第100話 決勝の前に
ガラードとの戦いが終わって変身を解くと、コロシアムの観客たちがざわめいた。
身体を見て理由に気付く。腕はアザだらけで出血があり、片方の掌からは血が滴り、身体からも出血があってポロシャツに血が滲んで広がってきている。
身体にも厚手のラバーみたいなとこを貫通してたとこがあったみたいだな。
救護の人たちが駆け付けてきて、医務室に案内された。医務室はいくつか用意されており、対戦相手と同室にならないように配慮がされている。
治療を受けていると、リヴィオたちがやってきた。
「やったな、ロゴー!」
「おめでとう、ゴロぉおお!? わあああ!」
エステルの胸がその瞳の色と同じ青色に輝くと、そこから同じ色をしたクリスタルが現れた。
「ええぇえ!? き、昨日は出なかったのに! なんで!?」
俺の手に飛び込んだクリスタルを指差して、エステルが声を上げる。
「な、なんでだろう……?」
俺も首を捻った。
昨日は相思相愛じゃなかった……? いや、そんなことは……。想いが足りなかったとか?
「昨日は出なかったって、なんのお話でしょう?」
そう尋ねたルーシアに照れ笑いを浮かべて「いやぁ、ちょっと……」と逸らかすエステル。
すると、リヴィオが申し出てきた。
「後で私から話そう。いずれ、皆にも聞いて貰いたかったしな。それより、姫様たちにもロゴーたちの会話が聞こえたそうだぞ! 上手く自白を引き出してくれたおかげで、仇を討つことが出来た。ありがとう、ロゴー……」
話しているうちに感極まってきたのか、リヴィオの赤い瞳は潤み、涙声が混じる。小さく鼻を啜ると、治癒魔法を受けている俺の傍にしゃがみ込み、優しく腕を撫でさすってきた。
「こんなにアザだらけになって……。痛かったろう……」
「いやあ、でも治して貰えるのはわかってたからな」
「お前は治して貰えなくてもそうしただろう?」
「まぁ、そうかな」
「…………よくやったな……」
皆に見られてるのもあって、照れくさいな……。
「吾輩たちからも礼を言うぞ。これで彼奴めは極刑を免れん。コンスタンティアにしてきたことも含め、これまでの疑惑も厳しく追求されることになろうな」
「これで肩の荷が下りたわ……ありがとう……」
ラファエルがニヤリを牙を見せ、普段はあまり表情が変わらないコンスタンティアも、可愛らしい笑顔を見せた。
嬉しさが胸に込み上げてくる。
「私からもお礼を。ゴロー様、ありがとうございました」
深々と頭を下げるルーシア。横にいたフリアデリケも「ありがとうございましたっ!」と頭を下げた。
「ゴローはホント、人の為にボロボロになるよね……。そういうとこがいいとは思うんだけどさ、死なないように気を付けてね」
「まったくだ」
エステルとリヴィオが頷き合い、俺は恐縮する。
「おにいちゃん、かっこよかった~!」
「わっ、菜結! 服汚れるから……」
抱きついてきた菜結を血の出ていないほうの手で止めると、菜結はその手を小さな両手でにぎにぎして、にこーっと笑顔を見せた。
菜結とエステルも一緒に、皆でリヴィオの屋敷に戻ってきた。
居間に集まり、リヴィオが自分の分も合わせてクリスタルが出てきた経緯を説明する。
赤い顔をしているのは、俺もエステルも同じだった。話を聞いてフリアデリケも顔を赤らめている。
「成程なァ……。ゴロー、貴様もやるではないか」
ラファエルがにやにやしてワインを傾けながら俺を眺めてくる。
エステルは真っ赤になって俯いていた。
「おにいちゃん。リヴィおねえちゃんと、ちゅーしたの?」
「あ、ああ……」
「えすてるおねえちゃんとも、ちゅーしたの?」
「う、うん……」
「ふたりとけっこんするの?」
「うぇ!?」
「ヴァッハッハッハッハ! 子供はストレートだな」
うぬぬ……。大笑いしおって……。
「おふたりとキスされているとは、驚きました」
同じくワインを傾けつつ、所感を述べるルーシア。彼女にしては昼間からお酒を飲むのは珍しい。やっぱり、リヴィオ以外としたのは不味かっただろうか。
