コロシアムの舞台への入り口を通り抜けると、雨の降り出しそうな湿った空気と、盛り上がる大観衆の熱気とに包まれた。
遠く向かいの入り口から、対戦相手である魔族も姿を現す。
その名はグリーディという。偽名かも知れないが。
魔族というのは凶暴な者が多く、また、高い魔力を持つ個体が多いそうだ。
魔族はラファエルのヴァンパイアなど、更に多数の種族に別れる。他とは似ていない単一の魔族も多い。人型の場合は魔人とも呼ばれる。
だが魔人はエルフやドワーフなど人間に近く知能も人並みな生物が呼ばれる、広義の意味での『人』には分類されない。
姿かたちや能力の差異が大きい場合があるのと、凶暴な者が多いのが原因だろうとのことだ。
ラファエルからは、この魔族は青い肌の女の姿で男の声だと聞いていたのだが、魔族であることを隠しているのか、今は日本人のような肌の色をした女の姿をしていた。
お互いに歩み寄り、深く被ったフードに隠された顔が見えてくる。若い。見た目も日本人っぽく、女子高生くらいに見える。
もしかして、ラファエルが間違えた?
魔族ではなく人間やエルフとかじゃないのか?
ただの若い人間が決勝まで勝ち残れるとは思えないけど……。
「貴様と戦えるのを、心待ちにしていたぞ」
少女に見える魔族が、女の声を発した。やっぱりラファエルが間違ってたんじゃないのか?
だが、その疑惑は少し薄らいだ。更に近付くと、よくわからないが異様さを感じるのだ。膨大だという魔力のせいか?
「心待ちに、ね……」
十数メートルの距離を置いてそう答えると、少女から「なんだ、聞こえてなかったのかと思ったぞ」と底ごもる男の声が聞こえたので、俺はビクリと身体を震わせてしまった。
「……なぜ、声を変えた?」
「フフフ……。恐れを喚起できるかとな。いい反応だったぞ」
羞恥心が駆け上ってきた。顔が熱い。くそっ。
「やっぱりお前が、ラファエルが言ってた魔族だったのかよ」
「やはり聞いていたか。貴様があのヴァンパイアとともに行動していることは私の耳にも入っていたぞ」
「心待ちにしてたって言うのは、俺の力を奪う為か?」
「その通りだ。貴様の優れた魔装にはどのような魔法が使われているのか、非常に興味深い」
俺の力は魔法じゃないから奪えないけどな。
だが、それは黙っていることにした。奪おうとしてきたときに隙が出来るかも知れないからだ。どの道、否定したところで信用されずに奪いに来るだろうしな。
「魔族ってこと、隠さなくていいのかよ。参加は禁止されてなくても、お前はレンヴァントの大貴族の代表って聞いたぞ。その代表が魔族だって知れたら問題なんじゃないか?」
聞いた話、魔族と繋がりのある貴族というのは一般的にはあまりよく思われないらしい。
「貴族の家のことなど、知ったことではない。魔族と知れれば問題になるなど、不愉快ではないか」
確かに魔族ってだけで問題になるのはおかしいな。
魔族の中には、秩序を重んじる者もいるらしいし。
ラファエルは……最初会ったときに殺されかけたし問題かもだけど。
「でも、隠すことを了承した上で代表になったんだろう?」
「その通りだ。私は、魔法を手に入れることが出来れば人間どもなどどうなってもよいからな」
うわ、すごい言質が取れてしまった。これだけでもういいんじゃないのっていうくらいの。
この会話はガラードのときと同じく証拠となるよう、色んな人たちに聞いて貰っている。
この国の姫と宰相に、二国間開催である為にコロシアムに訪れているレンヴァントの王族が2名、レンヴァントの貴族にも3名。
レンヴァント国の者は全員、金色の主義の思想を持っている可能性が高い者を選出してあるらしい。
グリーディという名の魔族が凄い言葉を吐いたので、俺は思い切って核心を突いてみた。
「ラファエルから聞いたぞ。金色の主義も戦争を起こして魔法を手に入れる為に、お前が創ったって」
「フフ……、戦争は魔法を大いに発展させるからな。恐らく、強い思いも魔法の発現に関係しているのだろう」
あっさり自白しやがった。
それに、思いの強さか……。あるかも知れないな。
「いいのかよ、認めて。審判に聞かれてるぞ」
「構いはしない。今までも金色の主義について様々な噂が流されたが、このような話をしたところで、その中でも最も信憑性が低い話だとみなされるだろうな。フフフ……」
だから、隠すことなく話してたのか……。
でも、金色の主義を指示してるレンヴァントの人たちも聞いてるとしたらどうかな?
