1-13 お見送り
「じゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃ〜い♪」
ベッドから手を振るリナリアちゃんとの別れを惜しみながら、私は管理人室のドアを閉じる。
これがリナリアちゃんを見た、最後の姿になるなんて……
ってな感じのネガティブな妄想に、私はこれまで幾度となく囚われて来た。いわゆる『嫌な予感』ってやつ。
だけど40年以上生きてきて、的中したことは一度もない。ようするに、心配性をこじらせただけなのだ。
おかげで今では、『嫌な予感』がした時は、むしろ何も起きないと確信できる。もはや、今日も一日平和だと確約されたも同然である。
廊下を振り返ると、包みを持った管理人さんが食堂から戻ってきた。
「はい。お弁当です」
「ありがとうございます! お昼が楽しみですよっ!」
管理人さんの作ってくれるお弁当は、いわゆるサンドイッチ。カードに夢中になった伯爵様の伝説が、この世界に伝わっているかどうかは分からないが、奇しくも同じ名前である。スライスした黒パンに様々な具材を挟んだだけなので『事故率』が低く、とんでもない怪物が口の中で暴れ回る事もまあ、まれによくあるが……。大抵は美味しくいただけている。
私は玄関に置いていたリュックにお弁当の包みをしまうと、スリッパから土足に履き替えるため、下駄箱からマイシューズを取り出した。靴の裏がすり減ってヨレヨレのボロボロだけど、なんとか今日一日は頑張ってもらわなければ。
ボルゴ屋敷の玄関には段差があり、下駄箱もしくは靴入れがあり、上履きと外履きをここで履き替えるようになっている。ボルゴ屋敷はどう見ても洋館なのに、玄関だけは日本家屋そっくりだ。正に和洋折衷。余計な汚れを室内に持ち込まずに済むので、リナリアちゃんを病気から守るという意味では本当に助かっている。
「ところで管理人さん、回復の魔法紙はまだありますよね?」
「はい、大丈夫ですよ。昨日、市場でまとめ買いできましたから、十分にあります」
「あと、呪文は忘れてませんよね?」
「もう! 『ゲンキ、ハツラツ』でしょ。こんな覚えやすい呪文、忘れっこありません」
「そ、そうですよね。すみません。心配性なものでつい…」
「あ、ごめんなさい。私って失敗ばかりですものね。オトジさんが心配するのも当然です…」
「いえ、そんなことは!」
「いいえ、そんなことは…」
「いえいえ」
「いいえ」
「……」
「…」
ああ、きりがないっ!
謝罪の無限ループから何とか脱すると、私は玄関のドアを開ける。すると、冷たい外の風が管理人さんの髪を乱した。春だというのにこの寒さはまずいな。確かにリナリアちゃんの体には毒だ。私は脂肪アーマーを標準装備しているからヘッチャラだけど、管理人さんも風邪を引いてしまうかもしれない。早々に出発しよう。
「それでは、管理人さん」
「はい。どうかお気をつけて、行ってらっしゃい」
「大丈夫ですよ。何があっても戻ってきます。帰りを待っててくれるのは、女神ちゃんと、天使さまですし♪」
「も、もうっ! 怒りますよっ!」
「はははっ♪ じゃあ行ってきます!」
私は笑いながら逃げるように走る。これではまるでいたずらっ子だが、かまいはしない。門を抜け、歩道を左に曲がり、この先の街角に急ぐ。何故なら管理人さんは、私が見えなくなるまで見送り続けるようなお人だから。親子揃って風邪を引いては一大事だ。
街角にたどり着いた私はボルゴ屋敷を振り返る。案の定、管理人さんは門の側の歩道まで見送りに出ていた。私が大きく手を振ると、困ったように、小さく手を振り替えしてくれた。本当に、可愛い人だ。綺麗で、可愛くて、愛おしい。
私は、二人の笑顔を護れるのかな………。いや、護るだなんておこがましいか。身の程を知れ。私に出来るとすれば、二人が笑顔になるためのお手伝い。それが精々だろう。
名残惜しいが長居は迷惑。さあ、出発しようじゃないか! 目指すは王国仕事斡旋処(おうこく つかえごと あっせんどころ)。はたして今日は、どんな仕事がもらえるだろう。願わくば、オトギワルドならではの仕事をやってみたいものだ。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。第1章、これにて終了です。
そして次回より第2章、王国仕事斡旋処(おうこく つかえごと あっせんどころ)編。略して職安編がスタートします。新たなヒロインも登場! オトジローさんの妄想にもますます磨きが?(笑)