「ふふ、そんなお顔をされなくて平気ですよ。こうなることは予想してましたから。ですが、闘技大会の後になると思っておりましたので、少々驚いてしまいました」
「そ、そうですか……」
エステルとの仲も予想してたのはちょっと驚いた。
じゃあお酒は、仇を討てたお祝いかな。
「おにいちゃん。くりすたるがでたのって、そーしそーあいっぽいんだよね?」
「あ、ああ」
「らふぁえるとも、そーしそーあいなの?」
「えっ? いや、違う違う。ラファエルから出てきたのは『ラファエルクリスタル』じゃなくて『ヴァンパイアクリスタル』だろ?」
「あ、そっかー。じゃあ、らふぁえるともそーしそーあいになったら、またでてくるのかな~?」
「ぶっ。いや、ラファエルと相思相愛って。男同士だよ。それに不倫になっちゃうじゃないか」
「でも、なゆとおにいちゃんもそーしそーあいでしょ?」
「んー、恋愛関係じゃないから違うんじゃないかな。大好き同士だとは思うぞ」
「だいすきどーし? えへへ~。うん。なゆ、おにいちゃんだいすき」
我が妹、尊い……。
頰を緩ませながらラファエルを見ると目が合った。彼は苦い顔をして舌を出して見せる。安心しろ、俺も嫌だよ。
「でも、なんで昨日は出てこなかったんだろうね、これ」
エステルが自分から出てきた青色のクリスタルを手に持って見回しながら、小首を傾げた。
俺も首を捻る。
「リヴィオは何か思い当たるか?」
「そうだな……。推測に過ぎないが、試合後のロゴーはすっきりした顔をしていた。その為かも……」
「……確かに、昨日は気持ちに余裕がなかったな……。ガラードがしたことの話を聞いたのと、試合の対策を考えなきゃって……。余裕がなかったからか……? そのせいでエステルとちゃんと向き合えてなかったのか……」
言われてみると、一番しっくりくる気がする。
「そ、そっかぁ……。そうかも知れないね。とにかく、今はクリスタル出たもんね!」
エステルはどこかほっとしたような顔をした後、嬉しそうに笑顔を見せた。
「ところで、新しく手に入れたクリスタルというのはどんなものなのだ?」
ラファエルに聞かれて、まず『リヴィオクリスタル』の能力を解説し、それからエステルから出てきたクリスタルについて説明した。
『エステルクリスタル』
・青色のクリスタル。
・石化無効
・必殺技『ピープルデザイア』
ある条件下において、奇跡が起こせる。
いかにもエステルの願望を反映したといった感じの能力だ。兄を救いたくて、奇跡を願ったのだろう。
しかし、奇跡を起こせるってとんでもないな……。
「ほう~……! 未来を予知出来るというのも凄いが、奇跡が起こせる!? とんでもないな!」
「俺もそう思う……」
「その奇跡を起こす条件というのはわからんのか?」
「残念ながらな。ベルトに尋ねたら、平時にはまず無理ってことだけはわかったよ」
ピープルデザイア、人々の願望って意味だろうか。
「戦争にでもなれば使えるのかも知れんな」
「え~、そんなのなら、使えなくていいよう!」
エステルが悲しそうな顔で声を上げる。
「やだよ、わたしのクリスタルでゴローが戦争に行っちゃったり、利用されたりするの……」
うーん。それは俺も嫌だな……。
ベルトに聞いてみるか。
――戦争という条件下では、敵の願望も反映される為に発動しない公算は非常に大きい。但し、人相手に限る――
おお、答えてくれた。
エステルに伝えると、「よかった~」と胸を撫で下ろした。俺もほっとしたよ。
人相手に限るってことは、魔物相手とかだとその限りじゃないんだな。
「だけど、大会でゴローの力になりたかったから、使い方がわかんないのは残念だなぁ」
「でも、そういう力があるっていうのは希望になるよ。それにさ……」
これでクリスタルが15個になり、また新たな特典が得られたので、そのことを皆に話した。