思いの外、上手くいったのと強敵を前にしてるからか、ニヤリとした笑顔が出た。俺、こんな笑い方もするんだな。
「そろそろ闘ろうか」
そう持ちかけてきたグリーディが、フードをはねのけた。
今まで外したことのなかったフードから少女の顔が現れ、コロシアムが沸く。
それがトーンダウンしてきたときに決勝戦を始める鐘の音が鳴り響き、会場は再びヒートアップした。
俺は、すぐさま魔族へと駆け出す。
コイツ相手に遠距離戦は不利と見た。近距離戦で、一気にカタを付ける!
「変身!」
流石に決勝だけあって、ちょっと驚くほどの歓声の中、『ゴロークリスタル』で変身すると、歓声は更に湧き上がり、耳をつんざく。すぐに『キックグレネード』を発動し、グリーディ目掛けて飛ぶと、更に増した歓声が大波のように押し寄せてきた。
グリーディは厚い魔法壁を展開したが、蒼く輝く右脚が容易くそれを破壊し、ヤツへと命中する。
「えっ!?」
腹部に大穴が空き、吹っ飛んでいくグリーディに驚く。
まさか、こんなあっさり決着なのか!?
鎧も身に付けていないローブ姿のグリーディは軽く、土の地面を砂埃を上げながら舞台の端まで転がっていくと、舞台を囲む壁のすぐ内側から展開されているドーム状の魔法壁にぶつかり、爆発した。
壁のすぐ向こう側には、観客たちがひしめいている。
悲鳴が上がってヒヤリとしたが、魔法壁はヒビ割れただけで済んだようだ。
流石、上級魔法にも一時的になら耐えられるって言ってたもんな。
「あっさりやられてしまったな」
魔方陣の損傷が魔石による魔力によって修復し、ヒビが見えなくなった頃、グリーディの声が聞こえた。
爆発で残った身体の一部が数多の光の粒になって消滅していくのを見ていた俺は、声のするほうを振り返る。
空中に裂け目が出来て、そこからグリーディが姿を現し、宙に浮いた。
「やっぱ偽物かよ……」
「フフフ……。あれは王族から奪った魔法でな。身代わりが欲しかったのだろうな。願望が反映されると知って、色々と得心したぞ」
身代わりに別空間と、どちらも初めて見る魔法だ。
ヤツが空を飛んでいることも合わせ、観客は大いに沸いている。
試合の前から身代わり使ってるとかアリなのかよ。
「その浮遊魔法は、コンスタンティアさんから奪ったものだろう?」
「その通り。貴様の妹の浮遊魔法より優れているのでな」
「……コイツ……」
目鼻立ちの整った女子高生のような見た目を歪な笑顔で崩し、底ごもった男の声であざ笑うグリーディ。
コイツは多分、わざとこういう意地の悪いことをしている。楽しんでいるのだ。
「さて……」
グリーディが片手をこちら側へ向けると、魔法を発動した。
それは観客席で幾度も見てきた、ヤツがこれまでの対戦相手を苦しめてきた土魔法による範囲攻撃だった。
俺の傍の地面から、大小さまざまな四角柱の岩がせり上がってきて動きを妨害してくる。
せり上がる速度も中々なので、油断したり他に気を取られたりしていると、硬い岩に挟まれ身動きが取れなくなってしまう。
ヤツは他の魔法で攻撃して気を引き、岩で動きを封じる戦術でここまで勝ち上がってきたのだ。
だけど、俺は高い身体能力で大きくジャンプしたり、拳や蹴りで岩を砕いて動きを封じさせない。
グリーディは同時にもう一方の手をこちらへ向けて、そこから1本の雷撃を何度も放ってくるが、ルーシアの特訓のおかげでなんとかそれも回避できる。
観客は、これにも大いに沸いた。
今日は決勝だけあってボルテージがすごい高いな。
「フフフ……。やるな。そうでなくては」
「……余裕だな」
「ああ。私には負ける要素が見当たらない」
「へぇえ……」
さっき自白させたことで、戦争を起こそうとした罪や、王族などを謀った罪などに問われることになるとは思う。
だけど、上手く誤魔化されたりしないか心配だな。
ヤツは姿かたちを変えているから、金色の主義を広めた姿とは違うかも知れない。なので創ったのは嘘だと言えば、魔族だから嘘を吐いたのだと思われるかも知れない。
てか、実際にその可能性もあるな……。
それと、ヤツは何か状況を打開する魔法を持っている可能性もある。記憶を改ざんしたりとか。
死ぬほどの無理はしない。
でも、負ける要素が見当たらないって?
