プロローグ
俺は勇者を目指していた。
俺が生まれてきた理由は勇者となって魔王を倒すことだと、当時を振り返れば何とも間抜けな思考回路をしていたが、俺は心の底から本気でそう思っていた。
来るべき魔王との決戦に備えて、来る日も来る日も訓練に明け暮れていた。
だけど、そんなものは何の意味もない茶番でしか無かった。
だって、俺は勇者じゃなかったのだから。
勇者は幼馴染のアイツだったのだ。
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物心付いた時から、当然のようにいつも隣に居る存在がいた。
世間一般でいう幼馴染というヤツで、小さいころから飯も風呂も遊ぶ時も寝る時も、どんな時でも一緒だった。
流石にある程度大きくなってからはヤツが女、俺が男ということで風呂や寝ることは無くなったが、大抵どんな時も一緒だった。そしてそんな生活にも変化が訪れた。ヤツが学校に通うようになったのだ。
「やあ、訓練に精が出るね。こうも毎日毎日同じことをやっていて、どうして君は飽きないんだろうね?」
俺と同じ環境で育ったせいか、男のような口調になってしまった幼馴染が俺に話しかけてきた。
「ふん、そんなもん決まっているだろう。俺が勇者になる為の下積み作業だからだ。
訓練を怠る者は勇者にはなれんのさ」
そう言って得意満面の笑みで返してやると、ヤツは若干あきれた様な表情でこう言った。
「はぁ~………そんな事より家の仕事をしたらどうなんだい?またオヤジさんに叱られるよ?どこで油売ってるんだってね」
「理想の為には若干の犠牲も仕方ないのさ、ふっ」
キザったらしいキメ台詞を俺が言うと、諦めたのか「まぁ、適当に頑張りなよ」と言いながらヤツは去って言った。これから街の学校に通うのだ。俺はというと当然、学校なんて通うような頭を持っていないし、両親も子供を学校に行かせるだけの財力は無い。
思い返せばいつの頃からだろうか。ヤツと俺との差が出始めてきたのは。
ヤツも俺と同じく貧乏な家庭に生まれ育った。当然、学校に通うような金はヤツの両親には用意出来ない。ではなぜ通えるのかというと、村の領主がヤツに才能を見出したからだ。詳細は忘れてしまったが、きっかけは些細な事だった。あれよあれよという間に、将来領主の息子の秘書になることを前提に学校に通わせることになったのだった。授業料免除の他にヤツの家にも幾ばくかの資金援助まで得ているというのだ。
これだけを聞くと頭でっかちな秀才なだけかと思われそうだが、実際は違う。
そもそも昔からヤツは大抵の事は何だって出来た。
勉強は当然のことながら、運動だって大人顔負けの働きをすることが出来た。
今もこうして俺は木刀を振るっているが、ふざけてヤツと勝負した時には木刀すら持ったことが無い相手に俺は負けてしまったのだ。
だが、それは俺が油断と手加減したから負けたのであって実力が劣っている訳ではないのだ!
「さて、これから俺の勇者への一歩がまた始まるのだ。今日も気合を入れて頑張るぜ!」
気合を入れなおした俺は今日も木刀を片手に訓練を開始した。
この時俺はこの世の心理というものを知らなすぎた。
木刀すら持ったことが無い相手に負けたのは、油断や手加減したからではなく実力が違いすぎたからだということを。
勇者という存在は望んでなれるものではないということを。
勇者とは生まれながらに勇者であることを。
勇者とは作られるものではなく、最初から完成しているものだということを。
一般人がどんなに努力をしようとも勇者という存在には追いつけないということを。
選ばれなかった人間は、誰も同じ領域にはたどり着けないことを。
どんなに頑張っても届かない高さに人は絶望するということを。
最初から全てが違うということを。
この時には既に俺の心の中で闇が生まれ始めていたのだった。
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変化はある日突然起こった。
いつもの訓練から帰ってくると村の雰囲気がいつもと違うことに気づいた。
村まで近づいてみると、王都の人間と思われる偉そうな人が村人達と広場で話しをしている現場に出くわした。俺は何となく厄介な臭いをかぎ分けてその場に隠れることにした。
「先日魔王復活の報を受け、偉大なる賢人にして星占術を極めた賢者殿が世の行く末を占ったところ貴殿の娘が勇者であることが判明したのだ」
「私たちの娘が勇者ですって………どういうことなのでしょうか」
………勇者?こいつらは何を言っているんだ?
「その通り。世を全てを見通す彼の賢者殿は、唯一魔王を倒すことが出来る存在を占い、そして占われた結果出てきたのが貴殿の娘なのだ。しかもそれを裏付けるかのように、先ほど王家に伝わる勇者にのみ読むことが出来るという巻物を読むことが出来たであろう。しかも、あろうことか巻物に書いてある魔法まで一瞬で会得してしまうとは、今代の勇者の何と素晴らしい事か!!
これほどの才能があれば彼の魔王も討伐されたも同然ではないか!!
さて、細かい話は村長の家でゆっくり話すとしよう。それでは貴殿と勇者殿はこちらに参られよ」
そう言ってヤツとその両親は村長に連れられていった。
「アイツが勇者だって………どういうことなんだ………」
俺は目の前が真っ暗になった。
どうやって帰ったのかは分からないが、気づいたら自分の部屋にいた。
辺りは薄暗く、夜半も過ぎた深夜の時間帯だった。
「くそっ!一体何がどうなってやがるんだ!ヤツが勇者だとか王家に伝わる巻物だとか………訳が分かんねーよ!」
俺は自分が座っていたベッドに向かって拳を叩き付けた。
「………思えばアイツは昔から何だって出来た。おれが出来ないことも平然とやってのけていた。
魔物だって、アイツの方が沢山倒していたし、毎日魔物を倒す訓練してる俺がそんな訓練をしていないアイツに一度だって勝てなかった!そんな俺が勇者になってなれるはずは無かったんだ!