クイックモードシフトという機能で、変更したいクリスタルのことを考えながら、普段は下げて使うベルトのレバーを上げることで瞬時にクリスタルが入れ替えられるというものだった。
モードシフト中の無敵(?)時間はなくなってしまうが、便利だ。
エステルは「だったらよかった」と笑顔を見せた。
昼食を食べ、自室で仮眠を取った。
カーテンは閉めていないが、曇り空で部屋は薄暗い。寝ている間に入り込んできたエステルがベッドの傍らにいて、目を開けた俺と目が合った。
「あ、起きた。おはよー」
「おはよう……。……寝顔、見てた?」
「うん。可愛かったよー」
「俺、薄目を開けて寝てなかった? そういうときあるらしいから」
「開いてた開いてたー」
「じゃあ可愛くないだろ……」
「そんなことないよー」
笑いながら、エステルがくっついてくる。
「わっ」
「へへ~」
体温のぬくもりと、濃くて甘い香りがした。
「チョコ食べてた?」
「うん、さっき皆でお茶してたんだー」
「そっか。ふぁあ……ふ……」
「あはは、でっかいあくびー」
「なんか用事だったか?」
「ううん、ただ会いたかったから。試合で疲れてて迷惑だったかな?」
「いや、平気だよ」
「よかった。……あのね、わたし、ほっとしたんだー。クリスタルが出なかったから、もしかしてゴローはわたしのこと好きじゃないんじゃないかって思ってて……」
「そんなことないよ。ごめんな、余裕なかったみたいだ」
「ううん。わたしこそ昨日、急にあんなことして却って迷惑になっちゃったかなって」
「いや……。むしろ、スッキリしたかも」
リヴィオと恋仲になって、エステルの好意は気になってたし。
まぁ試合のことでいっぱいで、そんなに気になってたわけじゃないけど、気は楽になったな。
「よかったぁ……」
エステルは口を閉じたまま可愛らしくにっこりと笑うと、唇を少し尖らせて軽くキスしてきた。
「決勝戦、がんばってね」
「あ、ああ……」
見つめ合っていた大きな青い瞳が離れ、エステルは恥ずかしそうに部屋から出ていった。
名残惜しくなって、俺はエステルの瞳と同じ色をした『エステルクリスタル』を出現させて、暫く弄んでいた。
夕食後。
城へと戻っていくエステルと菜結を玄関で見送った。
女王の病気は殆ど治癒していて、菜結は明日にはお役御免となるらしい。終わったらうんと褒めてやろう。
その後、自室に戻るとすぐにルーシアが訪ねてきたので、招き入れる。
ルーシアは窓際に立ち、暗い色が落ちていく外を眺めながら話を切り出した。
「いよいよ決勝ですね」
「ここまでこれたのは、ルーシアさんの特訓のおかげですよ」
「ですが、明日負けたら元も子もありませんね」
「う……。そ、そうですね……」
決勝の相手は、ラファエルたちを襲った魔族に決まった。
もし敗れれば、その魔族の目論見通り、この国は近く戦争になるだろう。
「だからといって、死んでしまいかねない無茶はしないでください。女王様に命を懸けて戦うことを了承したとはいえ、そんなことまでする必要はありませんからね。女王様だってそんなことは望んでいないでしょう」
「ルーシアさん……」
「ゴロー様のことです。戦争になったときのことを考えて、死ぬ可能性が高い無茶な戦い方をするかも知れませんからね。でも、戦争になったら戦争になったときです。そこまでゴロー様が背負う必要なんてありません」
う……。言われてみると、そういう無茶をするかも知れない……。
「ゴロー様にはリヴィオ様やエステル様やナユちゃんという大切な人たちがいるのですから。悲しませないでくださいね」
「は、はい……。でも」
「でもなんてダメです。悲しませないでください。私やフリアちゃんだって悲しみますよ。ラファエル様たちだってきっと……」
「いや、そうじゃなくて。でもルーシアさんたちも大切だって、言おうとしてたんですが……」
「え? そ、そうでしたか……ぅぅ……」
ルーシアは頬を赤らめて後ろを向いた。それから、恥ずかしそうに手で顔を覆う。