メラッと、心に火がついた。
クイックモードシフトするべく、レバーを上げる。レバーは少しだけ上がって上限に達すると、入れ替える対象として頭で考えていた『ドラゴンクリスタル』の音声が鳴り、ベルトの中のクリスタルが瞬時に交換された。直後、『ドラゴンクリスタル』の紅い色にクリスタルとマスクの眼が約1秒間発光し、消える。
発光した瞬間に能力が使えるようになるので、消えるのを待たずに片腕をグリーディに向けて、炎を放射する。
5メートルほど上空に浮かんでいるグリーディへ当たる直前、展開されたヤツの魔法壁が炎を防いだ。
俺は炎を放射し続けながら炎の剣を出現させ、その必殺技を発動してヤツへと跳躍する。剣を振る直前で炎を止め、両手で剣を掴み、思い切り薙ぎ払った。
「うぉりゃぁあッ!」
「グゥ……ッ」
厚い魔法障壁とともに身体が真っ二つになり、グリーディは小さく声を発した。
まただ、あまりにあっけない。これも偽物か?
着地して辺りを見回すが、空間に切れ目は見当たらない。
「どこだ!?」
奇襲を狙っているのか!?
「フフフ……。ここにいるではないか」
底ごもる声が、真っ二つになって倒れているグリーディから聞こえた。
2つになった身体が宙に浮き上がると切断面が合わさった。再生しているようだ。地面に池を作っていた血が、輝く粒子になってその身体に吸い込まれていく。
「マジかよ……」
「再生魔法だ。これは独自魔法でな。私は若い身体にも再生することのできるこの魔法のおかげで、数千年の永きを生きてこられた」
「……凄いな……。でも、不死身ってこたぁないだろ?」
魔法である以上、膨大な魔力があるといっても魔力が尽きれば使えなくなる。
「フフ……。今はほぼ不死身と言ってよい」
「は!?」
思考が少し、停止した。
ほぼ不死身? 嘘だろ? じゃあどうやって倒せばいいんだよ。
――あ。
と思ったが、すぐに閃いた。石化させればいいんだ。
『メデューサクリスタル』
クイックモードシフトの音声が辺りに響く。
「成程、私を石化させようというのか」
「……っ! よくご存知で……」
「面白い魔法だったからな。その眼とクリスタルの紫色が印象に残っていた」
そうか、客席から見てるんじゃ、音声は聞こえないもんな。
「石化魔法、受けてやろう。やってみるがいい」
「……マジかよ」
マジか……マジなのかよ。嫌な感覚が身体に伝わる。
ヤツは空を飛べるから、逃げるのを妨害したりもう一度ぶっ倒してから石化させようと思ってたのに……。
この流れ、石化は効かないんだろ?
いやでも、魔法による石化攻撃じゃない。効くかも知れない。
『ヘビーブロッサム』
その望みに懸けて、石化の必殺技を発動した。
黒く光る蛇たちがグリーディの脚に噛み付き、ヤツの脚が石化していく。
「効いた……!」
「なんと……。耐性があるというのに、これほどの速度とはな……。驚いたぞ!」
グリーディは美少女な顔をニヤリと歪ませると、全身が石化する前に手から魔法を放って首を切断した。
風魔法で刃を放つ魔法があると聞いたことがあるので、それだろうか。
頭が落下して首からは血が吹き出し、その光景に会場のあちこちで悲鳴が上がる。
頭だけでも再生するんだろう。だったらその前に……!
『ゴロークリスタル』
『キックグレネード』
殺してしまうが、やむを得ない。自白させたので、戦争を起こそうとするこの魔族相手に手加減はしないと決めていた。
グリーディの身体は予想通り再生を始め、復元してきている。
地面を輝く右脚で落ち窪ませながら駆け寄り、宙に浮かび始めたヤツ目掛け、蒼く輝く蹴りを浴びせた。
肩の辺りまでしか復元していなかったヤツの身体は、弧を描いて地面に落ちると爆発を起こした。
「…………どうなってやがるんだ」
会場がどよめいている。
爆発せずに残った、バラバラになったヤツの身体がそれでもなお集まって再生を始めているのだ。
この状態でも発動し続けるんだから、魔法ってのは便利だな。
だけど、再生するにも魔力はいるハズだ。身体が失われれば魔力だって無くなるんじゃないか? ヤツは身体の一部でさえ、大量の魔力を持ってるってことなのか?