………なんだったんだ、俺の今までの努力は。ヤツは全てを持っていて、俺は何も持たないとでもいうのか?………ちくしょう!」
言いたいことは沢山あった。でもいろんな感情がごちゃ混ぜになって上手く言葉が出てこない。
そんなもどかしさを払うために、俺は深夜にも関わらず外に飛び出した。
辺りは星空がよく見える雲ひとつ無い天気だった。
そんな天気と比べて俺の心は嵐よりも荒れていた。
「ちくしょう!ちくしょう!………何の努力もしないで勇者になったヤツと、努力をしても勇者になれなかった俺なんて………それじゃまるで俺はとんだ道化じゃないか!」
辺りの木々に八つ当たり気味に木刀を叩きつける。木刀を叩きつけられた木々は少しだけ傷が付いただけで俺の心は晴れることはなかった。
その時、俺はふと人の気配を感じた。
「………なんだ、こんな夜中に?」
人の事は言えないが、夜半に人が居るとなれば盗賊かもしれない。そう思って咄嗟にその場に隠れると、現れたのはなんと幼馴染のヤツと村の住人達であった。
「………本当にアイツには伝えなくていいのか?」
ヤツの両親がヤツに話しかけている。
「あぁ、伝えなくて良い。アイツは昔から勇者ってのに憧れていたからね。きっとそんな勇者に何の努力もしない私が選ばれたなんて知ったら幻滅するだろうからね。彼には何も言わないで欲しいんだ」
憂いを帯びたような表情でそんなことを言った。
「………分かった。ワシからは、領主から留学するように言われて暫く村を離れるとでも言っておこう………これから辛い旅になるが、ワシ等はお前の味方じゃ。辛くなったらいつでも帰ってくるのじゃぞ」
そう言って村長は餞別だと言って何か袋を渡した。
「ありがとう。私もみんなの平和な生活を守るために魔王を倒してくるよ。それじゃ、いつまでも元気でいてね」
ヤツはその言葉を皮切りに村の外へと歩いていった。
「………………」
心の中でドス黒い感情が芽生える。
何でヤツが勇者なんだ。
何で俺が勇者じゃないんだ。
あの場所は………村人に見送られて魔王退治に行くのは俺ではなかったのだろうか。
しかも俺にはその事を隠して出て行くなんて…………絶対に許さない!
俺は怒りを胸に森を通ってヤツの行き先に先回りをした。
先回りをしてすぐにヤツが姿を現した。
そこでタイミングよく俺はやつの前に姿を現した。
「よう、勝手に行くなんて酷いじゃないか、勇者様よぉ」
「え、なんで………どうしてここにいるの?」
あわてたように焦りだすヤツの姿を、俺は冷めた目で見つめていた。
「村のみんなには話して、俺にだけは黙って勝手に魔王退治か。ハッ、流石は勇者様。考えることが違うねぇ?」
「ちがっ、違う!別に君をのけ者にしたかったからじゃない!君を傷つけたくなかっただけなんだ!」
「ほう?傷つけたくなかった?それは何に対してだ?
努力しても勇者になれなかった俺に対する嘲りに対してか?それともただ哀れな俺に嫉妬されるのが面倒だったから勝手に出発しただけじゃないのか?」
「違うと言っているだろう!君は人の話を聞くべきだ!」
「人に話しをせずに出てったヤツの言うことは違うようねぇ?」
「…………………」
「何とか言ったらどうなんだ?勇者様よ」
「すまない………本当にすまない。昔から、キミの夢は勇者になることだって知っていたから………だから尚更………」
「言えなかったとでも?」
「………………」
「………許さねぇ。絶対に許さねぇぞ
………ふん、決めたぜ。俺はお前に付いて行く」
「何だって!?これは危険な旅になるんだ!危険な事があると分かっていて、キミを連れてなんて行けないよ!」
「そこまで言うなら、俺は一人でも旅立ってやるさ!なあに、俺だって今まで訓練してきたんだ。少しくらい戦えるだろう。ま、勇者様ほど強くはないかもしれないけどな」
卑屈感たっぷりな嫌味を混ぜて俺が言い切ると、ヤツは俯きながらこう言った。
「………昔からキミはそういう頑固な所があるからね………キミを一人にして危険に晒すなんて出来ない。だから一緒に行こうか」
そう言ってヤツは俺に手を伸ばしてきた。
「フン」
俺は鼻で笑った後、ヤツの手を叩き落した。
「勘違いするな。俺は俺のやり方でお前について行く事に決めたんだ。決して馴れ合うために一緒に居る訳じゃない」
手を振り払われたヤツは悲しそうな表情で俺を見つめる。
「………キミは………変わってしまったんだね。昔のようには戻れないのか?」
「あぁ、戻ろうとも思わないね」
「………そうか」
そう言ってヤツは頭を掻くと俺の表情を見ながらこう言った。
「キミが何と言おうとも、私はキミのことを守るよ」
「ふん、勝手にしろ。俺も勝手にお前に付いていくからな」
俺がそう言うとヤツはにっこりと笑いながら「それじゃ行こうか」と少し上機嫌になりながら歩みを進めた。その後ろ姿を見つめながら俺は一人静かに呟いたのだった。
「………絶対にヤツを蹴落として俺が勇者になってやる。ヤツは勇者なんかじゃない。俺が勇者なんだ」
暗い感情を糧に俺は村を後にしたのだった。