その姿勢のまま、声を掛けてきた。
「…………あの、ゴロー様」
「なんですか?」
「そのぉ……。ほ、他にですね、クリスタルが出そうな相手というのは、いないんでしょうか?」
「へ? いやぁ、いないと思いますけど……。な、なぜそんなことを?」
やっぱり、リヴィオ以外にそういう人が増えるのはおもしろくないんだろうか。
「いえその、決勝戦の前にクリスタルを手に入れられるのなら……と」
「あぁ、そうでしたか」
「例えば、フリアちゃんなんかどうでしょうか?」
「えぇ? 可愛いとは思いますけど、そういう感情は……」
「そうなのですか……。フリアちゃんでも……。じゃあ、他にはいないんですね?」
「ええ、はい」
「わかりました……」
話を終え、カーテンを閉めて部屋から去っていったルーシアは、なんだか少し寂しそうに見えたような気がした。
決勝戦当日。
今日も空は曇っており、昨日よりも薄暗い。雨が降るかも知れないな。
ヴァンパイアのラファエルには過ごしやすい天気なのだろうけど、ポロシャツ1枚の俺には玄関を出るとちょっと寒かったので、リヴィオが父の物だという、スッキリとしたデザインの黒いジャケットを持ってきてくれた。
「うん……よく似合うな」
リヴィオが着せてくれて、褒められて、嬉しい。
ルーシアとフリアデリケも俺の姿を見て穏やかに微笑んでいて、それを見たらなんだか家族の一員になれたんだなぁ……という実感が湧いてきて、暖かな気持ちになった。
「ああ……あぁあ……」
その直後、リヴィオが嘆きの声を発した。
玄関に姿を現したフランケンが小さくて不気味で可愛い身体から、元の身体に戻ってしまっていたのだ。
「修理できたから……。それに、決勝の魔族を試合が終わった後で逃がさない為に、戦力は多いほうがいい……」
コンスタンティアはリヴィオが落とした肩をぽんぽんと叩く。
「リヴィオ、オオキイオレ、キライ……?」
「えっ、や、そんなことないぞ!? そ、そんな悲しそうな顔をするな!」
リヴィオはわたわたと手を振って慌てて弁解し、フランケンの巨体に抱きついた。
「な? キライじゃないぞ!」
「……リヴィオ。コイビトイルノニ、ホカノ男ニダキツク、ヨクナイ」
「ええ!? い、いやフランケンはほら、でっかいぬいぐるみみたいなものだから……」
「ソウカ。ダッタラ、ウレシイ」
嬉しいのか……。
すごく目尻を下げたフランケンがにこにこと笑っているのを眺めていると、ラファエルに問われた。
「ゴローよ、勝算はあるのか?」
「やってみないと全くわからないな」
決勝の相手の魔族は、多彩かつ強力な魔法の使い手で、非常に厄介そうな相手だ。果たして勝てるかどうか……。
「そうか……。貴様が勝っても負けても吾輩はヤツを殺すつもりだが、あの場には警備がおって、そうそう無法も働けん。ヤツが優勝し、逃がしてしまえば戦争になる公算は大きくなる。正直、吾輩はそれでも構わんのだがな、今は貴様たちと同じ屋敷に住んでおるのだ。戦争になって暗い顔をされていたのでは、堪らんからな」
ラファエルなりの気遣いだろうか。
その様子をコンスタンティアは嬉しそうに微笑んで見つめていた。
戦争になってしまうのは、断固阻止しなければならない。
可能ならば、決勝の魔族が戦争を起こして魔法を発展させ、それを奪う目的で金色の主義を創ったということを、ガラードのときのように自白させ、それを闘技大会の観戦の為に訪れているレンヴァント国の王族やお偉いさんに聞かせたい。
ガラードのように会話を妨害する指輪を持っているわけじゃないから、難しいだろうけど。
金色の主義を創った魔族が滅んでも、その本当の理由が知られなければ、主義は残る。それは非常に厄介だから。
この作品のファンアートを戴いてしまいました!
作品についてのあれこれと一緒に『活動報告』に掲載させて頂きましたので、よければ是非ご覧になってください……!