いや、魔法が発動してるんなら、身体にあった魔力を大気中から集めているのかも知れないな……。
『ドラゴンクリスタル』
なんにせよ、だ。再生される前に炎で焼き尽くしてやる。
俺は突き出した両手から炎を放ち、グリーディの残った身体を包み込んだ。
初めのうちは火力が再生力を上回っていたが、次第に再生力が上がったのか、それとも炎の効きが悪くなったのか、ヤツの身体が復元していく。
「フフフッ……! ハハハハハ……! 我ながら愉快だ……!」
炎の中からヤツの高笑いが聞こえてくる。
だけど、俺は半ば勝利を確信していた。石化が効いたの、忘れちゃいないか?
『メデューサクリスタル』
『ヘビーブロッサム』
再び石化する必殺技を使い、上半身が再生しきっていないグリーディに蛇が噛み付いた。
今の状態では、さっきのように魔法で身体を切断できなかったのだろう、グリーディは石となった。
勝った……?
そう思って暫く、グリーディの石化が徐々に溶けていくのが見て取れた。
生まれてきた喜びの感情が、失意と困惑に変わる。
これも再生魔法ってやつか……? なんて魔法だよ……。
――あ。
そうだ、再生が魔法によるものなら、もしかしたら効くかも知れない。
『ゴロークリスタル』
『スティンガーディスペル』
1回分の魔法を消し去る緑色のミサイルのような光線を、右腕の前腕部から放ち、グリーディの身体へと命中させる。
この魔法は、コンスタンティアなどに協力して貰ってわかったのだが、重複して魔法がかけられている場合、消したい対象を思い描くことで消す対象を選ぶことが出来る。
なので重複している場合を考え、ヤツの再生魔法をターゲットにした。
「どうだ……!?」
石化の解除は、止まらない。
石化が解けると、今度は身体の再生が始まっていく。
「くそ……ッ」
どういうことだよ……?
魔法の効果が切れたら掛け直さなけりゃならないハズだ。
同じ魔法が重複できるのか? 聞いたことないが……。ヤツは重複できる魔法でも持っているのか?
だったら、重複した魔法が消えるまで何度も『スティンガーディスペル』を放てばいい。
だが、そうではない可能性に気付いて、浮遊魔法で浮き上がったヤツへと尋ねた。
「お前の再生魔法……。独自魔法って言ってたな。まさか、ラファエルの物質生成能力と同じ、種族特有の魔法による能力ってやつなのか……?」
「ああ、言っていなかったか。その通りだ」
最悪だ。
ヤツの再生魔法は、必要に応じて発動するタイプなのだろう。
『スティンガーディスペル』では、魔法を生み出す能力までは消すことは出来ない。
「……………………。やるしかないか」
「クロキヴァよ。今、貴様が考えていることを当ててやろうか」
「…………当ててみろよ」
「再生する魔力が尽きるまで、外傷を与え続ければいいと考えている。違うか?」
「……ああ、そうだよ。いくら魔力が膨大っていっても、さっき不死身じゃないって言ってただろ?」
「フフフ……、ほぼ不死身だと言っただろう? 見るがいい」
ふともも辺りまで再生した全裸の少女の姿をしたグリーディの身体が発光する。
しかし、それだけで何かが変わったようには見えない。再生速度も上がってないし……。
「クロキヴァ、貴様……。見えぬのか」
「え……?」
発光してるのは見えてるけど、他に何も変わったところなんて……。
「成程な。その黒き魔装の力がなければ、貴様はただの脆弱な一人の人間の男に過ぎぬということだな」
「……!?」
どういうことだ……?
「ん? これは……」
俺が困惑していると、グリーディが何かを見つけた。
何もない空間を、何かを探るように手を動かしている。
「なんだ……? 何をしてるんだ?」
「魔法に干渉した魔力の波紋がいつもと違うのだ……。貴様の仕業か? そうでないとすると……」
すっかり再生した身体を地面へ降り立たせると、グリーディは目を閉じた。
何してる? 魔法でも使ってるのか?
やがてヤツは目を開けると遠くのほうを見つめ、その少女の顔に怒りを宿した。
普通の人間には出来ないほど顔を歪ませている。その顔がこちらへ向いた。
「クロキヴァ、貴様、図ったな……!」
俺はヤツが見ていたほうへ振り返り、悟った。
そこは特別な観覧席。王族や貴族など、位の高い者たちがいる場所。
俺や審判との間を繋ぐ会話の魔法が、王族などとも繋がっていることをグリーディは魔法で検知したのだろう。
「我が計画が……。許さんぞ、貴様ァア……!」
身体をわなわなと震わせた少女の顔が、有り得ない歪みかたをして憎しみを表している。
「おい、戦いを再開する前に、その格好なんとかなんないのか」
なにせ全裸だ。コイツが姿を変えられる魔族だとわかっていなかったら、俺には刺激が強すぎる。
「……貴様の好みそうな姿にしたというのに、好かんか」
俺の言葉で冷静になったのか、顔を整えるグリーディ。
いや、そんな不気味な顔しなきゃ、凄い好みだけどな。見た目は。
グリーディは空間の裂け目を出現させ、そこからフード付きのロングコートを取り出した。
俺のストレージみたいなのが使えるのか。
ヤツがコートを着込んでいるあいだに、俺は距離を空け、思考する。
さっき、ヤツはほぼ不死身だという証明をしようとしてたよな。だけど俺にはわからなかった。
その後、魔力の波紋とかって言ってたよな……。
「あっ……」
まさか……。
もしそうなら、とんでもないことだ。
口にするのもためらわれるが、聞かないわけにもいかない。
「お前、さっき魔力を集めてたのか……? 観客か、大気中か……」
「気付いたか。その通りだ。観客どもから奪えるのだ。ちなみに先程、私の再生を炎で妨害しようとしただろう? ああいうことをすると再生できるように、それより早い再生速度になる。これがどういう意味か、わかるな?」
絶句した。
いくらなんでも、とんでもなさすぎるだろ。
これが千年以上生きてきて、魔法に関する知識やプログラムを奪えるようになった、この魔族の力か……。
『エステルクリスタル』
もう、これに賭けるしかないな。
『ピープルデザイア』
レバーを下げて、ある条件下において奇跡が起こせるという必殺技を発動した。
平時ではまず起こせないという話だったが、これだけ多くの人がいるんだ。奇跡が起こせるかも知れない。
使うと何が起きるかわからないので最悪、戦えなくなる可能性があるから出来るだけ使いたくなかったが、もはやこれしか望みを託せるものは存在しなかった。
ベルトのクリスタルから現れた金色に輝く細長い光の束が、周囲に拡散していく。
だが、十数メートル広がると次第に消えていき、何も起きないようだった。
「くそっ、発動したと思ったけどダメかよ……」
そんな都合よくはいかないか。
「何をしようとした? 失敗したようだが」
「まぁ、ちょっとな……」
でも、ご都合主義でも何でもコイツが発動してくれないと、勝ち目なんてどこにもなさそうだ。
絶望が頭をもたげる。
実際には下がった頭の視界に移る土の地面に、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。
…………降参するか?
だけど、ヤツをどうにかしないとヤバそうだ。
この場で声を発して、姫様とかに連絡して兵を動かして拘束して貰えるよう要請するべきか?
策略が暴かれたグリーディも用心するだろうが、魔術師を拘束しておく為に魔法を使えなくする魔法陣や魔道具があるそうなので、流石に身柄を捕らえることは出来るだろう。俺も協力するし。
でもアイツは空を飛べるからな……。今すぐはマズイ。声の伝わる呪文を解除して貰ってからでないと……。
「フフフ……。今、貴様が考えていることを当ててやろうか?」
「…………」
もし当たっていたら、逃げられる前にすぐ声に出して姫様とかに要請しよう。
攻撃を続け、再生させ続けてるあいだに、捕らえて貰うよう手配だ。
「当ててみろよ」
「降参しようと思っているのだろう?」
これなら、連絡しなくて平気だな。
「……ああ。残念だけどな」
「いいことを教えてやろう。わざわざ敗者になることはないぞ。これから、この闘技大会は、曖昧に終わる」
「なに……? どういうことだよ?」
「この都市アグレインもろとも、惨劇に染まるのだ。このようにな……!」
グリーディは空間の裂け目から魔法のスクロールを2本取り出すと、魔物を召喚した。
ヤツの左右に浮いたスクロールが広がって、そこに描かれた魔法陣が光を放ちながら巨大化する。
左の魔法陣からは、体長8メートルほどの四本足の獣が現れた。長い尾も含めればもっと大きい。
黒色がかった紫の体は筋骨隆々で、鋭い爪があり、頭部に2本の長い角があって、馬のように鬣が生えているが逆だっている。
右の魔法陣からは左の獣より2メートルほど大きい、3つの頭を持つ犬の姿をした獣が出現した。体は黒ずんでいて、凶暴そうな顔をしている。歯と牙が長く鋭い。口からは炎が漏れている。
「……ゲームでこんなの見たことあるな……。コイツらは……ベヒーモスとケルベロスか?」
マスクの下で、嫌な汗を滲ませながら問い掛けると、「よく知っているな」と肯定と取れる返事をした。
「フフフ……。ハハハハハ……! 戦争を起こせぬのならば、この場で起こしてしまえばよい! 止めてみろ、黒き魔装戦士! どこまでやれるか見物だな……!」




